2008年9月 6日
資産運用の成否を決める asset allocation
先日、コメントを寄せてくださった la dolce vita さんのブログ記事、「世界全体の成長を信じる」がとても気になっています。いや、気になっているというよりも、感心しています。ご夫婦の資産運用のあり方を公開され、「現金5債券 10 株式 65 不動産 20 」というポートフォリオの資産配分を示しているからです。
以前に 10 年ぐらいアメリカやイギリスの投資顧問会社の翻訳をやっていた関係で、門前の小僧よろしくこの方面については人並み以上に知っているのですが、個人できちんと自分の財産につき、la dolce vita さんたちのようにポートフォリオを組んで運用しているような人にこれまで会ったことがなく、新鮮な感動をおぼえました。
その昔、年金基金向けに「是非、うちにお任せください」とマンデート(運用の委託)を取るのに駆け回っている部長クラスの人に、本人の資産運用法を尋ねたところ、「そんなものはやっていない。定期預金に決まっているじゃない」と言われ、そんなものかと思いました。外資系金融機関、しかも資産運用に関わっている人がこの程度ですから、一般の人は推して知るべしでしょう。それだけに個人ベースでのきちんとした資産運用のアプローチを見て、おおいに感心させられたのです。
実際問題として、よく個人金融資産が14兆円なんて話を聞きますが、もっぱら預金あるいはそれに準ずる保険という形で保有されており、資産の保全にはなっていても、運用などと言えたものではありません。この点、第一生命の「個人金融資産 各国比較」という資料を見ると、金融資産に占める預金の割合は、アメリカが13%程度なのに、わが国は50%です。また、証券の割合はアメリカが50%以上あるのに、日本は20%に満たない状態で、しかも株式だけに限ると、アメリカが約30%であるのに対して、わが国は11%弱です。
知識がないということも大きいのでしょうが、わが国の金融資産保有者は、要するに資産を積極的に運用しようという姿勢に欠けているわけで、それなのに、自己責任での運用を強いられる日本版 401k (確定拠出型年金)がどうのと騒いでおり、中には社会保険庁を解体して全部確定拠出型年金にすればいいなどという人までいるのですから、どうかしています。
それはともかく、個人で資産運用をしようという場合、資産配分 (asset allocation) は基本中の基本ですから、ちょっとおさらいをしてもいいかなと思い立ちました。投資関連の英文資料を読まれる方、特にこの種の知識が前提になっている The Economist のようなタイプの雑誌を読まれる方に役立つと思います。
★ 資産配分というもの
資産配分というのは、きちんとした目標を持って自分の資産をポートフォリオ(資産の組み合わせ)という形で運用しようという場合、次のステップとして必ず取り組まねばならない作業です。しかも、ポートフォリオによる運用の成否を決める最大の要因です。すなわちポートフォリオの運用成績を左右する要因としては、この資産配分に加えて、個別銘柄の選定 (security selection) や市場平均と連動させるのか、それを上回ることを目指すのかという運用スタイル (management style) も挙げられますが、何と言っても各種研究から、資産配分が運用成績を左右する要因としては9割以上であることがわかっていますから、資産配分が肝心なのです。
前後しますが、ポートフォリオというのはリスクを分散させるためのツールです。よく投資の入門ものに Don't put your eggs in one basket. と書いてありますが、バスケットを複数にしてリスクを分散させるのがポートフォリオです。
これまた入門書に良く出てくる例ですが、分散ということで株式を二銘柄買うなら、同一方向で動くようなものを組み入れるのは愚の骨頂です。例えばスキー板の会社とスキーウェアの会社の株式の組み合わせです。夏は両方とも駄目に決まっています。そこで、一年を通してパフォーマンスをならすには、スキー関連とアイスクリーム、ビールなどの夏物商品を扱う会社の銘柄を組み合わせるべしということになります。
このことから、ポートフォリオを構築して、資産配分をする段になったら、なるべく対照的な動きをする(専門家は「相関性が低い」「相関係数が小さい」という言い方をします)資産クラスを選べということになります。ですから、素朴な構成としては、リターンが低いものの安全資産の代表格である国債とリスク資産の代表格である株式の組み合わせによることになります。
なお、この「対照的な動きをする」というのは大きなポイントで、例えば次の項で説明するように、債券と株式との間で理想的な配分を追求したところで、債券の中身がすべてハイリスクハイリターンのジャンク債(格付けがBBB未満の社債)ではリスク資産である株式とのバランスが取れません。このように一口に債券と言っても安全確実な国債から危ないけれど楽しいジャンク債までと様々ですし、株式だってコカコーラのような、そうは伸びないけれど安全な大型株(発行済株式数に株価をかけて求める時価総額が大きいということ)から、小型の急成長株までと様々でなのです。
★ 資産配分の割合
次の問題は債券と株式を組み合わせるとして、債券 20 株式 80 で行くのか、あるいはその逆に 債券 80 株式 20 がいいのかということです。この点、バランス型と呼ばれるミューチュアルファンドの配分比が債券 40 株式 60 であるのが一つの目安になりますが、アメリカの個人投資家の世界はおもしろくて、いろいろな経験則があります。
よく聞くのは Rule of 100 というもので、株式のようなリスク資産に投資する割合は、100から年齢を引いて決めろと言います。30歳の若者なら 100-30 = 70 ですから、債券 30 株式 70 となります。逆に70歳の人なら、債券 70 株式 30 という割合になります。
もちろん、最終的には個人のリスク選好度によるものの、la dolce vita さんの記事でも紹介されている Burton G. Malkiel の A Random Walk Down Wall Street: The Time-Tested Strategy for Successful Investing でも、年を取るにしたがい債券のウェイトが上がる一方、株式のウェイトが下がっていますから、多くの人が納得している一種の黄金律なのでしょう。
[注 A Random Walk Down Wall Streetは証券金融関係の翻訳などをやられる方にとっては必読書と言えます。ただ、せっかく軽やかな英語で重いテーマを語っているロングセラーなのに、邦訳は小難しい漢語の多い、こわいものになっているので、原書で読まれることを強く勧めます]
黄金律と言えば、やはりアメリカは個人による積極的な資産運用が普及しているだけあって、語り継がれる経験則もなるほどそんなものかと感心するものばかりです。例えば、定年退職後平均して20年以上は生きると計算しろとか、退職後の所得として現役時代の8割は確保するつもりで計算しろと言います。
そして、このように想定がすべて具体的であることの延長として、インフレ率は3%ぐらいを見込んだ上で、目指すべき運用利回りも債券がインフレ+3%、株式はインフレ+6%が相場になっています。
ちなみに、こういった長期の運用目標、例えば元本の安全を確保しつつ、日常的な経費を運用益でまかなうといった目標の立て方や運用にどう取り組むかといったことにつき参考になるのは、年金基金の「運用方針」 investment policy と呼ばれるものです。こういうものを、"purpose of this investment policy" といったキーワードで検索した上、いくつか読むと、銘柄選定、資産配分、最適化(最も効率的なリスク・リターンの組み合わせ)、運用成績評価といったポートフォリオによる資産運用のイロハが学べます。しかも、投資とは無縁の年金加入者への説明のための文書ですから、書き方もやさしく、助かります。英語ができてよかったと思ったりもします。
★ 資産の運用スタイル
先に述べたとおり、資産配分でパフォーマンスの9割かた決まってしまうものの、ポートフォリオを市場に連動させるのか否かという選択はやはり重要ですし、避けて通れません。しかし、このあたりは、主流としては市場平均に乗れればいいというところでしょう。と言うのも、銘柄選定で市場平均に「勝つ」のは至難の技で、市場平均並みのパフォーマンスで良いよとする「パッシブ運用」に対抗して、市場平均を上回ることを追求する「アクティブ運用」のミューチュアルファンドの75%は(長期的に)市場平均に届かずに終わっていることが知られているからです。
この点、おもしろいのが資産運用のプロたちの言い分です。市場平均に勝てないなどと言っていては商売になりませんから、年金基金向けのプレゼン資料などでは、「市場に情報がすべて織り込まれているという効率的市場論は基本的に正しいが、市場は完全に効率的とまでは言えず、弊社はそのわずかな隙間を追求して市場平均プラスアルファを目指しており、現に実現している」とぶっているのが普通です。
しかしプラスアルファと言ってもたかが知れており、7、8年前当時で、ベンチマーク(運用成績評価の指標)である S&P 500 に対して、プラス2%とか3%程度でした。大手証券系の投資顧問はどこもこんな数字でしたから、意地悪く言えば、コンピュータを駆使した銘柄選定で何とか市場平均並みのパフォーマンスを確保した上で、あとは優秀なアナリストチームの力でかろうじてプラスアルファをつけているのです。したがって大手ともなれば、同じ程度に優秀なアナリストを集めている結果、どこかが飛び抜けてパフォーマンスがいいなどといったことは望むべくもなく、どんぐりの背比べで終わるのです。
してみると、お金のある巨大金融機関でさえこの程度のパフォーマンスとすれば、お金のないわれわれ一般市民は、市場平均と連動するよう設計されているパッシブ運用のファンド、いわゆるインデックスファンドに投資した方が賢明というものでしょう。
★ さいごに
冒頭でご紹介した la dolce vita さんは大手企業での実務経験を経て、ヨーロッパのビジネススクールならここと言える、 INSEAD でMBAを取られている方です。そういう方だからこそ、ご自分のブログで公開されているような常識的かつ合理的な資産配分をこなせるのだと思います。
これに対して何ら投資ないし資産運用につき知識を持っていない平均的日本人がこうした資産配分をこなせるものでしょうか。そりゃ、一日ぐらいの 401k セミナーで、資産配分はこうやるんだよ、と説明されれば、形式的には自分の好みに合わせたポートフォリオぐらいはできるでしょう。
しかし、ポートフォリオを運用していくためには、まず組み入れ段階で、個々の資産クラス内の個別資産につき、リスク分散の見地から相関関係を考える必要がありますし、運用開始後は、今度は、構成比の維持にも気をつける必要があります。債券ばかりが値上がりすれば、当初は債券 80 株式 20 だったものが、いつのまにか債券 90 株式 10 になる可能性があるからです。しかも、構成比を維持するための銘柄の入れ替えをどういう頻度で行うのか、1年に1回なのか、2年に1回なのかを考える必要があります。加えて定年退職時の目標額から逆算して、毎年この程度の運用利回りは欲しいと考えながら運用するわけですが、それをモニターし、必要に応じて銘柄を入れ替えたり、おりおりの経済情勢を見ながら運用戦略を練り直し、全体の資産配分を見直すといったことも要求されます。
政府は貯蓄をもっと投資にまわしてくれということで、いろいろ国民に呼びかけていますが、「みなさん、是非安全で有利な国債を」などと言う前に国民全体に対して投資リテラシーとでも言うべきものを広める方が先決だと思います。
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日向さん
ブログのご紹介ありがとうございます。
最後の、
>政府は貯蓄をもっと投資にまわしてくれということで、いろいろ国民に呼びかけていますが、「みなさん、是非安全で有利な国債を」などと言う前に国民全体に対して投資リテラシーとでも言うべきものを広める方が先決だと思います。
は本当にそうだと思います。
政府が「国債を買ってください」というのは、国民に「お金を借りてください」と言っているに過ぎないので、もっと他にやることがあると思います。
イギリスは政府が58億円を投じて4歳から19歳まで年齢に応じた金融教育をするそうです。
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080708AT2M0800408072008.html
金融で復活したイギリスらしい政策だなあ、と。
[返信]
こんにちは。こちらこそ、触発される記事に触れることができ、感謝しています。
イギリスの金融教育、すごいですね。Stocks and shares ISA のような投資奨励型のインフレがあるからこそ出てくる発想だと思いました。それと比べるとわが国はトホホ状態です。
金融先進国のシンガポール、なんだかいろいろおもしろい口座がありそうですが、いかがですか。是非、ブログで取り上げてください。