2005年5月20日
TOEICを批判する人:企業はTOEICをどう位置づけているのか、それはどうあるべきなのか
このビジネス英語雑記帳の5月15日号の記事で、「TOEICをわかっていない人たち:TOEICのスコアに対する認識不足と誤解を憂う」というタイトルの下、TOEICがグローバルスタンダードであるかのように思われているけれど、日本と韓国の受験者が大半を占めている現状からそうは言えないこと、また、TOEICは英語でかかってきた電話に出られるのか、メールを書けるのかといった能力を測定するテストではなく、受験者の相対的レベルを毎回の受験者総数との関係で割り出すだけのテストであり、受験者全体のレベルが低ければ、どんぐりの背比べを数量化しているだけだという趣旨のことを申しあげました。
ついでに言うと、TOEICはアメリカで昔から実施されている世界的な英語検定のように誤解されているようですが、あれは日本人(故人ですが、北岡さんという方です)がアメリカのテスト作成業者である Educational Testing Services (ETS) に発注して作らせたもので、この点からも、グローバルうんぬんという見方は間違っています。ちなみに、ETSはよく非営利団体と称されていますが、事業目的が営利か非営利かは別として、事実としては、年商が6億ドルというビッグビジネスです。http://arbiter.wipo.int/domains/decisions/html/2004/d2004-0324.html
こういった思い込みが是正されないといつまで経っても日本人の英語は資格のための英語というレベルに留まり、外国人と交渉できるようなきちんとした実用英語の域に達さないだろうと心配でなりません。これで文部科学省あたりが何か手を打ってくれるのかと思いきや、何と、その後、このお役所が打ち出した「英語が使える日本人育成のための戦略構想」において英語教員の英語力の目標値がTOEICのスコアで730点以上とされていることを知り、愕然としました。英語教育の基本方針を定める役所からしてTOEICが英語力を測定するものではないことを見過ごしており、何とも悲しい限りです。
こんなことばかり言っていると、何か英語オタクの偏屈老人が勝手なことを言っているように聞こえるかも知れませんが、TOEIC一辺倒を問題視する人は私ばかりではありません。そこで、今回は、あまり日の目を見ないTOEICの批判的研究を紹介させてください。
★ TOEIC側の宣伝文句の検証
TOEIC批判の中で最も説得力があるのは北海道大学のMark Chapmanという方(以下「チャップマン」)がまとめられたペーパーだと思います。これはJALTつまり全国語学教育学会という語学教育の専門家集団が集まる場で発表されたもので、The role of the TOEIC in a major Japanese companyと題されています。どういう経緯での調査かまではわかりませんが、この研究報告は、創業90年、国内だけでも従業員数が約7万というかなりの大企業を対象に、その会社の従業員がどういった英語のスキルを必要としているのか、また、TOEICが社内でどのように位置づけられているのかを調査した結果がもとになっています。
この研究報告が説得力を有するのは、TOEICのスコアが高いのに会話ができないじゃないかといった見当違いの批判(5月15日号で指摘したとおり、TOEICは英語力を測定するものではありません)と異なり、TOEICの主宰団体自身が自分たちのウェブサイトに載せている宣伝文句や、TOEICからの依頼を受けて、TOEICの効果ないし効用を検証した研究者の調査結果を逐一、検証しているからです。
第一に、TOEICはリスニングとリーディングのテストしかないけれど、統計上なんたらかんたらでスピーキングとライティングの能力までチェックできるという宣伝文句が検証されています。例えば、TOEICのオフィシャルサイトwww.toeic.or.jpの中のFAQ集にも「TOEIC実施にあたって予めListeningとSpeaking、ReadingとWritingとの相関関係について検証し、それぞれが非常に高い相関関係を示すことから、ListeningとReadingのみの試験からSpeakingとWriting能力を含めた英語能力が測定できることを統計的に証明しています。そのため、TOEICはListeningとReadingのみで構成されています」とあるわけですが、これについて、チャップマン報告は、日本人285名を含む400名近いサンプルを対象としたTOEIC側のデータを検証して、スピーキングだけのテストを別途実施した場合、TOEICから推定されるスピーキング能力と結果が一致しそうだとは言えず、従って、社員の英会話能力を判定するのにTOEICだけに頼るのは、よりうる手段の中で最も正確なものを用いているとは言えまいとしています。
またこの流れの中で、Childsの研究報告(JALTが出したLanguage Testing in Japan (1995)所収のGood and bad uses of TOEIC by Japanese companies)を引用しながら、企業研修の中でのTOEICの扱いにも目を向け、次のような指摘をしています。第一に、TOEICは、研修の外注先を選別するため、グループ別の成果を比較することに使うことはできても、個別学習者の進捗度などを測定するのには不向きであること。第二に、英語の学習がどの程度進んでいるかを確認するためには、TOEICのように受験者集団の中での個別受験者の位置づけを割出すだけのテストは不十分で、これに加えて、一定の作業を満足すべきレベルでこなせるのかを見極めるテストで補完する必要があること。第三に、長期的に見た場合、英語がらみのニーズの多くは、TOEICではなく、自社固有の英語スキルを具体的にチェックするテストによって満たされるべきであること。
同様に引用されているHirai, M. (2002). Correlations between active skill and passive test scores.という研究報告は、TOEICスコアの意味あいを数字として出しており、興味深いものがあります。この研究は、TOEICのスコア、社員に対するインタビュー形式の試験結果、それとライティグ能力も判定される英語検定として定評のあるBusiness Language Testing Service (BULATS)のスコアを比較して相関係数を算出したもので、これによると、TOEICのスコアが400から650という中程度の学習者の場合、インタービューでのスコアとTOEICスコアとの相関係数はたったの0.49、また、BULATSのライティングテストとTOEICのスコアとの相関係数は0.66でした。一方で満点なら他方でも満点というのが相関係数1ですから、この相関係数が物語るTOEIC受験者の「実力」には考えさせられるものがあります。
チャップマン自身も調査対象とした企業の従業員169名を集めてインタービュー形式の試験を行い、その結果をTOEICスコアと対比しています。1989年にTOEICの作成業者であるETSが発表しているスピーキング能力とTOEICスコアとの相関係数は0.7だとのことですが、それと比べてチャップマンが手がけた調査の方では0.5から0.6という結果でした。
以上を踏まえて、チャップマンは、TOEIC外の独立した第三者による調査結果を見る限り、ETSがTOEICに関して主張している点を裏づけることはできなかったという結論に至っています。このことから、調査対象とした企業はTOEICを偏重しているのではないか、TOEICはスピーキングの測定において果たして信頼するに足るものかといった問題提起もしています。
★ 企業内での英語研修とTOEICの位置づけ
次のステップで、チャップマン報告は、企業は社員の英語力改善に向けどうしたらいいのかという問題を取り上げています。
英語ができるということは、いわゆる4技能、つまり「話し」「聴き」」かつ「読めて」「書ける」ことができなければならないわけで、理想を言えば、これら4つのスキルを直接測定し、評価できるテストがあっって欲しいものです。しかし、実際は費用や手間から考えてそうも行かず、これに近いテストを追求するということになります。
この点、チャップマン報告は、あるテストがその意図通りのものを測定していると証明できて初めてテストとして「使える」のだという構成概念妥当性(construct validity)というものを持ち出し、これに照らして果たしてTOEICだけでコミュニケーション能力を評価できるのだろうかと切り出します。
その上で、調査対象企業のような国際的ビジネスの場合、社員の英語力中、測定されるべきものは、話す能力と書く能力だろうと守備範囲を見極めてから、テストには「直接的に測定されるべき技能を有しているかを見るべく、その技能を披露してもらう」直接的テストと「テストの結果が実際の、あるいは、いつものパフォーマンスとは異なるものと観念される」間接的テストがあるとした上で、アーサー・ヒューズの著作を根拠に、間接的テストが測定しようとするものは、テスト実施者が関心を持っているスキルそのものではなく、その背後に横たわっている能力に留まるという点に注意を喚起しています。そして、作成業者であるETS自身、TOEICはコミュニケーション能力を間接的に測定しようというものであると言っているのだから、コミュニケーション能力を直接測定しているわけではなく、効果的コミュニケーションに必要な前提としての能力を測定しているだけだと言い切っています。
こうした見地から、企業は、TOEICだけに頼って海外派遣要員を決めたりすると、海外事業において無形の損失ないし不利益を被る結果にもなるし、また、英語のできない社員に対して、業務に役立つ英語のスキルを身につけようという動機づけとなるようなテストが必要であることを考えると、直接的テストの導入に取り組むべきだと説いています。
話は、前回、取り上げた集団参照的テストと基準参照的テストの違いにも及び、TOEICのような集団参照的テストはある従業員が他の従業員との関係で相対的にどの程度できるのかを見定める上では役立つかも知れないが、従業員が英語で何ができるかを測定したいなら、基準参照的テストによる方が確実だと強調しています。TOEICを通じてある従業員が、一緒に受験した従業員のグループの中で上位20パーセントに入っていることがわかったとして、会社のためにその授業員がどういったことができるかはわからないから、直接スキルの有無・程度を測定するテストを少なくとも併用すべきだということです。
★ まとめ
チャップマンが得た結論は2点です。第一に、調査対象とした事業会社の場合、TOEIC偏重の結果、十分なコミュニケーション能力を備えていない人が海外に派遣され、無形の損失を被る可能性のあること。第二に、スピーキングとライティングの能力を直接測定し、評価するテストが導入されるべきこと、の2点です。
その一方で、チャップマンは、TOEICスコアを参照しながら部下の昇進などを左右する管理職が英語検定の本質を的確に理解してくれることを望むのはむずかしいだろうし、知名度の低いテストを果たして受け入れるだろうかといったことにも触れています。何と言っても、英語のことなんかわからなくても、TOEICのスコアが850なら高得点で、350なら低得点である程度のことはわかりますし、社内の平均が650といった数字があれば、ますます納得できるわけで、こういった背景から、The TOEIC mentality is entrenched in the company and changing it will not be simple.(何でもTOEICといった感覚は会社内にすっかり定着しており、これを変えるのは容易ではない)と言っています。同感である共に、ため息が出ます。
こうしたなか、日々TOEIC受験指南を目的とするサイトやブログが増え続けていますが、そういったものをのぞくと、TOEICは英語力の基準だとか、実践的英語の力をつけるのにもってこいといった記述ばかりです。聖書に、If the blind leads the blind, both shall fall into the ditch.という一節がありますが、この底知れぬ穴に次々善男善女が吸い込まれていくのを見る思いがすると共に何とかしなければとの思いにも駆られます。

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あなたのご意見はまったくまとはずれだと思います。
まず第一に完璧なテストは存在しません。TOEICは限られた予算と資源のなかで英語を使ったコミニュケーション能力をある程度測定できる有用なツールだと思います。
TOEICで完璧に英語でのコミニュケーション能力が測れるわけではないですが、参考にはなると思っています。
それに、筆者がおっしゃているほど実際のコミニュケーション能力との乖離は多くないと思います。
「TOEIC偏重の結果、十分なコミュニケーション能力を備えていない人が海外に派遣され、無形の損失を被る可能性のあること。」とおおげさなことを行っておられますが、私の経験上TOEIC高得点のひとが企業の損失をこおむる程コミニュケーション能力に欠如する人はみたことがありません。
直接的な測定方法を推奨していますが、企業の立場からしてみると理想的ではあるが現実的にはコストの面で不可能だと思います。実現のためには英語の能力を直接測定できる要員が必要です。ネイティブのひとをやとい英語で面接をしなければなりません。 理想的であることと実現可能のことは違います。
コストや労力も考慮にして考えるとTOEICはリーゾナブルな選択肢だと思います。
私は海外に赴任してきていますが、会社はTOEICだけで人選をするような馬鹿なことはしません。ビジネスのスキルを踏まえて人選を行います。英語の能力はそのうちのひとつの項目にしか過ぎません。企業でTOEICをひとつの指標にはつかっていますが、絶対視することはありえないと思います。
[返信]
まず「あなたのご意見は」という書き方をされていますが、今いちど読み直してくださればわかるとおり、チャップマンの研究をご紹介しているわけでして、「あんた違っているよ」と言われる筋合いではありません。
また、仮に本文が私の考えだとしても、「それに、筆者がおっしゃているほど実際のコミニュケーション能力との乖離は多くないと思います」という書き方に代表されるとおり、言いっぱなしで、根拠が示されていないので、お答えのしようがありません。
一方、「直接的な測定方法を推奨していますが、企業の立場からしてみると理想的ではあるが現実的にはコストの面で不可能だと思います。実現のためには英語の能力を直接測定できる要員が必要です。ネイティブのひとをやとい英語で面接をしなければなりません」とおっしゃっている点については、「直接的」の理解がわたしと違っているなと感じました。と言うのも、本文で言っている「直接的」というのは、「英語で何ができるか、例えば、電話の受け答えができるか」につき、「次のうち電話での伝言を承る際に妥当な言い方はどれか」といった形で「直接」受験者の知識・能力を問う形式を指して言っているからです。(これに対して、「間接的」というのは、試験の成績から「電話での応答はこなせずはずだ」と推測する方式のことです。)試験委員が直接面接するか否かの方式のことではありません。試験内容の性質の話です。
この点、BULATSは何ができるかということを「直接的に」測るテストでとして構成されており、スピーキングでは試験委員が直接やり取りするのに、コストも数千円と、TOEICとあまり変わりがないという点を指摘させていただきます。これまたどの程度英語でのコミュニケーション能力があるかを「直接」測定する、CEFR準拠のケンブリッジ英検でも2万円強であり、企業が英会話学校に集中特訓を依頼する場合の一人当たりの費用とさほど変わりがありません。
言い方を変えれば、ネイティブを雇っての面接をしたからと言って、雑談をした上で、「このぐらいの雑談ができるなら、電話の応答ぐらいできるだろう」と統計から推定する方式は、英語能力の「直接的」測定にはならないということです。
なお、KKさんは海外生活が長くて日本語の語感が鈍ってらっしゃるのでしょうが、「あなた」という指示代名詞は、本来的には敬称だったものが、お留守の間に、実際上、敬意が薄れてしまっています。これは、金田一春彦編『学研 現代新国語辞典』が指摘しているところです。したがって常識のある人の場合、見知らぬ相手に対しては使いにくい言葉であることを申し添えます。ましてや匿名をいいことに相手にこういったものの言い方をするのはおとなのやることではありません。
- KK
- 2010年4月 9日 23:17

直接的テストといえども試験対策をした上で受験されてしまうと信用度は落ちてしまうのではないでしょうか?多少高くついてでも指標は複数用意したほうが長い目で見たとき得だと感じます。
また、
英語ができるということは、いわゆる4技能、つまり「話し」「聴 き」」かつ「読めて」「書ける」ことができなければならない
とありました。学習者やビジネスといった文脈で語る場合とはまた違いますが多言語社会に暮らす人々は言語ごとに4技能の力極端に偏っていることは決して珍しくありません。
私としては試験は技能ごと細分化するなり複数のやり方を併用するなりして信用度を高く保つ、費用については目をつぶる、ということでいいのではと思うのですが、やはり時間や費用については厳しく問われるものなのでしょうか?
[返信]
何ができるかを直接問う目標基準準拠テストの場合、テスト対策をするということは受験生の能力改善に結びつくわけで、対策がスコアアップには結びついても本人の能力と関係が薄いTOEICのようなコンテスト型テスト(集団規準準拠テスト)とは違います。そこから、テスト対策はむしろ歓迎ということすら言われています。
www.pearsoned.ca/highered/divisions/hss/woolfolk_old/faq.html
4技能が要求されているとしているのは、チャップマン論文が対象とした某大手企業の事情でしかありません。一般論としては、おっしゃるとおり、人によって必要な技能は違いますから、何が何でも4技能とこだわることはないと思います。実際、EU加盟国の基準 (CEFR)では、スペイン語は読めるだけ、中国語は話せるだけといった「ばらばらの能力」を認め、複言語能力と言っているぐらいです。
どういう種類のテストを使うかは目的次第です。足切りならTOEICやTOEFLのようなコンテスト型がいいわけですし、コミュニケートできるかをチェックしたいのであれば、ケンブリッジ英検あるいはBULATSのように、「このレベルの人はこの程度はできる必要がある。で、この受験生は?」とチェックするタイプのテストを使うべきだということになります。