2007年11月30日
生涯学習をめぐる海外との認識の違い
生涯学習とは何ぞやという問いに対する答えを求めて文科省のウェブページを見ると、
「生涯学習」とは、自己の啓発や充実のためや、生活の向上、職業上の能力の向上などのために、自分の自発的な意志に基づいて、自分に適した手段や方法によって生涯にわたって行う学習活動のことです。 生涯学習は、学校や地域社会の中で行われる組織的な学習活動だけでなく、わたしたちのスポ-ツ活動、文化活動、趣味、レクリエ-ション活動、ボランティア活動などの中でも行われるものです。
と、こう説明されています。生涯学習イコールのんびりした趣味的な学習という位置づけですが、二つのことに気づきます。一つは、生涯学習というものが学校教育の外側と言うか、別枠として捉えられていることです。あとで見るように国際的には、生涯学習は教育の目的だともされているわけで、ひどく対照的です。これと関連しますが、もう一つは、そもそも何のための生涯学習なのかという問題意識の片鱗すらうかがえないことです。
この点は、内閣府が2005年に行った「生涯学習に関する世論調査」の結果を見ると、もっとはっきりしています。すなわち
「生涯学習」という言葉から,どのようなイメージを持つか聞いたところ,「趣味・教養を高めること」を挙げた者の割合が40.2%,「幼児期から高齢期まで,生涯を通じて学ぶこと」を挙げた者の割合が40.1%,「高齢者の生きがいを充実すること」を挙げた者の割合が39.2%,「生活を楽しみ,心を豊かにする活動をすること」を挙げた者の割合が38.8%などの順となっている。(複数回答,上位4項目)
要するに「趣味・教養」の問題であり、したがって、「高齢者の生きがい」と結びつけられることも多く、結局、個々人の問題と捉えられています。国としての教育のあり方、あるいは社会の一員としての国民ひとりひとりのあり方として論じられることはまずないようです。ところが、対照的に、アメリカやヨーロッパでは、次の項で見るように、知識基盤型経済とのからみで生涯学習が語られています。お迎えが来るまでのひまつぶしの話ではないのです。
★ アメリカやヨーロッパで言う「生涯学習」
アメリカやヨーロッパでは、生涯学習は知識基盤型経済つまり、知識が主たる生産要素の一角を占め、知識の拡充が経済成長の推進力となる経済(もっと簡単に言ってしまえばIT経済です)に不可欠の要素として語られています。つまり一個人の問題ではなく、一国が分かち合う経済のパイを大きくできるかという視点から語られ、あとで見るようにヨーロッパはもっと徹底して、教育の目的は生涯学習をみずから主体的に担える autonomous lifelong learner を育成することだとまで言っているのです。
アメリカの場合、例えば、マイクロソフトのゲイツ会長は議会証言で、生涯学習が知識基盤型経済を支える要素として重要であることをこう語っています。(これは米上院の厚生教育労働年金委員会での2007年3月の証言ですが、あとで挙げる1998年のOECD事務局長見解と何ら変わりません)
As a nation, our goal should be to ensure that, by 2010, every job seeker, every displaced worker, and every individual in the U.S. workforce has access to the education and training they need to succeed in the knowledge economy. This means embracing the concept of “lifelong learning” as part of the normal career path of American workers, so that they can use new technologies and meet new challenges. (国の目標とすべきは、2010年までに、求職者、離職者その他アメリカの労働力を支えるすべての人々が知識社会において成功を収められるに足る教育・訓練の機会を確保することです。このことは、アメリカの労働者の通常のキャリアパスを考えるに際して「生涯学習」という概念を盛り込み、もって新たなテクノロジーを使いこなし、あらたな試練に立ち向かえるようにすべきだということを意味します)
勤務先が新たなソフトを導入した場合、「わからない」では済まないわけですから、いくつになっても、新たな技術に対応できるだけの知的体力が要求されるということであり、それを可能にするのが「生涯学習」というインフラだという理屈です。
一方、ヨーロッパの場合は、(政治経済の担い手であるEUに対して文化・教育を担っている)欧州評議会が2000年にリスボンで開いた会議が生涯学習を一気に前面に押し立てるきっかけとなっています。2010年までに「世界一の競争力を備え、かつダイナミックな知識基盤型経済圏」(the most competitive and dynamic knowledge-based economy in the world) を実現し、もって持続的経済成長、雇用の拡大、そして社会的統合を目指すとぶちあげたのです。さらに、知識基盤型経済の担い手に要求される知識・技能は増える一方であり、とうてい学校教育でそれをまかなえるものではないという問題意識に立って、以下のような知識・スキルは、系統だった生涯学習によって身につける必要があると宣言したのです。
ITをこなすスキル
外国語の運用能力
技術に対する理解
起業できるスキル
社会で他と折り合いをつけていく力
この中でも外国語の運用能力については、これに続くバルセロナ会議で、他のスキルに比べて喫緊の課題だとして、自国語に加えて外国語を二つは習得すべきだという政策が打ち出されます。そして、ここでも一朝一夕に外国語は習得できるものでないのだから、そうである以上、自律的学習者による生涯学習というモデルを考えるべきだ、学校教育もそれに合わせて体質を変える必要があるという姿勢が明確に示されます。
なお、こういうふうに書くと、欧米追随型の議論のように受け止められてしまいそうですが、上のような生涯学習の位置づけはおおげさに言えば国際社会の常識と言ってもいいぐらいです。現に、1998年のことになりますが、(わが国も主要メンバーである)OECDの当時の事務局長がLifelong learning for all という短い論説文の中でこう指摘しているからです。
The economic rationale for lifelong learning comes from two principal sources. First, with the rise of the knowledge-based economy, the threshold of skills demanded by employers is being constantly raised...Second, technological developments demand a continuous renewal and updating of skills, as career jobs with a single employer become rarer and as job descriptions evolve and diversify rapidly under shifting market conditions.(生涯学習の必要性を裏付ける経済合理性は二つのことに求めることができます。第一に、知識基盤型経済の進展に伴い、雇う側が求めるスキルの水準がコンスタントに切り上げられてきているからです。[中略]第二に、単一の雇用主の下でのキャリアという例自体少なくなり、また、変転止まぬ市場に合わせて求められる職業能力も高度化し、多様化するなか、技術進歩は人の持つスキルがコンスタントに更新され、アップデートされることを求めるからです)
★ 再びわが国の「生涯学習」について
考えてみるとわが国のお役所(忙しくて毎日そんなことなんか考えていられない納税者に代わって考えてくれているはずの機関です)による将来の見通しはどうも危なっかしいというか、明確な見通しがあるとは言えません。「英語が使える日本人」という構想を打ち出している文科省は「経済・社会等のグローバル化が進展する中、子ども達が21世紀を生き抜くためには、国際的共通語となっている「英語」のコミュニケーション能力を身に付けることが必要である」と言っているものの、21世紀がどういう世界かについては、「経済・社会等のグローバル化が進展している世界」という程度の認識しか示されていません。
例の教育再生会議も「21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し」うんぬんとうたっているものの、21世紀の日本がどういう世界かという認識は示されていません。どういう世界なのかもはっきりしていないのに、どうしてそれに「ふさわしい教育体制」だと判断できるのでしょう。わが国の有識者は一般国民にはない特殊能力をそなえているのでしょうか。
国レベルでこの程度の認識ですから、小中高から大学まで世の教育関係者は今なお教育というものは、教師が持っているXという知識を学生に移植するのが役どころだと心得ているようです。ですから今でも大学での英語の授業は「使うための英語」というよりは「知識としての英語」を伝授するスタイルのものが多数派です。択一で知識を試すTOEICのための講座もこの部類に属します。
ところで、よく世界中の情報量は、情報量は1年で倍になるとか、いや、近頃はそれどころではない、90日で倍になっている、といった話を耳にしますが、情報量が爆発的に増えているからこそ、取捨選択し、自分のため、そして社会のために役立てるスキルを持っているかが問われる時代になっています。しかも、こういった選別し、活用するというスキルはとても学校教育でまかなえるものではなく、系統だった生涯教育に委ねるほかありません。加えて、その生涯教育の場では、常に教師がそばにいて世話するにも行きませんから、独力で何が必要かを見極め、さらに、必要と認識したものを自分のものにするにはどうしたらいいかまで考えることのできるスキルを身につけておかねばなりません。
こういった「学習力」とでも呼べるスキルを備えている人が自律的学習者 (autonomous learner) であり、現代社会においては、自律的学習者が原動力となって生涯教育を通じて経済的な豊かさを具体化することが当たり前と考えられているのです。言い換えれば、教わったことが頭に入ったかどうかだけで評価され続ける結果、他律的な学習者を産み出すレベルにとどまっている教育システムでは世界的競争についていけないに決まっています。
そうであるからこそ、欧州委員会も、教師の能力と資格に関する共通原則(Common European Principles for Teacher Competences and Qualifications)を論じているペーパーで、知識がものを言う社会における教師の役回りをこう表現しています。
Teachers should be equipped to respond to the evolving challenges of the knowledge society, participate actively in it and prepare learners to be autonomous lifelong learners.(教師は、知識社会がつきつける新たな挑戦に立ち向える能力を自ら備え、かつ、知識社会に参画し、さらに学ぶ人々が自律的に生涯学習を進められるよう、その準備を手伝う必要がある)
生涯学習と言い、lifelong learning と言い、表現だけで見るとそれほど違うようにも思えません。それがこちらでは老後の生き甲斐みたいなのんびりした話なのに、あちらでは知識社会ないし情報化社会におけるよき市民のあり方、教育のあり方の話なのですから、大違いです。これだけ大きな差があることにどれほどの人が気づいているのだろうかと気になってしかたがありません。それとも、ことは農耕民族対狩猟民族、あるいは米食う人々対肉食う人々の違いとして捉えるべきものであり、比較してとやかく言うこと自体、あまり意味がないのでしょうか。
__________________________________________________
人気ブログランキングが励みになっていますので、本日分の一票、どうぞよろしくお願いします。人気blogランキングに一票
- [雑録]
- Comments (3)
- Trackbacks (0)
Trackbacks
Trackback URL:
Comments
私は「比較してとやかく言うこと」に大いに意味があると思います。詰まるところ使える英語とは富と豊かさに繋がる英語でありもっと露骨に言えば飯に繋がる英語、異人と渡り合って堂々と「儲けられる」英語だと思っています。恐らく欧米の連中は生涯学習もそういう位置づけであり「ご趣味は何」と聞かれた時の選択肢の一つとして盆栽やゲートボールと並べかねられない意識の日本とはそのあたりの認識が大きく違うのではないでしょうか。
個人的にはアングロサクソンの狼たちに食べられるのは真っ平御免であり農耕民族としてむざむざ富を奪われる羊でいるよりはこちらも狼となって英語という牙を磨く方がストレスが少ない人生のように思います。そして勝手ながら日向先生とはそのあたりのもどかしさを近い感覚で共有しているように思います。
その牙を磨く具体的方法としての基本単語2000やRやLの発音よりリズムが大事だよというお話、TOEICよりIELTSを推す先見性と強い説得力の素地は今回お書きになられているような問題意識のように思いますので、私のように10年早くこのサイトに出会えていればと若人に悔やませないためにもできるでけ多くの人の目に触れるよう日々ランキングを上げねばと決意を新たにしました。
[返信]
「盆栽やゲートボール」のくだりに噴き出し、ランキングのくだりで泣けました。いつもながらの温かいご支援、ありがとうございます。
- ぼらてぃりてぃ
- 2007年12月 1日 11:49
EUリスボン首脳会議は、「EU市民」を蚊帳の外に置き去りにしたと辛辣な批判をうけているのも事実です。
欧州統合を国民投票に問わない、マイクロソフトを独占禁止法で訴える保守性、多言語と安価な労働力を備えた東欧シフトで格差社会の拡大等々EUは不安定要素が多いことも頭の片隅において置くのがいいのでしよう。
しかし、今現在、米ドル⇒ユーロへ、その次にサウジアラビアに匹敵する原油埋蔵量オイルサンドの開発に湧くカナダ$の台頭と世界経済は混沌とした状況にあります。
日本も生涯学習を見据えた学習を導入しているようですが、大学受験英語は昔も今も変わりません。そのへんがネックになり社会変革が起こりにくい状況にあるのでしようね。
愛沙の「実践現代中国語単語集」
国際情勢から中国語を学習しよう!
最新記事:マグロ解体ショーが日本から消える日!
こちらにもお越しください。
[返信]
ご高説ありがたく承りました。なお、中国語アドバイザー愛沙様のような国際事情の専門家の方でもよく混同されるようですが、2000年のリスボン会議の主体はEUとは別組織であるCouncil of Europe (CoEと略され、欧州理事会または欧州評議会と訳されています)です。EUは本部をブリュッセルに置く、欧州共同体の政治経済面を担う機関で、加盟国は27ヶ国です。CoEは、本部をストラスブルグに置く、人権、文化、教育面を担う機関で、加盟国は47ヶ国にのぼっています。ただ、両者とも同じロゴ(青地に12の星が輪になっているもの)を使っているのでややこしいことではあります。
- 中国語アドバイザー愛沙
- 2007年11月30日 23:59

日向先生、こんにちは。
自己の能力をきちんと査定して、足りないスキルを自発的に吸収して行かないと、えらい事になる。そんな世界にもうなっていますね。これからの時代、今まで学校であまり触れられていない、経済や会計の知識の習得がキーポイントになってきそうです。
日本のお役所や日本人に足りないのは、学力や国際感覚でもなく、「この先何でメシを喰うのか」という危機感かも知れませんね。
[返信]
うーん、図星ですよね。「この先何でメシを喰うのか」ですよね。衣食足りて何とかと言うぐらいですから、家庭でのしつけとかいじめがどうのと騒ぐより先に解決すべき問題だと思います。お役所と言い、一般の人と言い、いい加減「21世紀の日本」とか「グローバル化」とかでわかった気になるのをやめて欲しいものです。