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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2008年6月29日

(続)美しい日本を語る英語

★ 象徴力

自然崇拝、自然信仰ないしはアニミズムに続いて、多田先生は、「象徴力」というものを挙げ、象徴力のおかげで能、歌舞伎、さらには、茶道、華道といった世界が尊敬するユニークな美が生み出されたと説いています。この象徴力も直訳調で、the power of symbolism と説明したところで、抽象的な概念をこれまた抽象的な言葉で説明することになり、まずはわかってもらえません。パラフレーズして、 "the use of symbolic language or imagery to evoke emotions or ideas"(一定の感情や概念を想起させる言葉やイメージをシンボルとして使うこと)または、"the use of symbolic meaning" (シンボルを介しての意味の伝達)と言っても、うんと勉強していて、自分の知識・経験に照らして「ああ、あれのことか」とぱっとわかるような人でない限りは通じないというのが私の経験です。

それでは、どういう言い方が「象徴力」をうまく表現できるかと言えば、自分の場合は、manifests something, represents something, suggests something, suggestive of something, hints at something, といった動詞 symbolize の言い換えを使い、また、symbolic の言い換えとしての stylized などで切り抜けていました。例えば、stylized を使うとして、「能では、すべての動きが所定の振り付けに従っており、象徴的な意味合いを持っている上、様式化された動きは、人それぞれの性格といったことではなく、人の気持ちに込められたエネルギーに目を向けるのを手伝ってくれるものです」と説明したいような場合に、

In Noh, every movement is choreographed and symbolic and the stylized movements also help to focus the energy on the emotion rather than on the individual personalities.

というふうに、stylized movements という感じで使えます。

ただ、能や歌舞伎は毎日どこかでやっているものでもなし、また、切符の手配もありますし、そうは触れる機会があるものではないでしょう。(自分だけの経験かも知れませんが)この種の象徴力を説明する機会があるとすれば、けっこういろいろな所にある茶室が象徴力を説明する格好の機会となります。

だいたい、あの地味な茶室を目にして、何とワンダフル的な感嘆の声をあげる人などまずいません。たいていは、「ふん、なんだこの入り口が小さい、変な部屋は」みたいな顔をするものです。

そこで、This display represents the four principles of the art of tea, namely harmony, reverence, purity and tranquility. The room itself is a vehicle through which the way of tea is manifested.(このレイアウトは茶の湯を支える四大原則すなわち、和、敬、清、そして寂を象徴しています。この部屋自体が茶道を具体的なものとして示すための手段です)と説明すると、急に「へー」的な顔に変わるものです。

部屋が木や土といった自然の素材しか使っていない意味を説明すべく、The room is constructed with natural materials such as wood and mud. This suggests the transient nature of our fragile lives. (この部屋は木や土といった自然の素材でできており、このことは、人生がいっときのものであり、はかないことを象徴しています)などとやると、自分自身が何か哲学的なことを言ったかのような錯覚におそわれたりします。おかしなものです。

続けて、狭い入り口を指して、You have to enter the room on your knees and this hints at the tacit requirement for entering the room: only those who are ready to leave worldly dignity outside may enter. (この部屋に入るには這うほかなく、このことは、部屋に入るための暗黙の必要条件を示しています。すなわち、部屋の外に俗っぽい見栄を置いていける人だけが入れるのです)と説明するあたりになると、ただのみすぼらしい小部屋という認識が改まってきて、急に質問が増えたりします。

なお英語で茶の湯を解説したものには、あれこれ資料を調べた上での結論ではあるのでしょうが、けっこう自己流の解釈で、その方面の人たちから見ればえっと驚くような珍説に
終わっている例があり、うのみにするのは危険です。例えば、(流派によってやり方は違うようですが)出された茶碗をちょっと回してから飲む理由として、亭主への敬意 (a sign of respect to the host) を表するためなどと説明したりします。しかし、専門家から聞いた話では、あれは、亭主は気を遣って器の一番いい姿を客に見せるため正面が客の方に向くようにして差し出すのに対して、客の方は、その正面に口をつけるのはもったいないことだと遠慮して、器をまわすのだということです。「正面は神のものだから」、おそれおおいのだと解説してくれた人もいました。何であれ、器を回転させてから飲むのは、遠慮というこれまたひどく日本的な心遣いからであり、亭主への敬意とはちょっと違うようです。

ところで、アルバイト通訳をやっていた時代に案内した方々は、お役所が招待するぐらいですから、いわゆるジャーナリストや日本研究を専門にしているオピニオンリーダー的な人たちなので、けっこう日本のことを「予習」しており、こちらの説明に対して突っ込みがあるので大変です。つまり、一歩踏み込んだ質問にも答えられるよう、こちらも先に挙げた Sansom の本を初め、日本文化を説明している資料を読みあさって、ボキャブラリーを確認しておく必要がありました。

そうやって種々読んだ資料の中で今でもよくおぼえているのが「わび」と「さび」の話です。それぞれをどう訳すのかは、今なら、さまざまな日本文化解説ものが英語で出ているので割と楽だと思いますが、自分で英訳を考えるときのポイントはキーワードというのか、基本的要素を見定めておくことでしょう。

ですから、「わび」が物質文化の対極にあるものをもってよしとするのだとわかっていれば、資料を読んでいるときも、the rustic look of the teahouse, unpretentious utensils という、ここぞというときに使いたくなる言い回しが自然と目に飛び込んできます。同様に、「さび」はいわば年輪を重ねているからこそ醸し出される美を指しますから、beautiful things on the verge of extinction、quietude that exudes century-old dignity, attractive weathered look, absence of obvious beauty などという言い回しに出会うと「おお、これは使えるな」とメモしたものです。

一例として、De Mente の NTC's Dictionary of Japan's Cultural Code Word が、「わび」を "quiet or tranquil with a strong connotation of refined simplicity" とし、また「さび」を a special kind of beauty that results from aging としていますが、ひとつの訳し方として参考になります。(この本の内容は本当かいなと驚くような断定的判断に満ちており、好きになれませんが、日本的なものを英語で説明するためには重宝します)

しかし、もっと大事なのは「わび」と「さび」の関係なのではないでしょうか。この点、何の本だったか忘れましたが、「さび」だけに任せていると、古いがゆえにそれなりの「さび」があっても、ひどく高価となれば、それを見せびらかしたくもなります。そこで千利休が「さび」の行き過ぎに対する一種の戒めとして「わび」というものでバランスを取ろうとしたのだという説明があり、そうかとひどく感心したものです。してみると、「さび」が beauty that comes with age (年を経ることで醸し出される美)だとすれば、「わび」は deliberate restraint on the "sabi" elements (さび的要素に対する意図的抑制)と説明することで両者の関係が明快に描けそうです。


つづく



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