2006年12月28日
語学力の自己査定:Language Passport という仕組み
わが国の場合、語学は一種の習い事とされているのか、「英語が使える」という概念が漠然としています。不思議なことに、読み、書き、話し、聴くという基本的スキルのそれぞれについてどの程度の水準をクリアしているべきかという点につき、きめこまかな基準があるわけではなく、英語を教える方と学ぶ方のいずれを見ても共通の認識がありません。
あるのはTOEIC何点、英検何級程度の大雑把な判定法で、これとて、最高レベルのはずなのに電話での応対すら満足にできない人がいくらでもいますから、一体何を測定しているのかと言いたくなります。また、TOEICの場合、Listening が何点、Reading が何点という形式でスコアが表示されると承知していますが、点差 10点をスキルの違いに引き直した場合に、何ができ、あるいは何ができないのかと受験者に尋ねたところでこれに答えられる人はまずいません。(もともとそういうテストではないのですから、当たり前のことではあります。直接にスキルを測定するのではなく、受験者の得点を以前に受けた母集団と対比しての位置づけとして表すテストの限界です)
結局、「誰々さんは英語ができる」「英語の達人だ」程度の話でみなさん、けっこう納得しているようです。習い事よろしく、TOEIC何点以上とか、英語圏の大学に留学したといったことがそのまま「免許皆伝の腕前だ」と認知される感じなのでしょう。
これはお役所も感覚が同じようで、たとえば文科省が2003年に大々的にぶちあげた「英語が使える日本人」の育成のための行動計画なるものを見ても、その目標は、中学卒業時までに「挨拶や応対、身近な暮らしに関わる話題などについて平易なコミュニケーションができる」レベル、高校卒業時までに「日常的な話題について通常のコミュニケーションができる」レベルをクリアした上、「大学を卒業したら仕事で英語が使える」レベルに達しているべきだとしています。
ことのついでに言えば、先日、取りあげた「英語より国語を先に勉強させろ」という人々も同じで、わが国では、なぜか他ではきちんと実証的にことを論ずるような人々も語学論議になると自分だけの思い込みに基づいた観念的な話に走る傾向があります。
これでいいのでしょうか。
そもそも「挨拶や応対、身近な暮らしに関わる話題などについての平易なコミュニケーション」と「日常的な話題についての通常のコミュニケーション」との差はどこかと見ても、コミュニケーションが「平易」か「通常」かという程度の違いで、これでは禅問答にはなっても、実用的な区別にはなりません。例えば、人に道を尋ねてその答えを理解するといったタスクは「平易」なのでしょうか、「通常」なのでしょうか。空港での「フライトはいかがでしたか?」といったたぐいのやりとりはどうなのでしょう。
また、「仕事で英語が使える」レベルというのもどの程度のことを指しているのかわかりません。電話の受け答え一つ取っても、何とか本人に取り次げる程度と本人が留守の場合に「伝言承りましょうか」「私でよろしかったら承りますが」「他にわかる者がおりましたら回しましょうか」と(定型的ながらも)的確に処理できるレベルとでは大違いです。
こういった区分どうしの違いがはっきりしていないようでは、「平易なコミュニケーション」ができるレベルから「通常のコミュニケーション」をこなせるレベルへとステップアップしたかを学習者自身、確認できず、不便です。また、この種のレベル分けに基づいてその人がどの程度英語ができるのかを知ろうとする企業など、いわばユーザーにとっても、役に立ちません。
他方、こういった区分の違いが明確になっている場合でも、区分間の落差があまり大きく、容易に次のステップへと上がれないようでは、学習者が勉強を続けなくなるという問題が出てきます。
このように、学習者のレベルを測り、区分するという問題はなかなか大変なことですが、一つの試みとして注目されるのは Council of Europe (欧州評議会)が進めている Language Passport という仕組みです。Language Passport は、2004年時点での調査では、イギリス、フランス、ドイツ、スイスなど8カ国で公教育に取り込まれ、言語政策上のツールとして実際に使われており、他方、これの「お仕事版」つまり域内のある国から他の国へと移動する労働者のためのものは Europass Language Passport と呼ばれています。
★ Language Passport
Language Passport というのは、ある言語についての能力証明書のようなもので、運転免許証に「普通」とか「大自二」といった種類が書いてありますが、そういった種類に加えて、それぞれにつき、どの程度うまく運転できるかが示されている感じです。
このパスポートは、学習記録と資料集ともども、European Language Portfolio (後出の Common European Framework of Reference for Languages を教育の世界で使うためのパッケージと位置づけられています)というものの一角を占めていますが、域内のヒトの移動、交流の自由化を進めるためには、個々人がどの言語を使えるのか、また、その言語につき、どの程度の運用能力 (proficiency) を持っているのか、さらに異文化に対する理解度がどの程度なのかを一目で確認できる資料があると便利だという発想に基づいています。
まずはサンプルをご覧ください。(欧州域外の人でも自己評価ができる限り誰でも 自分のパスポート を作れます)
[Europass のサンプル]

ご覧のとおり、言葉の運用能力を示す項目は三本立てで、母国語以外にフランス語ができる人であれば、自分の外国語能力についての自己査定、検定等それを証するもの、そして、その外国語を実際に使った経験の三つを書く欄があります。そして、自己査定 (Self Assessment of Language Skills) の項では、運用能力を(1)聴き取り、読み取るといった「受動的理解」はどうか、(2)会話で相手ときちんとやりとりし、言いたいことを言えるという「話す力」はどうか、それと(3)「書く力」はどうかという具合に、三つに分けて評価するようになっています。
ポイントは、あとで詳しく説明しますが、 入門レベルの A1 からプロとして通用する C2 までの、6段階評価によっていることで、しかもこの6段階評価は、ヨーロッパ内ではどこでも通用する共通の規格です。
Europass Language Passport を生み出した European Language Portfolio のねらいは、ヨーロッパ域内の人々が自国語以外にもう二つ外国語を話せるようにし、他国文化への理解が深まるようにしようという複言語・複文化政策の具体化にあり、そのことを通じて、域内のヒトの行き来を活発にしようというものです。しかし、話はそこで終わらず、個々人のレベルで、人々が自分の語学力の現在位置を確認できるようにして、学習における自律性を促そうというねらいもあり、その背景には、語学は学校を出たら終わりというものではなく、生涯学習のテーマでもあるという考え方があります。
★ 共通の物差しとしての Common European Framework of Reference for Languages
この「パスポート」上使われている自己査定のモノサシは、Common European Framework of Reference for Languages (CEFR) と呼ばれています。大きく分けると、「何とかやっている」レベルの A レベル、「自分1人の力でコミュニケーションをこなせる」と認められるレベルのB、そして「水準以上」と言えるCレベルの三つから成っており、それぞれが更に二段階に細分化されています。要するに松竹梅であり、それぞれに「並」と「上」があるということです。
上の Europass Language Passport を自分で作成する画面では以下のように、各項目につき、A1からC2までのスケールに従って、どこに位置するかをドロップダウンメニューで選んで行くことになります。
[自己査定のための画面]

ところで、この CEFR のスケールの最大の特色は、自分が A1 なのか、その上の A2 なのか、はたまた二段階上の B2 なのかを Can do statement と称される基準に照らして判定するようになっていることです。何かのテストで何点だからどうだというのでなく、「あなたはこれができますか?」という問いが用意されており、あるレベルに配当されている一連の Can do 、つまりタスクをこなせるなら、そのレベルに属していると判定される仕組みです。
なかなかわかりやすく、おもしろいのですが、長くなるので、きょうはここまでにしておきます。待てないという方は、次の手順でこの CEFR の日本語訳をご覧になることができます。
まずはこのウェブページに行きます。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jgg/jggla/library/cef_verzeichnis.html
次に、このページ上の「第3章 共通参照レベル (Common Reference Levels)」という項目に行きます。右側の「参照」をクリックすればページが開きますし、Download をクリックすれば pdf 版が開きます。
こうして開く28頁から成る書類の4−5頁(通し番号では 27頁ー28頁)にこの全体の枠組みが、そして、6−7頁(通し番号では 29-30 頁)に A1 レベルと A2 レベルの Can do statements が載っています。
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- [CEFR]
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- »学校行かずにフランス語!: Le Passeport de Langues Europass - 2007年6月 5日 19:46
Coucou !! うわぁ・・・今月のカレンダー、すかすかですねぇ。 こんなにお...
Comments
全くの同感です。今の日本は、英語力を資格試験の点数でしか判断できない人達が余りにも多すぎますね。TOEIC満点とって天狗になる人が出てくるのも無理ありません。英検にしても単に合否判定だから、意味がないと勝手に決め付けている傾向が強いです。試験の中身をちゃんと見ていてからいって欲しいものです。特に準1級や1級は、英語コミュニケーション能力を測るという点ですごくバランスが取れていますしね。私はアメリカ留学する4年前に英検1級を受けました。不合格Bでしたが、非常にいいトレーニングになりました。留学直前に受けたTOEICは890点でした。ちなみに今はアメリカ大学院留学中で、渡米して5年目になります。
所詮ノンネイティブの英語力を測る試験で、高い点数を取って調子に乗っている人達は、言ってしまえば井の中の蛙です。いくら海外留学といっても、単なる語学学校じゃ、たかだかレベルが知れていますし、正規留学でも3-4年程度じゃ、英語の達人どころか英語のプロにも程遠いです。私は、多くの日本人留学生よりもはるかに上で、周りの人からも「君の英語は完璧だ」とよく言われます。でも、私は、アメリカ人(教養人)と常に比較しているので、今の自分の英語力には全く納得していません。よって、学期休みの間も毎日、現地で英語の修行に励んでいます。
私個人としては、どんなに英語が出来ない日本人でも、大学卒業までに、せめて英検準1級レベルかTOEIC700-800点が取れている必要があると思います。そうでなければ、社会に出てあとで困るのは明白だと思います。もちろん、取った点数が、きちんと会話やライティング能力に反映している必要がありますが。
国際社会でやっていくには、日本の文化や事象を全て英語で発信するというくらい気力が必要になると思います。
今回の記事、興味深く読ませていただいております。こういった貴重な意見が、今後の英語教育界にきちんと反映されるといいですね。
[返信]
コメントありがとうございます。こういう志の高い読者がいらっしゃること自体、何だかこちらまで鼻が高くなります。
- 海外留学者
- 2007年1月 5日 07:20
こんにちは、日向さん。
ありがとうございます、いただいた資料に目を通して自分で試してみてから、リンクと記事の紹介をさせて頂きたいと思います。年明けになると思いますが、またご連絡しますね。
ぜひぜひ、ご協力お願いしたいと思います!楽しみです♪
英語のほうはさっぱりなので、こちらでお勉強させて頂きます。それでは、今回は本当にありがとうございました。よいお年をお迎え下さい。
[返信]
KIKIさんもよい年をお迎えください。フレンチだと、Je vous souhaite une bonee année 2007. でしょうか。
- KiKi
- 2006年12月30日 13:07
!!!
早速のお返事、すっごく感激です☆まさか、わたしの拙いブログ、読んでくださってるとは思いませんでした!こうして言葉を交わせてうれしく思います。それから、資料まで用意してくださって本当に感謝感激です!(そうなんです、多くのかたに知って頂きたいと参加したランキングに右往左往するのは本末転倒なんですが。。。下がっちゃうのはやっぱり恐怖ですね!情けないです)うちに貴ブログのリンクを貼らせていただいてもよろしいでしょうか?英語を勉強してからフランス語をはじめた読者さんも多いので、ためになると思います。ご迷惑でなければ、この Europass Language Passport とともに本文中でご紹介させていただきたいと思うのですが、それはいくらなんでも厚かましいですよね・・・?
(とっても有用な記事だと思うので!!)
宣伝に来たわけではないので、このメッセージ、削除して頂いて構いません、なんだか長々と申し訳ありません。とにかく、本当にうれしいです、これで堂々と拝見することができます♪ありがとうございました!!!(わたし、あまり常識がないので、文中に失礼があったらごめんなさい)
[返信]
どうぞリンクを張ってください。ビジネス英語が看板なので、そちらさまのお客さんが戸惑いやしないかとちょっと心配ではありますが。また、パスポート関係のご紹介もどうぞ、どうぞ。EUがらみは「おかたい」フレンチの宝庫で、何かとおもしろいのではないでしょうか。協力して、英語以外の言語にもっとみなさんの目が向くようにしていけたらいいですね。
- KiKi
- 2006年12月29日 10:34
はじめまして、たまに読ませて頂いてましたが(とても興味深かったので)、コメントをのこす勇気がなくて・・・
今回の記事、とても参考になりました。早速活用してみたいと思います!!またお邪魔してもよろしいでしょうか?
楽しみにしています。
[返信]
人気blogランキングでのお隣さんが訪ねてくださるとは光栄です。「学校に行かずにフランス語!」折々、拝見していますが、とぼけた筆致なのに、いろいろとためになることが書いてあり、勉強になります。(バカンス中も、ちゃんとランキングの投票続けます!わかります。人が来なくなり、順位が下がる恐怖感)
今回の記事をおもしろがってくださり、うれしいことです。フランス語族の方には、以下が資料として便利です。最初のがいわゆる共通参照枠で、二つ目が自己査定に便利な表が入っているものです。
http://www.coe.int/t/dg4/linguistic/Source/Framework_FR.pdf
http://www.coe.int/T/DG4/Portfolio/documents/Pass_2spr.pdf
- KiKi
- 2006年12月28日 23:24

お久しぶりです、日向さんこんにちは。
Europass についてしばらく放置状態だったのですが、
自分で必要になりつくってみました。
とてもいいシステムなので、やっとブログのほうでも
本日の記事で貴ブログといっしょにご紹介させていただきました。
有用な情報本当にありがとうございました。
これからも楽しみにしております☆
[返信]
有名ブログで紹介していただき、うれしく思います。ありがとうございます。
拝見しましたが、よく出来ていますね。あれなら、案内にしたがって、自分のパスポート、作れますよね。
ちなみにレベルのチェック、www.dialang.orgもおもしろいですよ。「フランス語の単語でないものはどれか」という語彙力チェックは、いい加減な部分がさらされて、反省させられます。