2007年6月24日
申し訳ありません、いかようにもご処分を:語用論の世界
誰かがとんでもない失敗をしたとして、その人が「申し訳ありません。非はあげてわたしにあります。お気の済むよう、いかようにもご処分を・・・」などと言ったりしていたら、何を芝居がかったことをやってんだと鼻白むことでしょう。それが普通の感覚だと思います。
ただ、おおぎょうなもの言いではあっても形式的には、あやまるという場面で出てくる台詞として別段おかしいというものでもありません。社会常識に照らし、この種の状況でそこまでやるのは行き過ぎだ、おかしいというだけのことです。言葉の形式より、コンテクストから考えて違和感があり、コミュニケーションを妨げていると言えるわけです。そして、こういったことは、英語の世界では、pragmatics の問題として取り上げられるのです。
この pragmatics なる分野、日本語では、一般に「語用論」と訳されていると思います。具体的には、例えば、あやまる場合、その言語では、どういうパターンをたどるかを分析した上、あやまるという目的に照らして一般に受容されている言い方は何かを研究したりするのですが、先日、ある大学の日本語科で猛勉強を強いられている留学生(勉強ばかりで外出もままならないので、I am a slave.と嘆いていました)とちょっとしたやりとりがあり、その効用を再認識させられましたので、きょうは、その話をさせてください。
Pragmatics では、コンテキストが言葉の表面的意味合いに与える影響をあれこれと分析します。例えば、冷房のはいっていない部屋で、「なんか暑くない?」と言ったりするのは言葉の外形上は、つまり表面的には暑いか否かの質問ですから、コンテクストを解せない人、例えば勉強が十分でない外国人だと、「ええ、暑いですね」で終わってしまいます。しかし、われわれ普通の日本人は、「冷房を入れようよ。スイッチはどこだ」と言っているんだとわかりますから、「なんか暑くない?」が「冷房入れようよ」というリクエストであるとわかっていることになります。
このような pragmatics に対する問題意識があると、単純な状況別会話フレーズ集の限界を乗り越えることができます。
一般の外国語会話フレーズ集などの場合、この場面ではこの言い方が典型という形でフレーズを羅列していますが、こういったものは、話し手の知識・経験、居酒屋での会話なのか、会議室での会話なのか、あるいは、相手が目上なのか否かといった会話の際に考慮される要素を無視しているのが普通で、実生活では通用しなかったりします。
例えば、うっかり誰かにぶつかって、相手が持っていたものを落としてしまったという場合、状況別の英会話をいろいろ教えてくれるウェブサイトなどを見ると、 "I'm sorry." と言いなさい、もっと強調したいときは、"I'm so sorry." または "I'm very sorry." と言いなさいと書いてあります。しかし、自分に非があることを認めて強調するときは、普通、"I'm very sorry." ではなく、"I'm really sorry." です。
このことは会議の司会役が残り時間を気にして、「まことに申し訳ありませんが、あと10分しかありません」と言う際、"I'm very sorry but we have only ten minutes left." と言い、"I'm really sorry..." とはまず言わないことによく現れています。"I'm really sorry." というのは、一般に自分に責任があることを認め、悔い改めている姿勢を見せるときに使う言い方なのです。(ただ、面倒なことに自分の責任の問題ではなく、したがって、I'm very sorry. で済むのに、I'm really sorry about your...という言い方をする人がいることはいます)
考えてみると、この「ごめんなさい」の言い方も言語によってパターンがあるわけで、なかなかおもしろい世界です。
まず、「ごめんなさい」と言う場面に関わる要素を考えると、おおむね、(1)「すみません」という陳謝の表現、(2)自分に非があるのかを含めての「言い訳ないし事情説明」、(3)「で、どうするの」に答える善後策ないし収拾案の提示、そして(4)再発防止の誓いといったところでしょうか。
そしてそれぞれの要素につき、「すみません」をどう言い表すのか、I'm sorry. で済ますのか、書き言葉でも使えるフォーマルな I owe you an apology. などの重々しい言い方がいいのかが問題となります。また、アメリカ人は、どうかすると、言い訳と収拾案に力を入れる傾向があるが、それが果たして他国の人にも通用するのか、といった問題もあります。
このことをさきほどの留学生の件で見ておくと、そのときの事情はこうでした。その留学生君、私も参加していたちょっとした会合に顔を出したのはいいものの、時間を忘れて話に興じているうちに、「自分は何時まで研究室にいるから、追試を受けにいらっしゃい」と言われていたのを忘れてしまったのです。研究室に行くことはできても、とうてい試験を受けられる余裕がないことに気づき、おおあわて。で、われわれに、こういう場合は、何て言うのが適切かと尋ねたのです。
おもしろかったのは、私ともう1人の日本人がまずは「申し訳ありません」と言いなさい、と勧めたのに対して、日本に長く住んでおり、奥さんも日本人というアメリカ人研究者が、Just say "sumi-masen." It's an all-purpose phrase. と言っていたことです。遊びに行っていて約束に遅れたという事情がある上、追試の受験という大事な話だったわけですから、「すみません」じゃすまないわけで、このあたり、pragmatics というのは重要だよなと認識したわけです。
言い換えれば、あやまるときの言い方として「すみません」と「申し訳ありません」さえ知っていればいいというものではなく、言い方を使い分けるスキルが要求されるのです。もっと言えば、態度などの非言語的要素だって、pragmatics の問題であり、例えば、言い方としては、「申し訳ありません。何とか追試の機会を認めてはいただけませんでしょうか。二度とご迷惑をかけないようにいたします」などと殊勝なものであっても、入室するなりつかつかと相手に歩み寄り、選手宣誓を読み上げる調子でやったりしたら、逆効果に決まっています。しおらしく入室し、うつむき加減にアプローチし、ときには、「何とか追試を・・・」と敢えて未完成のセンテンスを使うといったテクニックを使うのも的確な言語表現の求めるところです。
英語を勉強している方々も、基礎的な単語力と基本文法をマスターしたら、次のステップでは、ものごとを頼む、ことわる、あやまる、お礼をするといった状況別の言い方に焦点を合わせて勉強の幅を広げる一方で、深みをつけるために、インフォーマルとフォーマルの違いがどうなっており、どう使い分けるのかといったことに目を向けられるといいと思います。そのあたりまで来れば、あれこれと覚えるというのでなく、考えることが要求されるので、英語の勉強もおもしろくなってくることでしょう(インフォーマルとフォーマルの違いについては、こちらの記事をどうぞ)
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いつも拝見しております。
先生の「即戦力がつくビジネス英会話」を購入いたしました。当方は外資系企業に勤務しておりますが、その経験から見ても本当に実践的な内容で素晴らしいと思います。
今後とも、ご著書を通じて王道のビジネス英語を世に広めて頂きたいです。
[返信]
うれしいおたより、ありがとうございます。「王道のビジネス英語」というくだり、一瞬、びっくりしましたが、なるほど意外と地味な現場での英語が王道なのかなと励まされました。
- 匿名
- 2007年6月25日 20:26
すごくレベルの高いブログですね☆驚きました☆僕も英語勉強頑張らないといけないようです。。。。よろしくおねがいします
[返信]
ビギナー向け英単語検定をやっているぐらいですし、レベルが高いというのは思い違いだと感じます。もともとレベルの高いものなど自分には無理ですし・・・。いずれであれ、どうぞよろしくお願いします。
- ともりん
- 2007年6月25日 02:48

とてもためになる解説を、やさしく丁寧にされているところに、大変感銘いたしました。
現場における実践というものを知らず、ほぼペーパーだけで英語を理解してきた人間ですので、先生のような解説はとても役に立ちます。
態度などの非言語的要素も大切だというのは、いわれてみれば当たり前のことなんでしょうが、案外とおろそかになっているかもしれませんね。
このブログをブックマークして、これからも定期的に訪問させていただきます。
[返信]
こんにちは。ブログ、拝見しました。英語の専門家でらっしゃるんですね。光栄です。ただ最近は単語チェックが多く、退屈ではと心配になります。