2006年4月14日
米議会を指すCongressには冠詞をつけない
本屋さんで英語の棚を見ていたら、"JACET8000" が用例付きの本になっていたので、「おお、出ましたか。こりゃ買っておかなきゃ」という気持ちで手にとり、中を確かめていたところ、最頻出2000単語レベルの一つ、Congress(米連邦議会)の所でひるんでしまいました。例文が、The Congress...となっているじゃないですか。一字違うといった誤植ではありません。明らかに、定冠詞を意識して入れています。しかし、これには首をかしげざるを得ません。
あとで見るとおり、学習者向け英英辞典では、米議会を指す Congress は固有名詞であり、冠詞を付けないとしています。また、実際にも the Congress とするのは少数派です。例えば、www.googlefight.com で "in congress" と "in the congress" をヒット数で比較すると、4310万対216万で冠詞ナシの Congress の圧勝です。また、アメリカの教育機関のサイトでの用例に絞り込むため、site:edu を付けてGoogleで検索してみると、"in Congress" が145万、"in the Congress" は 10万ですから、やはり冠詞ナシの Congress が圧倒的多数派です。
一方、ことのついでに、伊村元道、斎藤武生、速川和男編『Q&A 英語なんでも情報事典』(研究社出版)の索引で congress を引いたらあったので、該当ページを見たら、「さて日本の国会 (the Diet) に当たる連邦議会 (the Congress) は…」「まず国会については、日本、デンマークなどでは、the Diet、アメリカでは the Congress、イギリス・カナダなどでは、the Parliament と呼ばれます」というふうに、the 付きの Congressが正しい言い方であるかのような記述になっています。編者はいずれも英語を専門としている大学教授ですから、あるいは、その方面では、the Congress という形が理屈として正しい形とされているのかも知れません。しかし、前述したとおり、実際には、冠詞ナシの Congress が間違いなく圧倒的多数派です。
ところで、この JACET8000 というのは、JACET List of 8000 Basic Wordsの略称で、日本語では、「大学英語教育学会基本語リスト」と言っています。JACETは、この8000語リストを考案した大学英語教育学会の略称です。してみると、大学での英語教育を担う先生たちの団体による、いわば大看板に変わった冠詞の用法が見られるわけで、どうだかなあと思ってしまいます。
それはともかく、このJACET8000は、1億語を擁するイギリスの British National Corpus を土台に、日本の英語教育の現状を反映させたことをうたい文句にしているので、本になるのを楽しみにしていました。ボキャブラリーはただ単語をやみくもに勉強していけばいいというものではなく、最頻出単語 (high frequency words) からつぶしていくのが効率的とされているわけで、頻出度の高い順から並べている単語集というものがあれば、たのもしい限りだからです(詳しくはバックナンバーの「ボキャブラリーのはなし」をご覧ください)。しかし、たかが冠詞の用法とは言え、私にとっては、クリティカルな問題なので、the Congress がどうのといった用例が入っているとなると、何だか買う気になれません。やはり手元に置く以上は、多数派にしたがっており、安心して使えるものが欲しいところです。
ここで固有名詞に冠詞は付けないというルールを思い返してみると、なるほど、固有名詞の場合は、identify するまでもないので、原則として冠詞は付けないとされはしますが、同じように道路を意味する普通名詞が要素となっている言葉なのに、一方で、Fifth Avenue と言っているかと思えば、他方で、the Nantoka Highway と言ったりという具合に、わかりにくいと言えばわかりにくい感じもあります(この点、後日、記事にしようかなと思っています)。そこで、今回は、Congress, Parliament, Dietといった議会の名称に冠詞をどう付けるかにつき、ちょっとおさらいをしておきます。(もちろん、the Congress とすべきだという少数派もいらっしゃるのは承知ですが、ここでは飽くまで現場感覚で多数派の用法に従います)
まず、米連邦議会を指す Congress は、それが大文字で始まることに表れているとおり、固有名詞ですから、冠詞は一切付けません。手元にあるMacmillan, Longman, Oxford, Cambridge, そして、Collins COBUILDと、学習者向け英英辞典は、いずれも congress の語義中、米連邦議会を指す Congressにつき、わざわざ大文字で始まる Congress を独立して扱い、冠詞が付かない固有名詞であることを明示しています。
そもそもなぜ固有名詞には冠詞が付かないかと言えば、冠詞の役割を考えれば、答えは簡単です。名詞が表すXのうち、どのようなXなのか、あるいは、どのXなのかに答える必要がある場合に付けるのが冠詞であり、だからこそ英文法の世界ではこの機能に着目して determiner (限定詞)と呼ぶわけです。そういうものである以上、固有名詞のように最初から、いくつかのXがありうるという状況にないものについては、最初から冠詞を付ける必要がないのです。
例えば、私、日向清人はこの世に1人しかいない存在であり、原則として、What Hinata? に答えての a Hinata だとか、Which Hinata is this? に答える the Hinata などは観念できないのです。例外的に、例えば、日向清人君が妙に明るく、ほがらかで、何を言っても怒らないという日があったら、知り合い、あるいは、日向君の英語の授業を取っている学生に、 What we saw was a different Hinata. と評されることにもなりますが、これは特定個人の一側面に着目した場合の特殊な用例で、飽くまでも例外です。
話を Congress に戻しますと、英語圏の人間は「コングレス」という音を聴いただけで、米連邦議会だなと思うわけで、ましてや、書き言葉で、大文字で始まる Congress とあれば、間違いなく米連邦議会ですから、固有名詞ということで、話し言葉でも書き言葉でも冠詞ナシで使います。
これはイギリスの議会を指す Parliament でも同じです。この単語も学習者向け英英辞典では、ただの議会ではなく、英議会を指す場合は大文字で始まる固有名詞と扱われることがはっきり書いてあります。
この点、注意を要するのは、英語圏の人々の感覚の問題として、Congress あるいは Parliament は固有名詞と扱われるということであり、すべての議会が冠詞ナシではないということです。ドイツの連邦議会を指す the Bundestag や日本の国会を指す the Diet の場合は、英語国民にとり、固有名詞的感覚で扱うものではないことから、the Bundestag [of Germany] ないし the Diet [of Japan] という言外の補足情報が感じられ、この結果、「どのX」かを指すときの定冠詞が入るのだと解されます。同じ議会でも議会を構成する要素である上院が the Senate [of the U.S. Congress]とされ、下院が the House of Representatives [of the U.S. Congress]という感覚で受け止められ、定冠詞が入るのと同じ発想ではないかということです。
もう一つ注意を要するのは、Congress の場合は冠詞は要らないのに、それに U.S. という形容詞が付くときは、the U.S. Congress というふうに定冠詞が使われることです。この言い方の場合は、congress という言葉自体は形式的に同じですが、the Congress of the United States ということであり、「どのX」かを抜き出す言い方になっているので、定冠詞が使われているというのが私の理解です。
以上を要するに大文字で始まる Congress は米連邦議会を指す固有名詞であるから冠詞は付けずに使うということであり、例外的に U.S. が付いているときは、いろいろありうる congress のうちの アメリカのだということを表すため、the U. S. Congress というふうに定冠詞が付くということです。
追記: 非英語圏の議会を指す言葉がそのままで使われる例としては、ドイツ連邦議会を指す Bundestag 以外、イスラエルの Knesset とスペインの Cortes ぐらいしか思い浮かびません。あとは、たいてい parliamentで、たまに natonal assembly といったところでしょうか。
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日本の国会を表現する場合the Dietという単語がよく使われているような気がします。しかし,手元にあるCollins COBUILD Advanced Learner's ENGLISH DICTIONARY fourth editionでdietの項目を調べてみると,議会に相当するような語義は載っていませんでした。辞書に載っていないとすると,英語圏ではあまり一般的な使い方ではないのでしょうか?
[返信]
たしかに同じ学習者向け英英辞典でも、Collins COBUILDやOALDのように載せていないものがありますね。でも、LDOCEとMacmillan English Dictionary of Advanced Learners of American Englishは載せています。そうは言っても、やはり、あまり一般的ではないことを反映して、通信社の記事などを見ていても、...the Diet, Japan's parliament, とか、...the Diet (Japanese parliament) というふうに補足しています。
あの英訳憲法で、どうして Diet が使われるようになったのか知りたいものです。