2006年2月 7日
ヘリコプター・ベンと呼ばれるバーナンキ新FRB議長
朝日新聞(2月22日付)の朝刊、経済面の右上に、「新議長、いつ利上げに幕 米FRBバーナンキ氏就任」という大きな見出しが躍る、紙面の1/4を占めるような記事が載っています。その中で、「持論はインフレ目標」という小見出しに続いて、こういう記述があります。
「ヘリコプター・ベン」。米マスコミは時々、ベン・バーナンキFRB新議長をやゆするようにこう呼ぶ。バーナンキ氏がFRB理事だった02年11月の講演で、「ヘリコプターから紙幣をばらまく」という例えを使ってデフレ阻止を訴えたからだ。
(注記 上の2002年11月の講演原稿はFRBのサイトにあります。
です)
この「ヘリコプターから紙幣をばらまく」という話、元をたどると、1970年代にノーベル賞もとった、マネタリズムの大御所、ミルトン・フリードマンが言い出したことから、有名になったものです。ちょっとでも経済をかじった人間ならたいていは知っているのではないでしょうか。現に、ネットで見ると、Milton Friedman's famous helicopter drop of moneyという形でいろいろと取りあげられているぐらいです。
それはともかく、なぜヘリコプターから紙幣をばらまくことがデフレ阻止につながるのかとなると、ピンと来ない方もいらっしゃるでしょうから、自分のための復習も兼ねて、ちょっと経済のさわりをまとめてみたいと思います。大風呂敷を広げさせていただくと、この程度知っていれば、ケインズ理論、その対抗馬であるマネタリズム、そして貨幣数量論がどんなものであるか語れるようになるはずです。
★ マネタリズム
さて、この helicopter drop of money を一つの例えとして持ち出したフリードマンという経済学者は、正確にはマネタリズムの中興の祖なのでしょうが、実際は、開祖と扱われているぐらいの大物です。このマネタリズム、端的に言えば、経済を動かすのはマネー、つまり取引活動を支えるカネの総量だと説き、いや、経済を動かすのは、需要を盛り上げてくれる政府の財政支出だとするケインジアンないしケインズ学派の対極にあります。したがって、マネタリストは経済を動かすのは金融政策 (monetary policy) だとし、ケインジアンは、いや、財政政策 (fiscal policy) だと強調するわけです。この延長線上で、ケインズの流れをくむ専門家は、経済のカジ取りは政府が中心だと言い、他面、マネタリストは、カジ取りは中央銀行に委ねよと強調します。
単純なマネタリズムに立った場合、経済を左右するのは金融政策となりますから、その担い手である中央銀行(アメリカで言えば連邦準備制度理事会と訳される Federal Reserve Board)が主役となるはずですが、おもしろいことに、ばりばりのマネタリストとなると、中央銀行自身、マネーサプライの効果がいつ、どの程度出てくるか正確には測定できないのだから、ともかく、経済成長に必要最小限のカネを一定ペースで供給していればよく、余計なことはするなと説きます。(ちなみに、こういったスタンスは他の部面にも及び、フリードマンはともかく政府は口を出しなさんなと説く強烈な規制緩和論者としても知られています)
ただ、現在は、マネタリズムが絶対正しい、いや、ケインズ流だと言い張る人は少数派です。昔はマネーサプライの力を軽視ないし無視していたケインズ学派の学者も路線を修正し、マネーサプライに目を向けていますし、各国の中央銀行も今どきマネーサプライを気にしないところはありません。
バーナンキ議長が持ち出したヘリコプターの話も別段、マネタリズムがいいと主張しているのではなく、ケインズ流とマネタリズムの両方に立脚している現在の考え方に基づいていると言えます。上の講演の内容をご覧になればわかりますが、バーナンキは、金融当局にとっての景気対策は、短期金利の上げ下げであり、したがってゼロ金利のレベルに達してしまうと万策尽きたかのように見えるがそうではなく、長期金利の上昇をおさえる作戦など中央銀行が独自に実施しうるものがある上、財政当局との連携という手だってあるという話の流れの中でヘリコプターの例えを出しているのです。つまり、財政政策 (fiscal policy) と金融政策 (monetary policy) を組み合わせることで、デフレを脱却する方法もあるというのが論旨なのです。
現に、バーナンキのヘリコプターのくだりは、実際にはこうなっています。
A money-financed tax cut is essentially equivalent to Milton Friedman's famous 'helicopter drop' of money.(金融当局による資金供給に裏打ちされての減税は、実際上、あのミルトン・フリードマンによる有名なヘリコプターからの資金の投下と同じ効果をもたらす)
要するに金融政策が金利の上げ下げを主たる手段にしている以上、ゼロ金利となった場合、手の打ちようがなくなるかのようだが、財政当局に協力してもらって減税を実施し、人々の購買力を増やし、その一方で、潤沢に資金を供給することで金利上昇を防げば、ヘリコプターからカネをばらまいて、インフレを作り出すのと同じことができると言っているのです。その意味では、「ヘリコプター・ベン」と評したりするのは、まさに quoting out of context(文脈を離れた引用)であり、誰か有名人が言った、Text, out of context, is pretext. を思い出させます。
★ 貨幣数量論
ところで、「ヘリコピターからカネをばらまくとインフレを引き起こすことができる」という論法は、古典的なマネタリストの発想を知っておかないとピンと来ないものです。つまり、なぜヘリコプターからカネをばらまくとインフレになるかについては、貨幣数量論 (quantity theory of money) という理屈が背景にあるので、冗談で使われるにしろ一応知っておかないと、意味が伝わってきません。そこで、この貨幣数量論なるものが何を言っているかと言いますと、一国のマネーサプライ、つまり経済内の取引活動を支えるために出回っているカネの総量をM、そのカネが動き回るスピードをV、その国の物価水準をP、生産高をQとした場合、MV=PQという関係を見いだせると言うのです。つまり、
カネの量 (M) × カネの回転 (V) = 物価 (P) × GDP (Q)
という図式を持ち出してくるのです。
そして、ここでのカネの回転 (V) とGDP (Q) につき、カネが動き回るスピードはそうは動くものではなく(純然たるケインズ学派はこの点に異をとなえます)、また、短期的にはGDPもそうは動かないと仮定した場合、結局、M、つまり出回るカネの総量が変われば、P、つまり物価水準が変わるとし、端的には、 M=P としうるとします。つまり
カネの総量 (M) が物価水準 (P) を左右する
という構図を打ち出します。
もちろん、飽くまで単純なモデルでの話ですが、マネーサプライを二倍にすれば、物価も二倍になるという基本的構図があるとするわけです。そしてなぜカネを増やすとインフレになるのかとの問いに対しては、GDPを超えてカネが供給されると、生産されたものを取引するのに必要な分を超えて供給されるので、物価がつりあげられ、インフレになると説明します。当然、逆に、必要量以下の量しか供給されなければ、デフレです。
ここでヘリコプターが出てきます。例えばの話、日銀が大型ヘリからカネを全国に投下する大プロジェクトを敢行し、国民のカネの持ち高が突如、二倍になったとします。すると、名目上はわれわれの持っているカネは二倍になりますが、それで買えるモノ・サービスの量は変わっていないのですから、価格が倍になります。インフレです。こうしてヘリコプターからのカネの投下がことあるごとにインフレを起こしてデフレを脱却せねばという話のときに引き合いに出されるのです。
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なるほど!
バーナンキのことを財政出動論者と見なす文脈で使うのかと思っていましたが、それは、先生の言われるようにout of contextであることがよくわかりました。
[返信]
コメントありがとうございます。それにしても、前任と比べ、バーナンキの影が薄いこと。グリーンスパンがまだいて、節目で発言していれば、現在の金融や経済の不透明感もだいぶ緩和されていたのではと思えてしかたがありません。