2005年9月20日
英語とバッハの接点:Readability
読みやすい英文とバッハやモーツァルトの作品にはコンテクストという名の共通性があるという話をしたいと思いますが、まずは、何をもって読みやすい英文とするのかという点から見ていきます。
読みやすい英文とは何かという研究はアメリカを中心に、昔から行われています。例えば、みなさんが滅多に使わないMS Wordの機能の一つにreadabilityを表示させるものがあります。これは、メニューバーの<ツール>の中の<文章校正...>に行き、開いたウィンドウの下にある<オプション>をクリックすると、<文章の読みやすさを評価する>という項目がありますので、それをチェックしておくと、選択した英文の読みやすさをFlesch-Kincaid方式にのっとり、構文、単語の難易といったものさしに照らして評価し、点数で示してくれます。
この評価法に名を残しているコロンビア大学のRudolph Fleschは、AP通信の顧問として記者の書く文章の読みやすさという問題にも取り組み、それまで、一面記事の読みやすさが16年生レベルだったのを、11年生レベルまで引き下げたことで知られています。ちなみに今でもこのレベルだそうです。わが国の新聞の場合、小学校を出てから社会経験が数年ある人のレベルを標準にしているという話を聞いたことがありますが、それと比べて、なかなか興味深い基準です。
★ ジフの法則
何であれ、このように昔から読みやすさの研究が行われるなか、ハーバードのGeorge Kingsley Zipfという人が1949年に、Human Behavior and The Principle of Least Effortという本を著わし、Zipf's curveというものがあることを発表しました。これによると、ヒトはことばを使うに当たり、なるべく無駄を省こうとするもので、その結果、やさしい言葉をたくさん、しかも繰り返し使うと言うのです。そしてこれが本当かを100万単語規模のBrown Corpusでチェックしてみると、たしかに、出現頻度でトップの "the" がシェア 7% であるのに対して、出現頻度で二番目の "of" のシェアはほぼ3.5%になります。そして、こういった関係をプロットすると以下のような線になるそうです。

出所:http://demonstrations.wolfram.com/ZipfsLawAppliedToWordAndLetterFrequencies/
むずかしい話が好きな方は、ウィキペディアに説明がありますので、そちらをご覧ください → http://en.wikipedia.org/wiki/Zipf's_law。
Zipf's lawと称される彼の発見した法則によると、例えば、冠詞theが、使用回数で見ると20回である一方、出現頻度では20番目によく使われる単語だとした場合、100番目によく使われる単語の使用回数は2回になる計算だと言います。経験則に即して言えば、ヒトが英文を読み進むに当たっては、その時点までに出会った単語が再度出現する確率の方が他の未登場の単語、とくに難語が出現する確率よりも高いということです。
どうしてこうなるかと言うと、テキストに新たな単語が追加されていくにつれて、コンテクスト(単語の固まりを意味の通ったものとする単語どうしのつながり具合や対応関係)が生成されるが、こうしたコンテクストが固まってくるに応じて、次にどのことばを追加するかの選択に際して、既出の単語が好まれる傾向があるということのようです。
こうしたZipfの研究をアルゼンチンの物理学者 Damian Zanetteが音楽に関しても同じようなパターンがあるのではないかという仮説から出発してそれを統計的に実証したものですから、話題を呼び、有名なNature誌に掲載されるに至ります。Zipf’s law and the creation of musical context と題された論文によると、バッハ、モーツァルト、そしてドビュッシーの曲はいずれも、こうした音の使用回数と出現頻度との間に一定の関係があり、したがって、曲の一部を聞いてあると、その先に来るものがある程度予見できる作りになっているというのです。ちょっと聞いただけで、全体の感じをイメージできるようになると言ったほうがいいのかも知れません。そしてジャズの曲も似たようなパターンを示すと言います。言い換えれば、わかりやすい英文も、人々がおぼえている名曲も、コンテクストというものがあるからこそ、頭に入りやすいのです。
ところが、シェーンベルクのような、atonal music(何のことかわかりませんが、「無調音楽」と訳すようです)だと、同じことばが繰り返し使われるといったパターンに例えられるようなものがないと言います。英文ライティングで言えば、前に出てきた単語がまた出てくるといったことが少なく、次々と初見参の単語が出てくるわけで、このことからも、一般に現代音楽がわかりにくいとされている理由がわかろうというものです。要するに、曲の感じをつかめないまま、次々と新たな場面につきあわされるということです。
考えてみれば、バッハの一節を聴いて、「ああ、バッハの何々だ」とわかるのは、聴こえているのがただの音の固まりではなく、われわれにとり、「ああ、あれね」とわかるだけのものがあるからであり、これが英文テキストの場合のコンテクストに相当するという話です。
★ ジフの法則をベースにした勉強法
ジフの法則からは、わかりやすい英文というのは、早い段階で既に使ったことば、しかもやさしいことばでコンテクストが固めてあり、以後の単語やセンテンスもその枠内にとどまるような形で展開されているものだという結論を導けます。そうとすれば、英語を勉強するに当たっても、単語に注目し、まずは頻出単語からおぼえていった方が効率的だということになります。
既に本誌4月14日号の記事で2000単語おぼえれば、ひとまず十分と申しあげましたが、これは既に実証済みの話として有名です。例えば、大学の1年生24人に自己紹介のエッセーを書かせたところ、総計67,200単語のうち、25%が the, I, and, to, was, my, in, of, a, といった簡単な単語10個で占められていたという実験結果があります。また、最初に出てくる300単語が繰り返し使われるものであり、書き物のおよそ65%がその300単語で占められているというデータもあります。こういった実験の積み重ねで、最頻出単語1,000語だけで実用英文に出現する単語の約80%を、3,000語までおさえれば90%までカバーできることがわかっているのです。
したがって、効率的に英語を勉強するためには、頻度が上位の単語からおさえていくとよいということになります。ただ、私に言わせると、こういった頻出単語にしぼって勉強する人は、名詞や動詞をまる暗記してこと足れりとする傾向があります。穴埋めをすれば済む受験英語とは違う世界ですから、これでは、ものの役に立ちません。必ずコロケーション(定型的な組み合わせ)がどうなっているかを確かめて使う際のパターンを頭に入れておく必要があります。そうしておいてから、実際の英語に多く触れることがこうした使用上のパターンを体におぼえさせるための定石です。多読などを通じて、学習した単語にいろいろな形で出会うよう自分で心がけて工夫するということであり、これなくしては記憶に定着しません。
高いお金を出して英会話学校に行ったのに英語がさっぱり身につかないというケース(自分が接した社会人受講生の中での最高額は150万です)も、よくよく話を聞くと、やり方が逆だから駄目というのが普通です。予め自助努力で英単語を一定数おぼえてからレッスンに臨み、繰り返し、実際におぼえた単語を使ってみるというのが本来の学習法であるべきで、英会話学校ごときで単語を学ぼうなどというのは本末転倒としか言いようがありません。

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「ショーンベルグ」とありますが、この人の名前は、日本語では通常「シェーンベルク」と表記するように思います。URLは、Wikipediaを参照しておきました。
〔返信〕
ありがとうございます。直しておきます。助かりました。
日向清人