2008年10月25日
米住宅ローン問題:増える差押、開き直る債務者
今回の世界的金融危機の端緒となったアメリカの住宅ローン市場は今なお大変な事態が続いており、ローンを払えなくなった人たちに対しての債権者による抵当権実行 (foreclosure) の件数が前年比で二倍と報じられています。この数字はネバダ、カリフォルニア、アリゾナなど一部地域に偏っているという事実がありますし、債務の弁済を促す「債務不履行通知」(notice of default)、「強制競売の通知」(notice of sale) 、そして「競売不成立による債権者銀行の受け戻し」(bank repossession) などを幅広くカバーしており、中には債務者が弁済してことなきを得ているケースもあるでしょうから、すべてが競売流れになったというものでもありません。しかし、それでもローンで買った持ち家を失う人が増えているのは確かです。
実際、10月23日付の The Wall Street Journal は、これから2010年までの間に430万もの人がローンを払えなくて家を手放すことになると見込まれており、議会も400億ドル規模の支援策を検討していると報じています。加えて住宅市場自体、供給超過状態で、家の価値が下がり続けていますから、借り入れている方も家を売却してローンを返済しておつりをもらうというわけに行きません。貸した方も現下の信用収縮で資金繰りが厳しくなっているため、返済が滞っている案件はさっさと家を売却して損失を取り戻そうとするわけで、泥沼状態です。
他面、借り入れた方もやられる一方というわけでなく、第一に、ローンの対象となっている家を退去するという手に出ることができます。"Walk away from a mortgage" と形容されるもので、これは日本やヨーロッパと異なり、アメリカの住宅ローンは、「人が借りる」のではなく「家が借りる」格好を取るからです。アメリカでの住宅ローンは "non-recourse" と呼ばれるタイプで、抵当債権者つまり債権者である銀行(または住宅金融業者)は、債務の弁済は抵当権の設定されている物件からしか受けられず、債務者にいくら他の資産があっても抵当物件以外のものには手が出せないのです。そこで、借り入れた人は、ローンを払い切れなくなった場合、債権者に通知して、抵当物件つまりその家を明け渡してどこかに行ってしまうということが起きています。特に住宅市場の値崩れの結果、ローンを払い終わったところで家の価値がその払った金額に満たないとなれば、そういう選択をすることも多くなることでしょう。
第二の手は、「返せと言うなら貸したという証拠を見せな」と開き直ることです。わが国の金融機関の場合、まず考えられないことですが、アメリカの場合、けっこう貸借関係さらにはそれに基づく抵当権の設定を証する肝心の住宅抵当設定証書 (mortgage note) の存否が、あるいは所在が不明という例が増えているのです。最大の原因は、一時の証券化ブームで、証券化商品の発行に際してのデューディリジェンス(証券発行時の基礎的資料の調査・確認手続)が、貸付証書の存否・所在を確かめもせずに「本件のための債権譲渡の対象はファイルナンバー000001から100000までのローン債権とする」との記載を鵜呑みにする程度のいい加減なものだったためです。この結果、"orphaned loans" (誰のものともわからない「はぐれ」融資)という言葉まで生まれています。
ここでまず、貸付証書の行方不明をまねいた証券化につき、ちょっとおさらいをしておきます。10兆ドル市場と言われる住宅ローン市場のおよそ半分、5兆ドルを担っているフレディマックとファニーメイという、(先頃、救済のために公的管理下に置かれた)「二大業者」の基本的ビジネスは、こうです。住宅ローンの借り手に直接融資をした業者(銀行の住宅融資部門やモーゲッジバンカーと呼ばれる住宅融資専門業者)から住宅ローンを買い取ります。その上で、原債務者からの元利金返済額から手数料を引いた額がそのまま投資家に入る、単純なパススルー証券を発行したり、さらには、こうしたパススルー証券を再証券化の原材料として使います。つまりリスクの度合いに応じてグループ化してCDOを作ったり、満期の別に応じてグループ化したCMOを作ったりと、パススルー証券のキャッシュフローを投資家の好みに合わせて料理するのです。しかし、最終的な製品がどんな形を取るにせよ、証券化の本質ないしウマミは、将来の元利金返済によって生ずるキャッシュフローという抽象的なものを現金化してくれることにあります。
この証券化のおかげで住宅金融業者は貸して元本が戻ってくるのを満期までじっと待つことなく、ローンをすぐ現金化してまたそれを貸出原資にするというふうに商売を広げられるわけですから、ともかくローンを早く処分したがります。しかも、実際は、上で説明した再証券化のプロセスを通じて、債権譲渡の当事者が増えていたはずなのに、貸付証書の存否あるいは所在など誰も気にもしなかったようです。加えて、景気サイクルに応じて、破綻する住宅金融業者もたくさんあるわけで、ますます証書のゆくえがわかりにくくなります。廃棄されたものも多いことでしょう。
こうした混乱を背景に、貸付証書がなく、従って現実に「返せ」と言えなくなっている例が増えています。この方面での代表例というか、ある種の有名人は150万ドル(=1億5,000万円)借りているのに、「証拠を見せろ」と開き直り、ゆうゆうとローンのおかげで得た家に2002年以来何の返済負担もなく住み続けている Joe Lents でしょう。経営していたソフト会社が破綻したために返済できなくなったというのですから、決してサブプライムなどではありません。
本年2月12日付けのブルームバーグの記事が伝えるところによれば、貸付証書の不在を債務者が盾にとって抵抗している問題をめぐっては以下の事実が明らかになっています。
✓ 少なくとも5つの州で債権者が貸借関係を証明できないということを理由に裁判官が抵当権の実行手続を中止している。中には、オハイオの連邦判事のように、ドイツ銀行の系列企業がからむ案件で、債権者である原告の「呑んでかかっている姿勢」(cavalier approach)や「ともかくそうなんだから、こっちの言うことを信じろという態度」(take my word for it attitude) を厳しく批判する例があり、裁判所の姿勢がうかがわれる。
✓ 裁判所は、貸付証書の原本しか認めず、コピーは通用しない。理由がこれまた振るっていて、流通市場の進展ぶりに照らして、コピーを提出する程度では、「申立人が貸付証書上の権利を行使できるのか、あるいは、そもそも当事者としての適格があるのかにつき裁判所としては確信を持てない」とまで言っています。
✓ 貸付証書の多くが原債権者名義で作成されているのに、今ではそういった原債権者のうち100社以上が融資業務から撤退しているか解散している。
✓ 債権者サイドは貸付証書が見つからない場合、次善の策として「証書を紛失したことを証する宣誓供述書」(lost-note affidavit) を提出して対抗しようとするが、各州の法律は概ね借り手保護に傾いており貸し手に厳しく、例えば、ある借り手サイドに立つ弁護士などは、手がけた300件の案件中8割でこの宣誓供述書が提出されたのに、手続自体却下されるか延期されたとしている。
✓ 実際には債権が5回から8回譲渡されているのに、誰も真正な債権者から譲り受けており、きちんと権利が継承されているかなど気にもしなかった。
✓ 住宅ローンが譲渡されるつど記録し、追跡調査ができる仕組みはいちおうあるが、全米の業者が加入しているわけではなく、およそ半分については追跡調査の手だてがない。
この Bloomberg の記事によると、10兆ドル規模とされる住宅ローン市場のうち約20パーセントが証券化されている言いますから、2兆ドル前後が実は危うい債権だということになります。しかも、こわい話ですが、住宅ローンが証券化されている割合としては6割という説もあり、そうとなれば、ことはもっと深刻です。
米政府はこういった住宅ローンをめぐる差押を減らし、家を取り上げられる人を救おうということでいろいろな救済策を提案してはいますが、救済となれば、かならずこの貸付証書の問題が浮上するはずです。例えば、債務者が差押を受けることなく安心して暮らせるよう、住宅ローン債権を政府が業者から買い上げるという話になった場合、貸付証書がないようでは誰が権利者か特定できないわけで、そうとなれば、せっかくの救済策も宙に浮いてしまうのではないでしょうか。アメリカの景気がこういった問題で足を引っ張られれば、当然、今われわれが既に経験しているとおり、日本にも影響が及んでくるわけですから、決して人ごとではありません。
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- »投資一族のブログ: 米国債券投資戦略のすべて3/3 ~パススルー証券 - 2011年4月18日 21:12
パススルー証券は住宅ローン債権証券化の第一歩であったということができる。 住宅ローンのオリジネーション・プロセスは、担保となる住宅の評価と借り手の信用力の...

とても勉強になりました。特に"non-recource"を「家が借りる」と説明されたのはさすがだと思いました。
リンク先のBloombergの記事も興味深く読みましたが、先生の解説を読んでいなければ理解できなかったと思います。ありがとうございました。
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毎度ありがとうございます。悩める翻訳者さんとはずいぶんと長いおつきあいになりますね。