2005年9月27日
SHALLとSHOULDの使いわけ
教科書などでは正面きって取り上げてくれないshallとshouldの共通点や使い分けを見て行きます。こういった微妙な使い分けこそ、実際に英語を使ってコミュニケートする上では不可欠だと思うのですが、ふつうは、通り一遍の説明で終わっているか、最初から取り上げもしません。そうしたなか、Carter, Hughes, McCarthyの Exploring Grammar in Context (出版社は Cambridge University Pressで、以下「この教科書」と呼びます) が光っています。この手の微妙なポイントを重点的に取りあげている上、根拠というか、素材として使っているのが実際の会話を録音したものをもとにしているからです。(ただ、イギリスものなので、アメリカ英語に慣れている人にはやや違和感があるかも知れません。)
今回は、この本での説明をもとに、適宜補充しながら、shallとshouldを同じように使えるケースや「互換性」がないケースを見ていき、使いわけのポイントをおさえていきます。
★ 「こうではないか」「こうなるのではないか」と予想する場合の shallとshould
例えば、ハワイから送られてくる自分の荷物の話をしているとしましょう。こういった場合に、現時点で「こうなっているのではないか」「こうなっているはずだ」と予想するのであれば、以下のような形で should を使います。
As we speak, it should be leaving Hawaii.(こうして我々が話をしている今、荷物がハワイから発送されていてもおかしくない) ← 現時点の状況についてshouldを使っています。
In a couple of days, it should be here.(何日かしたら、荷物はここに着いているはずだ)← 将来の状況についてshouldを使っています。
これとの対比で言えば、まず現在の状況を語るためにはshallは使えません。したがって、
× As we speak, it shall be leaving Hawaii.
は駄目だとされます。第1に、shallという助動詞に対応している主語は一人称でなければならず、itが使えないからです。2人称や三人称でのshallは非常なフォーマルな言い方だったり、古くさい文芸英語の世界の話で、普通ではありません。第2に、shall を使って現在の話をすることがはできないからです。
ただし、将来の状況について語っている shouldに代えてwillを使うことはできます。例えば、
As we speak, it will be leaving Hawaii.
ということは可能です。ここでwillを使うと、should を使っているときと何が違うかと言えば、確信の度合いが強く、「荷は発送済みとなっているはずだ」というニュアンスになります。
ところで、以上の説明はいずれも自分の行為について語っているというのでなく、客観的な事実についての自分の判断を伝えるケースを扱っていますが、自分の行為について「こうしようと思う」「こうなるのではないかと感じている」といったことを言うときは、shouldではなく、もっぱらshallが使われます。
例えば、医師が患者に向かって、「おそらくは当面、この錠剤の組み合わせで行くことになろうかと思います」と告げている場面では、We shall probably leave you on this combination of tablets for some time.と言い、また、自分の将来を楽観していると尋ねられた、失業中の若者が「いつまでも仕事がないんじゃないかと思っています」ということで、I don't think I shall ever get a job.と言ったりするのです。
★ 「何々した方がいい」「何々すべし」と助言し、あるいは義務があることを指摘するためのshould
この教科書は、第1に、「何々した方がいい」という助言がらみのshouldについては、shallで置き換えることができるとしています。ですから、
郵便物の転送を頼まれている人が、「このままそちらに転送を続けていてよいものでしょうか」と尋ねるケースを挙げ、
Should I keep sending her mail to you?
という言い方は
Shall I keep sending her mail to you?と
言っても同じだとしています。
第2に、ought toと置き換えることができる、「義務を表す」shouldの場合は、shallで置き換えることができないとしています。例えば
The government should pay for healthcare for the elderly.(政府は高齢者の医療保障を負担すべきだ)
という言い方は
The government shall pay for healthcare for the elderly.
には変えられないということです。
なるほど、The government shall pay...というのは不自然な響きがあります。しかし、同じshouldにつき、「何々した方がいい」という助言がらみのものと、「何々すべし」と義務づける感じのものを見分けるのは結構大変です。
義務づけるshouldというのは、上のThe government should pay...のように、「今はそうなっていないが、そうあるべきだ」という形で理想と現実のギャップを語るとき、それと、You shouldn't do that.のように、何か批判的意識が働いているときに使われるのではないでしょうか。
これに対して、「こうしたらいいのではないか」という程度というのは、例えば混雑が予想されるのでいつもより早めに出た方がいいといったときに交わされる、Do you think we should leave earlier than usual? Yes, I should think so.のように、別段、理想と現実だとか何かに対する批判がおよそ関係してこない場合を言うのだと思います。
何であれ、ought toと同じ意味で使われているshouldはshallで置き換えられないというルールは知っておく価値があります。
★ 「こうしましょうか?」とオファーするshouldとshall
自分自身の行為について、主として「お手伝いしましょう、協力させてください」という感じでshallを使うことがありますが、このshallはshouldに変えることができます。ただニュアンスがだいぶ違ってきます
例えば、オフィスで、同僚あるいは上司に、「この書類、元のところに戻しておきましょうか?」ということで、
Shall I put this back in the filing cabinet?
と言ったりするような場合です。これは単なるオファーでしかありません。
ところが、
Should I put this back in the filing cabinet?
という言い方は、Is it advisable for me to put this back in the filing cabinet?と尋ねている感じになります。元に戻してもいいものでしょうか?、ということです。状況によっては、「大丈夫ですかねえ」「本当によろしいんですか」という感じもあるわけで、ともかく普通の状況ではないのだという感じを私は受けます。
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契約書や要求仕様書では、どちらを使うのが自然なのでしょうか。たとえば、「パソコンにはあらかじめOSがインストールされていること。」というのは、OS should be pre-installed on the PC. それともOS shall be...でしょうか。法律などで規制されていて個人の意思の入り込む余地がない場合などはshallなのかなと感じますが、上の例のような「...すること。」という一個人が押し付ける義務のようなものでも、契約書などではshallを使うのでしょうか(そうなって当然という意味をかもし出すため)。私の周りの人たちは、けっこうshallで書いています。
[返信]
契約書の場合は実務家の大勢にしたがって 通すのが無難ですし、こちらも考えなくて済むので shall を使うのが普通だと思います。仕様書の場合も shall を使うのが多数派ではないでしょうか。何であれ、should は弱すぎるためか、使われている例を見たことがありません。