2006年1月 8日
職場での宗教行為
為替のトレーダーだった友人から聞いた話です。彼女がまだ駆け出しで、他のディーラーのアシスタントを務めていたときの話ですが、敬虔なイスラム教徒であるボスは、定時になると、マットを敷き、メッカの方向に向かって悠然と礼拝をしていたと言います。しかも、横では他のディーラーたちが Where do you offer? (売りはいくら?)、Done!(その条件承知。取引成立、という意)などと目をつりあげてやっているわけですから、彼女としては、何だか自分の居場所がないようで、つらかったと言っていました。
わが国の場合、宗教は個人の内面の問題というよりは、集団の行事という感じが強いためか、こういう形で個人の信条と所属している集団(企業)との利益がぶつかりあう場面というのは、まだ耳にしませんが、アメリカでは結構、微妙かつ深刻な問題となっています。
ですから、日本企業もこのあたりをきちんと心得ていないと将来、アメリカで嫌な思いをする可能性があります。例えば、三菱自動車の米子会社はセクハラ騒ぎがあったとき、事態の認識が甘く、対処が後手に回ったため、ついには雇用機会均等委員会 (EEOC = Equal Employment Opportunity Commission) という行政機関に告訴されてしまい、最終的には当時のレートで40億円以上も払って被害者(と申立てた社員)と和解する羽目に陥りました。そして、この例から学ぶべきは、この委員会の守備範囲の広さと権限の強さであり、しかも職場での従業員の宗教行為もこの委員会の大きな関心事の一つだということです。
実際、同委員会は、雇用者に対して、採用、解雇、その他労働条件において宗教を理由とする差別的取扱いをしてはならないとする1964年公民権法を受けて、わざわざ宗教を理由とする差別について一章を設けています。
http://www.eeoc.gov/types/religion.html
その中でも目を引くのが、reasonable accommodation (合理的範囲内の便宜供与)として知られる概念を説明している一節です。こうなっています。Employers must reasonably accommodate employees' sincerely held religious beliefs or practices unless doing so would impose an undue hardship on the employer. A reasonable religious accommodation is any adjustment to the work environment that will allow the employee to practice his religion. Flexible scheduling, voluntary substitutions or swaps, job reassignments and lateral transfers and modifying workplace practices, policies and/or procedures are examples of how an employer might accommodate an employee's religious beliefs.(雇用者は、従業員が心底から大事にしている宗教的信条ないし行為については、合理的範囲内で便宜を供与しなければならない。ただし、不当に過重な負担となる場合はこの限りでない。雇用者が従業員の宗教的信条に対して便宜を供与する方法を例示すれば、フレックスタイムの施行、申し出による担当業務の代行、代替、配置転換、同一職階内での異動、その他職場慣行、指針、手続などの変更である)。
実は、この reasonable accommodationというのがクセモノで、何かと争いの種になっていますが、結局は、ケースバイケースでの常識的判断によらざるを得ない問題です。なお、より詳しく知りたい方は、弁護士が書かれている、以下の記事がわかりやすくていいと思います。
http://www.junglecity.com/pro/employment/5.htm
なんであれ、こういった宗教行為への「気遣い」は連邦政府レベルから徹底しており、政府は公務員の宗教行為につき、公務の執行を阻害しないこと、同僚の正当な権利を損ねないこと、連邦政府がその宗教を支持しているかのような外形を作出しないことを条件に最大限尊重するという姿勢を示しています。
加えて、職場での信仰の自由を保障する法律案 (Workplace Religious Freedom Act)が何度も連邦議会に上程されているぐらいですから、今後、この問題はますますクローズアップされてきそうです。
以上は、雇われる方の信仰の自由をどう保障するかという問題ですが、当然、雇う企業にも信仰の自由ないしは、信仰をしない自由があるわけですから、どこかで線引きをする必要があります。むずかしいのは、何をもって、宗教とするかという定義の問題です。
この点、思い出すのは、先端企業の代名詞とも言える米ゼロックス社のエンジニアたちが自然に溶け込み、自然に帰ってみることで、製品開発のヒントを得るべく、ニューメキシコだかの砂漠で合宿した話です。ただの合宿ではなく、持って行くことが許されたのは寝袋と水だけで、それだけで砂漠の中で生活するという、カルトっぽいイベントです。結果として、リサイクル型のヒット商品を産み出しはしたものの、中には嫌々参加したエンジニアもいたはずです。会社の業務として行われたものである以上、会社自体が自然回帰主義という名の宗教行為を実践し、一部従業員が被害にあったとも言えますし、他面、従業員に反自然的信条(?)の持ち主がいたら、その人の信条が踏みにじられたという見方もできます。
まだ、この波は幸か不幸かわが国の企業には及んでいませんが、外国人社員が増えてきて、彼らが徒党を組むようになれば、必ず現実の問題として突きつけられることになります。ターバンが命のシーク教徒は就業規則でかぶりものを禁止しているのはけしからんと騒ぐでしょうし、イスラムの男性は、ひげをはやして何が悪いと居直るのが目に見えています。これで自称コプト教徒が自分に都合のいい教義を持ち出しての自己主張を始めたりしたら目もあてられません。
こういった連中と互角にわたりあい、妥結点を見いだすためのコミュニケーションは当然、英語で行われますから、そのためにも、少しでも使いものになるような英語使いを増やす必要があるのは言うまでもありません。
今後、自由貿易協定 (FTA)の影響もあって、ヒトの交流の自由化が進むにつれ、「欧米では保護されている職場での信仰の自由なのに、どうして日本では」とうるさくなってくることでしょう。福沢諭吉が『福翁自伝』で言っているように「すべて事の極端を想像して覚悟を定め、マサカの時に狼狽せぬように後悔せぬよう」にしておくべきではないでしょうか。
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