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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2008年10月29日

原価会計と時価会計の善し悪し:基本中の基本に返る

先週号の「週刊朝日」にタイトルは忘れましたが、リーマンブラザースの破綻で一気に深刻化した金融危機の元凶を時価会計だとし、さらには金融工学も同罪だとする一文が載っていました。公認会計士の方の署名記事です。

印象的だったのが、会計700年の歴史での王道は取得原価主義であり、時価会計は最近になって現れた一種のキワモノだとする論旨でした。

昔、金融翻訳をやっていた頃でも、(プロの翻訳者というのも意外とそんなものなのですが)、時価会計がどういうものであり、原価主義とどう違うのか程度の、いわば百科事典的知識の程度で仕事をこなしていたものですが、あるとき急になぜ原価主義が大原則とされているのかが気になり、調べたことがあります。

今回は、そのときの「成果」を振り返り、ついでに時価主義がどういうものかを見ておこうかと思います。

例えば仕入れた商品の帳簿上の価格は仕入れた当時払った代金の額であり、決算期時点でその品物の価格が高騰していても、いちいち評価替えなどしません。これが取得原価主義 (historical cost accounting) と呼ばれるものです。

このようなアプローチがなぜ会計の基本とされるかについては、会計の教科書には、だいたいが客観的だからいいのだ的な説明をします。他面、仕入れ代金ぐらいならまだしも、大昔に1,000万円程度で取得した土地が現在10億円になっていても帳簿上はどこまでも1,000万円です。事実、どこかの何とか急行の貸借対照表(会社がどう元手を調達し、それをどう運用されているかを示す計算書)に計上されている不動産はいまだに取得当時の坪10円で評価されているという話を聞かされたことがあります。これでは、企業価値を正確に把握できません。

のみならず、帳簿上、買った当時の10億円と評価されている保有株式が現在100億円になっているような場合、含み益による経理操作を許してしまいます。つまり本業が儲かっておらず、決算の数字が悪くなりそうな場合、この株式を売れば90億円の含み益 (unrealized profit) が実現利益として確定し、一気に数字をよくするという裏技を使えるのです。逆に100億で買ったものが今は10億になっているのに、帳簿上は依然として100億であるということにもなります。こんなことがまかり通っているようでは投資家としては何を信じたらいいのかという気持ちになることでしょう。

こうした取得原価主義につき、そうだったのかと一気に理解が深まったのが、Christopher Nobesという人の書いた Pocket Accountant という本。この本を含め、一般に「取得原価」以外の選択肢、例えば、買い替えたらいくらになるという「取替原価」、売ったらいくらになるという「純実現可能額」あるいは将来に向かって資産が稼いでくれるはずの額から逆算して現在の価値を求める「現在価値」などと比べると、取得原価を基準にする方式は、主観的判断の入る余地が少なく、客観的であり、また、既に記録されている数字をそのまま使うので、安上がりだと説明するものです。ただ、この本が特にユニークなのが、会計の由来に立ち返って取得原価の「正しさ」を説いている部分で、こう言っています。

The original purpose of accounting was accountability of stewardship; that is, it was designed to enable the owners of resources (such as shareholders) to check up on their managers or stewards (such as company directors). For this purpose, there is an advantage in reporting what was spent by the directors to buy assets. Any revaluations would obscure the actions of the directors. 会計のもともとの目的は、領地を預かる者の説明責任を果たすことにあった。すなわち会計は、資源のオーナー(例えば株主たち)が自分たちの管理人ないし執事の仕事ぶりを点検するために考案した仕組みなのである。こうした目的に照らしてみると、取締役たちが資産を購入するのにいくら使ったかを報告させるのはそれなりの意味がある。評価替えがされるとあっては取締役たちが何をしたかがわかりにくくなってしまう。

これに即して考えてみると、冒頭で触れた「週刊朝日」の記事を書いた公認会計士が説く「会計700年の歴史」なるものがが果たして現代の企業に当てはまるのかと疑問が湧きます。企業決算は、もとよりオーナーである株主たちのためではありますが、現代の企業の場合、企業リスクが高くなっていることを反映して、当初出資しても危ないなと思ったら株式市場で売れるようになっており、だからこそ企業も株を発行して資金を集められるようになっているのです。つまり現代ではオーナーの持分を表す株式は最初から転々流通することが前提となっており、従って新たに株主になろうとする投資家のために企業の財務状況を的確に報告する重要性が強調されなければなりません。代々のオーナーにお仕えする執事がご主人様のお留守の間の資産管理状況を報告するのとは話が違うのです。

一方、時価会計 (current value accounting) というのは、何でも時価で評価替えせよというのでなく、基本的に金融資産や負債を対象とするもので、しかも、時価の変動によって利益を得ることを目的に企業が保有している有価証券などは、時価で評価すべしとされる一方、長期保有目的の子会社株式などは元々市場での売買を予定していないのだから、原価で評価した方がいいとされたりします。(時価会計を指す英語は他に mark-to-market accounting だとか、fair value accounting あるいはmarket value accounting などいくつかあります)

いずれにしろ、この時価主義についても「思い出の一冊」があります。白鳥栄一著『国際会計基準』(日経BP社)です。内容は「なぜ、日本の企業会計はダメなのか」という副題どおりの本です。この本を読むまでは、原価主義会計は客観的であり、正確だけれど、資産や負債の価値が大きく変化しても無視するという欠点があるので、それを是正するために時価会計が補完的に使われるのだという程度の認識でした。ところが、この本は、ことの本質にさかのぼって説明してくれ、なるほどなるほどとひどく感心させられたのです。

この本はなぜ非金融資産については原価主義なのかという問いに答えて、こう説明します(22-23頁)。

「商品や建物、機械設備などのような生産ないし販売のための物品は、資金回収額を的確に見積もるのは困難である。だから、財務の健全性を保つためにも、このような物品については価値の損傷が認められる場合にのみ、評価損を認識するのが現代の会計」である。

次に金融資産についてなぜ時価主義なのかについては、こう説明します。

「前述以外の資産、例えば売掛金、貸付金などの債権や有価証券などは、上記物品のように第三者に販売する必要がないから、それらの資金回収額(時価)はかなり正確に見積もれる。これらは時価で評価するのが会計の基本になっている」

これだけでもおおいに納得なのですが、ずっと知りたかったことに正面から答えてくれていたのが以下の部分です(96頁)

「金融資産に属する資産は、生産や販売活動に使うためのものではない。多くは、現金への回収活動に専念すればよい。つまり、生産設備や製品などと異なり、決算時に現金回収可能額をほぼ確定できる。これが、金融資産は取引時の価格でなく決算時の時価で評価するという、会計の大原則の理由である」

会計の専門家でないわれわれ一般市民レベルでもこの程度は知っておいてもよさそうです。また知っていた方が新聞や雑誌などで取り上げる際、内容をつかめるし、書き手がおかしなことを言っていればすぐ見抜くことができるというものでしょう。いずれにしろ、結論だけがポンと書いてある専門家の文章に触れるつど、ここで取り上げたような原理原則に立ち返るアプローチの正しさ、有用性を痛感します。




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Comments

先生こんにちは。

金融関係の翻訳家を目指しております。「百科事典的知識の程度」では、十分に上場各社の財務諸表を読みこなすことが出来なかったので、お盆休みに「時価・減損会計の知識」(日経文庫)を読んでみました。

その中では「時価主義会計」と「時価会計」とはまったく別物でした。個人的には、以下のように理解しております。

「時価主義会計」…特に会社の清算時に、資産・負債の売却可能価額を算出する上で用いられる特殊な会計手法。
「時価会計」…「取得原価主義会計」の枠組みの中で、時価のある有価証券を期末に評価する際に用いられる会計手法。

準拠する会計基準によって「時価会計」の内容は異なりますが、「一方、時価主義会計 (current value accounting) というのは、」で始まるパラグラフの「時価主義会計」という表記には個人的に違和感を覚えます。ひょっとして「時価会計」の入力ミスかな、などと思っていますが、いかがなものでしょうか。

[返信]

なるほど言われてみればバランスシート上の資産負債のすべてを時価で評価するのを「時価主義会計」と言い、原価主義の枠内で例外的に一部金融商品についてだけ決算期に評価替えするのを「時価会計」としていますね。これにそってご指摘の部分、「時価会計」に直しておきます。ただ、英語だとcurrent value accounting などはどちらにも使えるわけで微妙ですから、「時価主義」でお茶をにごしたくなります。mark to market は明らかに時価会計ですね。

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