2007年2月27日
語学の原点は単語カード:実証研究が裏づける単語カードの有効性
英語その他の言語を勉強されている読者のみなさん、暗記するに当たって、単語だけを言わば単体で覚えて行くべきか、あるいは例文ごと覚えて行くべきかで迷ったことはありませんか。
実は、先日、「文法と頻出単語を同時に学べる」といううたい文句に誘われて、森泉著『しっかり身につくドイツ語トレーニングブック』(ベレ出版)の和文独訳問題をせっせとつぶし始めたところ、親切に初出の単語がカッコ書きで入っているのはいいとして、どうしても、そこで流れが止まり,効率が落ちることに気づきました。書いておぼえるのは、文の作りを覚えてしまうための作業なのに、個別単語の理解という別種の作業が加わるわけですから、当たり前と言えば当たり前です。
そこでボキャブラリー強化の必要を感じ、冒頭で述べた、単語だけの暗記でいいのか、例文で暗記していくべきなのかという問題に突き当たったわけです。
先決問題として、英語であれ、他の言語であれ、どういう単語をいくつ覚えるかという話からスタートする必要があります。この点、英語に関しては、以前、このブログで取りあげたとおり 「英語の勉強は文法より単語が先という話」)、ひとまず 基本2,000単語です。おもしろいことに、ドイツ語も同じで、Langenscheidt が出しているBasic German Vocabulary の序文によると、2,000単語で普段使うドイツ語の80%がカバーされると言います。とすれば、まずはこの2,000単語を覚えてしまえというのが結論になります。
それでは、どう暗記すべきなのでしょうか。これがきょうの本題です。繰り返しになりますが、単語を一つ一つ覚えていくべきなのか、それとも例文をまるごと暗記していくべきなのかで迷うのです。特に気になるのが、これまで折々読んで来たボキャブラリー習得関連の資料では、その単語を使うコンテストがわかっていないとモノにならないと説く専門家の多いことです。
そこで、以前、ざっと読んでおいた I.S.P. Nation の Learning Vocabulary in Another Language (Cambridge University Press) を引っ張り出して、たしか単語カードのことを取りあげていたよなと該当部分を探し当てると、ありました、ありました、ありがたいお言葉が。しかも実証研究による裏づけのある「単語カードの勧め」です。
★ 単語カードは語学の原点
同書の 302 ページを開くと、単語カードを用いた学習法のメリット(The values of learning from word card)という一章があり、単語カードを用いてボキャブラリーをストレートに勉強する方法は、It is efficient in terms of return for time and effort. と明言しています。要するに費用対効果比において効率のいい学習法だというのです。Nation のようなボキャブラリー研究の大御所に言われると、まさに大船に乗った気持ちになれます。
おもしろいのは、効率的な暗記方法である単語カードの使用との対比で、辞書を用いた暗記法がいかに効率が悪いかを指摘している点です。世の中辞書を丸暗記しようとする不思議な人がいたりしますが、辞書だよりだと、本来の語義を何項目にも細分化して説明しようというのが辞書の本質であるために、木を見て森を見ずということになりがちであるの対して、語義を1単語に絞るカード方式は中核的概念をしっかりつかむのにいいという話です。
ところで上で触れたとおり、暗記カードで何の例文もなしに、つまり文脈の中で理解するというのでなく、言わば孤立させた格好で単語を覚えようとする方式は、例文で覚えていく方式より効率が悪いとする向きに対して、Nation は、なるほど、例文方式を使った方が言葉の意味合いをつかむ助けになるという報告はあるが、文脈なしでも短時間で多数の単語を習得し、かつ、長期にわたってその記憶を維持できるとする実証例には膨大なものがある、としています。
これに続けて Nation は、Teachers and course designers greatly underestimate learners' capacity for the initial learning of foreign vocabulary. (教師やカリキュラムを作成する人々は、外国語学習の初期段階におけるボキャブラリーの習得につき、学習者がどれほどの能力を持っているかをひどく過小評価している)と指摘しています。その証拠に、Thorndike の研究を引き合いに、ドイツ語の単語は一時間あたり34単語というペースで覚えられるという例を挙げています。30時間で1,030単語ですから、基本2,000単語なら60時間で覚えられる計算です。この実証例は Webb という研究者によるロシア語の単語(とその英訳)を暗記させる実験でも裏づけられており、ここでも覚えた単語数は、平均的に時間当たり33です。(すごい人になると、時間当たり58単語、18時間で1,046単語です)
もちろん、ハイペースで単語を覚えられても、忘れるのも速いというのでは意味がありません。しかし、この点も上の実証研究ではちゃんとフォローしており、Fast learners are not fast forgetters.という結論を引き出しています。例えば、上のThorndikeの実験では、42日後にチェックしたところ、被験者たちは、暗記させられた単語の 60 %強をちゃんと覚えていました。
ちょっとうれしくなるのは、普通、こういった暗記力を試す実験では、時間が経つと効率が落ちるものなのに、なぜかこの外国語単語の実験においては、効率が落ちるどころか、むしろ後になるほど、効率が高くなっている傾向すら認められるとしている点です。やればやるほどコツをつかんでいくということなのでしょう。これは素人考えでも納得が行きます。覚えた単語が増えてくるにつれ、ああこの語尾は名詞だなという感じでパターンを発見できるようになるからです。
当然、何回ぐらい繰り返すとこういった単語を覚えられるのだろうかが気になりますが、Nation の本では、英訳入りのロシア語単語108個を7回繰り返して100%覚えた例、216単語を6回繰り返して80%覚えたとする実証例が紹介されています。してみると、10回繰り返せば大丈夫ということでしょう。私はこれで行きます。
★ 単語カードの実践的作成法、利用法
この他、Nation は単語カードの使い方につき、以下のような実践的な助言をしています。
✓ 頻出単語をマスターするようにせよ。(英語の頻出単語リストについては、 「ボキャブラリーのはなし」をご覧ください)
✓ やさしい単語なら多数の単語をグループにして覚えても大丈夫だが、覚えにくい単語はいくつもの小グループに分けて繰り返した方が効率がいい。
✓ 最初は外国語の単語を自国語の訳とセットで覚え、次のステップで訳を思い出すようにせよ。つまり、最初は単語カードの表に原文とその訳を入れて覚え、次のステップで、表に単語、裏に訳語を書いたカードを使いなさいということです。以前ご紹介した無料のフラッシュカードを使った経験からも、これはうなずけます。まだ覚えていないのに、いきなり表に単語だけというのは無理があります。まずは表に単語と訳語をセットにして入れて行くべきです。
✓ 最初は外国語の単語を見て、その訳を思い出し、裏を見て確認するという手順、つまり、receptive vocabulary の強化に努め、次のステップとして、自国語の単語を見て、外国語訳を思い出すという方式で、productive vocabulary の強化へと移るべし。英語の話なら、英文和訳ができるようになってから、和文英訳をという手順です。
✓ 同じグループを繰り返していると、順番から訳がわかってしまうので、カードの順番は頻繁に変えるべし。
✓ 各種の心理学の実験から、グループ化されているものを覚えるときは、最初と最後の部分で集中力が高まるので、むずかしい単語は最初の方に入れておくべし。
✓ 単語を読み上げながら覚えるようにすべし。黙って作業するより、口に出しながら作業した方が記憶が長持ちすることがわかっているからです。これは、読んでわかる程度の、つまり receptive な力ではなく、話したり、書いたりという productive な力をつけたい人については特に強調される点です。
✓ 単語カードはシンプルに。つまり、例文やら文法上の注意点といった余計な情報は入れるなということです。例文がいけないというのでなく、単語カードは飽くまで単語とその訳語の暗記のためのもので、例文を使っての文脈に即した単語の語義確認といった作業は別の所でやれということです。
なお、Nation は単語カードの最適サイズまで論じていますが、電子大国日本の暗記ツールを知ったらさぞや驚くことでしょう。コクヨの製品で、 PC上で作った単語帳を持ち歩けるようにしたものがあるのです。実はこれ「メモリボ」と言い、手元にあります。単純明快なツールで気に入っています。ただ、現段階では、ドイツ語やウムラウトやフランス語のアクセントをこなせないのがちょっと残念。
★ さいごに
以上を要するに、英語を含め外国語を勉強しようという場合は、まずは、頻出単語にターゲットをしぼって暗記カードで丸暗記するのが効率的だという話です。例文単位で単語を確認できる電子機器も各種出回っていますが、上で見た通り、単語の暗記に際しては、いわば不純物を捨てて、基本的語義だけをおさえていくのが最も効率がいいのであり、その意味で、単語カードは語学の原点と言えます。
ところで先頃、 「読み書き算盤レベルの英語は380時間でクリアする」といった話を書きましたが、上で述べたとおり基本2,000単語の暗記に60時間かかるとして、残り320時間もあれば、文法と機能表現(依頼する、助言を求めるといった場面別の会話文)をおさえるのに十分だという計算になります。いまさらながら、中学から大学まで1,000時間も英語に費やしておきながら結果を出せない日本の英語教育は何なんだと感じざるを得ません。
なお今、ドイツ語とロシア語を勉強していますが、素朴な教科書一冊を読み通すのに10時間もかかりませんから、3回読んだとして30時間。単語の暗記については基本2,000だけでは不安なので4,000としても、上記60時間の2倍で、120時間。しめて150時間。とすると、残り170時間でおぼえた単語、文法事項、機能表現を反復練習することで、Threshold level つまり、そこそこのコミュニケーションができるレベルには行ける理屈です。
論より証拠で、この枠組みに即して実践し、どの程度、ロシア語とドイツ語を会得できるものかをわが身で試してみます。夏前には結果がわかることでしょう。ちなみに現時点での勉強時間の累計は、ドイツ語が20時間ぐらい、ロシア語が15時間といったところです。

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Comments
日向先生
お久しぶりです。いつも楽しく拝見しております。
Paul Nation は今、日本にいます。1月から4月までテンプル大学で教えています。私も毎週木曜日、彼の授業(Teaching and learning vocabularyというタイトル)を取っています。
彼は授業で「単語を覚えるのにword cards(単語カード)が効果的」ということをしきりに強調しています。初めは意外な感じがしましたが、学術的研究に裏づけされているんですね。彼自身、今、単語カードを使って日本語の単語を覚えようとしています。
直接授業を受けているPaul Nation に関する記事でしたので、コメントさせていただきました。
[返信]
なんとうらやましい!Nationさんに、コクヨのメモリボ、教えてあげてください。きっと喜ぶことでしょう。
追伸:神崎ブログで拙著を取りあげてくださり、ありがとうございます。
- 神崎正哉
- 2007年2月27日 12:58

こんにちは。うわぁ、単語カードって効果があるんですね! さっそく100円ショップにカード買いに行きます。オーディオブックを丸ごと1冊暗唱してますがなかなか進みませんし。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4095065710/
ちなみにロシア語だとこの本お薦めです。基本語のほかに、日本人が使いそうな語を名詞を中心に加えて7000語入ってます。
[返信]
そそられる単語集のご紹介、ありがとうございます。
オーディオブックの件、近々書きますが、耳から情報を取りいれるのが得意な人でも結局、記憶として整理され、のちのちうまく検索できるものは、意味を理解して取り込んだものだそうです。