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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2008年4月29日

英和辞書の誤訳例: drawee

為替手形や小切手を振り出す場合の名宛人つまり振り出す相手のことを指す drawee という言葉があります。みなさんの手元の英和辞典では何と訳されているのでしょうか。

昨日、たまたま書店でいくつかの英和辞典を比べていたとき、ふとこの言葉が頭に浮かび、引き比べてみました。すると、「手形の名宛人」という無難な翻訳がある一方で、「小切手・約束手形で)受取人」と怪しい訳もあったりし、結局、手形や小切手のしくみを調べないまま何か別の資料の孫引きで使っているんだろうなと感じました。(辞書作りの場合、漏れが無いようにとの思いから既存の資料をあれこれと持ち寄ることが多く、詰めが甘かったり、編者を信用しすぎるとこういうことが起きるのでしょう)

こういう手形関係の言葉を理解し、訳すには手形関係での構図というのか、振出人等の登場人物と相互の関係の理解が不可欠と思われますので、ここでちょっと手形や小切手のおさらいをしておきます。

まず小切手 (check) は、支払を指図するのが本質なので、振出人 (drawer/maker) が、手形資金を預けてある銀行のことである、手形の名宛人 (drawee) に対して、受取人 (payee) に対して支払ってくれと指図する証券です。現金代用物なので、銀行は支払資金のある限り、指示どおり支払をするのが普通です。

次に同じく支払を指図する為替手形 (bill of exchange) も、振出人 (drawer/maker) がその手形の名宛人 (drawee) に対して、受取人 (payee) に対していくらいくら支払うよう指図する証券です。ただ、小切手と違い、支払うよう指図された名宛人(=支払人)の払う義務が不確定的なので、受取人の方から「ちゃんと払うつもりがあるか」を支払人に確かめ、手形金支払債務を確定的なものにするための引受 (acceptance) という制度が用意されています。一般に、為替手形の名宛人(支払人)は別の契約上債務を負っており、それを弁済するためにその手形を払うもので、例えば、貿易の決済では、代金を取り立てる輸出業者が輸入業者またはその取引銀行(輸入業者による支払いを請け合った信用状発行銀行)を支払人とする為替手形を振り出すといったことが行われています。

最後に約束手形は、小切手や為替手形と異なり、「私○○は、あなたにいくらいくら支払うことを約束します」という、みずから、支払を約束する証券で、したがって登場人物も振出人 (maker/payor) と受取人 (payee) しかいません。

また、英語での言葉の使い方という見地から言えば、約束手形の振出人は、drawer とは言わず、maker です。小切手や為替手形の振出人なら、drawer とも言えるし、maker とも言えるのでややこしいようでもありますが、本質から考えれば、なぜ約束手形の場合、drawerと言わないのかがわかります。

すなわち、ここでの draw というのは The Pocket Oxford Dictionary によれば "obtain or take from a source" (ある出所から何かを持ってくる、取ってくる)ということですから、小切手や為替手形のように支払を指図する相手から資金を引き出して払うというときには使えても、他から引き出してどうのということがなく、単純に自分が払う約束手形の場合は、もともと draw するという行為自体観念できないとも言えるのではないでしょうか。

こう書いたところで、急に自分の「オンラインビジネス英語辞書」で drawer を引くとどうなんだろう心配になり、とチェックしてみたところ、

(約束手形の)支払人、(為替手形の〉振出人

となっていました。

約束手形の場合、振出人イコール支払人ですから、間違いではありませんし、正式の書類でも、 draw/drew a promissory note という言い方がされる例がたまにあるものの、上の語義から考えると、訂正した方がよさそうです。ついでに「小切手の振出人」という訳語も足し、「小切手または為替手形の振出人」と直しておきます。

なんであれ、こうした手形関係の構図を念頭に入れておいてから、改めて世のオンライン英和辞書で drawee がどう訳されているかをのぞいてみました。

例えば、ヤフーのサイトにある辞書で drawee を引くとこうなっています。

[名]《金融》手形名あて人;(小切手・約束手形で)受取人;(為替手形で)支払人.

為替手形の場合は、手形の名宛人イコール支払人ですから、「(為替手形で)支払人」という訳に問題はありませんが、小切手や約束手形においてお金を受け取る人は payee であり、drawee とは別の人ですから、drawee が「(小切手・約束手形で)受取人」であるとするのはどうかと思います。

このヤフーの語義解説のあとに、親切に、

⇒DRAWER 4 を見よと、参照項目の指示があるので、ついでにそちらものぞいてみたところ、こうなっています。

4 手形振出人[作成者]:小切手・約束手形では支払人;為替手形では作成者.


冒頭で説明したとおり、drawer は小切手または為替手形の振出人のことですから、「為替手形では作成者」という説明に問題はないものの、「小切手・約束手形では支払人」という説明には半分だけ正しいのかなという印象を受けます。約束手形の場合は、振出人イコール支払人ですから、「約束手形では支払人」という記述はいいとして、小切手では、支払いを指図する振出人と、指図を受けて小切手資金を払い出す支払人とは別物ですから、「drawerとは手形振出人のことであり、小切手では支払人」だとする、この説明はさっぱり要領を得ません。

ちなみに「フレッシュアイ」で翻訳を選んで、drawer と drawee を何と訳すのだろうと試したところ、drawer はただの「引き出し」で、drawee は「支払人」でした。

ひとまず学習者はこういう辞書をたよりにするわけですから、編集者の勝手な理解を押しつけるのはどうかと思います。他面、プロの翻訳者の場合、自分で調べる手間を惜しんで英和辞書程度で適当に訳していたりすると危ないということでもあります。


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Comments

お久しぶりです。バンジー好きのGINです。

6月に簿記3級を受けるべく勉強しているので
今回の記事は知っている用語を英語でどういうのか、
という点で読ませていただきました。

小切手、約束手形、為替手形のしくみを知っていれば
それほど難しくないですよね。振出人、名宛人、受取人にあたる単語が何かを覚えればいいだけですし。
(仕組みを知っていれば訳の間違いに気づくでしょうから。)

こういう専門用語(?)に出くわしたら、単に英和辞書で調べるだけでなく、広辞苑やネット等でそのもの自体についても調べるようにしています。辞書の編集者の方々は「そんな時間ないよ」とか言いそうですが。


[返信]

こんにちは。バンジー好きのGINさんと簿記三級などという地味な資格が今ひとつ頭の中でしっくり来ません。

それはともかく、「辞書の編集者の方々は『そんな時間ないよ』とか言いそう」ではありますが、しかし、プロたる者、そんなことは思うことがあっても絶対言っちゃいけないし、本当に手間を省くのは、なおさらいけないというのが私の考えです。良心の問題でもありますよね。

実は小切手の仕組を知らず、「振出人」の意味も分からないせいで悩んだことがありました。

 "The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde" の冒頭に、怪しい家(ハイドの棲家)の描写があったあと、ハイドがジキル名義の小切手で支払いをする場面で、"the person that drew the cheque" とか "the drawer of the cheque" とあり、その人物が、その怪しい家に住んでいるのかという話題で "A likely place, isn't it?" とあったので、なんだか(品行方正な)ジキル博士のことではなく、いかにも怪しいハイドの方を指す方が自然であるようにも思えたのです。
 辞書を引いても「振出人」とあり、それが何をする人なのか(つまり、「振り出す」とは、何をすることなのか)が分からず終いでした。これは英和辞典だけの話ではなく、国語辞典でも、「小切手」を引くと、なるほど「振出人が銀行を支払人として、受取人・・・に一定金額を支払う・・・」とありますが、「振出人」や「振り出す」は、手形・小切手を「発行する」とあるだけで、役には立ちませんでした(ジキルの場合は、受取人と一緒に銀行に出向いて行って支払いをしているので、「発行」と聞くと、名宛人である銀行のことかも、とも思えます)。なにしろ、ジキルは、「振出人」「名宛人」「受取人」のいずれでもなく、むしろ「受取人 (payee) に対して支払ってくれと指図」を(法的にとは逆に、現実の行動としては直接的に?)行っているわけで・・・。

 結局(この「振出人」が名義人であるジキル博士のことだとすると)、いかにもその怪しい雰囲気のことを言っているような(手持ちの訳書の「住んでいそうな場所ですよ」もそう解釈しているように思える)"A likely place, isn't it?" が、恐らく、「ジキル名義の小切手を家の中から取ってきたんだから、そこにはジキル本人も住んでいると考えるのが妥当だと思えますよね?」(以下、「でも事実はそうではない」という説明が続く)という解釈が妥当だったのだろうと、今は頭を整理したところです。

[返信]

こんにちは。たくさんのコメントありがとうございます。

前後の文脈がわからないので、何とも言えませんが、a likely place はもちろん「いかにも」というふうに解釈できる一方、「そういうことでもおかしくない、そう考えても筋がとおる」というふうにも読めますので、「ジキルがここで小切手を書いたりしたとしてもおかしくない、そんな雰囲気がありますね」ということなのかも知れません。

先生のページは英語と金融(法律)を同時に勉強できて、一石二鳥とは正にこれのことだと思います。

ところで、drawer/drawee/payeeと手形絡み文章で使われる動詞を調べるにはどうするのでしょうか。 日本語だと、手形を切る、振り出す、割り出す等をよく見かけます。

[返信]

こんにちは。この手の証券を振り出すのは issue が一般だと思いますが、グーグルで

"when the drawer * a check"

といったフレーズで検索を重ねていくと様子が見えてきます。フレーズ指定するための引用符(これをしないと、when OR the OR...と解されてしまいます)と、任意の単語という意味の米印がポイントです。

先生、こんにちは。

第4パラグラフですが、以下のようにすべきだと思うのですが、いかがなものでしょうか。

「まず小切手 (check) は、支払を指図するのが本質なので、振出人 (drawer/maker) が、小切手資金を預けてある銀行のことである、小切手の名宛人 (drawee) に対して、持参人 (bearer) に対して支払ってくれと指図する証券です。現金代用物なので、銀行は支払資金のある限り、指示どおり支払をするのが普通です。」

ちょうど月末の支払い準備をしておりまして、小切手帳になんと記載してあるかと改めて目を通してみましたら、以下のようになっていました。

「上記の金額をこの小切手と引替えに持参人へお支払いください」

ちなみに為替手形には次のように記載されています。

「(受取人)      殿またはその指図人にこの為替手形と引替えに上記金額をお支払いください」

以上、報告おしまい。

[返信]

ご提案ありがとうございます。ただ、小切手は本来、記名式であるところ、支払いの簡易迅速性を尊んで無記名式を認めているわけで、飽くまで原則は記名式でなのではないでしょうか。また小切手と無縁の読者も多いことを考慮したいところです。してみると、むしろ kimura 88 さんのこのコメントにことを委ねた方がいいかなと感じます。

なお、英語の小切手は、Pay to the order of というのが入っているのが普通であり、その意味では記名式が原則なのだと理解しております。

英和辞典の誤訳はコンピュータ用語もひどいです。以前、三省堂の辞書にprogram(動詞)に「プログラムを入力すること」と書いてあり、のけぞりました。


[返信]

www.excite.co.jpは、新英和中辞典 第6版 (研究社)だそうで、そこで program を入れてみたところ、こうでした。

【電算】〈電算機に〉プログラムを供給する.
(自) プログラムを作る.

program a computer と他動詞として使うのはわかりますが、自動詞としてprogramを使うというのはどういう感じなのでしょうね。自分でこの動詞を使ったことのないような人々が集まって孫引きでせっせと辞典を作っている様子が目に浮かびます。

昔、誰かが辞書の誤訳の多さを追及して訴訟を起こし、出版社が傾いたとおぼえていますが、そういう経験が活かされていないのでしょうか。反面、あすは我が身と緊張します。

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