HOME英語ニュース・ビジネス英語
 
 


日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2008年11月21日

(新版)冠詞の使いわけチャート

冠詞の使いわけチャートを改訂しました。

変えたのは二点です。

一点は、定冠詞が付かないと決まって、NOをたどったときのボックスの中が、以前は

All X か Some X か?

になっていたのを

抽象的な All X か具体的な Some Xか?

に変えたことです。

第二点は、可算名詞を使って抽象的な All X の話をするときは冠詞ナシであり、また、不可算名詞を使うときは、抽象的な話でも具体的な話でも冠詞ナシであることの補足説明として、

Xとわかる輪郭や形がなく、合体されても分割されてもXであることに変わりはない

という一句を入れたことです。

以前、不可算名詞と可算名詞をどう区別するのかについて、(続)数えられない名詞:可算名詞と不可算名詞を分けるものは何かという記事で、第二次大戦前の大物言語学者、Leonard Bloomfield の著作、Languages (The University of Chicago Press) の説明に基づいて、こう書きました。

Bloomfieldは、我々が言う可算名詞を bounded nouns、不可算名詞を unbounded nouns と称していますが、これ自体、味わい深い命名です。ここで言うbounded というのは、境界を意味する boundary の親戚に当たる動詞で、要するに、境界線を伴う名詞あるいは輪郭を持つということですから、不可算名詞の場合、unbounded であるということは、「ここから、ここまで」という輪郭がないことを意味します。なるほど、ワインがそうですし、経済成長、インフレといった経済学上の概念もそうです。

そして、この不可算名詞の特徴は、より小さな部分に分解し、または、合わせることができる、つまり、"can be subdivided or merged" にあるとしています。当然、対比される可算名詞の方は、"cannot be subdivided or merged" ということになります。私なりに理解すると、「引いたり、足したりできる」のが不可算名詞の特徴だということです。

可算名詞である自転車と不可算名詞であるワインを例に考えた場合、自転車からその一部を「引いた」らもはや自転車ではありません。引いたりすると不完全になってしまうということです。これに対してワインを一部、抜いたところで、ワインであることに変わりはありません。つまり、引くことができるというのは、一部を取り去っても、本質に変わりはなく、不完全にならないということです。

一方、足したりできるというのは、合体させても本質が変わらないということです。二台の自転車を一緒に束ねたり、合体させたら、もはや自転車とは言えなくなってしまいます。言ってみれば、固有の輪郭があるものどうしは、そもそも足すというか、合わせることが最初からできません。ところが、ワインの場合は、このグラスのワインにあのグラスのワインを足しても、ワインであることに変わりはありません。もともと輪郭がないから可能なのだと考えるとわかりやすいのではないでしょうか。

このように自分の理解としては、可算名詞は輪郭あり、不可算名詞は輪郭なしという構図があったわけですが、Steven Pinker の The Stuff of Thought--Languages as a Window into Human Nature を読んでいたら、境界ないし輪郭がなく、かつ、合体や分割が可能だという不可算名詞の特性が抽象化された可算名詞にも当てはまるというくだりがあり、なるほどと感心しました。

いわく、

Where a plural differs from a mass noun is that it is conceived as a set of individuals, which can be identified and counted...A singular count noun like pebble stands for something that is bounded (delineated by a fixed shape) and not made up of individuals. A plural like pebbles stands for something that is unbounded and made up of individuals. A mass noun like applesauce stands for something that is neither bounded nor made up of individuals.

つまり、可算名詞の複数形と不可算名詞のどこが違うかと言えば、複数形は、それぞれにつき、このX、あのXと特定でき、しかも数えることのできる「個体」の集まりと捉えることができるとした上で、(1)pebble(小石)のような可算名詞の単数形は、輪郭がある一方で個体を構成要素としないものを示す。(2)pebbles のような可算名詞の複数形は、輪郭を持たない一方で個体を構成要素とする。(3)applesauce のような不可算名詞は輪郭もなければ個体を構成要素ともしない「何か」を表すと言っているわけですが、自分にとって一つの発見だったのは、可算名詞の複数形を使って抽象化された個体を扱うレベルになると、それは不可算名詞同様、輪郭を観念できなくなるというのです。

要するに、英語を使う人々は、count か mass かで分けるより、境界ないし輪郭があるのか、さらに個体で構成されているのか ("bounded" and "made up of individuals")という見地から分類しているというのです。冠詞をもたないわれわれ日本人には非常にありがたい説明だと思い、チャートを補充したくなったわけです。

新版:可算名詞の使いわけ(図の上でクリックすると大きくなります)

How%20to%20use%20articles_countab.jpg

新版:不可算名詞の使いわけ(図の上でクリックすると大きくなります)


おまけ

この図は、Marianne Celce-Murcia, Diane Larsen-Freeman. The Grammar Book: An ESL/EFL Teacher's Course (Heinle & Heinle Publishers) で紹介されている Brown's matrix というもので、単に specific (特定している)なだけでは駄目で、話し手と聞き手の双方にとり specific と言える場合にのみ、定冠詞をつけることを示しています。つまり、上のチャートでの定冠詞をつける要件である「特定のモノ・コトを指しており、相手もそうとわかっている」とはどういうことかを図解したものです。


Brown%27s.jpg


hand_right.gif人気ブログランキングが励みになっていますので、本日分の一票、どうぞよろしくお願いします。人気blogランキングに一票

Trackbacks

Trackback URL: 

Comments

定冠詞は「聞き手にとってspecific である」ことにばかりに意識がいき、「話し手にとってspecificか否か」ということがおざなりになっていました。また、英語(イタリア語も)はいいかえを好み、定冠詞はいいかえであることの「標識」ということにも拘りすぎていました。
ご提示いただいた例文で「二度目の言及となっても、カテゴリー扱いになる」ことがわかり、すっきりしました。

追記:
「冠詞使いわけチャート」「話を切り出すための小道具たち」、ともにイタリア語に置き換え早速活用しております。
他外国語学習者にも有用なツールのご教示ありがとうござます。
下記、イタリア語版冠詞使いわけチャート(英語と異なる部分)です。

可算名詞:数えられる
抽象的なAll X→定冠詞複数 (定冠詞単数・不定冠詞単数も可能です。用法は英語の場合と同じです。)
具体的なSome X→複数のXなら冠詞なし(部分冠詞:di+定冠詞複数の省略)
不可算名詞:数えられない
抽象的なAll X→定冠詞単数
具体的なSome X→冠詞なし(部分冠詞:di+定冠詞単数の省略)
(不可算名詞の例につかわれるinformationは、イタリア語では可算名詞です。)

抽象的なAll Xにも定冠詞が使われるため、具体的なXとの区別は、文脈で判断することになります。

可算名詞の抽象的なAll Xに定冠詞複数がつくことに関しては、「個々のモノの全集合」のイメージです。
あるイタリア人によるとi cani=tutti i cani(=all the dogs→all dogs)で、"tutti"が省略されているという説明でした。

不可算名詞(物質名詞・抽象名詞)の抽象的なAll Xは、原則的に定冠詞がつきます。
例:l'acqua, il latte, la verità, l'amore
以前、なぜ抽象名詞に冠詞がつくのだろう?とサイトをいろいろ検索したところ、下記の"仮説"を見つけました。
http://www.dokkyomed.ac.jp/dep-m/german/ess22d.html

さて「ディスコース・マネジメント」イタリア版ですが、
アメリカ人の会話では沈黙は1秒とのことでしたが、イタリア人の会話では0.1秒です。
話すことが大好きで、自分の意見を述べるとなると延々と話し続けられるのがイタリア人です。
話し相手に少しでも隙があれば、即座に突っ込み、自分が話す方にぐいぐいともっていきます。
そんなイタリア人ですから、独特の会話のプロセスがあり、プロセスのツールも豊富です。
会話の管理運用は大の得意といえるでしょう。

実際、政治家・ジャーナリストがゲストの討論番組(イタリアではこういった討論番組が各局にあります。)を見ていると、
「話を切り出すための小道具たち」とディスカッションの際の決まり文句(http://italian.aas.duke.edu/program/iws/grammar/expressions.php)が
面白いほどに使われています。各人お得意の切り出し・切り替え・切り返しフレーズがあり、「プロセスのツール」、なるほどこうやって使うのかと・・・。

また、母国語において「ディスコース・マネジメント」が上手な人は、イタリア語(外国語)でも同様な話し方ができることを、B2/C1レベルのクラスを受講時に感じました。
日常会話やdescrizioneはまったく問題ない欧米・ラテン語圏のクラスメイトですが、様々な「プロセスのツール」を使って自分の意見を論理だてて述べるとなると個人差がかなりあり、こういったツールは、自然に身につくものではなく、意識して勉強することが必要なことがわかりました。

「会話にはプロセスがあり、プロセスのツールを意識すること」ですね!

[返信]

すっきりしていただくことができ、何よりです。それにしても、冠詞についてのこだわりぶり、仲間がいてうれしいことです。それとディスコース・マネジメント、やっぱりそうかと納得です。特に 0.1 秒は笑いました。いかにもという感じで。何であれ、イタリー語は英語と比べて、何か華があり、総天然色という感じもあり、数倍「楽しい」言語ですね。

早速のご説明ありがとうございます。

「既に話しの中に出てきているものを再度取りあげるような場合、当事者の間では「どれとわかっている」つまり「特定されて」おり、定冠詞を付ける」場合でも、
「既に話しの中に出てきている名詞」に限定句や形容詞による新しい情報が加わると、定冠詞ではなく不定冠詞がつくケースが石田本と村上本にありました。

「既に話しの中に出てきている=specific」とはいえないのでしょうか?
「既に話しの中に出てきている=specific」だが、限定句や形容詞による新しい情報が加わると「カテゴリー」を言っていることになり不定冠詞となるのでしょうか?

日向先生のブログのご説明で、冠詞に関してかなり理解を深めることができました。上記のケースが最後に残る疑問です。
度々の質問で申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

[返信]

二つの理解のしかたとは別になってしまいますが、私は、specific となったら定冠詞だと理解しています。限定句や形容詞が付いている名詞における修飾語句は、「新しい情報」というよりも、カテゴリーの守備範囲を狭くする付帯情報であり、既知・未知という角度から捉えるのはどうなのかなと感じます。

それは別として、ひとくちにspecificと言っても、両方にとって specificであるかがポイントだと理解しています。ですから、I know you wrote an article about X. のように、聞き手にとってはspecific であっても、話し手にとってはnonspecificであれば、定冠詞はつきません。続いて、I am told it was quite a controversial article at the time. のように言い、二度目の言及となっても、依然、カテゴリー扱いになります。

このあたりの specific に対する扱いについて補足するため、今回の記事の下に、「おまけ」を入れておきますので、ご覧ください。

追記:話変わって、ciachiさんのご専門であるイタリー語用にこのチャートを修正したらどうなるのだろうと考えたりします(近々、フランス語の先生と実験的に冠詞の使い分けを実験授業でやろうという話をしているので、なおのこと関心があるのです)。同様に、月曜日にアップロードした「ディスコース・マネジメント」もイタリー語版があるのだろうなと思っているのですが、どうなのでしょう。

追記させてください。

英語の文章の仕組み(村上英二著)、この本も日向先生のご紹介で、読まさせていただきました。
P43の「いいかえ」に関する説明に、「特定のモノ・コトを指しており、相手にもそうとわかる」名詞(=二度目の言及で特定)にもかかわらず、新しい情報が加わり "the" ではなく "a" が使われています。
このケースもあわせて、ご説明よろしくお願いします。

[返信]

この問題も、表面上 theがついてもよさそうだけれど、実質から言えば「まだまだカテゴリー」という判別基準で処理できるかと思いますが、いかがでしょう。

悩める派遣翻訳者さんの質問に関連して、冠詞について質問させてください。

日向先生が以前ブログで取り上げていらした英語冠詞講義(石田秀雄著)を読み、唯一的に同定可能(特定のモノ・コトを指しており、相手にもそうとわかる)であってもTheが使われないケースがあることを知りました。(P128)
"an already battered industry"はこのケースにあてはまらないでしょうか?

「特定のモノ・コトを指しており、相手にもそうとわかる」はずなのに、 "the" ではなく "an" である場合について、ご説明いただければ幸いです。

[返信]

石田本、すぐに取り出せない山の下に入っているので、手もとの資料だけでお答えします。Celce-MarciaらのThe Grammar Book によると、The definite article is used properly only when the noun discussed has a specific referent (from the speaker's point of view) for both the speaker/writer and the listener/reader. ですから、referent がspecific である以上 the がつくというのが私の理解です。

一方、theがついてもよさそうなのに、a がついているケースは、要するに referent がspecificではなく、単にカテゴリーを言っている例に当たるのが一般です。なるほど限定句や形容詞やらで絞り込んであり、「そのX」と言えるかのように見えても、specificなものに絞り込まれているのではなく、カテゴリーを狭めてている程度であるときは、まだ定冠詞の出番ではなく、不定冠詞なのだと解されます。

"an already battered industry" もこういう構図で考えると、"one representative sample of what you call already battered industries" と読むことができ、従って industry というカテゴリーの下位の区分に属するカテゴリーを言っているにすぎないと判断できます。

引用されているPinkerの部分、そんなに目新しい見解が含まれているとは思えませんが。。。もちろん、ピンカーは重要な言語学者ですけが、引用さっている本は普通の入門書ですよね。

[返信]

よくお読みくださればわかりますが、eichanさんのように言語に関する高度の専門知識を身につけている方はいざ知らず、私にとっては「目新しい見解」だったわけで、そうであるからこそ「感心しました」と飽くまで主観的な見方であることを断った上で、これまた主観的なチャートに手を入れようと思っただけです。

どういうご趣旨でコメントされているのかよくわかりませんが、本文との関係がよくわかりませんので、これ以上の書き込みはお断りします。

今日の話題とは若干ずれてしまいますが、定冠詞か不定冠詞で昔から気になっていたことがあり、この機会に質問させてください。
古い記事で恐縮ですが、WSJの what's newsに、
"THREE MAJOR U.S. AIRLINES posted profits, but Delta Air, Continental and Northwest would have done far worse without federal assistance, as fuel costs and SARS burdened an already battered industry."
と出ていたことがありました。この最後の部分の "an already battered industry" というのは航空業界のことだとわかるので、「特定のモノ・コトを指しており、相手にもそうとわかる」はずなのに、なぜ "the" ではなく "an" なのでしょうか?

[返信]

こんにちは。the already battered industry でないのは、書き手の感覚として hearer knowledge を前提にしなかったからだと解されます。つまり書き手にしてみれば、「さんざんな目に遭っている業界」というカテゴリーとして扱っているわけで、読み手が既に具体的認識を持っている「あの、ひどい目に遭っている業界」とはしなかったのだということでしょう。実際、航空業界の動向をフォローしていない人に、THAT already battered industry と言ったりすると、違和感があるのではないでしょうか。いずれにしろ、このあたりは書き手の感覚の問題で、こうすべしとは言いにくい話です。

おもしろいもので、話し言葉になると、もっとshared knowledgeが幅をきかしますから、航空業界が大変だぐらいのことを知っている仲間が集まれば、十中八九、the battered industry という言い方になることでしょう。

下記は少し古いですが、総称関係のことについてはHawkins(1978)もお勧めです。お読みになられると良いかと思います。bounded/unboundedは別にPinkerに限らずよく使われる概念ですので、わざわざPinker一人に帰する必要はないかも知れませんね。

[返信]

よくお読みいただければわかりますが、boundedなどについてはBloomfieldの本のおかげだとする一方で、PInkerのおかげで新たな視点を得たと書いたつもりです。別段、Pinker とboundedをことさら結びつけたおぼえはありません。

コメントフォーム
Remember personal info?