2006年8月30日
かわいそうな小さな冥王星:日本語と英語の形容詞の並び順
先日、冥王星が専門家の会議で矮惑星 (dwarf planet) に格下げされたことをを報じる朝日新聞の記事を読んでいたおり、「冥王星が惑星から矮(わい)惑星に『降格』されたことを、米CNNテレビは『かわいそうな小さな冥王星』と速報した」という一文のところで目が止まりました。あれっと思ったのは、「かわいそうな」が先に来て「小さな」がその後に続くという形容詞の並べ方。自分だったら、「小さくてかわいそうな」冥王星にするなと思ったのです。みなさんだったらどう並べますか?
CNNの方の元の言い方は、 放送のトランスクリプトにもあるとおり、"poor little Pluto" で、ここでの poor 、次に little という並び順はあとで見るとおり、主観的なものから客観性の高いものへという英語の場合の形容詞の並び順どおりです。これをそのまま「かわいそうな小さな」と訳してあったので、違和感をおぼえたのだと思います。ただ、違和感と言っても、自分だけかもしれないと心配になり、「かわいそう」と「小さい」の組み合わせをGoogleで調べてみました。「フレーズとして検索せよ」と限定するため引用府でくくった上、いくつかの組み合わせを検索したのですが、結果はこうです。
"かわいそうな小さな" → 2,540 (goo だと172)
"かわいそうな小さい" → 1,510 (goo だと5)
"かわいそうで小さい" → 1,000 (goo だと0)
"小さくてかわいそうな" → 1,170(goo だと34)
"小さなかわいそうな" → 30(goo だと8件)
"小さいかわいそうな" → 44(goo だと5件)
今回は、このように気になる、英語と日本語の形容詞の並び順をちょっと考えてみました。
★ 英語の形容詞の並び順:poor little Pluto
名詞の前にいくつか形容詞を並べる場合、その並び順は使う形容詞の性質が何かによってしっかり決まっています。気分で順番を入れ替えることができないのです。このように動かせないルールで縛られてはいますが、実際問題としては、形容詞が三つも四つも並ぶことはあまりなく、だいたいが二つぐらいですから、神経質になる必要はありません。そのルール、基本的にはこうおぼえておくと楽です。
主観的評価 + 物理的形状(この中では、size, age, shape, color の順) + 「その他」
の順となります。「その他」の中身は「原産国・国籍はどこか」「材質は何か」「用途は何か」というふうに更に絞り込む形容詞 (defining adjectives) です。
二、三、例を挙げておくとこんな感じです。
a beautiful red Italian car(きれいな赤いイタリー車)
an ugly huge building(みにくい、大きなビル)
a useless empty ceremony(何の役にも立たない、意味のない儀式)
a cute old Japanese woman (かわいらしい日本人の老婦人)
ですから、上の poor little Pluto は、まさにセオリーどおりで、poor と little という二つの形容詞が、主観的評価、そして 大小の順で並んでいます。
こうした並べ方の順番についてはどの文法書にも載っていることでしょうが、これまで見た中で一番網羅的だったのは、Richard Firsten と Patricia Killian の共著、Troublesome English (Prentice Hall Regents) に載っていた順番で、こうなっています。
主観的意見 → 大小 → 長短 → 状態 → 新旧(老若) → 熱い冷たい → 形状 → 色 → 産地・出身 → 時節または朝昼晩の別 → 材質 → 動力源 → 位置・場所 → 用途
この本で、なるほどそうかと感心したのは、同一のスロットに入る同種の形容詞どうしの間では、一般的な形容、次いで、より具体的な形容へと並ぶという観察です。例えば、「ベージュの壁掛け型のキッチン用電話器」というものを言う場合、「キッチン」と「壁掛け型」を比べると、いずれも位置を表しているものの、「キッチン」のように「壁」という局部的なものを指す形容詞より広い範囲を指す形容詞が先に来ると言うのです。ですから、この場合は、
a beige kitchen wall phoneと言い、また、同じ理屈で、
a blue bedroom desk phoneとなります。何であれ、より specific なものほど名詞側に近い所に来るというのは、全体を見渡しても妥当する話であり、覚えておく価値があると思います。
★ 日本語の形容詞の並び順:安くておいしい店 vs おいしくて安い店
英語の場合、名詞の頭につく形容詞がいくつかあるときは、上で見たとおり、一定の順序に従いますが、これに対して、日本語の形容詞の並び順については、一般的に入れ替え自由とされているようです。ですから、「かわいそうな小さな冥王星」と言おうが、「小さくてかわいそうな冥王星」と言おうが、どちらでもいいのだということになりそうです。実際、あの吉野家の「うまい、やすい、はやい」も、ご本家のホームページでは、このとおりの順番ですから、本来、この順番で通すべきなのでしょうが、同社の営業責任者でさえもが 吉野家のことを語っているサイトでは、順番を入れ替えて、「吉野家のモットーとして、『うまい はやい やすい』があります」などと言っているぐらいですから、実際は、融通無碍です。
私自身は、「かわいそうな小さな冥王星」という言い方に抵抗をおぼえます。あるいは組み合わせによっても違うのかも知れませんが、やはり日本語のセンスの問題として考えると、必ずしも多数派が正しいと言えないケースも多々あるのではないでしょうか。この点、部分的ながら真正面からこの問題に答えている本に、小池清治著『現代日本語探究法』(朝倉書店)があります。
この本によると、「遠し、近し、長し」など主として形状を表すことが多い「ク活用形容詞」と「悲し、嬉し」など主として感情を表す「シク活用形容詞」とが並んで出て来る場合は、前者が先行すると言います。したがって、普通は、「安くておいしい」と言い、「おいしくて安い」とはあまり言わないということになります。同書の表現を借りると、「安くておいしい」という言い方の方が「安心感」があるのです。事実、Googleで検索してみると、「安くておいしい店」のヒット件数が14,100もあるのに、「おいしくて安い店」は1,350どまりです。
この理屈を類推するに、「小さい」が形状を表すのに対して、「かわいそうな」は感情を表していますから、「かわいそうな小さな冥王星」よりは「小さくてかわいそうな冥王星」のほうが座りがいいようにも思えるのですが、どうなのでしょう。
★ さいごに
英語と日本語の形容詞の並び順を比べながら思ったのは、英語を勉強することが日本語の勉強にもつながるということです。英語をきちんと使おう、つまり言葉を正しく使おうという問題意識から形容詞の語順を確かめていく作業を通じて、同じ言葉である日本語の正しい使い方にも目が向いたわけです。このように、外国語がいわば日本語を映す鏡としての役割を果たすことを考えると、外国語教育と国語教育の連携の大事さを再認識させられます。
子供に外国語を教えると日本語が駄目になると論じる人たちがいますが、私のように子供の頃に、母国語と平行して英語、スペイン語、フランス語を詰め込まれたのに別段、母国語に支障を来していないケースがいくらでもあること(ただ、英語感覚なのか、日本語で屁理屈をこねる人をすぐ馬鹿だと決めつける傾向はあります)を見落としています。まあ、脳が硬くなり、萎縮し始めている人たちには、子供たちの脳がいくらでも言葉を吸収できることが感覚的にぴんと来ないことなのでしょう。また、こういった主張をする人たちは、外国語との比較があってこそ日本語のよさ、独自性につき、そうなのかと納得できることをも見過ごしています。比較対照しながら「そうか、そうだったのか」と気づく、あの言い知れぬ喜びを一度も経験したことがない、気の毒な人たちです。
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Comments
いつも勉強になる記事ありがとうございます。
「かわいそうな小さな〜」よりは「小さくてかわいそうな〜」のほうがよいかどうかは、文脈に依存すると思います。
冥王星の場合、「冥王星はある程度大きい星(=惑星)」であると思われていたのに、「実は小さかった」わけです。これを雑誌の見出し風にするならば
かわいそうな "小さな" 冥王星
とでもするところだろうと思います。件の朝日新聞の記事では上の " " が取れた形(=かわいそうな小さな冥王星)になっていると思われます。
もしこれが「小さくてかわいそうな冥王星」となると、「実は小さかった」という意外な感じが損なわれ、「もともと小さくて、もともとかわいそうな」冥王星という印象になります。どうにも平板な印象を与えてしまいます。あるいは、人によっては「何がかわいそうなの?」と思うかもしれません。
意味的な構造としては、
[かわいそうな [[ 小さな ] 冥王星]]]
となるかと思います。
#ただ、これはすでにニュースの内容知っているから、
そう思えるのかもしれません…。
これが「小さくてかわいそうな冥王星」だと、
[[[小さくて] [かわいそうな]] [冥王星]]
となります。
このように愚考いたしますが、いかがでしょうか?
[返信]
詳細なご解説、勉強になりました。ありがとうございます。これを日本語を勉強している外国人に英語で説明しろと言われたら、私は降ります。
- 匿名
- 2006年8月31日 05:56
興味深く、拝読しました。
poor little Pluto 「哀れで小さな冥王星」「哀れな小さい冥王星」 「惨めな小さい冥王星」「惨めで小さな冥王星」
「かわいそうな小さい冥王星」 「かわいそうで小さな冥王星」
私なら、こんな風に訳してみます。
[返信]
このところ、小さいがためにかわいそうなことになっている冥王星という趣きを出すといことでは、「ちっちゃくて、かわいそうな冥王星」というのもありかなと思っています。人間でも、基準が変わって、身長が160センチに達さないあんたは、コドモだと言われたらと悲しいですよね。
- 匿名
- 2006年8月31日 01:25
こんにちは。
確かに「かわいそうな小さな」はかなり違和感がありますね。「~な」「~な」と続くのが特に気持ち悪いのかなと思います。ただ、ここでは小さいことがかわいそうなのであって、「小さくてかわいそうな」だと、また意味合いが微妙に違ってきそうな気もします。……あれ、やっぱり同じかな? よく分からなくなってきました(笑)
>子供に外国語を教えると日本語が駄目になると論じる人たちがいますが
私も日向さんと同じで、外国語を教えるせいで日本語が駄目になるとは思いません。ほんとに子供の脳ってなんでも吸収しますもんね。でも正直言って、小さな子供に関しては、外国語を学ぶ時間があるのなら、その時間をもっと豊かな日本語に触れるために使ったほうがいいかもしれないと思うことはあります。母国語の日本語がいい加減なら、いくら一所懸命外国語を勉強しても、それもいい加減なレベルにしか達しません。英語で込み入った話は何ひとつできないのに、「日常会話程度なら大丈夫!」って平気で言ってる人を見かけますが、そういう人は日本語もそんな感じじゃないのかな……。悲しくなります。
[返信]
言われてみれば、「な」の連続は落ち着かない気持ちになりますね。子供の外国語学習のはなし、われわれ平民はいいんじゃないと思っていても、わが国のインテリはそれを許してはくださらんわけで、困ったものです。日常会話程度はOKという輩、たしかに、日本語もレベルが低いのが普通ですね。自分の日本語以上の外国語ができるはずがない、いい証拠で、世の中よくできていると思います。
- mako
- 2006年8月30日 15:41

やはり、こういうのは一人でぶつぶつと繰り返し言ってみないとわかりにくいですね。
目で捉える分には、違和感をさほど感じなかったのですが、声に出して言ってみると、私も「小さくてかわいそうな」派ですかね。
英語の詩なんかで、韻を踏ませるような感覚で、「かわいそうな」という形容詞のほうが「小さな」と同じ数の音節になれば、見出しなんかにはそっちのほうがよさそうですけれど。
私は京都出身なのですが、京都独特の形容詞を2回繰り返す癖(大きい大きい家だとか、暑い暑い夏だとか)があり、音節が同じ数なら、きっと気にならなかっただろうとは思います。
(あっ、ちなみに本日のコメントは"balanced logistical flexibility"を心がけました。笑)
[返信]
音の問題もあるでしょうし、前後の流れもあるだろうし、本当、日本語というのは悪く言えばいい加減で、よく言えば融通がきく言葉で思いました。Buzzword generator、暑いにも拘らず、故障せずに動いているようで、何よりです。