2008年4月26日
判例に学ぶ不定冠詞の使い方
不定冠詞 a の語義をオックスフォードやロングマンの学習者向け英英辞典で引いたりすると何項目にもわたって丁寧に解説されているのはいいのですが、細かすぎて、まさに「木を見て森を見ず」状態に陥ってしまいます。しかし、ちょっと整理すると、いろいろ言っているけれど、不定冠詞 a は「一個」という個数を言っているか、「そういうカテゴリーに属するもののどれか一つ」とカテゴリーを言っているかのどちらかであるのが見えてきます。
実際、ネイティブ向けの The Pocket Oxford Dictionary で不定冠詞 a の項を見ると、語義の1は、one, some, any とあっさりしたものです。ただ、あっさりしていても学習者にとっては大事なヒントが隠されています。ここで不特定ながら複数のモノ・コトを指す some が語義に入っていることからわかるよう、不定冠詞 a は「一個の」ことを示すと単純に覚えているとなかなか英語の感覚が身につきません。
今回は、こういった見地から、実際に裁判で争われた「この不定冠詞 a は一個なのか複数なのか」という問題を取り上げてみます。いずれも Margaret Bryant の English in the Law Courts というおもしろい本に載っている事例です。
★ この a は「一個の」という意味だとする判例
速記録から正式の裁判記録を起こしてそれを書面にして出すという仕事をしていた人が、不定冠詞 a の解釈の仕方によっては、書面を何通出しても、報酬としては1本分しかもらえなかったかも知れないという話です。1912年のことです。
この件では、民事訴訟法上の速記録作成者に関しての定めが、each stenographer...must furnish...to the defendant in a criminal case a written copy...of the testimony and proceeding, on payment, by the person requiring same, of the fees allowed by law(各速記者は、法令の定める範囲内の手数料を請求人が支払った場合、刑事事件における被告人に対して証言および審理の経過を書面にて供することを要する)とする一方で、別の法律が法令用語の解釈を統一するため、"words in the singular number include the plural and, in the plural include the singular"(単数形の単語は複数形のそれを包摂するものとし、複数形の単語は単数形のそれをも包摂するものとする)と定めていたため、法令解釈のための法律を単純に適用すると、前段での a written copy は、複数の書面をも包摂することになってしまい、速記者は何通提出しても、料金としては一通分しか取れないということになってしまいます。
実はこの訴訟法の規定の後段では、検察官も同じように手数料を a copy に対して払えば速記録から起こした書面をもらえると定めているのですが、どうやら、この速記者と検察官、実際には費用を負担する郡当局との間で何通出したんだからその分払えという速記者と、法令上、a copy は one copy に限定されず、したがって、何通出しても a copy 分しか払えないという郡当局側とで争いになったようです。
裁判所は、民事訴訟法上の文言にある a written copy を文字通り、one copyつまり「書面一通」と読み取り、従って、二通以上となれば、その分の料金を徴収できると判示しました。不定冠詞 a イコール one という判断です。
★ この a は「複数の」(カテゴリーとしての)という意味だとする判例
ある会社が大理石の彫像2体を輸入しました。この彫像はそれぞれ三つの大理石を使って彫られたものです。輸入品ですから当然関税がかかるわけで、関税当局の判断は従価税(輸入品価格に比例する課税方式)で50%。つまり100万円の彫像なら50万円の関税を納付することになります。
ところが輸入業者は、関税法で言う彫像の定義に当てはまらないから、従価税15%が適用されるべきだと主張しました。関税法で言う「彫像」とは以下のようなものであるところ、自分たちのはこれに当たらないということです。
The term statuary as used in this act shall be understood to include only such statuary as is cut, carved, or otherwise wrought by hand from a solid block or mass of marble...
本法で言う彫像は一体をなす大理石のブロックまたは固まりを切り、彫り、またはその他の方法で手を用いて加工された彫像のみを言うと解されるべきものとする。
原告の主張は、要するに法令の定義では、彫像は、"from a solid block of marble" すなわち「単一のブロックを元に」制作されたものだけを言うのであり、したがって、自分たちの彫像が三つの大理石を加工して作ったものである以上、「単一のブロックを元に」制作されたとは言えず、したがってここで言う「彫像」には該当しないというものです。
これに対して裁判所は、法令の規定は、石を貼りあわせて作る別種の制作物と区別しようという趣旨で彫像とは何かを言っているにすぎず、有名な彫像が一般に複数の大理石を使っていることを考えればわかるとおり、「単一のブロックを元に」制作されたものだけが彫像だと限定するのは不合理だと判断します。
すなわちここでの "a solid block of marble" は、"some blocks of marble" "any block of marble" と読み替えても不都合はなく、原告の例のように大理石を三つ使っている彫像も関税法で言う彫像に該当するという結論です。換言すれば、法令上の a solid block での a は、カテゴリーを示す any だよと解釈したのです。
このようにカテゴリーという見地からは、a block で three blocks がカバーされてしまうのですから、不定冠詞 a = one という固定観念があると呑み込めないことでしょう。
★ まとめ
初級レベルの学習者は名詞には可算用法と不可算用法とがあり、可算用法の名詞は原則として冠詞が必要だという認識が薄いので、I have cat. と言ったりもします。しかし、中級レベルになると、さすがにそういう失敗もなくなりますが、必要に応じてひとまず a をつける程度のスキルは身につきます。問題は上級です。上級レベルでは、同じ a でもそれが「一個の」を指す a なのか、「カテゴリーとしての a 」なのかを判別できるスキルが求められます。
このところご紹介しているCEF(ヨーロッパ共通参照枠)の最上級、 C2 レベルの学習者は、can use the language with precision and fluency と形容されますが、まさにこういった a の使い分けなどは precision の問題です。
いずれにしろ、使い分ける上でのヒントは、カテゴリーとして取り上げていることを示す a のときは、any に置き換えることができる上、カテゴリーを前面に出して、What is known as... The thing called...で a の部分を置き換えても違和感がないことです。
例えば、上の関税法の条文上、「単一の」を強調するなら、 from one solid block or mass of marble と書けるわけで、他面、「カテゴリーとしての大理石」を言うなら、from any solid block or mass of marble と書くことができます。また、実際にそう書くことはありませんが、頭の中で理解する上では、any solid block of marble は、what is called a block of marble と同じことです。
関連資料:
人気ブログランキングが励みになっていますので、本日分の一票、どうぞよろしくお願いします。人気blogランキングに一票
- [冠詞の使いわけ]
- Comments (1)
- Trackbacks (0)
Trackbacks
Trackback URL:

ちょっとした疑問です。
>The Pocket Oxford Dictionary で・・・、one, some, any ・・・。ここで不特定ながら複数のモノ・コトを指す some が語義に入っていることからわかる・・・
と始まり、「★ この a は「複数の」(カテゴリーとしての)という意味だとする判例」の説明もありましたが、「★ まとめ」の、
>例えば、上の関税法の条文上、「単一の」を強調するなら、 from one solid block or mass of marble と書けるわけで、他面、「カテゴリーとしての大理石」を言うなら、from any solid block or mass of marble と書くことができます。
というのと併せて読むと、判例は、この a を「複数の」という意味だとしたというのではなく、(単数か複数かは関係なく)「とにかく大理石から○○したものは「彫像」なんだ」としただけで、従って「カテゴリーとして」や「any として」の説明としては理解できますが、英単語 'a' についての語義「some」の説明になっているようには思えないのですが、いかがでしょうか?
また、条文で、marble の後には当然他の石の名前も('or' で)続くのだと思いますが、その場合、「複数の種類(カテゴリー)の石を加工して作った」モノは、この定義(裁判でどうかでなく、'a' を含む英文として)からは外れる(と決まる)でしょうか(仮に、複数の岩石が元々(=自然界で?)一塊りになっていて、それを彫った、なんてことがあり得れば該当するのでしょうか~~;)?
ところで(本題とは関係ありませんが)、一つ目の判例について、「法令の定める範囲内の手数料」と言っているのだから、その「法令」でどう「手数料」を「定め」ているか(そこでもやはり "a copy" 当り幾らとしているのかも知れませんが~~;)が論点になるべきように思えますが・・・(もしかしたら、該当する「法令」が未制定だった、とか)?
[返信]
こんにちは。
>英単語 'a' についての語義「some」の説明になっている>ようには思えないのですが、いかがでしょうか?
もともと、someとanyは同じものです。Pocket Oxford でsomeを引けば、unspecified amount or number of とあり、any を引けば、some, no matter how much or many or of what sort となっています。
「また、条文で、marble の後には当然他の石の名前も('or' で)続くのだと思いますが、その場合、「複数の種類(カテゴリー)の石を加工して作った」モノは、この定義(裁判でどうかでなく、'a' を含む英文として)からは外れる(と決まる)でしょうか」とお尋ねの点、判決は言葉の問題としてではなく、ここで a を複数のものまで含むよう解釈しないと正義に反するがゆえに目的合理的解釈をしているので、この判例との関係では、こうした問題の立て方をしてもあまり意味がないと考えます。最後にお尋ねの本題と関係のない話も判例の「論理」を考えると同じことになるのではないでしょうか。