2009年2月24日
TOEICは3,714語レベル
このたびアルクさんが出している会員向けの『マガジンアルク』で英英辞典の話をさせていただくことになり、インタビューを受けました。その中で、学習者向けの英英辞典がどこも定義文を2,000から3,000単語の範囲に絞っているという点に触れたおり、この「3,000単語というのはTOEICのスコアで言うとどのあたりか」と聞かれたのですが、即答できず、調べてからお答えするということで保留させていただきました。
以前に、必要なものから先にセンスよく単語を覚えるという記事に書いたとおり、TOEICコース担当の先生から、「TOEICで600 というのはボキャブラリーのレベルで言えば 3,000単語台だ」と聞かされていたので、その程度の認識はありました。しかし、気楽に書いているブログと異なり、有料の会員誌に載る情報ですから、きちんと根拠も確かめておこうと思った次第。
そこで資料を改めて調べたところ、答えを見つけました。「大学生における語彙力と英語標準テストの関連性」(同志社大学総合文化紀要2007年第24巻)という共同研究を基にした論文で一つの結論として「TOEIC 600点に到達するために、日本人EFL学習者は3,000語レベルの語彙を修得[ママ]する必要がある」としているのです。
ところで 3,000語習得すればTOEICで 600 ということであれば、990をクリアするには何だか語彙レベルとしても相当高いものが要求されそうです。そこで、ひとまず site:ac.jp つまりわが国の教育機関のサイトに限定した上で、「TOEIC 英検 比較 語彙レベル」というキーワードで検索し、世上どのようなことが言われているのだろうとチェックしてみました。そしてまっさきにヒットしたのが、「TOEFL・英検・TOEIC レベル相関表」という、語彙水準で各英語検定を比較した格好の資料。サワリの部分を抜粋するとこんな感じです。

ご覧のとおり、TOEIC 990 の語彙水準は 10,000語レベルだとしています。当否は別として、レベル的に TOEIC 990 は英検1級と同じぐらいだという話をよく聞きますから、これを見せられたら、みなさんも、そんなところじゃないのという感じで受け止めるのではないでしょうか。
ところが、TOEICの制作業者である ETS はまるで違うことを言っています。いささかデータが古いものの、本家本元が出しているレポートTOEIC Research Report Number 3 ("Utilizing the British National Corpus to Analyze TOEIC Tests" 以下、TOEIC レポート)を見るとTOEICに出てくる単語数の95%は3,714単語でまかなわれているとのこと。比較の対象となっている英会話など他のデータを含めてグラフ化すると、こうなります。

[注記:「NHKビジネス英会話テキスト」とあるのは、2001年4-9月期NHKラジオ講座「ビジネス英会話」のテキストのことです。また、「ビジネス英会話」とあるのはBNPの1割を占める話し言葉のデータから会議などビジネス・ドメインに属するものをピックアップしています]
この研究では、BNPという1億語規模のコーパスにつき、派生語などを整理して頻出上位14,000単語のリストをまず作った上、このリストに出てくる単語でTOEICのコンテンツがまかなわれているかをチェックするという作業をしています。この結果、95%を3,714単語がカバーしているとの結論を得たわけです。
なぜ 95%という変な数字が登場するのかと思われるでしょうが、学習者はテキストを読みあるいはリスニングの教材を聞いた際、知らない言葉が5%(未知語が20単語に1回という割合)程度でないと意味を理解しながらのインプットなどできないというのが、研究者の間でのコンセンサスになっているからです。
こうした見地から、このTOEICレポートの共著者、Kiyomi Chujo と Michael Genung は、「TOEICで出てくる語彙の95%をカバーするのに必要な単語数は一体いくつか」という問題意識に立って、上記の頻出最上位 14,000単語のリストを基に分析をし、その結果、TOEICの語彙水準は 3,714 であるとはじきだしたのです。
このデータは、TOEICを飯の種にしている出版社がときには語彙水準におけるTOEICの難度を過大表示して、身の丈に合わないものを人々に買わせていることをも示唆しています。一例として言えば、上のグラフの「TOEIC模試問題集」の語彙水準は、本体のTOEICの水準を大きく上回る 6,104語レベルだったりします。おかしな話です。単語の質の問題(やさしい基本単語 vs 頻出低順位の難語)があるので単純な比較はできませんが、それでも柔軟体操程度でいい人に筋トレを強いている感じを否定できません。
もちろん、3,714単語を網羅したリストを作成し、丸暗記したからと言って 990 取れるというものではありません。基本英文法の知識を基に、こうした単語が実際にどう組み合わされて使うのかを知っている必要がありますし、さらには、TOEICの問題の出し方や解答の仕方もわかっていなければなりません。
他面、常時TOEICで 990 を、従って語彙水準で 3,714語をクリアする「達人」になったからと言って、英会話ができ、本が読め、字幕なしで映画を楽しめるというものでもありません。TOEICレポートによれば、上のグラフからわかるとおり各ジャンルの語彙水準は、英会話が 1,871、映画「クレーマークレーマー」が2,072、映画「タイタニック」が3,553、ですから、理屈としては余裕でこなせるはずなのにです。
なぜかを考えるに、何と言っても、TOEICは択一形式で英語、しかもオフィス英語というコンテクストでの知識を問うわけですから、そこに一つの限界があります。また、3,714語レベルの語彙水準にあっても、各ジャンルごとにプラスアルファ的要素があるため、ことはそう簡単でないという事情もあります。会話の場合で言えば、英語のビートに乗って話をし、かつ、聞き取り、さらに、make a decision といったコロケーションだとか、You know what? といった複数の単語から成る、よく使う固まり(lexical bundles と言い、会話の1/4を占めています)を使いこなし、さらに、What's more,... といった接続表現の定番を使いながら、話を組み立てて行く必要があります。会話のメカニズムを知り、それに即して言葉を使うスキルが別途必要になるのです。
言葉を換えて言えば、TOEIC で990を取り、語彙水準において3,714語レベルを軽くクリアする達人でも、それは飽くまで「TOEIC英語の達人」でしかなく、実は、まだ先があるということです。990 を取るというのは、努力の成果であり、おおいに自慢して然るべきですし、他からも賞賛されてしかるべきものですが、そこで安心しては、せっかく成長途上にある英語力が中途半端なもので終わってしまいます。それでは普通に英語を使えるようになれません。
これは何もわたし個人の断定的判断ではなく、TOEICみずから、990というスコアが英語学習者にとっての最高レベルではないことを認めています。TOEIC スコアとCEFRのレベルを比較したCorrelation Tableを見るとわかりますが、以下のとおり、990を取ったとしても、A1からC2 までの6段階あるCEFRの能力指標で言えば、上から2番目のC1どまりで、学習者にとっては、C2という最高レベルがまだ残っているのです。

一方、この3,714語レベルという語彙水準が英語学習者の到達目標の中でどの程度のものかということになりますが、この点については、University of Wales Swansea の James Miltonが作成した以下の比較表が明快です(表はVocabulary measures in a Language Frameworkというパワーポイントファイルの一部です → http://www.coe.int/t/dg4/linguistic/Source/Milton.ppt)。この3,714という数字は、Miltonが B2とC1の線引きに使っている3,750 に限りなく近いわけで、上の表と見比べると、妙に説得力が増します。
なお、以下の表で CEF と表示されているCEFR(ヨーロッパ共通参照枠)というのは、言語運用能力の判定基準としてグローバルスタンダードになりつつあるもので、年齢別の到達水準としては、11歳ぐらいまでに A1、14歳ぐらいまでに A2 、16歳ぐらいで B1は 18歳までにB2が「標準コース」と考えられており、C1, C2 は大学レベルと想定されています。

一番右の欄をご覧になればわかる通り、語彙水準で 3,714語というレベルは CEFRで言えばまだB2(高校卒業レベル)、ケンブリッジ英検で言えばFCEレベルなのです。英語圏の子供の語彙水準は、おとなの約20,000に対して5歳児で3,000と言われていますから、それと大差ありません。意地悪く言えば、TOEIC満点!というコピーは「5歳児並みの単語力だぞ、すごいだろ!」と言っているようなもので、連続何回満点といったことをウリにする人も、わたしには「小学校の入学試験に連続何回合格」といった響きしかなく、不思議な感じがします。
要するに上には上があるわけで、TOEICでのスコアがいいからと言って満足してしまうと、本当の意味でのグローバルスタンダードである CEFRあるいはそれに準拠しているケンブリッジ英検から見て中程度でしかないレベルをいつまでも周回する結果になってしまいます。もったいないことです。
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- [TOEICのはなし]
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- »めたぼ対策戦記(仮): TOEICに必要な語彙力は3,714単語 - 2010年2月 2日 20:37
TOEICに必要な語彙力は3,714単語だそうです。 3月14日(日)の本番までになんとか覚えたいものです。 (当然、単語だけではなくて、文法の知...
Comments
いつも楽しみに読ませて頂いています。
今回の内容は私自身の経験にぴったり当てはまりました。TOEICのスコアは970で、DialangのVocabularyはB2です。メーカーで営業職に就いておりますが、この程度の英語力ではまだまだ足りないと痛感する毎日です。実感としては、やっと商談の席に加えてもらえた、というレベルです。交渉の主導権を握り、望む方向へ議論を誘導するにはほど遠いです。
TOEIC990点をゴールと思っている人は意外と多いです。「970点もあるのに、まだ勉強してるの?」と言われますから。
[返信]
B2レベルの人が、足場を固めて次に行くための教材が欠けていると再認識させられます。ありがとうございます。この角度から「たこめし」さんに喜んでもらえるようなブログ記事あるいは書籍を考えていこうと思います。ひとことで言えば、「たこめし」さんが必要としているのは、discourse management というスキルだと思います。
- たこめし
- 2009年2月24日 20:27
日向先生、
このところ頻繁におじゃましてしまい恐縮です。TOEICの公式サイトで公開しているサンプル問題を使って語彙レベルを調べてみましたのでご報告させてください。(http://www.toeic.or.jp/toeic/about/tests/sample01.html)
Oxfordの基本語彙3000語が文章中に何パーセント含まれているか簡単に調べられるOALDのサイトで(http://www.oup.com/elt/catalogue/teachersites/oald7/oxford_3000/oxford_3000_profiler)、ある程度の長さのあるサンプル問題リスニングのパート3と4、リーディングのパート6と7の本文部分を調べてみました。
結果は、パート3と4が92%、93%で、パート6と7が92%、94%で、we'llのような縮約形と固有名詞を除くとそれぞれ、97%、97%、96%、98%になりました。学習英英辞典を使いこなせば使いこなすほど、TOEICにも通用する英語力が身に付けられそうです。
(今年1月の英検1級で出題された読解問題の3つの文章が92%、83%、78%(いずれも縮約形と固有名詞含む)でしたから、求められる語彙レベルは英検1級とTOEICとではかなり違っている感じです)
市販の新公式問題集3冊についても同様に調べたことがありますが、大体上記のような水準に収まっていました。ご紹介いただいたリサーチはTOEICリニューアル前のものですが、新形式になっても語彙レベルに大きな変更はなさそうです。
Oxfordの基本語彙3000語から漏れた語は以下のとおりで、ビジネス単語とおおげさにいうほどのものではないかもしれませんが、TOEICに出る単語の特徴は出ていると思います。
パート3 downtown
パート4 apology, inconvenience, meantime, continental, pastry
パート6 confidential、enclose、ethics、payroll、hourly、eligible
パート7 productive、incur、assess、departmental、meantime
How may I direct your call? と聞いて即座に電話での会話だと分かるような、基本語の習熟度の高さがTOEICでは求められていると思いますが、基本語の習得の重要性や学習法が英語学習者の間にそれほど広まっていないのが残念です。TOEICの基本語彙だけをまとめた素晴らしい本である、神崎先生の『ウルトラ語彙力主義』が絶版になってしまったのも、「簡単なばかりで難しめの語が載っていないので買う必要がない」と思ってしまった人が多かったからではないでしょうか。
[返信]
こんにちは。売り物にしたいぐらいの緻密な分析に恐れ入っています。地道に細かいことを追究する乗りは神崎正哉先生に通ずるものがあると妙な感心もしました。
「求められる語彙レベルは英検1級とTOEICとではかなり違っている感じ」とおっしゃる点、そのとおりで、TOEICレポートでは、英検1級の素材を調べると語彙水準は8,230語レベルだとしています。
「基本語の習得の重要性や学習法が英語学習者の間にそれほど広まっていないのが残念」という点も同感で、これをおろそかにするから、単語を知っていても話せない状態が続いています。
「簡単なばかりで難しめの語が載っていないので買う必要がない」という感覚は、私の知るところでは、意外と出版社側にもあり、日本人全体として、最初の2,000-3,000単語をマスターすることが出発点であるとわかっていないようです。受験英語式の単語のヒエラルキーに毒されているのでしょうが、土台が固まっていない以上(単に知っているだけで、短文をぱっと作れるほどなじんでいない以上)そのあとに何をやろうとものにならないのは見えています。
何であれ、Yutaさんのような見識のある方にこのブログを読んでいただけて光栄です。
お返しというほどではありませんが、Oxfordのリストから外れている単語がwww.wordcount.orgでどのあたりにあるのかを調べてみました。
downtown 20525
apology 9220
inconvenience 12385
meantime 5511
continental 4535
pastry 11246
confidential 6551
enclose 12238
ethics 7872
payroll 13058
hourly 15563
eligible 5772
productive 5635
incur 14828
assess 3457
departmental 7614
- Yuta
- 2009年2月24日 19:26

いつも楽しく拝読しております。TOEICの語彙は興味がある分野で、今回の記事はとても勉強になりました。ありがとうございます。
私はいつも、「中学校で習うような基本語を抜いたら、TOEICの頻出語は1000語程度」と言っていました。しかしこれは私の体感値でしかないので、時間があったら新公式問題集の問題を分析して、を作りたいと思っていました。でも既にTOEICレポートChujo & Genung (2005)のAppendixにTOEIC Word Listなるものがあったんですね。私が作りたかったのはまさにこのようなリストです。中学校で習う基本語をマスターした後、この640語を覚えればTOEIC語彙に関しては用が足りると思います。Chujo & Genung (2005)は95% coverageを基準にしていますが、この数字は「文章を理解する」ために必要な値なのでで、「設問に対する答えを見つける」ためにはそれより低い値でも十分でしょう。80%知っている単語があれば、かなりの問題が解けると思います。730点くらいはいくのではないでしょうか。(あくまでも私の推測ですが。)
[返信]
「中学校で習う基本語をマスターした後、この640語を覚えればTOEIC語彙に関しては用が足りる」だろうという点、同感です。
是非、この640語に焦点を合わせたTOEIC本のご執筆を!既に中学レベルの単語をおさえている人々にとっては、最短距離を保障してくれるものとして大歓迎されることでしょう。
また、仮に未知語が5単語に1回でも何とかなるとなれば、何日間で 730 をクリアさせますといったコースができそうで、これはこれで面白いのかも知れません。