2006年3月23日
文部科学省の英語力--「英語が使える日本人」の旗ふり役はきちんとした英語を書けるのか
「コミュニケーション能力とは何ぞや」という記事の中で、「和文の報告書などを英訳する際も、単に英語に置き換えるだけだと、こいつ頭悪いんじゃないのと思われてしまうような駄文になってしまうもので、まともに読んでもらおうと思ったら英文として理屈がとおるように再構成せざるを得ないのが普通です」と書きましたが、こういった感覚からすると、まさに反面教師に当たるのが、文部科学省の英語です。
2003年3月31日に「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画の策定について」というプレスリリースが発表されていますが、その英訳文が問題です。英訳するからには、英語を使う人たちに読んでもらいたいからであろうに、そういった人たちが当たり前のこととしている英文ライティングの基本的約束事を無視しており、どうかと思われます。一見、transfers(移転、移動)だとか international interdependency(国際的な相互依存)だとかむずかしい単語が並び、もっともらしい感じがしますが、よくよく見ると、第1パラグラフからして、英文パラグラフ構成の三要素である、Topic sentence, Unity, Coherenceが欠けているのです。
すなわち、そのパラグラフがどういう内容であるかを示す看板であり、かつ、パラグラフ内のすべてのセンテンスに共通の枠組みを示す Topic sentence が不適切です。第一センテンス自体、Topic sentence としての用をなしていません。また、これに続く個々のセンテンスは Topic sentence で示された枠組みから逸脱してはならないという要請、すなわち Unity というルールがあるのに、それも守られていません。のみならず、パラグラフ内のセンテンスがすべて互いに論理的につながっており、首尾一貫していることを求める Coherence が認められないのです。
これは英文ライティングにおける基本中の基本と言えるようなことがらですので、この文科省の駄文を素材に、どこがどう変なのか、また、正しい姿としては、本来どうあるべきかを見て行きます。
まずは、問題の第1パラグラフをご覧ください。
★ 文科省の駄目文
「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画の策定について」の英訳文は、こう切り出しています。
Recently, globalization in various fields of the economy and society has advanced rapidly. Transfers of information and capital across national borders as well as the movement of people and products have increased. Thus, international interdependency has deepened. At the same time, international economic competition has intensified entering a so-called period of “megacompetition”. Much effort is necessary to meet such challenges. In addition, the situation demands the sharing of wisdom among different peoples for the resolution of worldwide issues that face humanity such as global environmental problems. Given such circumstances, international understanding and cooperation are essential, as is the perspective of living as a member of the international society.
これの「原文」は以下のとおりです。
今日においては、経済、社会の様々な面でグローバル化が急速に進展し、人の流れ、物の流れのみならず、情報、資本などの国境を越えた移動が活発となり、国際的な相互依存関係が深まっています。それとともに、国際的な経済競争は激化し、メガ コンペティションと呼ばれる状態が到来する中、これに対する果敢な挑戦が求められ ています。さらに、地球環境問題をはじめ人類が直面する地球的規模の課題の解決に向けて、人類の英知を結集することが求められています。こうした状況の下にあっては、絶えず国際社会を生きるという広い視野とともに、国際的な理解と協調は不可欠 となっています。
生硬な用語が多いのはお役所の作文ゆえいたしかたないとして、和文そのものはどうということもありません。何を言っているかというと、「第一に、グローバル化とヒト・モノ・カネの移動という二つの要因から国際的な結びつきが深まっているよ、それと、国際競争も一段と厳しくなっているよ。だから負けないよう、積極的に取り組む姿勢が必要だ。第二に、あれこれと地球規模の問題が多いから国境にとらわれず、みんなで知恵を出し合うことも必要だ。第三に、第一点、第二点として取りあげた必要性があることに照らして、何ごとも国際的な視野ならびに国際的な理解・強調という二つのことを抜きにしては考えられない」と述べているのです。
しかし、冒頭でも触れたように、これをこのまま英語に置き換えただけでは、教育のある人間の書く英語としての体裁が調っていないものとなってしまいます。日本語で言えば、むずかしい漢語を羅列していながら論旨が不明の作文と同じです。
それでは、英文のパラグラフとは本来、どう構成すべきものなのでしょうか。
★ 正しい英文パラグラフの姿
素材として、「英語が使える日本人』構想とほぼ同じスタンスで、危機意識から外国語教育のあり方を変えねばと訴える政策文書を取りあげてみます。
以下は 1980年に外国語および国際関係論の研究・教育に関する大統領諮問委員会が発表した IMPROVING FOREIGN LANGUAGE COMPETENCE AT ALL LEVELS: NO LONGER FOREIGN, NO LONGER ALIEN(全般的に外国語運用能力を高める方策についてーー異国語と異文化が異なるものでなくなる日を目指して)という答申の最初の二パラグラフです。
見どころは、(1)最初のセンテンスである Topic sentence が「このパラグラフではこういう話をします」と打ち出していること、(2)あとに続くセンテンスがすべてその枠組みから逸脱していないこと、そして、(3)個々のセンテンスが論理的な関係で結ばれているので、結局はトピックセンテンスにつながっているということです。
Our gross national inadequacy in foreign language skills has become a serious and growing liability. It is going to be far more difficult for America to survive and compete in a world where nations are increasingly dependent on one another if we cannot communicate with our neighbors in their own languages and cultural contexts.(アメリカ人全体の外国語運用能力は話にならないほど低く、これが深刻なリスクをもたらしている。改善される気配もない。文化的背景をも考慮に入れながらその国の言葉を使って外国の人々と意思の疎通を図れないようでは、相互依存性を強めている国際社会に置いて生き残り、競争していくのがひどく難しいことになってしまうだろう)
The Commission views as a priority concern the failure of schools and colleges to teach languages so that students can communicate in them. The inability of most Americans to speak or understand any language except English and to comprehend other cultures handicaps the U.S. seriously in the international arena. Paralleling our professional language needs, foreign language instruction at any level should be a humanistic pursuit intended to sensitize students to other cultures, to the relativity of values, to appreciation of similarities among peoples and respect for the differences among them. It is axiomatic―and the first step to international consciousness―that once another language is mastered it is no longer foreign, once another culture is understood it is no longer alien.(当委員会は、学校教育により学生たちが外国語でコミュニケートできるようにはなっていない事実に鑑み、これを優先的に対処すべき課題だと考える。国民のほとんどが自国語以外の言葉を解したり、話したりできないこと並びに他国文化を理解できないことは、国際社会におけるアメリカの立場にとり、大きな障害となっている。各専門領域での外国語に対するニーズを踏まえ、外国語教育はあらゆるレベルを通じて、自己実現を追求する営みとして行われるべきであり、その目的は、異なる文化の存在、価値の相対性、さらには認識されるべき同質性もあれば尊重されるべき異質性もあるという事実に目を向けさせることに置かれるべきだ。外国語を会得するということは、自国語と外国語との障壁を取り除くことであり、外国文化を理解するということは、これもやはり自国と外国との隔たりをなくすことにつながるのは自明の理であり、また、国際理解への第一歩でもある)
ここで第2パラグラフを分解し、構成しているセンテンスに番号を振って並べると、以下のようになります。
(1) The Commission views as a priority concern the failure of schools and colleges to teach languages so that students can communicate in them. (当委員会は、学校教育により学生たちが外国語でコミュニケートできるようにはなっていない事実に鑑み、これを優先的に対処すべき課題だと考える。)
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トピックセンテンスであり、「外国語ができるようになる学校教育になっていない、それはまっさきに解決されるべき問題だ」と、枠組みが示されています。
(2) The inability of most Americans to speak or understand any language except English and to comprehend other cultures handicaps the U.S. seriously in the international arena. (国民のほとんどが自国語以外の言葉を解したり、話したりできないこと並びに他国文化を理解できないことは、国際社会におけるアメリカの立場にとり、大きな障害となっている)
↑
トピックセンテンスで言っている priority concern (優先的に対処されるべき課題)がどういうものかを具体的に説明すべく、指摘している「失敗に終わっている学校教育」につき、それがどのようなものであり、その結果、どういうことになっているかを言っています。注目すべきは、前段の inability 以下の部分が、トピックセンテンスの後段での failure の内容を敷衍していることです。
(3) Paralleling our professional language needs, foreign language instruction at any level should be a humanistic pursuit intended to sensitize students to other cultures, to the relativity of values, to appreciation of similarities among peoples and respect for the differences among them. (各専門領域での外国語に対するニーズを踏まえ、外国語教育はあらゆるレベルを通じて、自己実現を追求する営みとして行われるべきであり、その目的は、異なる文化の存在、価値の相対性、認識されるべき同質性もあれば尊重されるべき異質性もあるという事実に目を向けさせることに置かれるべきだ)
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上の(2)の文で言っている「外国語能力の不足がアメリカの対外活動の支障になっている」という点を受けて、言外に「だから」ということで、「こうすべし」という打開策を打ち出しています。
(4) It is axiomatic―and the first step to international consciousness―that once another language is mastered it is no longer foreign, once another culture is understood it is no longer alien.(異国語を会得すると、もはやそれは異なるものでなくなり、異文化を理解すれば、これもやはり異なるものではなくなるというのは自明の理であり、また、国際理解への第一歩でもある)
↑
このセンテンスは、(1)から(3)までのセンテンスの総まとめとなっており、冒頭に「以上を要するに」ということで、To summarize という一句を入れてもおかしくない性質のものです。同時に、トピックセンテンスとは、Schools and colleges should teach languages so that students can communicate in them [because] once another language is mastered it is no longer foreign, once another culture is understood it is no longer alien.という格好で呼応していますから、トピックセンテンスとの論理的なつながりも確保されています。
こうして見てきますと、第一に、そのパラグラフがどういう内容であるかを表す看板であり、パラグラフ内のすべてのセンテンスを束ねる共通項となる Topic sentenceがきちんとできています。第二に、Topic sentenceで示された枠組みから逸脱するセンテンスがなく、 Unity が確保されています。第三に、パラグラフ内のセンテンスはすべて相互の関係が明らかであり、首尾一貫しています。 Coherence が認められるということです。したがって英文ライティングにおけるパラグラフとしての要件がすべて満たされています。
もともと大統領諮問委員会のスタッフが起草し、最終的にはうるさ型で占められる委員達が了承する文書ですから、当たり前の話ではありますが、英文ライティングのセオリーどおりのパラグラフです。一つのモデルとして頭に刻み込んでおけば、自分でエッセイなどを書く際に役立つことでしょう。
★ 文科省の英語はどこがどう変なのか
今度は、文科省の英訳文を並べてみます。
(1) Recently, globalization in various fields of the economy and society has advanced rapidly.
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トピックセンテンスですから、英語の使い手は、「テーマはグローバリゼーションなのか」と理解します。
(2) Transfers of information and capital across national borders as well as the movement of people and products have increased.
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テーマであるグローバリゼーションの内容を拡充しているとわかります。
(3) Thus, international interdependency has deepened.
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これも、上の続きでグローバリゼーションつまりヒト・モノ・カネの移動に際しての障壁が低くなっていることの結果としてどういうことになっているのかを指摘しています。どうでもいいことですが、"interdependency has deepened"というのは変わった言い方です。「相互依存性が深まる」の直訳ということでしょうか。
(4) At the same time, international economic competition has intensified entering a so-called period of “megacompetition”.
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ここで英語の読み手は、「あれっ」と感じます。グローバリゼーションの話だったはずなのに、国際競争の激化という違うテーマが登場するからです。ことのついでにうるさいことを言えば、このセンテンスは、international competiton has intensified and entered a so-called period of "megacompetition"での二つ目の動詞 enter を分詞句にしたものですから、普通は、...has intensified, entering a so-called...と entering の前にカンマを打つものです。
(5) Much effort is necessary to meet such challenges.
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横道に入った感じがますます強まります。
(6) In addition, the situation demands the sharing of wisdom among different peoples for the resolution of worldwide issues that face humanity such as global environmental problems.
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ここでの the situation が何を指しているのか判然としないことも問題ですが、それより、国際競争の激化から、今度は、話が環境問題等の地球規模の課題解決のためには衆知を集めてどうのという話に転じています。オレンジの話をしますと切り出していたのに、テーマが途中でレモンの話になり、ついに柑橘とは無関係のジャガイモが登場したような違和感があります。
(7) Given such circumstances, international understanding and cooperation are essential, as is the perspective of living as a member of the international society.
↑
オレンジの話をしましょうと言って始めたはずなのに、「オレンジやらレモンやらジャガイモを総合的に考えると」と言っているも同然で、話がすっかりとっちらかっています。子供の作文の世界です。また、読み返しても、「グローバリゼーションの急速な進展」というトピックセンテンスでの指摘と、国際理解・協調並びに国際社会の一員としての自覚がどう関係するのかがわかりません。そもそもトピックセンテンスの位置におかれているセンテンス自体、パラグラフでの主張の枠組みを示さずじまいに終わっていますから、トピックセンテンスなどとは呼べない代物です。
こうして見てくると、このパラグラフは、英文パラグラフの三要素である Topic sentence, unity, coherence がそろっていない、論旨不明の駄文ということになります。悲しいことです。こんな情けない英文が海外に向け日本政府による英文として堂々と発信されているのですから。
月給約30万円のネイティブを英語の先生たちの助手ということで6,000人も採用する余裕があるなら、その枠を削ってでも高給でお雇い外人を迎え、こういった国辱ものの公文書が外部に出ることを阻止した方がよほど国のためになるというものでしょう。
文科省は「英語が使える日本人」構想の一環として英語教員に対してTOEICのスコアで730点以上を求めていますが、人様の世話を焼く前に自分たちの英語力を反省し、英語関係に携わる職員に対してこそ、然るべきレベルを要求すべきです。(この場合、TOEICでは駄目だという点については、3月22日の記事の最後の部分をご覧ください)
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Comments
今日のブログはもう「おみごと」というよりほか言葉はないです。
私からは盛大な拍手です。
[返信]
うるさ型のらばさんにそうおっしゃっていただければ本望です。次のヒット作めざして引き続き精進いたします。
- らば
- 2006年3月27日 07:44
冒頭の例文、先日私のブログで書いたほんやくこんにゃくとは趣は違うものの、「楽しめ」ました。頭の中で上手に同時通訳しているかのように、きれいなお役所日本語がスラスラと思い浮かんだからです。
ご説明の「レモン、オレンジ、じゃがいも」は爆笑しました。この手の文章の翻訳は、毎回悩みます。
[返信]
>同時通訳しているかのように、きれいなお役所日本語がスラスラと思い浮かんだからです。
わかります、この感覚。この手の英語って、原和文が何か「透けて見える」んですよね。
>ご説明の「レモン、オレンジ、じゃがいも」は爆笑しました。
いやいや、「ほんやくこんにゃく」
http://blog.livedoor.jp/favourite/archives/14525166.html
で出てきた「よろしく、こまどり」には負けます。
>この手の文章の翻訳は、毎回悩みます。
トップマネジメント直属のスタッフでもない限り、英語のロジックで書き換えるのは勇気の要ることだろうと思います。コンサルティングを兼ねて、日本式の構成だと通じないから、全体を変えるしかないと説得する以外に道はないのかなと感じています。
こんなこと、きちんと英文ライティングを学校教育で教えるようになれば、悩まなくて済むようになりますよね。
- favourite
- 2006年3月24日 11:57
以前から拝見していましたが、今日は始めて書き込みさせて頂きます。
とっても内容が濃いので難しいですが勉強になりました。確かに、日本人の文章の組み立て方と英語のとでは全く違ってきますよね。英語圏の学者も日本といいますかアジア人学者の論文には悩まされるそうです。
また勉強しに訪問させていただきます。
それと、リンクも頂いていきます。
よろしくお願いします。
[返信]
こんにちは。コメントありがとうございます。それと、リンクの件、もちろん、歓迎です。
>英語圏の学者も日本といいますかアジア人学者の論文には悩まされるそうです。
悩まされる程度ならともかく、英語流の展開になっていないというだけで、こいつは駄目だと不利益な判定を受ける留学生が多いと承知しています。
COZYさんのブログ、軽やかな感じのなか、しゃれた会話を楽しめて、いいですね。自分でも、海外TVドラマシリーズをよくTsutayaで借りて、英語の世界に浸っています。
- COZY
- 2006年3月24日 02:59

2010年の記事”段落はパラグラフに非ず”のリンクから拝見させて頂きました。いつも過去の関連記事のリンクはhelpfulで有難いです。
>>トップマネジメント直属のスタッフでもない限り、英語のロジックで書き換えるのは勇気の要ることだろうと思います。コンサルティングを兼ねて、日本式の構成だと通じないから、全体を変えるしかないと説得する以外に道はないのかなと感じています。
やはり、”訳す”際には、”元の文書を変えてしまうような構造の変換”が必要なのですねやはり”英訳する際の悩み”というのはあって当然という感じですね。訳す際には、言葉や表現・構造を変える必要があるので、よく”日本では言葉として理解できているけど、英訳する際には、その原文を書いた人並みに、内容を100%に近く理解していないと訳せないな”と思います。確かに”トップマネジメント直属”でも無い限り、”正解の英訳”はできない気がします。しかし、悲しいことに、”訳”をする命を受けている人は、たいてい”事務員”というようなポジションにいるような気がします。単語と文法はあっているけれど、”英語としては間違い(変)”という文章に終わりそうです。
[返信]
そうですね。日本語の作文では短めで、しかも大事なことを最後の方に来るのに、英語の作文は長めで、しかもand やsoを使ってダラダラ並べると、これまた低い評価を与えられますし、大変です。思うに、英訳する以上は、思い切って、英語の構造に当てはめるべきではないでしょうか。ただ、事務員だと蛮勇を要する話で、ちと厳しいかなという感じですね。