2008年2月 4日
「単語を知っている」とはどういうことか
「ビジネス英語雑記帳」の記事をきっかけに The Linguist というブログ(ただし英文です)で、おもしろいコメントの応酬が続いています。
まずブログの主である Steve Kaufmannさんが、必要なものから先にセンスよく単語を覚える で引用した Milton の研究結果に異を唱えて、"I know over 20,000 words of Russian (far fewer word families, I admit) but this does not always enable me to understand or get the gist of what I am reading. と言っているのに対して、
Do you know 20,000 words, or is that you've been exposed to 20,000 words?というコメントが寄せられています。2万単語と言うけれど、それは本当の意味で「わかっている」ということなのか、あるいは単に見聞きしたことがあり、「触れた」ということなのかと突っ込みを入れているわけです。
さらに当人は自分のブログでで、単語を「知っている」というのは自分にとっては、
Listening – You hear the word and you instantly understand it.
Reading – You see the word and you instantly know its meaning.
Speaking – You can use the word correctly for communication.
だとしています。ただ、惜しいのは、この方はもっぱら自分の経験に照らして、こうだと言っているだけで根拠が別段示されていないことです。
それはともかく、簡単に「俺はもう5,000単語は知っている」といった言い方をしますが、実は、何をもって単語と言うのか、どういう状態を指して「知っている」と言えるのかと考えると、けっこう難問で、一概に言いにくいところです。そこで、きょうはそのあたりをちょっと整理しておこうと思います。
★ 「単語を知っている」と言う場合の「単語」とは何か
単語 = word の定義というのは、これはこれで結構、専門家の間でも意見が割れている問題です。簡単なところでは、二つの英語辞典を比べてもこの違いがわかります。例えば、一つの辞典が fisher を fish の派生語として動詞 fish の項目で扱っているのに、他では、fisher を独立の項目として挙げていたりするのです。それでいて、この二つの辞典を通じて runner が独立の項目として扱われたりしています。要するに何をもって word とするのか自体、主観的判断が幅をきかせているのです。
もう一つ例を挙げると、 word family という数え方があります。一般に、語幹とその活用形と派生形の三点セットをもって word family としますが、ここで「活用形」というのは、語幹の excite に対して、文法上必要な語形変化のことで、excited, excites, exciting などが含まれます。これに対して「派生形と」いうのは、-able などの接尾辞が付くことで別の品詞になっているものを言い、この excite の場合であれば、excitement や excitable などがこれに当ります。こうして、excited, excites, exciting, excitable, excitement はすべて同一の word family に属すとみなされ、word family 単位でカウントする場合は、1個と数えることになります。
ところが、ややこしいことに、どこまで派生形を取り込むかで意見が分かれたりもします。例えば、「ビギナー向け英単語検定」のネタ元である Michael West の General Service List は一般にword familyで数えて2,000単語としていますが、これは、West が flat と flatten や police と policeman は 同一ファミリーとして処理した結果です。ところが Engels という研究者は、flat と flatten や police と policeman は それぞぞれ別ファミリーだとするので、Engels 流の数え方で行くと General Service List は同じワードファミリー単位で数えても、3,372 単語入っている計算になります。
★ 「単語を知っている」と言う場合の「知っている」とは何か
次に何をもって「知っている」と言えるのかも一筋縄ではいきません。まず一般的には読んだり聞いたりしたときに単語Xを「ああX」だとわかる「認識語彙」と、書いたり話したりするときに単語Xがぱっと頭に浮かび、口を突いて出てくる「表現語彙」とに分けて論じるのが普通であり、この枠組みで言えば、単語を「知っている」というのは通常、「認識語彙」の方を指します。
例えば 客観的にご自分の学習経過を観察し、改善を図っているという意味で good learner のお手本と言える50からの英語・洋書!!リウマチばあちゃんと英語の記事に、以下のくだりがありましたが、これなどこの認識語彙と表現語彙の違いを実にうまく表現していると思いました。
しかし、「知っている単語」と「使える単語」は別なのだ。読んで分かる単語でも、話し言葉として口から飛び出しては来ない。「英文」としての繋がりとなって口から出てこない。[中略]読めても話せない。[中略]そして考えた。溢れ出るまで待っていてもダメだ。自分で汲み出さないと水は漏れるだけだ、と。「話す練習もしなくては」と。それが1年半前。以来、音読、独り言、瞬間英作文、と話すための練習を細々ながら続けてきて、やっと今、形になりつつある。
ところでこの表現語彙と認識語彙との関係については、研究者の間でもまだこれという決定打が出ていないようです。一つの理由は表現語彙と認識語彙をどうテストするかでいろいろな流儀がある上、面倒なことに、同一人を対象とする表現語彙のテスト結果と認識語彙とのテスト結果を単純に比較できるのか、相関関係ありと言えるのかで議論がまだ尽きていないからです。
ただ、これまでは表現語彙は認識語彙に対して3倍だとか2倍だといったことが言われてきたのに対して、Schmitt という研究者が言う「表現語彙は認識語彙に対してプラス25%ぐらいではないか」と言っており、これが支持を集めているようではあります。
なお、順番としては認識語彙が積み上がってきて、結果として表現語彙も豊かになるような感じがあり、その意味で勉強の優先順としては認識語彙から先という感覚が世の中あるようです。しかし、この点、Schmittが Vocabulary in Language Teaching (Cambridge University Press) の中で、自分の経験を引き合いに、おもしろい例を紹介しています。「インダイト」のような発音をするindict(起訴する)という単語を自分は耳で聞く分にはわかっており、書くとすれば indite ぐらいの気持でいたが、一方、書き言葉で indict を見かけたおりには、これは predict みたいな発音かなと思っていたぐらいで、自分が知っている法律用語としての「インダイト」が書くときは indict なのだと気づくまで数年を要したとしています。ですから、表現語彙から先に入るというケースも否定できないようです。やはり人間の頭の働きを機械的に分けてしまうアプローチには問題があるのではないでしょうか。
★ 単語を「使える」とはどういうことか
ところで、ある単語を「知り」、次いで「使える」ようになるとして、そこで言う「使える」とは何ぞやも考えておく必要があります。
上で引用した Schmitt の本では、言葉の外部的表現形式と意味・内容をおさえれば、それでボキャブラリーをマスターしたような気になってしまいがちだが、そうも行かないと指摘しているのです。
上で引用した The Linguist でのコメントをもう一度見てください。このコメントをした人にとって、ある単語を知っていると言えるのは、「リスニングでは、その言葉を耳にした瞬間にそれが何のことであるかがわかり、リーディングでは、目にした瞬間に意味がわかり、そしてスピーキングでは、その言葉を正確に使ってコミュニケーションができることだ」としています。
なるほど、一見、明快な感じがしますが、よくよく考えてみると、どういう場合に、「その言葉を使ってコミュニケーションができた」と言えるのかを考える必要があります。
実際、Paul Nation の有名な Learning Vocabulary in Another Language には、Knowing a word という項目が設けられ、そこでは、to know a word つまりある単語を「知っている」と言えるためには以下のことに通じていなければならないとしています。
(a) その単語の意味内容がわかっている。
(b) その単語を書いたときの姿がわかっている
(c) その単語が会話に出てきたときにそれとわかる
(d) その単語の文法上の語形変化がわかっている(exciteなら、excites, exciting, excited といった活用形を知っており、exctitement派生形もわかっている)
(e) その単語のコロケーションがわかっている(excitement なら、一緒によく使う動詞として build up, grow, wear off などがあり、形容詞としては heady, growing などが、また、前置詞としては、bubbling with excitement のようにwithが使われるということ)
(f) その単語がフォーマルか否かの別(例えば、terminate に対してのfire が、解雇に対しての「クビ」に相当するということ)
(g) その単語のカテゴリー(自動車関係の単語なのか、台所用品の一つなのかといったこと)
(h) その単語の頻出度(よく使う日常的な単語なのか、あるいは滅多に使わない教養単語の一種なのか)
ということは、Nation先生流に言えば、「正確に使う」というのは、「日本人の語彙力」という記事でも触れたとおり「深み」を理解した上で使うことだと解されます。
★ まとめ
以上を要するに、単語を「知る」というのは、一般的には読んだり聞いたりしたときにそれとわかることを指すものの、その単語を「使える」域に達するには、単に意味内容を知っているだけでは不十分で、相当程度の「深み」を伴う必要があるということになります。
具体的には知識として持っている単語につき、自分に合ったストラテジーで、それが「自動化」されるよう努めることです。ある人は、リーディングやリスニングの教材で幾度も単語に触れることが効果的でしょうし、別の人は、音読したり、何度も書いてみるといった方法を取ることでしょう。人それぞれであり、どれでなければいけないということはないはずです。
結局のところ、単語をやたら知っているよりは、覚えている単語をいかに活用するのかというその段取りを会得する方が大事だと考えます。この段取り = procedure を会得し、必要に応じて単語がぱっと頭に浮かび、口を突いて出てくるようになるには、どうしたらいいのかと言えば、いちいち考えなくても済むよう、つまり段取りが自動化されるよう千本ノックに打ち込むことです。マークシートではこうは行きません。
語学は楽じゃありません。単に英語を楽しもうとか、聞いていればいいといった主体的努力を要しない方法に流れる人はそれだけのことで終わるわけで、改めて「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりて出来るものなり」 という先人の言葉を思い出させてくれます。
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ふと思ったんですが、motivationっていうのが一番のキーではないんでしょうか。私の場合、それさえあれば、楽しくも苦しくも、とにかくゴールに向かってひたすら勉強するんですが、日本の会社に居た時に英語が全くと言って良い程必要無かった長い年月、英語学習の必要性も無く、従ってモチベーションが無。あの年月が痛かったな、、モチベーションさえあったらぐぐん!と上達していただろうにな、などと無いものねだりの溜息が出てしまいました。この記事はモチベーションある人の場合、っていうのが前提で、とは理解してはおりますが。
[返信]
おひさしぶりです。おっしゃることごもっともで、記事は、モチベーションがあり、せっせと勉強しているのに、ボキャブラリー習得研究の成果と無縁で、精力が拡散してしまっている学習者を想定しています。
たしかに語学におけるモチベーションはきわめて大きな問題で、近々、それを克服する手段の一つとしてヨーロッパでどんどん普及している European Language Portfolio を取り上げようと思っています。
一足さきにご覧になるなら、以下のサイトをご覧ください。
http://www.eaquals.org/portfolio/default.asp
- りす美
- 2008年2月 6日 05:37
確かに私が上手く英語を話せないのは、単語に対する「深み」が足りないからだと、自分自身いつも感じていました。先生のこの記事を読んで、納得しました。
私の場合「読む」ことが好きなため、読んで分かるためにはたくさんの単語を「知る」必要があったということで、「深み」の追求に欠けていたように思います。
でも読むのも楽しいけれど、やはり英語学習の目的は話せるようになることです。
good learner から good speakerに成れるように頑張ります(笑)
[返信]
今のレベルならペーパーバックの会話を読みながら、「こういう状況ではこんな言い方をするんだ」「なぜこの単語なんだ」とけっこう楽しめるのではないでしょうか。上下関係などの人的関係、バーなのか社内なのかといった状況、話題は何か、本人の気分・気持という角度から観察すると倍楽しめるはずです。
学習の目的は話すことだというのはごく自然な感覚であり、大賛成です。本だって返事するのは自分の中に留まるけれど、作者から話しかけられているとも言えますからね。
- リウマチばあちゃん
- 2008年2月 5日 01:12
同感です。勉強のしかたはまちまち。とにかく楽しく、意味のある自分が選んだ道に沿って訪ねていけばよいです。勉強は楽しければ継続する。楽しければ緊張しない。難しさは適切、内容もおもしろくて、抵抗は少ない、満足感は得られる。だから完ぺき主義は避けるべきです。
[返信]
コメントありがとうございます。
- Steve Kaufmann
- 2008年2月 4日 14:56
こんばんは(カナダから)
失礼かも知れないが、九ヶ国語を大体流暢に話せる私には言葉の勉強は簡単です。たくさん聞く、たくさん読む、たくさんの単語を覚える。機会あれば使う、なければ継続して読む、聞く、単語を覚える。頭が言葉に慣れるまでに時間かかる。いくら流暢に話せるにもかかわらす、わからない単語出てきます、言いたい意味を言いたい様にうまくいえません時も出てきます。だんだん良くなる。気にしないほうがいい。
緊張しないで、人間と人間交流すればなんとかなる。
知っている単語の定義は (ぼくにとって)、見て大体意味がわかる。それ以上深く考える必要はないと思います。単語の意味の範囲、使い方に関してまだまだ深く開発できる、けれどもknownと考えてよい。言葉の勉強は複雑に考えることは、良いことではない。
知っている単語は多いほうがいいに間違いない。しかしそれを面白い内容を読んで、聞いて、というう基本的に楽しい勉強活動から勉強すべき。
[返信]
コメントありがとうございます。ボキャブラリーに関して、implicit learningを強調されているのだと理解しました。
思うに、人がある単語を使うというプロセスはおおざっぱに言って、会議の場なら、会議の場にふさわしい単語を選択し、現在形なのか過去形なのかに応じてしかるべく語形を変化させ、さらに、「原材料が上がっている」だから「お客様に転嫁」という具合に時系列にそくして話を組立て、その中で単語を使う必要があります。要するに言語プロパーに関わる要因、社会言語的要因、そして語用論的要因がからみあうプロセスです。
そうとすれば、explicitにしろimplicitにしろ、こうした複雑な人間の営みを単一のアプローチでまかなうのは無理があると考えます。
なるほど私はexplicitなアプローチを強調しがちですが、それは、implicit learningを「自然流」と勘違いしている人が多いからで、目的意識に支えられてのimplicit learning を否定しているわけではありません。
- 匿名
- 2008年2月 4日 13:39

日向先生も英語でのディスカッションにご参加されたらいかがですか。以前より日向先生がどのような英文を書かれるのか、非常に興味がありました。ブログでのやり取りのような比較的やり取りが早く進む場面でプロはどのようなかき回しをなさるのか、拝見をしたいと思っております。
[返信]
The Linguist さんのコメント欄に書き込めというご趣旨かと思いますが、やはりTPOというのがありますから、むやみにコメント欄で議論を吹きかけるのもはばかられます。