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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2008年3月29日

新たな海図とコンパスで語学の海に乗り出す:CEFRとELPの話

ヨーロッパ共通参照枠(Common European Framework of Reference for Languages、以下 CEFRと呼びます) というものを調べれば調べるほど、これをわが国に導入するのはむずかしいのではないかと思えてきます。あとで説明するとおり、CEFRはいわばコミュニカティブアプローチによる言語教育の集大成であり、国際的にも高く評価されているものです。しかし、わが国の学校教育の実際では、学習指導要領がコミュニケーションを強調しているにかかわらず、何だかんだ言っても英文法中心の指導であり、また、教師のメンタリティーにおいても大部分の先生方がコミュニカティブ英語に対して苦手意識があります。大学の英語教員も大部分はいわゆる訳読法で育った人たちですから、コミュニカティブなんとやらには一種の偏見があるというのが私の見方です。実情がそうなのに、日本の言語教育の世界に CEFRを持ちこんでも通じないのではないかという思いを吹っ切れません。

そもそも以前の記事でも触れたとおり、某大学の英語担当教員30名前後にCEFRを知っているかと尋ねたところ、半分近くが知らないわけで、日本での知名度ないし認知度も今ひとつという感じです。

しかし、CEFRが事実上の世界基準として急速に普及していることを知っておく必要があります。第一に、GDPで世界一の経済圏であるEUの加盟諸国27カ国において言語能力を測る共通指標として使われており、現に、一定以上の英語能力を就労ビザ申請時の要件に加えたイギリスなどは、CEFRを基準にC1(上から二番目のレベル)を要求しています。第二に、民間レベルでもイギリスの著名なケンブリッジ英語検定はCEFRでのレベル分けを使って自分たちの検定のレベルを表示していますし、同様にフランス文部省認定のフランス語能力検定もCEFRのレベル分けをそのまま使っています。第三に、カナダ政府は The framework has international currency.(このフレームワークは国際的に通用している)として、文化省に相当する政府機関が自国の教育制度に取り入れようと努めています。最後に、アメリカでもミシガン大学のような言語教育で定評のあるところが、CEFRをおおいに意識して、わざわざ大学独自の英語検定をCEFRのレベルに置き換えて説明したりしています。

CEFRそれ自体、およびそれを教育現場で浸透させようという試みである European Language Portfolioについては、既に紹介記事を書いていますので、今回は自分のためのまとめを兼ねて、両者を通じての特色にスポットライトを当ててみようと思います。

★ CEFR のユニークさ

CEFRとは何かをひとことで言えば「従来とは異なる言語観を打ち出した上、教える側と学ぶ側を含めて外国語学習に関わる人々が共通して使える物差しを示した」ものです。

「従来とは異なる言語観を打ち出し」ていると言うのは、それまでの外国語ないし言語教育における言語観が単語と文法を要素とする、いわば言語運用能力 (linguistic competence) という一次元の世界だったのに対して、CEFRは、こうした言語運用能力に広がりを与え、深みをつけているという意味で三次元の世界です。すなわち CEFR は、言語の学習をコミュニケーション能力 (communicative competence) の側面から捉え直し、「人はそもそも何のために言語を用いているのだろうか」という問題意識に立って、「人は一般的能力(勉強する能力、知識を実際に活かす能力など)に加えて、コミュニケーション能力(単語や文法といった言語的能力、フォーマル・インフォーマルを使い分ける社会言語的能力、状況に見合った言い方をする語用論的能力)を総動員し、かつ、人それぞれであるストラテジー(目的合理的なコミュニケーションのやり方)に従って、コミュニケートされるべき課題をこなしているのだ、そのために言語を用いているのだ」と見ているのです。

加えて、言語を学ぶ人々の見方に関しても、従来の言語観では、「個人」の学習者という捉え方だったのに、CEFRでは、自ら目標を設定しては進捗をモニターしながら目標到達を確認し、次のステップへと進む自律型の学習者を想定しています。その背景には、多様な価値観の併存を認めており、もともと危うい民主主義社会において自分の責任で判断し、投票する人間を言語教育を通じて育てていきたいという思いがあるわけで、具体的には、言語の学習がそれまでは個人の営みとしてのみ捉えられていたのが、ここでは、人が社会の中で他に働きかけるために言語を用いている以上、「責任をもって社会の中で行動する人」がどのような言語活動をしているのかに焦点があわされます。もはや学習者はただの「一個人」ではなく、「責任ある社会人」なのです。

ここで語学の世界を航海にたとえて言えば、従来の言語観では平たい海図によっていたのに対して、CEFRの世界では、立体的な海図が使われていると言えそうです。単語や文法だけでは済まず、状況別の対応といった語用論的能力までも問われるいう意味で奥行きがあります。また、従来、言語のユーザーが個人単位で考えられていたのに、CEFRでは「社会の一員としての言語ユーザー」を想定している点は、海図に広がりが出たと言えそうです。私に言わせれば、海の果てに切り立った底なしの崖を描いていた昔の海図から、地球が丸いことを前提にした海図への転換ぐらい大きな意味があるような発想の転換です。

ところで、CEFRが従来と異なる言語観ないしは言語学習モデルを提示した点は、新たな海図を発表したようなものだとした場合、重要なのは、この海図自体、みんなこれに従えという性格のものではないことです。CEFRの正式名称が Common European Framework of Reference for Languages であるぐらいですから、本体は、飽くまでも「参照の便宜のための枠組み」 (framework of reference) であり、英語その他の外国語を教える側にしろ学ぶ側にしろ、従来の海図を捨てる必要はなく、新たな CEFR という名の海図を見ながら、これまでの学習法を見直して、本当に最短距離なのか、あるいは、これまでの航海法で見直した方がいい点はないかと点検用に使えばいいのです。

そうだというのに、わが国の教育関係者に CEFRはどうでしょうねと提案しようものなら、事情を知らない人々が新たな指導要領ないしはカリキュラムの導入と勘違いして反対したりするわけで、ものを知らない、あるいは新しいものごとを知ろうとしないというのは、人間として本当に悲しいことだと感じます。

次に、CEFRの二つ目の構成要素である「教える側と学ぶ側を含めて外国語学習に関わる人々が共通して使える物差し」という点ですが、共通の物差しがない状態を考えるとそのありがたみがわかります。例えば、A大学の「中級英語」修了者とB大学の「中級英語」修了者が同等である保証はまずありません。同様に同じ大学内でも、文学部の「上級英語」と法学部の「上級英語」が同じであり、修了者が同程度の英語を使えるかとなると、これまた疑問です。

この点、CEFRは6レベルのそれぞれについて、このレベルの人はこの程度のことができるという形で(代表的なものにとどまりはするものの)あるレベルにある人の能力を書き出すという方式で提示しています。例えば、B1レベルのリスニングの項をクリアするためには「わたしは、標準的な言葉で、それが明瞭に話されている限り、職場、学校、あるいはレジャーなどの場でごく普通に聞く機会のあるものなら(例えば定型的な案内放送)、だいたい聞いてわかります」「わたしは、時事問題あるいは自分自身が個人的にまたは仕事に関して興味のある問題がテレビやラジオで取り上げられている場合、比較的ゆっくりしており、明瞭である限りは、だいたい聞いてわかります」と言える必要があります。

「何かができる」という判定方式であり、TOEICやTOEFLのように「他の人の成績との兼ね合いであなたは何番目」という判定方式ではないわけで、教える方も学ぶ方も、目標を設定したり、あるいは、その目標に達したかを確かめる上で実際的です。関係者の間では、特に学習者が自己評価に使える点が高く評価されています。さらには雇い主にとっても有用です。つまり、何とかという検定で何点ですと言われても、その人が何ができるのかわかりませんが、CEFR方式なら、具体的に何ができる人なのか、しかも、それをリスニング、スピーキング等分野別にわかりますから、「うちは英語の電話はかかってこないけれど、メールはたくさんある」という企業の場合、リスニングやスピーキングはまだまだだけれど、ライティングでのCEFRのレベルが高い人を選べばいいことになります。

★ CEFRの実践板、European Language Portfolio (ELP)

ELPは三つの柱から成っています。CEFRが海図だとすれば、ELP は、学習者が自分の位置を知り、進んでいる方向を確かめるためのコンパスに相当するものです。そしてこのコンパスの第一の役目は、自分の言語運用能力が言語別にどのレベルにあるかをCEFRにそくして確認し、「現在位置」を記録するというもので、 Passport と呼ばれています。第二の役目は、学習経過・経験さらには次回の到達目標を記録するというもので、この部分は、Language Biography と言います。観察日記または業務日誌のイメージです。そして、第三に検定の合格証書、あるいは初めて○○人と会って握手している写真、外国語でのEメールの写しといった資料を収集する Dossier です。PC版であれば海外での写真やメールへのリンクを張ることになります。

この中でも言語の学習において一番大事とされているのが二番目の Language Biography です。こういう業務日誌的なものをつけていれば、学習を継続しようという「やる気」を維持するのに役立つことでしょうし、何よりも、自分の学習法はこれでいいのかと定期的に見直し、必要に応じて軌道修正するという学習ストラテジーの実践に役立ちます。そして、ここでも自己評価のための物差しはCEFRの6段階評価で、例えば、ビギナーレベルのA1での「スピーキング」なら、以下のようなチェックリストに記入していきます。(サンプルは、末尾でご紹介するイギリスのCILT版ELPの一部です)


elpsample1.jpg


ご覧のとおり、A1レベルでは、自己紹介ができ、I'm a bank employee and work as a teller.(私は銀行で働いており、窓口を担当しています)という具合に work as といった 決まり文句を使って、自分が何をやっているかを簡潔に言えるようになることを目標にします。学校で使うなら、CEFRとカリキュラムを照らしあわせながら、何ができるようになって欲しいかをこのチェックリストに入れることになります。そして、学習が進み、真ん中のB2レベルだとチェックする項目も当然変わり、こうなります。


elpsample2.jpg


このレベルになると、同じように自分の仕事を説明する上でも、I work for a bank as a teller. I deal directly with customers, receiving and paying out cash. (私は銀行で窓口係として働いています。お客様と直接接し、現金の収受をしています)と自分の言葉で言いたいことを言えるようになっています。

従来の言語体系の習得に偏した学習法(いわゆる訳読法ないし文法シラバスに基づいた授業がその例です)では自分とおよそ縁のないセンテンスや言い回しにつきあわされるのと比べ、「コミュニケートするためにはどういうことが言えなければならないのか」にウェイトを置くCEFR式のアプローチでは、こういうチェックリストの項目を念頭に置きながら、自分の仕事を英語で説明するのにはどう言ったらいいのだろうという問題意識を持ちながら勉強することになるわけで効率がいいに決まっています。

ところで、せっかく4月になってやる気を起こして外国語の勉強を始めたのに途中で投げ出す人の話を聞きますと、たいていは、自分がまだ山のふもとをウロウロしているのか5合目まで来ているのかがかわからない、進んでいるのか足踏みしているのかすらわからない、次のステップが見えないといった話が出てくるものです。要するに、人間はわがままなもので、言語学習のプロセスに主体的に関われなくなると、いやになってしまうのです。そうとすれば、ELPを使って、自分の現在位置を確かめ、次の目標までの道のりをイメージしながら進捗状況を確認するというのは有効な打開策となるのではないでしょうか。生産現場であれ、勉強の場であれ、Plan, Do, See は基本動作の一つです。

ELPは既に2,000人近い教師と30,000人を超える学生が関わった試験運用を経ていますが、こうしたパイロットプロジェクトの報告書を読むと、言語を学ぼうという人たちが自分の責任で学習計画を立て、進捗をチェックするようになるという意味で ELP は役立つと報告されています。他面、ELPを導入した結果、教わる方も自分たちの問題として言語の学習に積極的に取り組んでくれるので学習効果を高められたという教師サイドの好意的コメントも報告されています。「ELPなるもの」に対して負担が増えるのではないかと懸念する先生方が多いのですが、実は逆で、学生が教室外でも継続的に学習を続けてくれるのですから、教師の負担はむしろ軽減されるのです。

試しに、ELPを使って自分の外国語学習をモニターしてみようという方には以下がおすすめです。CILTのものが紙板ですので、ダウンロードし、プリントアウトして使うことになります。下の方のEAQUALS版は、ソフトをダウンロードして、自分のPCに取り込んで使う形式のものです。

イギリスの教育機関 CILT が作成した ELP で、欧州評議会の認定を受けています。
Passport
Language Biography
Dossier

同じCILTから、イラスト入りで、使われている英語も一段とやさしいジュニア板も出ていますので、英語のビギナーの方にはそちらの方が合うかも知れません。(このジュニア版には付属の「ティーチャーズガイド」もありますので、英語を教えている方には便利です)

ジュニア版のELP

EAQUALSというのは、ヨーロッパの語学研修団体の連合組織で、以下はやはり欧州評議会のお墨付きを得ている電子版のELPです。

電子版ELP

このページにはフランス語版もあります。

★ さいごに

CEFRは、言葉の学習者にとっては、新たな海図です。利用する、しないは自由ですが、これを利用することで、これまで知り得なかった言語学習の世界の広がりと深みがわかります。この海図が描く新たな海へと乗り出す練習航海に欠かせないのが ELP というコンパスないしは航海キットです。Passport で現在位置を確かめ、Biography で航海日誌をつけ、Dossier で資料を整理していくなかで、good learnerの資質の一つである学習ストラテジーを立てる能力も身につこうというものです。

この航海キットを使いながら、目標を設定する、作業の内容と方法を決める、進捗状況をモニターする、一連のプロセスが有効かを評価するという手順を反復していけば、途中で放り出す人も減り、単独航海ができる日を迎えられる人が多くなるはずだと確信しています。

ここでは、個人の学習者を想定してCEFRとポートフォリオのポイントをまとめてみたわけですが、大学での外国語教育にこのCEFRとポートフォリオを取り込めないものかと組織的な利用を考えている大学も増えています。慶応大学も外国語教育研究センターが中心になって取り組んでいますが、関西大学でも研究を進めているようで、同大学の太治和子先生が「ヨーロッパ共通参照枠とフランス語教育 ―レベル設定・自己評価表・行動主義―」というペーパーでこう論じてらっしゃいます。

ヨーロッパ共通参照枠やポートフォリオは、ヨーロッパにおける外国語教育という文脈で作 られたものであり、そのまま日本の大学外国語教育の場に導入するには無理があるという意見 も多く聞かれる。しかし、客観的・具体的に学習レベルを規定し、自分で自分のコミュニケー ション能力を測る尺度をもうけ、DELFやDALFのような語学テストのレベル分けにも採用さ れている点を考慮すると、ヨーロッパ共通参照枠を全く無視して授業やカリキュラムを組み立てることはもはやできないであろう。

(文中のDELF、DALFはCEFRベースのフランス語検定で、DELFは、CEFRのA1,A2,B1,B2をカバーしており、DALFは、C1,C2に相当します。フランス文部省認定の検定であるので、DALF C1を取得すれば、フランスの大学に入学する際に求められるフランス語能力の証明が免除されます)

関連資料

CEFR関連のバックナンバー

CEFRの原文(英文)はこちらからpdf版でダウンロードできます。フランス語版もあります。

CEFRの和訳版はこちらからダウンロードできます

CEFR の邦訳が、吉島 茂、大橋 理枝訳、 『外国語教育〈2〉外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠』(朝日出版社)として書籍の形式で出てはいるものの、アマゾンで見ると、手にはいりにくいようです。


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