2007年11月16日
違法行為を是認する車内広告:corner the market
東急東横線の車内、Jack of all trades のことで取り上げた、例のジョアンナ先生が英会話のワンポイントレッスンをやっていました。おーっ、例のポーランドご出身のあの方ね、と思いながら眺めていて、仰天。液晶パネルに現れた英語が "corner the market" 。「えーっ、それ、違法行為じゃない!」と驚きました。英会話のレッスンで「それでは、みなさん、きょうのフレーズは、『今度の談合はうまく行きそうだ』です」と言われたらびっくりしますよね。それと似たような話です。
その会話例、Aさん、Bさんとのやりとりになっていますが、
At this rate, we'll corner the market. ( この調子で行けば市場を独占するね)
とAさんが言うと、Bさんが We're getting there. ( こりゃもうすぐだ)と応じる、というものです。
市場を独占すること自体が問題なのではありません。安くいいものを供給して、結果として市場を独占するというのは、いわゆるひとり勝ちであり、実際にもよくあります。しかし、買い占め、妨害等の手段で競争相手を排除した結果としての独占は違法行為です。この点、corner という動詞には相手を追い込む、追いつめるという意味があるわけで、そこから、 corner the market には、通常の「市場を独占する」に相当する dominate the market とは異なるニュアンスが伴います。つまり、何らかの不当な手段を使って市場を「牛耳る」というニュアンスがあるのです。ですから、正当な競争を通じて結果的に dominate するのはいいけれど、corner the market となると、「不当な取引制限」ということになってしまいます。そしてこれは、アメリカでも日本でも実刑判決を受ける可能性がある、けっこう悪質な経済犯罪とされています。
ところが、corner the market に伴う不正ないし違法というニュアンスに対する認識がないと見えて、続けて、Aさんが、Their profit is amazing. ( 彼らの利益は驚異的だね)とコメントすると、相手のBさんも、
Yes, because they have cornered the market. ( ああ、あの会社は市場を独占しちゃっているからね)
と、 corner the market を独走というニュアンスで使って応じています。企業行動として何ら問題がなく、corner the market することが、むしろほめられるべきことかのような言い方です。
何を勝手なことを言っていると思われる方もいらっしゃるでしょうが、corner the market イコール違法行為という理解は少なくとも自分にとってはビジネス英語の常識に属することがらです。
例えば、実務で英語を使う人たちの間で定評のある Barron's Dictionary of Business Terms を引くと、cornering the market の説明はこうなっています。
Illegal practice of purchasing a security or commodity in such volume that control over its price is achieved.(証券または相場商品につき価格操作ができるほどの量を買いつける違法行為)
明々白々たる違法行為であり、やってはいけないことなのです。
ワシントンポスト紙のビジネス用語集で corner a market を見ても、やはり、不正な行為であることがわかります。(manipulate という動詞自体、influence dishonestlyつまり、「不正に左右する」ということを意味します)
To purchase enough of the available supply of a commodity or stock in order to manipulate its price.(価格の不正な操作に向け、流通している相場商品または証券につき、必要量を買付けること)
また、2006年6月29日付NYタイムズの記事でも、こんなふうに corner the market が使われており、一般的に違法行為を指す言い方であることが示されています。
Federal regulators charged yesterday that BP manipulated the price of propane two years ago by cornering the market through its dominant position, pushing up heating costs for millions of households at the peak of winter demand. (当局は、昨日、BPが2年前にプロパン価格を操作したとして告発した。同社は、優越的地位を利用して市場を独占し、冬場の需要のピーク時に数百万軒の家庭の暖房費を押し上げる結果を招いたという)
こうした corner the market と呼ばれる違法行為は主要国では不当な取引制限ということで独占禁止法による処罰の対象とされ、アメリカの場合、法人なら1億ドルつまり100億円強の罰金が課されます。個人に対しては1億円強の罰金で、10年以下の実刑もありえます。わが国でも当然、独占禁止法が法人に対しても個人に対しても刑罰をもって臨んでいます。そのぐらい悪いことなのです。
ですから、ビジネスの場での雑談で、「市場を独占する意気込みでやっています」と言っているつもりで、
We're aiming at cornering the market.
などと言ったりしたら、(冗談だとわかるように笑いながら言うならともかく)普通の状況である限り、相手が驚くに決まっています。「うちは不当な取引制限を目指していましてね」と響くからです。正気の沙汰ではないわけで、まともな会社の応接室でこんなことを聞かされたら誰だって自分の耳を疑います。
仮にこういったことを言いたいとすれば、achieve a dominant share in the market か dominate the market という言い方を使って、
We're aiming at achieving a dominant share in the market. あるいは We're aiming at dominating the market.
といったところでしょう。
あの車内広告は、いったいどういうプロセスで作られるのだろうか、誰かきちんとした人がチェックしないのだろうかと不思議でなりません。広告代理店にまかせきりなのでしょうか。「ほう、英語で『独占する』は corner the market か」と真に受けてしまう人だっているでしょうから、罪深いことでもあります。
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拝読していて最近たまたま図書館で借りた本のことを思い出しました。失礼な英語表現をどう言い換えれば失礼でなくなるか、見開きのページを使って解説するかたちの本でしたが、そこに載っている「失礼な言い方の例」があまりにも酷かったのです。まるでけんかを売るような物言いやスラングなど・・・ネイティブでないものがあえて使う必要のないと思われる表現が満載で、読むに堪えず10ページくらいで閉じてしまいました。出版社は、先日会社更生法を申請した、あの会社でした。(あー、やっぱりな)と関連付けてはいけないかもしれませんが、会社の体質を見た気がしました。品格、という言葉が頭に浮かびました。各語学学校には質のよいポリシーを持っていただかないと、その結果は罪深いと思います。
[返信]
コメントありがとうございます。これはこれで考えさせられる問題ですね。ちなみに、車内レッスンのジョアンナ先生、感じのいい方で、それだけに危険なフレーズを丁寧に教えてあげましょうという姿勢が何だかとてもおかしく感じられます。
- riki0611
- 2007年11月16日 11:05
いつもためになるお話ありがとうございます。今回の話題も大変興味深く拝読させていただきました(残念ながら電車に乗ることが最近ほとんどないので、ジョアンナ先生の授業は見たことがないのですが)。
恥ずかしながらcorner the market という表現に初めて出会ったので、どんなふうに使われているのか知りたくなり、自分でもググって見ました。先生のご指摘の通り、金融がらみだと「不正操作」ぽいニュアンスのものばかりなのですが、一般的な話の場合には「市場を席巻する」ぐらいの場合で使われているのかなぁという感じがしたので、質問させていただくことにしました.。たとえばこんな感じです:
BBC News(German car firms corner luxury market):
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/2284219.stm
CNN: (Japan corners the market on square fruit):
http://archives.cnn.com/2001/WORLD/asiapcf/east/06/15/square.watermelon/index.html
ざざーっと検索しながら斜め読みしたので、的外れでしたらすみません。
実際に自分で、この表現を使っている場面にまだ遭遇していないので、なんとなく混乱しています。ご教示いただければ幸いです。
[返信]
Jack of all trades の話と同様、見解の相違ということなのでしょうが、紹介してくださった記事はざっと見ただけでも、コンテクストから不当な取引制限などではなく、「ひとり占め」「ひとり勝ち」というニュアンスで corner the market を使っていることが歴然としています。これに対して本文で紹介した会話例は特別なコンテクストが見えておらず、したがって、本来の意味、つまり不正ないし違法の行為としか解しようがないと考えます。
このように普通のニュースで気楽に「ひとり占め」という意味あいで使われたり、冗談めかして使うこともあるでしょうが、何であれ、私にとっては corner the market は違法行為であり、特に会社の利益と結びつけて話すような場面ではまず使わない言い方です。
- 翻訳者のはしくれ
- 2007年11月16日 09:25

ありがとうございます。納得致しました。
話がそれますが、この間のゴミ&フンのブログを読んでから、エディットしたくなる表示(行政や個人宅)をたくさん見かけました。
いつもブログを拝見するのを楽しみにしています。今後とも宜しくお願い致します。