2007年8月17日
先端金融商品の命名に見る怪しさ、危うさ
連日報道されるサブプライムローン問題の記事を読んでいると、よく関連金融商品を通じて損失が波及的に拡大するおそれがあるといった書き方をしていますが、金融のことを知っている人は、「ああ、CDOといったクレジット・デリバティブのことだな」とわかるものです。この CDO(債務担保証券と訳されているようです)を初め、考えてみれば、金融商品、特に high finance と言うのか、先端金融商品とされるものの多くは訳のわからない略語ばかりです。
そこで、今回は、こういった不思議な名前を持つ金融商品の主なものを見て行きながら、サブプライム問題の背景にある危険な世界をのぞいてみたいと思います。具体的には住宅ローンがらみの金融商品がどういう仕組みになっているのかを振り返ることで、その命名の由来を見直していきます。お読みになると、証券化商品の柱である RMBS, CMO, そして最先端商品とされる CDO がどういうものかわかり、その危うさも納得できるかと思います。
まずは投資ファンドの名前を二つ見てください。High-Grade Structured Credit Strategies Fund, High-Grade Structured Credit Strategies Enhanced Leverage Fund 。すごいと思いませんか、強そうと言うのか、何だか確実にハイリターンが得られそうな名称です。ところが、二つとも、先頃破綻したヘッジファンドの名前です。有名な証券会社ベアスターンズ傘下だというのに、あとで説明する CDO での資産運用に失敗し、出資していた投資家は大やけどです。名前などあてにならないものです。(ちなみに high grade は安全ないし優良であることを言いたいためで、structured は担保となっている資産のキャッシュフローを投資家の有利になるよう組み替えてあることを強調し、credit は中身が債券であることを示し、enhanced, leveraged は運用資産を担保に借金することで投資元本がかさ上げされており、投資効率が増幅されています、ということです)
「名は体をあらわす」と言いますが、金融商品の世界は違います。名前を見てもどういうものかさっぱりわかりません。今、騒がれているサブプライムローンからして、そうです。米農務省のお墨付きを得ている上等なビーフを指して、プライムビーフと言いますから、英語の響きだけで言えば同じローンでも何だか上等な感じすらします。
そもそも、こういった返済能力=信用力 (credit standing) ないし信用履歴 (credit history) に問題があり、普通だったら危なくて貸してもらえない人を相手に貸すプライムローンの場合、貸倒リスク (credit risk) を考えたら誰も貸しそうもありませんが、そこはアメリカ、リスクに見合う高金利にしてビジネスを成り立たせています。
しかも、そうやって成立した貸付債権は貸し手がずっと満期まで持っているというものではなく、あとから説明する証券化商品の原材料(担保となるキャッシュフローの源という意味)として買われていき、最終的には大量の債権をたばねた「プール」からのキャッシュフローを当てにした RMBS (= residential mortgage-backed securities)、CMO (= collateralized mortgage obligations)、さらにはこれを原材料とするCDO (collateralized debt obligations) などの、いわゆるクレジット・デリバティブが作られて行きます。
そして、実は、こういった訳のわからない名前のついた金融商品、特にデリバティブを通じてサププライム問題は実はもっと大きな問題になるのではないかと言われています。日銀総裁に相当するバーナンキFRB議長は、この種の関連金融商品の損失という形で最大限 1,000億ドルぐらいに達しうると議会で証言していますが、果たしてそれで済むのかという不安が広がっているのもまた確かです。8月18日(土曜)の朝日新聞は、サブプライムローンの残高は全米の住宅融資額のおよそ1割にあたる 1.3 兆ドルで、そのうちの8割つまり1兆ドル見当がこれから説明する証券化を通じて、金融商品となり、世界各国の銀行だとかヘッジファンドがこれに投資していると報じています。全部が全部駄目になるというのも考えにくいことですが、どれだけ駄目になるのかもわからないわけで、不安が広がるのもごもっともです。
★ RMBS = Residential Mortgage Backed Securities
まず、これの本体は、MBS です。ここでの mortgage は、簡単に言えば不動産を担保に取ってあるローン(貸付債権)のことで、こうしたローンをたくさん集めた結果生じる、元利返済金によるキャッシュフローをプール化し、そのプール全体を担保に、つまり投資家への配当原資として証券を発行したのが mortgage-backed securities (MBS) です。ネタであるローンが住宅ローンであることから、residential がついて、residential mortgage backed securities になります。これが RMBS です。対象が商工業向けローンであれば、commercial がついて、CMBSと呼ばれます。
一番単純なパススルーと呼ばれる RMBS の仕組みはこうです。大量の住宅ローンを集めたことから定期的に得られる元利返済金が仮に100あるとします。そこから証券の発行会社が手数料として5差し引き、残額95を投資家に分配します。ここで言う発行会社は大体が住宅ローンを貸し付ける住宅金融会社で、なかにはわが国の住宅金融公庫のような特殊法人もあります。
MBS の泣き所は、期限前返済によりキャッシュフローが変化しうるということです。住宅ローンを借り入れている人たちは、金利が借りた当時より低くなってくれば、以前に借りたローンを返した上、より低い金利で新たなローンを組む訳で、そうなると、MBSを買った投資家は、当てにしていたそのローンからの元利返済金がなくなってしまいますから、大変です。例えば、証券会社の示す分析モデルだと10年物の債券に相当するというので、そのつもりでMBSを買ってみたところ、金利低下の結果期限前返済が増えると、予定より早く元利返済が進み、10年物どころか2年ぐらいでMBSが償還されてしまうことにもなります。そうなると、例えば10年間5%の金利収入があるはずだったのが、2年間で打ち切られ、再び別の債券を買うにしても、今度は3%といった、以前より低い水準のリターンしか得られない債券を買う羽目になってしまいます。したがって、金利が低下してくると、投資家はこういったMBSを投げ売りし、市場は暴落します。
その意味で、この種の債券はもとから貸倒リスクに加えて期限前返済リスクという大きな不確定要因をかかえており、危なっかしいと言えます。もちろん、売買を仲介して手数料をもうける証券会社はそれぞれ独自の分析モデルを売りにして、それを投資情報として流しています。しかし、モデルと言っても、確率をもとに MBS について理論上の適正価値なるものを算出しているだけで、それを参考に売買する投資家がいてくれるからこそ何とかやっているだけの話です。つまり、いくら理論上の投資価値がどうのと言ったところ、買う人がいなくなってしまえば終わりです。
このことを思い知らされたのが今回のサブプライムローン問題の引き金となった、BNP(フランスの大手銀行です)のファンドです。運用している資産(MBSと同様の金融資産を担保にしている証券です)を売ろうとしても買い手がつかず、したがって、保有資産の市場における適正価格がいくらなのか見当もつかなくなってしまったのです。となると、そのファンドの持ち分を買ったり売ったりする際の基準額である net asset value (純資産額)を算出したくてもできません。この結果、市場が正常化し、そういった計算ができるようになるまで運用を停止するという発表にいたったわけです。
★ CMO = Collateralized Mortgage Obligations
ここでの collateralized は、担保に供されているという意味です。そして何が担保かと言えば、上で説明した MBS です。何でこんなことをするのかと言うと、様々な MBS を組み込むことで、証券の配当原資であるキャッシュフローを多様化でき、そのおかげで、ひとつのCMO の中を小分けして、投資家のリスク選好度にあわせた「スライス」を用意できるからです。このスライスは実際にはフランス語のスライスから来ている tranche (フランス語由来であることを知っている人は、気取って「トランシュ」と発音しています)と呼ばれていますが、要するに「松竹梅」に切り分けられており、「松」クラス、つまり配当をもらえなくなったり、元本が戻らないリスクが低い代わりに配当が少なめのローリスクローリターン型は、investment grade (投資適格)とされ、まんなかの「竹」クラスは mezannine と呼ばれ、「梅」クラスのハイリスクハイリターン型は equity と呼ばれます。
本来、こういったリスキーな証券化商品は年金基金や保険会社などの機関投資家は危なくて買えません。「プルーデントマンルール」として知られていますが、人様のお金を預かっている立場の人は、最低でも格付けで投資適格とされるレベル以上のものでない限り資産運用の対象としてはいけないという公的規制でしばられているからです。それが投資銀行や証券会社が、キャッシュフローをたくみに組み替えることで、格付けが AAA の tranche をつくり出してくれたわけで、よろこばないはずがありません。
どうして同じような証券が担保になっているのに、受け取る方に「松竹梅」の別ができるかと言うと、なかなかおもしろい仕掛けになっています。受取配当金をコップに例えたとすると、松クラスのコップは、配当原資であるプールの水が期限前返済などで全体として減っても、劣後する (subordinated) グループが犠牲となり、クッションとなるので、必ず満たされるようになっています。そのあおりをちょっとだけ受けるのが竹クラスのコップ、そして直撃を受けるのが梅クラスのコップです。ですから、梅クラスは first-loss tranche とも呼ばれているぐらいです。
専門家は、よくこの流れを説明するのに、waterfall とか cascade という言葉を使います。うまいことを言うものです。ダムからの水が三段階の滝になっているとして、仮にダムの水量が減っても、松クラスの滝壺は常に潤沢である一方、梅クラスの滝壺はぐっと小さくなるし、最悪の場合は、まっさきに干上がるという構図です。
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先生こんにちは。
毎日のように新聞紙上をにぎわせているサブプライムローンについての理解が深まりそうです。新聞から得られる情報は、速報を追求するあまり断片的で、なかなか深層までたどり着けないジレンマを感じます。今回のような基本情報や背景などについての記事は、個人的には重宝しています。
特に第3パラグラフの「high grade」から始まるカッコ内のコメントは、日向ブログの面目躍如というか、ブログ仲間に推奨する価値があると、改めて思いました。
ところで「パススルー」についてですが、2005年10月11日のLLCに関する記事の中に「パススルー課税」という表現が見られます。これについては「組合所得には課税されず、出資者である組合員個々人に対しての課税となります」という説明がなされています。RMBSに関して「パススルー」という場合も、住宅ローン会社の所得に課税されることなく、個々の投資家の所得に直接課税される、というような理解でよろしいのでしょうか。
「ペイスルー」もうまく理解できていませんので、CDOの記事の中で取り上げていただけると助かります。
[返信]
パススルー、ペイスルーとも、ローンの束が投資家向けの支払を担保している点で同じです。ただ、パススルーでは、MBSのように、債務者からの受取金が手数料を差し引いた上、そのまま投資家に取り次がれるのに対して、ペイスルーでは、CMOのようにローンの束を当てにしている証券が複数作られるので、債務者からの受取金がそのまま取り次がれるわけではなく、CMOを経由して、時間差を伴って別々に各証券の保有者に分配されます。
形式的にはパススルーでは証券は一つなのに、ペイスルーでは証券が複数、時間的には、パススルーでは返済金の受け取りと投資家への配当がほぼ同時なのに、ペイスルーでは、時間差があります。
- kimura88
- 2007年8月18日 10:00
先生お久しぶりです。
小額ですが日本株と中国株に投資しているため
今回の事は冷や汗モノです・・・
英語も経済も、絶え間ない勉強と徹底的な検証が必要なのを
再認識しました。
続編を心待ちにしています。
[返信]
こんにちは。中国株って、やはり続編で書いたとおり、流動性が低いわけで、長期投資にはどうなのかなと心配になります。
- don
- 2007年8月18日 00:36

お返事有難うございました。
先生のご説明を読んでから、もう一度手元の金融英語の解説書を読み直したところ、長年の疑問点が解消しました。MBSでいう「パス・スルー」と、LLPでいう「パス・スルー課税」とはまったく関係がないことも分かりました。
ところで、第6パラグラフには「CMO (= collateralized mortgage obligations)」とありますが、後半の見出しは「★ CMO = Collateralized Mortgage Backed Securities」となっています。統一性がなく、なんとなく落ち着きません。頭文字を拾えばCMBSとなるところですが、commercial mortgage backed securitiesの頭文語として定着しているので、Collateralized Mortgage Backed Securitiesの頭文語(?)としてもCMOを使うということでしょうか。
お忙しいところ、つまらない質問をして申し訳ございません。
[返信]
CMOの件は、ただのうっかりミスです。正しくは、collateralized mortgage obligations です。直しておきます。ありがとうございます。