2005年5月15日
TOEIC好きのTOEIC知らず:TOEICのスコアに対する認識不足と誤解
資格のための英語を社内標準としているのをやめて、実際に仕事をこなすために必要な普通の英語に目を向けて欲しいとの思いから、be208 [注記] の導入を働きかけるべく、つてを頼って様々な大手企業へのアプローチを続けています。その関係で、企業の研修担当者にお目にかかる機会が多いのですが、英語研修の担当者ですら、あの有名なTOEICがどういうものであるかよくおわかりでないか、あるいは誤解しているふしがあり、気になります。ふと思うに、スコアアップを期して何度も受験している方々も、特別、このテストの特殊性など考えたこともないのではないでしょうか。
[注記:be208というのは、私が実用英語の決まり文句を6分野に整理してまとめたパッケージで、右のサイドバーでご紹介している各種プロダクトを通じて既に9万人以上の利用実績があります]
★ TOEICは日本と韓国だけで有名な英語テスト
まず最大の誤解はTOEICが国際的な英語検定ないしはグローバルスタンダードであるかのように受け止められていることでしょう。事実、訪問した企業で、こう言われたりするのです。TOEICはグローバルスタンダードなのに、あなたのbe208とやらは、グローバルどころか国内でも認知度がない云々といったことを。それだけ、余計カチンと来ているのは認めざるを得ません。
しかし、それはともかく、TOEICが世界的に通用している著名な英語検定かのように言うのは間違っています。日本と韓国での受験者が総数の9割以上というものを指して、グローバルスタンダードとは言えないからです。(この点、詳しくは、「TOEICは国際社会に通用しない」という記事をご覧ください。 書いてらっしゃるのは、驚くことに、TOEIC受験界で神様のように言われている中田達也さんその人です)実際、大学で英語を教えているようなネイティブスピーカーの中でも、日本に来てまだ日の浅い人々の感覚からすると、「日本で偉くはやっているTOIECとか言うテスト、あれって何?」程度の知名度でしかないのです
★ TOEICはただの相対評価
もう一つ何だか変だな、わかってないんじゃないと感じさせられるのは、「うちの海外部門の人間はTOEICが大体800とか900以上なのに、電話一本満足にこなせないのがいっぱいいる」とぼやく方がいらっしゃることです。こう嘆くこと自体に、TOEICという試験の性格に対する認識不足が現れています。何よりも困るのは、嘆く人が街頭インタビューで答えているようなフツーの人ではないことです。聞けば誰でも知っているような有名企業の総務や研修の責任者がそんなことを言うのですから、驚きます。いや、がっかりします。
どういうことかと言うと、英語のテストにはTOEICのように受験者の相対的位置づけをするに留まるものと、直接、英語がどの程度できるかを測定するものとがあり、本来、両者は区別して論じられるべきものなのに、実際は、それが一緒くたにされているというケースがほとんどなのです。
そもそもテストには、おおざっぱに言って二種類、メジャーなものがあります。TOEICのようなものは、英語のnorm referencedの直訳で、集団基準準拠とか集団参照的と称される区分に属し、他の受験者との関係で、つまりは受験者全体との関係で個々の受験者がどのあたりに位置づけられるのかを見るために行われます。この種のテストでは「その言語を用いてどんなことができるのかについての情報は直接には得られない」のです(アーサー・ヒューズ著 静 哲人訳 『英語のテストはこう作る』研究社、2003年)。従って、TOEICのスコアを引き合いに出して、英語で電話やメールをこなせないと嘆くのは見当違いもいいところです。
ここで出てくる集団基準というのは、要するに受験者全員の得点分布を正規分布曲線(以下「ベルカーブ」)で表した上、その中で個別の受験者がどのあたりに位置するかを示そうというものです。ですから、TOEICを受けた人への成績通知上もリスニング(100問)とライティング(100問)の各得点、合計点、それにパーセンタイルなるものが記載されていると承知しています。
★ パーセンタイル
パーセンタイルというのは、得点を低い方から大きいほうに順にならべ、全体を100とした場合、下から何番目にあたるかを示したものです。ですから、海外赴任の資格要件とされるTOEICスコア730レベルの人の場合、パーセンタイルで言うと80あたりとなりますが、その人が受験した時の受験者総数の80%がその人よりも正答率が悪かったということです。逆に言えば上位20%内という意味です。
もっと乱暴に言ってしまえば、TOEIC 900点はパーセンタイルだと97%前後なので、1-0.97=0.03ということで受験者中30人に1人というレベル、TOEIC 950以上は大体99.7ぐらいとされているので、1-0.997=0.003ということで300人に1人という計算になります。
しかし、ここで考えておかねばならないのは、TOEICスコアは「あなたの英語は一緒に受験した人たちの中でこのレベル」と言っているだけで、後述するとおり、「あなたは英語で仕事をしていく上で必要なスキルをこれだけ身につけている」とは言っていないことです。趣味で受けている人、単なる資格マニアといった本来英語とは関係のない有象無象も受けたりしていますから、極論すれば、どんぐりの背比べの世界です。
ところで、TOEICファンがよく口にするパーセンタイルという言葉が統計用語であることに示されるとおり、TOEICのスコアは統計的処理を前提としています。そこで、以下のように、われわれの直感ないし常識的感覚からはわかりにくい技術的側面があります。(以前、証券・金融関係の翻訳をやっていた折、ファンド(投資信託)の運用成績がらみでやたらパーセンタイルやらクォータイルなるものにつきあわされ、おかげで妙な雑学が頭に残ってしまいました。)
a) 全部が全部やさしい問題というのでは、97パーセンタイルと98パーセンタイルとの差がつかず、収拾がつかなくなりますから、どこかにむずかしい問題を入れるのが普通だそうです。いわゆる引っかけというやつのことでしょう。
b) 釣り鐘のような形のベルカーブに即して統計的に処理されますので、毎回必ず半分の人は、成績においても半分以下という烙印をおされます。
c) 各パーセンタイルは同格というものではなく、ベルカーブの真ん中あたりに位置する25パーセンタイルから75パーセンタイルにかけての領域では、18ポイント未満の動きは統計上、意味がないのだそうです。これに対して、88から99パーセンタイルの領域内では、6ポイントも動いたら大変大きな意味があるということです。と言うことは、真ん中の50前後のところでは、ちょっとしたことで意外とランクが大きく動くのに、上位部分では同じ努力量でも「統計の壁」に阻まれて数字として現れにくく、以前、中級者レベルで大幅ランクアップを確保したときと同じぐらいの出来だったのに、なまじっか成績上位者のグループにいると、なかなか上に行けないことにもなります。
c) どのように測定が行われるが研究され、いわゆる試験対策が行われるようになるに応じ、その試験自体の 信頼性、有用度が低下してきます。
d) 人為的に区切ったランク付けが行われるので、例えば、TOEICのリスニング100問中、数問程度間違っても、リスニング部門の成績としては満点とされることがあり得ます。(TOEICの採点評価の実務は知りませんが、ファンドの成績を収益率、安定性(年度別の変動比)など数項目で評価するようなとき、部門別のスコアリングにおいて、こういったことが実際にあります)
e) ある人の得点が985で、パーセンタイルのランクでは100.0なのに、それより上の990点の人がいるといった不思議なことも起きたりするようです。
以上がTOEICスタイルのテストの話ですが、これと対照的な、もう一つのテストのスタイルは、これも英語のcriterion referencedの直訳で、目標基準準拠とか基準参照的と称されます。TOEIC型が受験者の相対的位置づけしか測らないのに対して、こちらは、「一定の作業を満足すべきレベルでこなせるのかを見極める」テストです。言語テストではありませんが、自動車の運転免許試験などはその代表例でしょう。また、電話での応答例といった出題内容が事前にわかっていて、これにつき7割の正答率を求めるbe208検定などがこれに当たります。
要するに企業の関係者の中には、TOEICがグローバルスタンダードであるかのように思っている人がいるけれども、日本と韓国の受験者が大半を占めている現状に照らし、そうは言えないということです。また、TOEICは英語でかかってきた電話に出られるのか、メールを書けるのかといった能力を測定するテストではなく、受験者の相対的レベルを過去の受験者が描く正規分布曲線との関係で割り出すだけだということです。
もとよりTOEICを否定する気持ちはありません。英語好きの人や実用英語の習得を目指している人が自分の「現在位置」につきおおよその目安を得て、つまりマイルストーン(里程標)として利用し、自分の総合的英語力を確かめ、次のステップへとつなげる上で不可欠だとも言えます。
ところが、残念なことに多くの人は、TOEICのスコアアップだけを目標にしています。しかし、TOEICで満点を取ったところで、そのこと自体に大きな意味はないのです。単にそのときの受験者の中で最高レベルにあるというだけのことで、「どんぐりの中のどんぐり」という栄に浴した程度の話です。
★ TOEICのスコアは通用する英語力のスコアに非ず
斉藤兆史先生が『英語襲来と日本人』の中で「いまの日本が必要としているのは、エリート母語話者を向うに回して政治・外交・文化を議論しても互角以上に渡り合える英語の使い手である。そのような英語達人を一人でも多く育成することが英語教育の急務」であると述べてらっしゃいますが、私もそのとおりだと思っています。だからこそ、自分の英語に関する知識・経験のすべてを勉強している方々にお伝えすべく、このブログの記事を書いているのです。ガイジンと友達になれればいいといったレベルの人は最初から相手にしているつもりはありません。英語できちんと仕事のできる人間を少しでも応援したい、増やしたいとの思いから書いているのです。
ところが現状は、ただただTOEICのスコアアップを願って受験を繰り返す大学生、社会人と言い、TOEICの何たるかもよくわからないままTOEICを唯一最大の指標にしている企業関係者と言い、展望が開けません。これに加え、本来、自動車の運転と同じくスキルの一つでしかない英語を教養の一部と捉え、あるいは修行の道と間違えて、あらぬ方向に駆け出したまま戻ってこない人々が増え続ける一方です。そうだと言うのに、うっかり親切で道を踏み誤っている人を助けようとすると、手をさしのべても、払いのけられてしまいます。
実際、こんなことがありました。自分では実用英語を目指しているつもりなのに、教養英語ないし資格英語とでも言うべき摩訶不思議な世界に染まっている人を引き戻してあげようと、信仰の道なら写経もいいけれど、そうじゃんないだから、役に立たないものをいくら書き写しても効率が悪いですよと注意してあげたところ、一生懸命書き写しながら勉強している人の気持ちを察してあげなさい、それでも教育者なのかといった抗議が来たのです。がっかりします。
そうは言うものの、数こそ少ないけれど、社会に蔓延している試験のための英語、資格のための英語に毒されていない人々がいるのも事実なので、こういった方々をお手伝いしながら、心ある方々からの支持の拡大を待つことにします。

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- [TOEICのはなし]
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- »meggy's journal: TOEIC880点。字幕なしで映画が楽しめる! - 2005年6月20日 15:38
「ラジオ ビジネス英会話」のテキストの裏にある広告の文句。 これを読むたびに、私は首をかしげる。 880点で? どうだろう?
Comments
初めまして。
いつもアルクで日向先生のサイトを参考にさせて頂いています。
偶然、先生のblogの存在を知り読んでいたら、TOEICについて私が感じていたようなことをもっと具体的に説明して下さっていたので、勝手ながらトラックバックさせて頂きました。
10年近く前に初めてTOEICを受けたときは、まだ本も参考書も少なく、就職の面接でも「このTOIECという試験なのですが、あなたの点数は良いのですか悪いのですか」と逆に面接官に質問されました。点数で測れる英語力以上のモノを身につけたいと、未だに試行錯誤しています。
[返信]
こんにちは。
確かに10年前はマイナーでしたよね、あのTOEIC。それが消去法で企業が重視始めたことと、それに関西のM社が御用達にしたことで一気にはずみがつき、TOEICをウケズンバヒトニアラズになってしまいました。
実力の向上を実感できるものとしては、やはりケンブリッジの英語検定のように満遍なく文法事項を聞いてくるうえに、小論文を書かせるものだと思います。
日向清人
- meggy
- 2005年6月20日 15:48
日向先生
私もTOEICで高得点を取る能力と、ビジネス上英語で必要なコミュニケーションをできる能力は違うと日々の仕事の中で身をもって感じました。 はっきり言って、米国の取引先と厳しい交渉をしたり、米国人部下のマネージメントをするに当たって、TOEICは「高得点を取っている方がすこしましかな」というのが実感です。 (もちろん、コミュニケーション能力以前の基礎的な能力をつけるための指針としてはTOEICは有効であると思いますが。)
私はその理由を、TOEICで測定できるのが必要最低限の速読能力と文法知識の一部でしかないためと考えていました。 更に先生がブログで指摘されているTOEICスコアのからくりと受験者の偏りを知って、やはり今多くの日本企業(いや、日本の英語教育界全体)に見られるTOEIC偏重主義が誤りであることに気づき、一刻も早く直していかなければ今後も日本人のビジネスコミュニケーション能力はほとんど進歩しないという危惧を感じます。
私もまだまだ未熟者で、「それでは本当に役に立つビジネスコミュニケーションのスキルというのはどういう訓練をしていけば効率よく身につけることがでいるのか」といことを日々試行錯誤の中で考えております。 ブログを通じて少しでも自分の経験を皆さんに役立てて頂ければと思います。
[edamameさんへの返信]
TOEIC偏重ないし一辺倒はまずいんじゃない、という感覚を共有できてうれしく思います。edamameさんのように英語で仕事をしている人を含め、普通に英語のできる人がTOEICをものさしにしているようでは英語はできるようにならないのにと心配する一方で、英語を勉強中の人が大勢に流されてTOEICにしか目が行かないという構図を何とかしたいものです。別段、TOEICをやめろというのではありません。TOEIC自体に罪はなく、立派な検定試験だと思っています。ただ、企業がTOEICを勤務評定の尺度にしたり海外派遣の条件にするといった乱暴な使い方をしている結果、それに振り回されて多くの人がTOEICへと流れ、結局、日本人の英語が実用レベルに達するのを妨げているので、それを是正したいのです。賛同してくださる方、反対の方、どうぞ積極的にご意見をおよせください。
なお、edamameさんがブログ
http://ny-tsushin.cocolog-nifty.com/
に連載されている記事、ライティング編を書くときに引用させてもらおうと思っていますが、英語のロジックというかアメリカ人の思考様式、どうして誰も正面から大々的に取り上げないのだろうかと不思議な感じがします。大手外資系の社内研修では、外注されるものを含めて、英語研修で、必ず、あのロジックを使えと教えていますよね。
日向清人
- edamame
- 2005年5月16日 02:09

検索エンジンから来ました。
アメリカで受験したときに、受験している人は、日本人と韓国人だけでした。時々台湾人もいますが。つまり、日本と韓国での受験者で9割ですが、日本人と韓国人が占める割合はほぼ100%に近づくんではないでしょうか。
[返信]
アメリカでのTOEIC受験という話は聞きませんから、貴重な現場報告だと思いました。ありがとうございます。