2010年02月09日
トヨタの謝罪会見を報じたニューヨークタイムズ配信の記事に、こういうくだりがあります。
He added in broken English: “The people who drive Toyota, who cares about Toyota, I'm a little bit worried while they are driving, they feel little bit cautious. But believe me, Toyota's car is safety but we will try to increase our product better.”
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2010年02月08日
ネイティブの先生たち、特にコミュニカティブな英語が強調されるようになった1970年代以降に英語教授法を習得した先生たちは、コミュニケーションでは、特に話し言葉の場合は間違いなんか気にするなと言うのが普通です。
ところが言われる日本人学生の方は、講義要綱にコミュニカティブな英語を目指してどうのと書いてあっても、それが自分たちが従来から習って来た英語と何がどう違うのかわかりませんから、「間違いを気にするなって言われても,気になるし、恥ずかしい」というのが相場だと思います。
それも無理はないなと感じるのが,実は、ひとくちに「間違い」と言っても、日本の今までの、そして、現在でも続いている英語教育の世界で言う「間違い」とコミュニカティブ英語の世界で言う「間違い」とは、感覚的にまるで違うものだからです。
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2010年02月07日
英語を勉強する人々の動機づけの類型としては、大きく分けて二つあるとされています。
一つは、「道具的動機づけ (instrumental motivation)」と呼ばれる類型です。典型的なのが高校や大学の入試に備えての英語の勉強です。日本人を誘拐してまで日本語を勉強しようという、あのとんでもない国の工作員なども、日本人が好きだから誘拐したわけではなく、日本語を学習する手段としてさらって行ったわけで、この道具的動機づけが極端に走った例とも言えます。あるいはどこかの国のように就職と立身出世に直結しているということで、苦もなく大量の英語情報を丸暗記する例もあります。あるいはTOEIC何点以上じゃないと海外に行かせてもらえないので仕方なく英語を勉強するというのもこのパターンでしょう。
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2010年02月05日
大学で英語の授業を担当している先生たちはネイティブであれ、ノンネイティブであれ、学生たちが質問にすぐ答えてくれるといった積極的な授業参加を期待しているのに、無反応であることが多く、教師を嘆かせます。他面、学生には学生の言い分があるわけで、たいした問題ではないと受け止められています。
この問題は、学生たちが日本語のというか、自分たちの日本語で話しているときの流儀をそのまま英語の世界に持ち込んでいるのに、教師たちがそのことを見落として、あれこれとぼやいているように思えます。
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2010年02月03日
以下はオーストラリア人の大学教授による日本人大学生の会話の運び方に対する感想で、文法知識は自分のオーストラリア人学生のレベルを超えているというのに、会話能力に問題があり、つきあうのがしんどかったという内容のものです。まずはざっとお読みください。[出所は、Scott Thornuburyの How to Teach Speaking (Pearson Education Ltd) です]
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