2009年1月 9日
Please頼みは危険
普通に英語を話している人々の感覚からすると、Open the window, please. は決して polite な(礼儀正しい)ものの頼み方ではありません。いくら please をつけても、指図/命令であることに変わりはないからです。言ってみれば、おまじないかのように please を付けときゃ大丈夫という感覚でいると、思わぬところで足をすくわれることになり、その意味で please 頼みは危険ですらあります。
まずは、エジンバラ大学で音声学を教えている Robert Ladd という先生が体験した日本からの交換留学生の英語をご覧ください。その留学生(16歳前後の女の子)を含めてみんなで何かのパーティーに車で出かけ、着いたところから話は始まります。
When I got out of the car, the Japanese girl smiled at me and said Open the door, please.
Open the door, please. で何がいけないんだと思われるでしょうが、Ladd 先生ご本人は、そのときのショックを次のように形容しています。
The momentary shock of being addressed "that way" was as vivid as if she had slapped me.(「そんな言い方」をされたショックたるや、瞬間的なものながら、平手打ちをくらったような生々しいものでした)
その理由は本人が説明していますが、こうです。
Instead of casually asking, Hey, could you get the door for me?, she had, in her eagerness to be polite, unwittingly used the grammar of a thinly-veiled command that expects compliance. (「あのう、ドアをお願いできるかしら?」と普通の言い方で頼む代わりに、礼儀正しくあろうとするあまり、自分でも気づかないまま、相手が従って当然という感じの命令をオブラートに包んだだけの言い方をしたのです)
彼女がこういう気の毒な失敗をした原因は、別に彼女自身のせいではなく、わが国の学校教育でこの種の英語を教えていることに求められています。この Ladd 先生の例を"Blind Spots in the Japanese Junior and Senior High School English Language Syllabus: a Preliminary Survey" というペーパーで紹介している鹿児島大学の Martin Gore 先生の指摘によると、
Please is wrong; could you is right...This is a serious error, a result of serious imbalance in the junior and senior high school syllabus, and it must be corrected. ("Please" は間違いであり、正しくは "Could you" だ・・・これは深刻な間違いで、中学ならびに高校の指導要領に大きな偏りがあることに起因しているが、是非とも直すべき点だ)
これを読んでびっくりしました。国際化がどうの、「英語が使える日本人」がどうの、そして最近では高校では英語の授業を英語で教えろと言っている文科省がみずから「失礼な英語」を教えているに等しいからです。
ただ、このペーパーが書かれたのは1986年当時と、20年も前の話ですし、いくら何でも、いまは是正されているんだろうなと思いながら、平成20年7月に出ている中学学習指導要領外国語編を探し当てたところ、ありました。
その26ページに、まず、こういう能書きがあります。
日常のコミュニケーションにおいては,特定の場面や状況にふさわしい表現があり,
言語活動の指導に当たっては,具体的で分かりやすい場面や状況を設定するとともに,い
くつかの表現の中からその場面や状況にふさわしいものを示しておくことが必要である。
そして、これに続けて、「例えば」とあり、こんな例を挙げています。
(1) 相手に窓を開けるように依頼する場合Will you open the window?
Open the window, please.
目を疑いました。まず、Will you open the window? は、"ask" する言い方ではなく、Will you be quiet! と何ら変わらない "tell" する言い方です。Will の弱い形である Would を使って、Would you open the window? にしても、言い方が一段と「おだやか」になるだけで、"tell" していることに変わりはありません。Open the window, please. も、"tell" しており、Ladd 先生が指摘するとおり本質的には「相手が従って当然という感じの命令をオブラートに包んだだけの言い方」です。「日常のコミュニケーションにおいては,特定の場面や状況にふさわしい表現」をせよと指導していながら、例として出している言い方がおよそその状況にふさわしくないというのはどういうことなのでしょう。「ゴーマンな輩:プラグマティクスでの失敗」で取り上げたプラグマティクスないしRules of Use/Choice of Words に正面から反しています。
学習指導要領は、「今回の改訂では,これからの国際社会に生きる日本人として,世界の人々と協調し,国際交流などを積極的に行っていける資質・能力を養う観点から,聞くこと,話すこと,読むこと,書くことなどのコミュニケーション能力を総合的に育成することを重
視している」と立派なことを言っていますが、きちんと英語でものを頼めないようでは「世界の人々と協調し,国際交流などを積極的に行っていける資質・能力」どころの騒ぎではありません。国際社会で通用する日本人をうたいながら、その育成手段が無礼者を輩出するよう設計されていることに気づかないのでしょうか。
そもそも人にものを頼むときの大原則は、Could you...? などのように、形式だけではあっても、ともかく、相手にいちおう「おうかがい」をたてることです。Collins COBUILD シリーズの English Usage あるいは Michael Swan の Basic English Usage など、英語の使い方を説明している本はどれも、人にものを頼む行為としての "ask" と人に何かを指示したり命じる行為としての "tell" を明確に区別し、まずは、相手の意向を確かめていることが表れている、 Yes/No で答える疑問文を使って、"ask" するのが原則だとしています。
例えば、Basic English Usage は、
Could you possibly help me for a few minutes? (very polite)
Could you help me for a few minutes?
といった例を挙げ、Yes/No で答える形式の疑問文を使うのは、相手が嫌だったら No と言うチャンスを形式上残せるからだと説明しています。Will you open the window? のような疑問文は、そもそも ask しているのではなく、tell するものですから、Yes か No かを予め尋ねる姿勢が見えている Could you open the window? とは本質的に違っています。
この点、Basic English Usage は、英語を使う人にとってのこうした常識を次のような形ではっきり打ち出しています。
If we use other structures (for example imperatives), we are not "asking" people to do things, but "telling" them to do things (giving orders). This may seem rude, and make people angry. "Please" changes an order into a polite order, but it does not change it into a request. (命令文といった他の言い方を使うと、人に何かをしてくれと頼んでいるのではなく、何かをしろと指示する(命令をする)ことになる。これは失礼な言動と受け取られ、人が腹を立てることにもなりかねない。Please は、ただの命令を丁寧な響きのある命令にしてはくれるが、これにより命令だったものが依頼に変わるわけではない)
そして、以下の言い方はいずれも、命令文でしかなく、何かをしてくれるよう人にものを頼むに当たっての礼儀正しく、丁寧な言い方 (polite ways of asking people to do things for you) とは言えないとしています。逆に言えば、"polite" であることが格別要求されない同僚どうし、あるいは身内の人間どうしの場合、つまり「気が置けない人間どうし」の場合は、これで十分ということでもあります。
Please help me for a few minutes.(ちょっとこれ手伝ってよ)
Carry this for me, please.(これ持ってくれない?)
こうやってみてくると、うっかり人にものを頼めないような気もしますが、そんなことはありません。要は、ものを頼むときは、Could you...? という形で始めればいいのです。
この点、ビジネス英語だと、例えば、「どうぞこちらへ」という意味で、This way, please. と言ったり、メール文で、「ご不明の点がありましたら遠慮なく連絡をください」という意味で、If you have any questions, please feel free to contact us. と言っているのはどうなんだと思われる方もいらっしゃることでしょう。しかし、これは効率優先で情報/意見交換のための定型的な言い方が幅をきかすというビジネス英語固有の事情があるからです。
コミュニケーションにおいては、こうした情報/意見交換という側面と共に、互いに気持ちよくつきあうためのやり取りをするという側面があるわけで、冒頭の「私的」会話などは特にそうであり、そういった場面では、相手が目上であり、気を遣うべきなのかといったことに意を用いることが要求され、従ってものを頼む際には本質的に指図ないし命令のようなものは最初から使うのを避けるのです。
それにしても、食品偽装、派遣労働者の解雇など今、行政の詰めの甘さが問われ、社会問題として取り上げられているというのに、ひとり「英語教育行政」だけは、通用しないどころか悪印象を与える英語を指導していても、誰にも問題視されることなく、好きなようにやっています。次世代を担う子供たちの頭にこんな英語を詰め込んでいるというのにです。
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こんにちは
読ませていただいたところ、「Please+命令形」が一般的に失礼な表現だと受け取れないこともないですし、事実そう受け取った方もいらっしゃるようなので、ちょっと問題提起させていただきます。
失礼に当たらない「Please+命令形」もたくさんありますよ。
たとえば次のような例はどうでしょう。
Could you...?にすると却って不自然になります。
1)相手を気遣ったり、こちらの厚意を示す表現
Please be careful.
Please take care of yourself.
Please feel free to ask.
Please help yourself.
Please make sure that...
2)伝達事項(拒絶する理由の無い妥当な命令)
Please come to the office by 9:00 AM.(新入社員に対して)
Please fasten your seat belt.(機内アナウンス)
*)逆に失礼になってしまうのは、相手の厚意を必要とする依頼の場合。
Please open the door (for me).
Please go and buy a coffe for me.
失礼になるかならないかは、「命令形」の内容が相手の厚意を必要とするか否かに依存すると思います。
基本的に日本語でも同じことが言えるので、日本語に直訳してみて失礼かどうか判断できると思います。
×「ドアを開けて下さい」(見知らぬ人に対して)
○「ドアを開けていただけないでしょうか?」
○「お気をつけ下さい」
×「お気をつけいただけないでしょうか?」
○「9時までに出社して下さい」
×「9時までに出社していただけないでしょうか?」
おっしゃるとおり、「Please+命令形」がシチュエーションによっては不躾な表現になるということは、学生に教える必要があると思います。
[返信]
詳しい解説とご助言、ありがとうございます。
- ボストン在住
- 2009年2月 3日 05:38
こんにちは。
この記事を読み、本当に驚きました。命令形+please. 毎日のように連発しています。今日からすべて、Could you …?で行きます。
ところで、私の父は、戦後すぐ、進駐軍がやってきた時に、" I'm hungry, Give me a chocolate! "と言うと、みんなニコニコしてガムやチョコレートを投げてくれたため、幼心に、このフレーズは、「これからは仲良くなろう、よろしく!!」という意味なんだと信じていたそうです。その後、初めて英語を習って意味を知り、愕然としたと話していました。そこまでのショックでは無いとは思いますが、同レベルの間違いです。今回の記事は、相当なものでした。ありがとうございました。
ところで、ずいぶん前に返信の中でご紹介いただいていた、「即戦力がつくビジネス会話」ですが、日本にいる友人に頼んでいたところ、先日やっと入手できました。かなり中身が濃そうで驚いています。
今後ともよろしくお願いします。
[返信]
コメントしてくださった上、拙著までお買い上げくださり、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。
- did98001
- 2009年1月20日 09:53
再度こんにちは。
書き言葉と話し言葉の違いについてもしっかり学ばれることもUS駐在・出向の方々には必要だと思います。
USの大学を卒業して現地採用になった日本人が、英語も日本語も会話はそこそこきれいなのに、ビジネスレターや議事録を口語で書いたのに愕然とした経験があります。
USへ駐在中の日本人にも書類(議事録や報告書)の英文は書けない人も少なくないです。
文法に強い日本の英語教育のはずなのに、実践向きではないのが残念です。うん十年昔に、日本の高校でシェークスピアやバートランド・ラッセルの一部を読まされた記憶がありますが、それらは大学での専攻でこそ生きる教材のはず。
敬語、書き言葉の特徴とともに、connotation/shade of meaningも理解して英語が使えるようになると、発信側としてスムーズにミュニケーションを進めることができるでしょう。
会社・団体内で、日本人駐在者が上位であると、部下や同僚の米人はぶしつけな命令だったり、一般には否定的な意味しかない表現を使っても黙っていますが、他社の米人が同席していたりすると、上司・同僚のひどい英語にエンバラスドしていてかわいそうです。。
(残念ながら、私はそうした日本人の方々に英語を教えたり、間違いを直す立場ではないので、私も困惑顔です。)
USへの駐在・出向の準備のひとつとして、ポイントをついた実践英語教室で最初に命令形+プリーズは主が使用人に言う表現であるから、絶対に他人に物事を頼むときには使わない!これから習っていただきたいと思います。
要は日本語同様、英語にも敬語があり、ビジネスにふさわしい書き言葉があるというだけのことですよね。
[返信]
何から何までおっしゃるとおりだと思います。特に最近はメールだとみな話し言葉で書いているだけに、それでいいんだと思ってしまうようですね。
話し言葉でも、たしかに、目上の相手にタメ口をきいたりして仰天するケースがあります。
結局、日本の英語教育では llinguistic competenceにばかり目が向けられ、pragmatic competence に対する認識が欠けているので、言葉を知っていることイコール言葉が使えるになってしまっています。なげかわしいことです。これだけ上から下まで国際化とか言っているので、なおさらです。
- 浦島花子
- 2009年1月20日 05:14
いつも楽しく拝見させていただいています。
私がよく仕事で受け取るメールは、
Could you please~?
というものが多いです。
Would you/Cloud you で依頼文を始めることが大前提としてあった上で、「pleaseをつけると丁寧になる」ということが理解できていれば問題にならないのでしょうけれども。
please は 「よろしくお願いします」に、「どうぞよろしくお願いします」のニュアンスを加えるものとして使うもの、という程度に私は理解しています。
[返信]
コメントありがとうございます。
書き言葉の場合、特にビジネスでは、基本的には定型フレーズで効率化をはかるという了解があるので、Please refer to XXXのたぐいが多く、普通の人どうしの話し言葉とは違うおもむきがあることもポイントではないでしょうか。
- くろねこ
- 2009年1月19日 13:06
日向様
英語の勉強をさぼっていて、貴ブログも熱心な読者ではありませんが(レベルが高い)、今回のトピックは、ぜひいろいろなところで取り上げていただきたいと思っています。
オハイオにある合弁会社に出向し、しどろもどろしていた2年半前、駐在員向けのK/Hシステムという3日間の英語コースをデトロイトにて受講しました。
その内容は、職場におけるていねいな言葉遣い、まあ敬語です。
これを受けたときの最大の衝撃が、今回のトピック、「命令文+pleaseは、きわめて失礼な言葉である」、と教わったことでした。
ではどう言うか、ということで、相手との距離、信頼関係、当然の仕事か、仕事に直接関係ない依頼か、等の要素により、I need you to, Would you, Could you, Do you mind, I was wondering if you could possibly,等々使い分ける。こんな内容の3日間で非常に有益でした。
学校英語は役に立たないという意見をたまに聞きますが、そんなことない、かなりきちんとした文法と単語を教えてもらうのだから役に立つよと小生は好意的に考えてはいるのですが、本件には愕然としました。あまり驚いたので何人もの人に聞いてみたところ、海外駐在経験者は知っている人が多いが、未経験者は、みな、一様に驚きます。どうりで米人から日本人はDirectだ、とかDemandingだと言われるわけだと納得し、齢50まで知らないとはと無知を恥じました。(英語を使う仕事をやったことはなかったので人様に不快感は与えてないのが幸い)
他にも、日本語で部下に「期待しているよ」と気楽に言いますが、このときにexpectを使うとこれも圧迫感が高いとかいうこともびっくりでした。had betterは脅迫的表現だというのもありましたがこれは結構常識になっているでしょう。
「学校にて英語の敬語表現を教えるべし」と深く思う次第です。
小生もその行動を起こす伝手はありませんので、米国滞在のエピソードのひとつとして取り上げて周囲の人には知らせる程度です。
可能性があるのは、英語関係の多くのメルマガ、ブログです。ここで話題になれば、徐々にですが社会人の常識となり、国際ビジネス、ひいては日本の国益にかなうことと思う次第です。
[返信]
有益情報ありがとうございます。敬語の問題ですが、英語の専門家たちは、sociolinguistic competenceという捉え方をし、語や文法に加えて、これプラス strategic competence(通じてないときに聞返したりしてコミュケーションのプロセスを修復するスキル)が必要だと説いており、通説になっています。ところが日本の英語教育の方々は文法訳読法に浸っているので、そう言われてもぴんと来ないようです。二次元の人に三次元の世界の話をしても通じないのと同じなのかなと感じています。
- ヒロキタ
- 2009年1月19日 01:54
こんにちは。
日向先生もみなさまもご承知とは思いますが、
Would you (terribly) mind opening the window?
というのもありますね。ワタクシはNY在住なもので、(terribly)などとつけると今度は丁寧すぎて相手に「なにスカシテんの」と思われる危険もありますが・・・(笑)
あと、mind を使った表現は「かまいませんよ」=「No, not at all」になるので、慣れないころは私も「エート!?」と必死に考えたりしていました。でも言い方としては相手が「かまわない」かどうか気遣っている表現なので、好ましいと思う表現です。
まあどちらにしろ丁寧な教え方、そして現実に使われている表現を教えるべきですよね。日本で英語を教えたことがある経験から言うと、教える側が、言葉はあくまでコミュニケーションのひとつの道具であって、たとえそれが完璧でなくても「笑顔」というもうひとつのスゴイ武器があるんだよ、という点も伝えられたらいいなと思います。
[返信]
たしかにコミュニケーションでは言葉以外の部分が大きな割合を占めるのに、なかなか本や授業では伝えきれませんよね。様々な国籍の人のいろいろな表情を並べて、どういう感情かを推測させるセミナーに参加したこともありますが、これも場面の一部を推測しているだけで、本当のところはわからないと感じもしました。
「まあどちらにしろ丁寧な教え方、そして現実に使われている表現を教えるべきですよね」とおっしゃる点、そのとおりで、わが国の英語教育はあまりに浮き世ばなれしています。
- 葉
- 2009年1月18日 13:27
こんにちは。私もこの命令形+pleaseにはカチンとくるひとりです。
プリーズさえもつけない命令形は、緊急場面で警察、消防隊員、救急医療班などが怒鳴るということなら、誰も気にしないと思います。
他人に向かって命令形をしゃべる人!29年目になるUS生活で、そういう場面には幸いまだ遭遇しておりません。いかにカジュアルな国とはいえ、そこまでぶしつけがあたりまえの国ではないです。USを誤解されると悲しいです。
上記のTKさんに命令するような人は、よほど常識と教養がない人、または英語が不自由な人だと思いますが。
命令形+プリーズを聞くのは東洋人、特に日本人。英語が不自由で、きちんとしたマナー(言葉遣い)を習っていないせいだと思っています。
仕事で知り合う日本人の多くは、英語には敬語が無い、と思い込んでおいでのようです。しつけの良い米人家庭では4歳か5歳の子供でもちゃんと敬語の英語が使えるのに。片言を話すようになると、PleaseとThank youを必ず言うようにしつけます。
簡単な会話でも、他人にお願いをする機会は多いわけで、ごく早い時期の英会話で、きちんとcould you、would youを教えていただきたいと思います。
[返信]
おっしゃること、そのとおりですね。英語を普通に使う人の感覚からすれば、いくら please がついていても、命令されたら「なんであんたに言われるんだ」とまずはカチンと来るわけで、一種の生理的反応ではないでしょうか。そのぐらい言葉というのは社会生活上大きな力があるのであり、だからこそ欧州評議会も外国語学習のための言語モデルを考えるに当たり、外国語のユーザーを social agent と位置づけたんだろうなと再認識させられます。
一方、わが国では、英語は人が社会生活をするための道具としてでなく、学校で試す知識として教えられてきたので、お役所でさえ、「コミュニケーション能力」とは読み書きなどの4技能のことだと勘違いしており、絶望的です。何ら定義することなく、コミュニケーションがやたら強調されている学習指導要領を見るたびに、日本のインテリというのはこの程度なのかとがっかりします。
- 浦島花子
- 2009年1月15日 01:08
すみません。
先ほどのコメントの中にある中学校教科書は、東京書籍のニュー・ホライゾンの間違えでした。
- YK
- 2009年1月14日 13:34
はじめまして。
この記事を読んで、please.について実際の中学校教科書を見てみました。開隆堂のサンシャインでは、命令文にプリーズをつけての会話を中1で、Could youの表現を中2の教科書スピーキングプラス1で扱っています。
しかし、学校では丁寧な言い方ですよと教える程度で、その違いについては教えていないようですね。
[返信]
ありがとうございます。
- YK
- 2009年1月14日 13:04
こんにちは。本年も記事を楽しみにしております。
>Open the door, please.
英国のTV人形劇 Thunderbirds で Lady Penelope が Parker に申しつけるときの黒柳徹子の声を思い出して微苦笑です...。「パーカー、開けてちょうだい」
[返信]
コメントありがとうございます。
取り上げてくださった人形劇のことは知らないのですが、パーカーが執事のような指示を受ける立場だということを見て取れる英語教育が重要だよなと再認識させられます。
- Shira
- 2009年1月12日 22:23
スピーチレベルというか細かなニュアンスの違いまで意識して教えることは外国語教育では難しいでしょうね。これは日本の英語教育に限ったことではなく、どこの国でも初級・中級レベルでは外国語を教える際には、「とりあえず記載されている内容が理解できる」「最低限言いたいことを相手に通じさせることができる」といったことに主眼が置かれている気がします。となると、「Pleaseをつけると丁寧になる」と機械的に教えることになってしまうのでは。
まぁ、アメリカのようにカジュアルな社会だと初めて会ったひとにもPleaseすらつけずにHold the door!とか言われたりしますが。。。
[返信]
コメントありがとうございます。
何をもって外国語教育とするかの立場の違いだと感じますが、自分自身は外国語教育のための言語のモデルはヨーロッパ共通参照枠が説くように、社会関係を規律する言葉のあり方を習得することを基本にすえるべきだと考えており、そうとすれば、単語や文法のみならず、人を相手に言葉を使うときに当然意識すべきニュアンスなども教えるべきだということになります。
よく思うのですが、学習指導要領は、読み書きなどの4技能をこなせることを指してコミュニケーション能力があるとしているようですが、英語教育の専門書では、コミュニケーション能力と言えば、単語や文法といった言葉に関する知識に加えてニュアンスなどを含めての言葉を使うスキルの両方が備わっていることを言います。コミュニケーションを強調する割には、基本的な所をきちんと詰めていないと言わざるを得ません。
- TK
- 2009年1月11日 22:39
日向様
遅ればせでございますが 明けまして おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
実は please の問題につきましては 日向様とは違う観点で拙ブログで取り上げたことがございます。
http://blog.livedoor.jp/sourcel/archives/1152581.html
こちらで取り上げられているものは ちょっと昔のことでございますね。ですからイギリス社会のモノの言い方も少々変わってきているかもしれません。
肝心なのは このお嬢様の英語力がどの程度だったのか ということではないでしょうか。16歳で その当時の英語教育では その状態もいたしかたなかったかとも推測いたします。
そして この教授の方は イギリスでの物言いを完璧にこの女の子に要求しているように思えて わたくしは失礼ながら もっと寛容でも良いのでは と思ってしまいました。
教科書の英語の間違いは わたしも昨日とりあげました。
教科書が間違えていたとしても 教える側にきちんとした知識があれば補っていかれますのに 残念ながら今の日本ではそれを学校に求めることは無理なようでございます。
まず 辞書の訳語から変えていかねばなりません。
had better の訳がまだ ~した方が良い になっておりますから。http://blog.livedoor.jp/sourcel/archives/1129239.html
英和辞書 なんとかならないかしら と思う今日この頃です。
もっと直してほしいのは 和英辞書 ですが。
色々書いてしまいましたがこの記事とても参考になりました。
ありがとうございました。
[返信]
fountainheadさん、今年もどうぞよろしくお願いします。
[寛容であってもいいのではないか」とおっしゃる気持ちもわかりますが、自分自身、店員が「けっこうです」と言うべき場面で、「よろしいです」と言ったりすると、教育がない人なんだ、気の毒にと思う前に、やはり「何をえらそうな、ふざけるな!」と思ってしまうので、生理的レベルで反応してしまう言葉遣いはあるよなとこのLadd先生の気持ちもよくわかります。
- fountainhead
- 2009年1月10日 11:30
まずはこのブログの流儀に沿わない言葉遣いでのコメントをお詫びいたします。
失礼いたしました。
ネット上でブログを公開しているのであれば流通しているスラングを受容できて当然という思い込みがありました。
当方もブログを公開していますが、口のきき方に気をつかうことはありません。様々な人がいますし、ましてやビジネスでもありませんから。
以後、違う流儀でブログを書いている人を意識しようと思います。
コメントの中身に言及していだだけなかった点は非常に残念です。
先日も高専生の発見が化学の教科書を変えたというニュースがありました。
十分な根拠を示すことができる能力を持った人がそれを行えば、教科書を修正することは可能です。
あなたにはその能力があると感心するとともに、能力を持ちながら低俗新聞の三文コラムのごとく駄目だ駄目だと嘆いているばかりで結ばれたことが非常に残念であり先のコメントをした次第です。
もう一度コメントいたします。文科省や教科書出版社などに問い合わせ、修正の主張を行ってはいかがでしょうか。それなりの準備は必要かも知れませんが、修正の可能性はあります。
[返信]
別人かと見紛うほどのきちんとした文章を寄せていただき、驚きます。改めてご挨拶申しあげます。
先のコメントの中身に言及しなかったのは、失礼な人間は相手にしないことにしているからです。
それはさておき、まず、ことは公刊物である学習指導要領の解説なので、出版社や教科書執筆者のレベルの問題ではありません。文科省の話です。しかし、文科省となるとまるで伝手がありません。加えて、あとで説明するとおり、伝手をさがしてわざわざ修正を申し入れる意欲もありません。
そもそもタイトルからして「雑記帳」での雑文ですから、世の中を動かそうという立派な政策論議をする気はもともとありません。Open the window, please. が礼儀正しい言い方だと誤解している方々の認識を改める機会となれば、それで十分であり、頼まれてもいないのに文科省の姿勢を正そうという気持ちは最初からないのです。
ただでさえ忙しいなか、みなさんの英語力向上に役立つことがができればとの思いからこのブログを続けているわけで、そこまで手がまわらないという実情もあります。察していただければ幸いです。
- YOUsuke
- 2009年1月 9日 14:13
あなたには文科省に抗議することだって、教科書執筆者に相談することだってできるんだぜ?
[返信]
読者のみなさま、
日本語を使うときも「口のきき方」を知らないとこうなるという格好の例をご紹介します。日本語でも、やはり単語と文法のみならず、状況や相手との人間関係に見合った言い方をするというプラグマティクスが重要であることがよくわかります。
- YOUsuke
- 2009年1月 9日 13:12

いつも勉強させていただいています。このブログには、たくさん英文が出てくるので、少し英文の読みが早くなったかもと、感謝しております。ところで、以前紹介されていた、マルコム・グラッドウェル氏の著書をアマゾンで探しておりますと、
(そもそも英語には厳密な意味での「敬語」はありませんし)。
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4062153920/ref=cm_cr_dp_synop?ie=UTF8&showViewpoints=0&sortBy=bySubmissionDateDescending#R3T66ADV6GNK5I
というコメントを見つけてしまいました。「そんなことないハズ」と、ここにきて一安心したのですが、この本って、以前登場した、勝間さんが翻訳しているようですね。動画で見た勝間さんの英語を思い出してしまいました。
[返信]
アマゾンでコメントするぐらいですから、一種のインテリさんなんでしょうが、なぜか、こういう方々は人並み以上に英語に触れているだろうに、英語に未来形はない、敬語はない、英語は日本語より論理的だなどと断定的判断をするわけで、不思議です。英語を勉強しすぎると了見が狭くなるのかも知れませんね。