2008年2月11日
大学の4割がTOEICで単位認定:問われる大学の見識
TOEIC みずから出している資料であるTOEICテスト入学試験・単位認定における活用状況を見ると、TOEICを単位認定に使っている大学は全国で289校にのぼっています。日本の大学数はたしか700校ぐらいですから、わが国の大学の4割でTOEIC が単位認定に利用されている計算です。驚きます。わが国の最高学府の4割がその存在理由とも言える単位認定をアメリカの業者がはじき出す数字に委ねてしまっているのです。
★ TOEICスコアは単位の代わりになるのか
そもそも大学での単位とは「1単位とは45時間分の学習、すなわち、1日8時間、土曜日5時間として1週間分の標準的な学習量」とされているものの、実際上は、一学期に1コマ(90分)の講義/演習が13-14回で2単位ですから、20時間前後で2単位認定するのが一般的だと思います。
仮に、2単位20時間だとして、例えば岡山大学だとTOEICで730以上取れば、6単位認めてもらえますから、TOEICのスコアによって、大学で270時間!、英語を勉強したのと同等の扱いをしてもらえるのです。城西大学の場合は、TOEICで550以上取れば、指定された科目については、実際に授業を取らなくても単位を認めてもらえます。(ちなみに大学生のTOEICスコアは在学生の平均で430ぐらい、4年生が500弱ですから、点数的にはけっして楽とは言えませんが、TOEICは人並みの英語力のある学生であれば、プロの指導を受けることで100-200は簡単にスコアが上がるテストでもあります)
本来、上で見た通り、大学における単位というのは、標準的な学習量をこなしたことを前提に、最終的には担当教員の評価によって認定されるはずのものです。予め決められた分野別にバランスよく所定の科目を履修した人にそれを証するものを大学側の責任で個別に出して行き、最終的に124単位以上獲得したら、大学卒を名乗ることを認めましょうという制度であるはずです。ところがTOEICのスコアを基準に単位を認定するとなると、出欠を取ることにより標準的学習量を(少なくとも形式的に)こなしたかを問うということがなくなります。
また、TOEICみずから、試験の性格につき、自社サイトで、「何か一冊の教科書を使ったり、何かの参考書を頼りに、この試験のための勉強をするようなことはできません」つまり You cannot study for the exam using any one textbook or source material. とうたっています(そんなことを言いながら「公式問題集」といったTOEIC本を売っているのは愛嬌です)。特定のコースの内容といった具体的なものにつき、それを理解したかを問うのでなく、他の受験者との比較でどの程度英語ができるかを見ようというテストだということになります。と言うことは、標準的な学習量を経てその教科の内容を理解しているかを問う単位認定のためのテストとはまるで性格が違うということです。TOEICが一般的な知識・スキルを試すのに対して、単位認定のための評価やテストは学習した具体的な知識・スキルを試すのですから、単位認定の代わりにTOEICを使うというのはずいぶんと乱暴な話です。
★ 大学はTOEICに対してどういうイメージを持っているのか
ところで、こういった理屈はともかく、一体どうして、大学はTOEICで単位を認定しようなどと考えるのでしょうか。ネットで検索してみて浮かんでくるのは、TOEICが「実用的コミュニケーション能力を測定する」テストと思い込んでいる大学関係者の姿です。実際、"TOEIC 単位" をキーワードにし、さらに日本の教育機関のサイトに絞り込むため、"site:ac.jp" を足して検索して出てくるところを眺めますと、「英語コミュニケーション能力を幅広く評価する世界共通のテストであるTOEICテスト」「TOEICとは、英語によるコミュニケーション能力を総合的に判定する」「TOEICとは、英語のコミュニケーション能力を重視した国際基準の世界共通テスト」といったフレーズが頻出します。
一方、国立大学でのTOEICの普及ぶりを取り上げた2006年7月12日付読売新聞では、東北大学の副学長みずから、(TOEICを導入したねらいは)「シェークスピア作品を読むような従来型の大学の英語教育に風穴を開け、英語でのコミュニケーション能力を強化すること」だとしています。同大学での入試での利用を決めた責任者も、「国際会議で研究成果の発表や応答が英語でできるよう、この段階から英語のコミュニケーション能力を高めてもらいたい」と言っています。
大学の講座として「英語によるコミュニケーション」を設けて、教員がモニターするなかで一定の時間数をかけて練習してもらった上、目標レベルに到達したかを評価して単位を認定する代わりに、スコアだけを見て、所定のレベルに到達しているかを判定しようというのですから、プロセスなど見なくても結果だけを見ればレベルはわかるという発想を見て取れます。大学ならではの全人教育とか教養による深みなどとは無縁の世界です。
★ TOEICはイメージどおり、「コミュニケーション能力を測る世界基準」なのか
以上のことからわかるのは、TOEICを使って単位を認定する大学にとっては、TOEICは「コミュニケーション能力を測る」「世界基準の」テストだということです。
「世界基準」という言い方は、「世界中の人々が受けているような信頼できるテストだ、世界的に権威が認められているテスト」だという素朴な感覚の表れなのでしょうが、TOEIC が発表しているデータ(2004年)によると、日本と韓国が全受験者のおよそ81%を占めていますから、「世界中の人が受けている国際的なテスト」とは言いがたいわけで、国際的だとか世界基準であると宣伝するのは誇大広告というものでしょう。しかもTOEIC好きの人が勝手に言うならともかく、TOEICの販売業者が新聞広告で「世界基準」と打ち出すのは問題です。(なおこの81%の内訳は日本が67%、韓国が14%です)
それより気になるのは、上で見たとおり、ほとんどの大学がTOEICの宣伝文句を真に受けて「コミュニケーション能力を測定する」と信じ込んでいる点です。というのも否定的な見方を取っている専門家ばかりが目につくからです。
例えば T. Newfields という研究者は、TOEIC® Washback Effects on Teachers:
A Pilot Study at One University Faculty (Toyo University Keizai Ronshu. Vol 31. No. 1. Dec. 2005. (p. 83 - 106) というペーパーで、「択一形式のテストに答えるのと実際に外国語でコミュニケーションを取るのとはずいぶん違うわけで、択一の正解を当てるのが比較的うまい学生の多くがコミュニケーションは下手だということにもなり、このことに照らし、TOEICが実際にコミュニケーション能力を測れるかは疑問だ」とし、さらに、テスト理論の権威 Bachman を引用して、テストの作成段階で、コミュニケーション能力ありという結果を導くために必要な要因が過不足なくカバーされていないがために、言語の使用局面を部分的にしか把握していないテストになっているのではないかと指摘しています。
また、Cunninghamというバーミンガム大学の研究者は、TOEICとコミュニケーション能力の相関関係を正面から取り上げた実証研究を行い、その結果をTHE TOEIC TEST AND COMMUNICATIVE COMPETENCE というレポートにまとめています。これによりますと、TOEICのスコアが高いからと言ってコミュニケーション能力が高いわけではないし、また、TOEICのスコアが上昇するにつれて、コミュニケーション能力が高くなることも認められなかったとしています。TOEICはコミュニケーション能力を測定してはいないということです。
また、このレポートでは、この結果を受けて、TOEICは、一定の授業内容を履修したかを確かめるものでもないし、また、英語を使って何ができるのかを判定できるテストでもないのだから、到達度を見るテストとして使うべきでないとしています。そうとすれば、TOEICのスコアを基準に単位を認定している大学はいわば何の意味もないテストの成績を根拠に単位を出していることにもなります。
★ 大学はTOEIC力を測る英語の知能テストで単位を認定しているのではないか
そもそも、TOEICは何を測定しているのかと言うことになりますが、この点、ブログ「カメハメハ日記」の井上大輔さんが実にうまいことをおっしゃっています。いわくTOEICは、「英語を通した知能テスト」であり、そのスコアが示しているのはTOEIC力なのです。(あと、井上さんはTOEICの本質につき、フランス語に即して言えば、(何かかができるかを試す)examen と言うよりは、(順番を決める)concours だという指摘をこちらの記事でされており、たとえのうまさに感心したおぼえがあります)
してみると、TOEICをよりどころとしている大学は、コミュニケーション能力を測定するテストのスコアだからと信頼して単位を認定しているつもりで、実は、「TOEIC力なるものを測っている英語の知能テスト」を基準に単位を認定していることに帰します。もし自分が大学の責任者だったら、授業料を払っている保護者または学生本人に対する説明責任を果たし、また、社会が大学に寄せている信頼を裏切ることのないよう、TOEICのスコアにどのような意味があるかを十分検証した上で単位の認定に使うことでしょうが、そういった話は耳にしません。
日本の大学は、アメリカの業者が勝手にはじき出している数字を鵜呑みにして英語の単位を出していると批判されたら何と答えるつもりなのでしょう。こんなことでいいのだろうかと感じる反面、例によって、本当にわが国の英語教育はどうしてここまで間抜けなんだろうとがっかりします。
追記:TOEIC関連でよくお名前を耳にするヒロ前田」さんのブログで、TOEICによる単位認定の問題が取り上げられていました。そんな「システムはアホだ」というヒロ前田さんのコメントもさることながら、大学設置基準を持ち出しての「白うさぎの村」さんの関連コメント、改めて考えさせられます。
過去のTOEIC関連記事はこちらのアーカイブに収めてあります。
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Comments
TOEICは10年前に一度受けただけですが、中途半端な試験という印象でした。既存の試験を使うなら、TOEFL対策をするほうがまだよいと思います。日本人が苦手とするwritingやspeakingといった英語でoutputすることや、短時間で自分の考えをまとめることの練習になるでしょう。
国立大学やレベルの高い私立大学ですら、TOEFLでなくてTOEICというのは不思議です。企業で英語力の評価にTOEICが使われているので、就職活動の準備を兼ねているのかもしれませんね。
[返信]
考えてみれば、一歩譲って標準テストで単位を出すとして、なぜTOEFLでなく、TOEICなんだろうと不思議ですね。大学によってはTOEFLを使っているところもあるわけで、何かしっかりした理念があって決めているわけではなさそうです。意外と世間で有名だからということで使っていたりするんではないでしょうか。
- kitty
- 2008年2月13日 03:27
日向先生
「TOEICではコミュニケーション能力は測れない」というご指摘、まったくその通りです。マークシート方式の試験でコミュニケーション能力を測るのには無理があります。水に入らないで水泳の能力を測っているようなものです。
TOEICも使い方によっては、英語学習に対するモティベーション維持等のプラスの面もありますが、どうも現状では利点よりも弊害の方が多いようですね。「TOEICはコミュニケーション能力を測るテストである」という幻想は崩す必要があります。
「カメハメハ日記」、面白いブログですね。ご紹介いただきありがとうございます。
[返信]
おっしゃるとおり、TOEICもそれなりの効用はあると思います。ただどんな道具もどういうものかを知らないで使うのは問題です。
TOEICもあれだけ巨大ビジネスなんですから、誇大広告をやめてもっと正直にやらないとお隣の韓国のようにTOEIC離れが起きるのではないでしょうか。
ところで学生に対策講座を受けたらスコアが何百点も上がったと聞かされるつど、神崎先生の顔が思い浮かびます。
ご著書では、denyには-ing形が続くといった文法知識に加えコロケーションなども取り上げられており、表面的なTOEIC対策に終わらず、英語力全般の底上げに結ぶつく内容なので、これを勉強して、スコア上昇を楽しみにするというのも一つの英語勉強法だと思っています。
- 神崎正哉
- 2008年2月12日 01:44

先生のおっしゃることは事実です。会社の採用試験でも英語の能力のない人事が”TOEICの点が~”と採用してきた人で使い物になった人などおりません。海外との交渉ごとにややこしい長い単語をいくら知っていても役になど立ちません。実際に英作文と会話で計るべきです。
[返信]
生々しいコメントありがとうございます。現場からの悲鳴が聞こえてくるようです。某有名ホテルの社長がTOEICがどういうものか知らないまま「TOEICの点が~」と言い出して、現場がパニックに陥った例を思い出します。ホテルでのサービスとTOEICの点数が関係あるはずもないわけで、そういう企業人が多すぎます。