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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2006年2月17日

「使える英語」の正体:For here or to go?の背後にあるもの

読み書き重視の英語ばかりやってきたから、日本人はいつまでも英語をものにすることができなかったのだ。これからは、話す・聞く英語だ、使える英語だと大きく流れが変わりました。そのあおりなのか、どういうものか、文法は「読み書き英語」の世界に属する話だから、話したり、聞いたりするためには気にしなくていいと誤解している人がいます。特に、ハンバーガーショップでの店員とのやりとりである、For here or to go? (こちらでのお召し上がりですか、お持ち帰りですか)というフレーズが、今までの英語教育との違いを示す、使える英語の代表例としてメディアなどで取りあげられるためか、「こりゃ実用的だ、こういうものをどんどんおぼえなきゃね。もう文法なんかいいんだ」と考えられがちです。しかし、そんなことはありません。文法とボキャブラリーは相変わらず学ぶことが求められている英語の要素なのです。

どうしてこういう誤解が生まれたのかを考えるに、前回までの小学校での英語教育の問題でもそうでしたが、それは英語を論じる人々が、登場するキーワードにつき、思い思いの定義を与えており、しかもそれが何であるかを相手に伝えないまま話をするので、思い込みやら勘違いやら誤解に結びついているというのが私の見方です。

そこで、ざっと使える英語とはどういうものかを簡単にまとめて、自分のためにもその意味するところを確かめてみました。

まず使える英語ですが、これからの英語教育が目指すべきは、「話す」「聞く」力を中心とした実際にコミュニケーションの「 道具」として「使える英語能力」だという言い方をよく聞きますから、使える英語 = コミュニケーションのための英語 = コミュニカティブ英語という流れを見て取れます。となると、今度は、コミュニカティブ英語とは一体何ぞや、ということになります。ここからが本題です。

そもそも、こんにちのコミュニケーション志向の英語という流れを作り出したのは、コミュニケーション能力 (communicative competence) というものにスポットライトを当てた Dell Hymes と言う言語学者/人類学者です。

Hymes は、文法的には問題がなく、したがって通じることは通じるけれど、その状況には合っていないということが起こりうるのであり、状況に合った言い方ができないようでは、そもそも相手とのちゃんとしたコミュニケーションが成り立たないとしたのです。

言葉を変えて言えば、コミュニケーション能力ありと言えるためには、(1)自分の言いたいことを文法に則して組み立て、かつ、(2)どういう場面でそれが妥当かを判別できなければならないと説いたのです。前者は、「言葉として成り立っており、いちおう通じること」という意味で言えば、performance ということであり、後者は、performance を前提にした上での、「その状況において求められる言い方ができること」であり、competence と形容できます。

実際、あの有名な言語学者のチョムスキーが「言葉は performance」だという見方に立っているのに対して、Hymes は、いや、「言葉は competence」だという見方に立っているといった解説を見たりしますから、言葉を然るべく運用する能力を指す competence がコミュニカティブ英語の核心部分だと言えます。そして、専門家たちは、プラグマティクスという言葉を使って、人と人のコミュニケーションが言葉を学ぶ目的だとする以上は、お祝いの言葉とお悔やみの言葉を使いわけるといった「適材適所」的なセンスを養わないと元も子もありませんよと強調しています。

しかし、ここで注意すべきは、コミュニカティブ英語は、自分の言いたいことを文法に即して組み立てる能力を当然の前提としているのであり、したがって、これからはコミュニカティブ英語の時代だから、文法なんかいちいちやらなくていいという話ではないことです。以前にも書いたおぼえがありますが、これまでの文法+単語を内容とする英語に加えて、場面別の言い回しがどういうものであるかを憶え、それを具体的状況に合わせて使うというスキルまでもが要求されるのですから、本当なら負担が増えたと嘆くべき筋合いです。

ところで、こうしたコミュニカティブ英語ないし「使える英語」がどういうものかを実にうまく表現しているキャッチフレーズがあるのでご紹介します。
      

 Knowing how, when, and why to say what to whom.


この10単語のフレーズ、よくご覧ください。このフレーズに、人間どうしが直接、もしくは、書面で、または、読書を通じて時代を超えてコミュニケーションを図る上で必要な言語学的、社会的要素がすべて盛り込まれているのです。アメリカの知識人の底力を感じます。

ともあれ、このhow, when, why, what そして whom のうち、how は文法を表し、what がボキャブラリーを表しています。言ってみれば、古いタイプの外国語教授法で取りあげられて来た伝統的要素に対応しています。これに対して、通じればいいというものではなく、状況に応じた言葉の運用能力、つまりコミュニケーション能力を表す要素が、「いつ」「なにゆえに」そして「相手は誰か」をそれぞれ表している when, why そして whom です。したがって、このフレーズは、外国語教育の目的は、文法やボキャブラリーを教え込めばいいというものではなく、状況別の運用能力までもスキルとして身につけさせることにあると言っているのです。

ちなみに、上のフレーズは、アメリカの国家的戦略として追求すべき外国語教育の目標は何かという問いに対して出された答申( Standards for Foreign Language Learning in the 21st Century )の冒頭で掲げられている看板的標語です。ブッシュ(父親の方)、クリントンと二代にわたる政権下で、しかも超党派のプロジェクトとして、11名の外国語教育の専門家から成る委員会が教育界、経済界など関係各方面の意見を聴きながら練り上げたコンセンサスを表すものとあって、何のために外国語を学ぶのかを過不足なく表現しています。

いずれにしろ、Knowing how, when, and why to say what to whom.においての how を担うものとして、文法はコミュニカティブ英語全盛の外国語教育において、今なお、重きをなしているのであり、これからはコミュニカティブ英語だから、もう文法は要らないなどとは言えないのです。




dancer

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Comments

返信ありがとうございます。そしてさらにわざわざ私のBlogを読んで頂いたようで、そのうえスペルチェックまでしていただきありがとうございます。
 Melbourne UnivercityではなくMelbourne Universityですね、さらに正しく言うとThe University of Melbourneが正式名称でした。訂正しておきます。

初めまして、英語習得に向けて現在オーストラリアで日々を過ごしている一個人です。興味深く読ませて頂きました。
 以前の記事になるのですが、英語のイントネーションは基本的に下降調だというくだりのある記事、英語を学習するにあたり大変納得でき、参考にさせて頂きました。
 事後報告になるのですが、勝手ながらこのサイトを私のBlog内で紹介させて頂いてるのですが、構わなかったでしょうか?
 今後の記事も楽しみにしています。 

[返信]

スピーキングの記事が役立ったとのこと、何よりで、うれしく思います。サイトを紹介してくださるのも何ら問題ありません。勉強頑張ってください。そう言えば、メルボルン大学のスペルがちょっとおかしかったような気がします。語学は細かいところまで気にしないと上達しないので、面倒がらずに横文字はチェックした方がいいと思います。

★だれでもわかる英語秘伝!★の小池と申します。
  楽しく拝見させていただきました!
  また勉強にこさせていただきますので
  よろしくお願いいたします。

[返信]

コメントありがとうございます。ご同業でもありますし、こちらこそよろしくお願いします。

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