2009年4月12日
説明責任:accountabilityはresponsibilityとどう違うのか
説明責任につき、手許の「明鏡国語辞典」での語義解説はこうです。
組織が社会一般に対して、その事業内容や収支についての情報公開をする責任。
ネットで "説明責任" をキーワードにして検索すると、まっさきに、次のような解説が出てきます。exBuzzwordsのキーワード解説です。
説明責任(アカウンタビリティ)とは、個人や組織が影響を与えたと思しき特定の事象や結果に関し、その原因となる意思決定行為(もしくはそれらを行わなかったこと)について合理的に説明を行う責任を指す。
この「説明責任」、自分なりの理解は、「何かを引き受けた上での自分の行為の結果につき、結果がよくても悪くても責任を取るということであり、具体的には行為の内容を説明する義務」というものです。引き受けたことはきちんとやる「責任」があるという場合の責任は、自分の意思で引き受けた以上は約束通り行為する義務があるという responsibility の問題ですが、accountability(説明責任)は終わった行為についての説明義務である点が違っています。また、法律上の不利益ないし制裁を意味する liability とも次元を異にしています。
なぜ accountability が気になっているかと言うと、きのうの記事でご紹介した、基本ビジネス英和辞典の accountability の項が、今、このようになっており、「解説」の部分が空欄のままだからです。
003. accountability 説明責任
[解説] [用例]Recipients of the government bailout funds are required to discharge their accountability for the proper use of public funds. 公的救済資金の投入先は、公的資金が適正に使用されていることにつき説明責任を果たす義務がある。 * Our top management has overall accountability to ensure the company is a socially responsible business. 経営トップは、会社が社会的責任を果たしている事業組織であることを確保する上で、事業全体としての説明責任を担っている。 * The Sarbanes-Oxley Act (SOX) is primarily designed to improve the accountability of corporate managers to shareholder. サーベインズ・オックスリー法(SOX法)は、企業経営者たちの株主に対する説明責任の強化を主たる目的としている。* Management has failed to meet its accountability requirements. 経営陣は説明責任を果たしていない。 * The government requires a high level of accountability from business subsidy recipients. 政府は企業助成金を受け取る企業に対して高度の説明責任を課している。 * As a company being bailed out with tax money, it owes accountability to the public as to how the money was used. 納税者の資金で破綻を免れた会社である以上、同社は国民に対してその資金がどう使われたかを説明する責任がある。 * The new governance structure provides greater accountability to our key stakeholders, including our employees, customers, and investors. このたびの新たな企業統治組織は、従業員、顧客、投資家を初めとする主立った利害関係者に対して、より厳格な説明責任を果たせるものとなっている。 * In some countries, there is little or no accountability to shareholders. 一部の国では、株主に対する説明責任がないか、あっても限られている。
この欄には、訳語の理解に役立つポイントを手短く書くわけですが、まっさきに responsibility との違いが気になることでしょう。実際上、同義で使われることもあるのでなおさらです。
この点、類義語の使いわけ辞典として定評のある Choose the Right Word, 2nd ed. (Harper Collins) によると、responsible が自分の行為から生じた結果について責任を負うという基本的語義をおさえているとすれば、 accountable の方は、 liable 同様、法律的ないしは専門的なニュアンスがプラスされた上、"situation of stewardship in which the steward must demonstrate the wise use of things put in his trust" という意味合いが前面に出ているとしています。なにしろ、"the wise use of things" (ものごとの賢明な処理)が問われるわけで、株主から経営を任された取締役会を例に言えば、任してもらった経営を「きちんと」やっているかが問われるわけで、法的責任はなくても、「きちんと」やっていなければ説明責任は残ると言えます。
また、Webster's New Dictionary of Synonyms は、上の説明をなぞる格好で、こう言っています。「何かについて…誰かが…他との関係で accountable とされる状況」は、"something entrusted to him is bound to be called upon to render an account of how that trust has been executed" であるがゆえにこそ初めて生じるのだとしています。信頼関係に基づいて託された事項につき、委託者からの求めがあれば、自分がどうその信頼に応えて処理したかをつまびらかにする義務があるからこそ、accountable とされるということです。つまり、ここでは前項で触れた「何かを引き受けたがゆえに生じている責任」の内容に踏み込み、「信頼関係により受託した者は、期待に背かぬ働きをしたことを明らかにする責任」を負うのであり、それを指して、accountable と形容するのだとしているわけです。
ここでのポイントは "render an account" つまり「説明する」という一句です。そもそも accountability をChrstopher Nobes の Pocket Accounting (The Economist Books) のような会計の本で引くと、stewardship(管理責任)を見よとなっており、そこに行くと、会計はそもそもこの stewardship に起源があるとし、封建領主に対しての狩り場や領地の管理人などが行った収支報告から会計は始まったのだと説明しています。
余談になりますが、監査のことを audit と言いますが、auditorium (講堂)、audition (オーディション)など、なぜ「音」とか「聞く」に関係するこの言葉が使われているかというと、時には文盲だったりする領主さまに報告するため、収支計算を「読み聞かせ」たりしたからだそうです。
それはともかく、ここで申しあげたいのは、accountability はいわば固有の独立した責任であって、responsibility や liability などとは切り離されているということです。ですから、銀行経営論の専門家が編纂した Instant Business Dictionary という本では、説明責任の対象となる事項を accountabilities として取り上げた上、信託基金の受託者の場合、委託された信託財産の処分がすべて済み、すべての法的責任を果たした場合 (has relieved himself of liability) 、なおも収支を説明する責任は残ると説明しています。
なるほど、違法すれすれの手段を用いながら業績を伸ばしている会社が無数の海外子会社を使っての「錬金術」を一切株主に説明していないというケースを考えた場合、会社として儲かっており、株主価値が拡大している以上、受託者責任 (fiduciary duties=株主との委託信任関係上まずは株主の利益を考えるべしという義務) に反していませんから、法的責任は問われずません。また、株主から任された事業をきちんと運営しなければならないという経営責任 (management responsibilities) も果たしています。しかし、為替変動や金利変動で急にすべてがひっくり返り得るような、とんでもない形で会社の資産を運用していながら、その詳細を株主たちに説明していないというのでは、やはり管理者としてきちんと説明しているとは言えず、説明責任を果たしていないと言わざるを得ません。してみると、やはり responsibilityとaccountability は別物と理解すべきものでしょう。
以上で説明した諸々のことを総合して、辞典の[解説]には、こういう説明を入れようと思います。
[解説]同義語の responsibilityや liability と比べ、任されたことをきちんとやったかを説明する義務が本質であり、したがって法的責任はないけれど、なおも説明責任が残るということがあります。
あと、これまで accountability に関する資料をいろいろ読んだ感想ということで言えば、responsibility と比べると、accountability はどうも、responsibility が期待された行為のプロセスを重視するのに対して、プロセスのみならず結果をも重視する感じがします。したがって、単に期待されたことをしさえすれば、responsibility は果たされるのに、ことを完遂し、「きちんとした」成果が出て初めて accountability が満たされるようでもあります。ただ、ここでは断定を避け、引き続き観察を続けようと思っています。
追記1:情報公開がらみですが、カナダ政府のサイトに accountability を正面から取り上げている資料があり、その中の 1.2 Accountability is different from responsibility, responsiveness and transparency という項がおもしろかったので、ご紹介します。
追記2:Straub & Attner の Introduction to Business (5th ed.)という大学生向けの教科書では、accountability を権限委譲のプロセスの中での一側面と位置づけ、第一に、Assignment of tasks, 第二が Delegation of authority と段階を追って解説し、第三が Acceptance of responsibility というステップだとした上で responsibility とは、 The obligation to carry out one's assigned duties to the best of one's ability. (与えられた任務を全力で遂行する義務)と説明しています。そして最後、四番目のステップが Creation of accountability と位置づけ、Being answerable to others for the results of one's actions. (復命すべき立場にあること)が accountability だとしています。してみると、「所定の任務を果たした者に課されている報告義務」が説明責任の本体だと言えます。
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Comments
accountabilityの解説について
いつも拝読させていただき、大変勉強になっております。また、私の英語学習においても、非常に参考にさせていただいております。
ところで、私は、通りすがりの者であり、英語のプロではありませんが、上記の[解説]には、少し違和感があります。前半は私が述べることは何もないのですが、「法的責任はないけれど、なおも説明責任が残る」というのは、レイヤーが異なる比較のように思います。ここでいう「説明責任」というのは、「説明すべき社会的道義的責任」という趣旨であろうかと思います。
手元のblack's law dictionaryのpocket editionでは、responcibilityは、liabilityとほぼ同義として載っていますが、accountabilityは載っていません。私の感覚からしても、日本語の説明責任と同じく、法律上の責任ではなく、社会的道義的責任を追及する場面で利用されるような気がします。
というのも、「違法すれすれの手段を用いながら業績を伸ばしている会社が無数の海外子会社を使っての「錬金術」を一切株主に説明していないというケース」では、説明していなくても、日米ともに、説明が欠けていたことによる法的責任は発生する可能性は十分あり、取締役としてのresponsibility(duty)を果たしていないとされても、おかしくはないでしょう。上場企業であれば、開示義務違反に問われる可能性は高いです。従って、法的責任⇔説明責任というよりかは、(説明すべき法的責任という概念もあり得るため)コンテクストが法律上の責任を重視しているのか、社会的道義的責任を重視しているのかという方がしっくりくるような気がします。
[返信]
コメントありがとうございます。
「錬金術」の話は、エンロンが頭にあったのですが、「説明が欠けていたことによる法的責任」があるとすれば、日本の場合なら、ご存じのとおり「取締役がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったとき」ですが、説明責任の有無は「悪意又は重大な過失あり」と言えるかを考える事情の一つではあっても、説明責任からストレートに役員の法的責任(=法律上の不利益・制裁)が出てくるわけではないので、法的責任と説明責任は別物だと考えています。
一方、accountability は answerabilityと同義ですが、私の理解では、社会的道義的責任 (moral/social responsibility) とも違うものです。例えば、誰かに店番を頼んだ場合に万引きされたというとき、店番は人として踏み行うべき道に反したわけではなく、道義的責任は負いません。また店番たる者、一点の万引きも許すべきではなく、一点でもなくなれば強く非難されるべきだという社会規範があれば別ですが、普通は社会的責任も問えないことでしょう。(ついでに言えば,故意過失がない以上は法的責任も負いません)しかし、店番を引き受けた以上は、そのことに基づき、「店番行為」の結果、依頼者に損害を与えたことにつき、どうしてそういうことになったのかを説明する義務はあります。そうとすれば、説明責任は社会的道義的責任とは異なる独立の存在であり、また、法的責任とも違うと思います。
なお、Black's の Abridged Sixth Ed. では、accountabilityは載っており、State of being responsible or answerable. となっています。また、カナダを初め、accountability は情報公開法との兼ね合いでよく論じられており、法的責任の隣接領域と言うことはできそうです。
- 市井の法律家
- 2009年4月13日 15:13

ご丁寧な解説、ありがとうございました。お忙しい中、本当にありがとうございます。
先生との間で、基本的な理解に相違はなく、「説明責任からストレートに役員の法的責任(=法律上の不利益・制裁)が出てくるわけではないので、法的責任と説明責任は別物」というのは、そのとおりであると考えています。表現の問題というか、使用されている日本語について、共通の意味で理解されていなかったため、私が違和感を感じたのかもしれません。
まず、日本語の話ですが、私の日常用語の理解では、【説明責任/社会的責任/法的責任】というより、ある立場、ある状況におかれた人は、~~の説明をすべきという規範(行為規範)がある。そして、それは社会的責任か法的責任のいずれか又は双方に分類できるというものです。【社会的責任/法的責任】の2分論とでもいえるかもしれません。いずれかの責任への該当性は、倫理解釈、法解釈によります。
万引きの例では、店番の責任(社会的責任と法的責任の両方を含む。)が問題になるとすれば、管理監督責任と説明責任になると思います。前者は、不作為による過失責任であり、社会的(なんで、ちゃんと見とかへんかったんや!という批難)にも法的(予見可能性+結果回避義務違反)にも責任が生じる可能性はあるでしょう。後者は、「依頼者に損害を与えたことにつき、どうしてそういうことになったのかを説明する義務」という行為規範は、少なくとも社会的責任(とにかく知ってる範囲でいいからどうなったか説明してよ!)とはいえるのだと思います。(本論とはずれますが、法的には、準委任終了に基づく報告義務(民645)も問題になり得るでしょう。)
本論に戻りますと、「同義語の responsibilityや liability と比べ、任されたことをきちんとやったかを説明する義務が本質であり」という命題と、「法的責任はないけれど、なおも説明責任が残る」という命題を個別に取り上げた場合には、完全に同意いたしますが、「したがって」という部分が、なぜ「したがって」なのか、よく理解できなかったのと、突如「法的責任」の話になるので、わかりにくかったというところでしょうか。responsibilityも、法的責任ではない責任を追及する場面でも使用されるでしょうから。「法的責任」との関係を議論しない方がわかりやすいのかなと思ったという感想です。
ここからは素人の推測ですが、accountabilityというのは、accountから由来しているとおり、自分の立場に関連してある一定の事実関係が露呈しているときや(委託関係等に基づき)説明すべき事実関係が想定されるときに、その事実関係について能動的に論理的な言語を発する(=説明する)責任を意味する(そして、その先には、将来説明しなければならないので、いま~すべきという責任(the wise use of things)に発展する)。大阪弁でいえば、「私の立場的に、あとで、~~(国民、市民、投資家等)に対して、~~についてしゃべらんといかんのですわ」+「なんで、ちょっとこういう形にしてもらえへんやろか」という感覚です。
一方、responsibilityは、responseに由来し、その後、極めて抽象的且つ普遍的な意味を獲得している単語であり(なぜresponsibilityが「責任」という意味を獲得するにいたったのかについては、哲学の世界でもよく議論されるところです。)、共同体において、何かが生じた場合(極論すれば他人の行為全てになるでしょう。委託信認関係はなくてもよい。)に、個々の人間に課せられた規範(作為不作為を問わない。無論、「説明」に限られない。)そのものを意味するのではないでしょうか。こちらは、「~~は、この場合、~~すべきである」という領域だと思います。
このような自説を勝手に展開して恐縮ですが、お時間のあるときに、ご感想を聞かせていただければ幸いです。
P.S.1 ところで、「信託基金の受託者の場合、委託された信託財産の処分がすべて済み、すべての法的責任を果たした場合 (has relieved himself of liability) 、なおも収支を説明する責任は残る」とありますが、その時に収支を説明しないと、どうなるのでしょうか。要するに、一般的には説明した方がいいけど(これを指して私は社会的責任と呼んでいます)、しなくてもペナルティーはないということでしょうか。
P.S.2 追記2のところで、「(復命すべき立場にあること)」とありますが、こちらは、「Delegation of authority 」の訳ではないでしょうか。
[返信]
コメントありがとうございます。なんだか大変むずかしいお話で、正直、よくわかりませんが、みなさんが気楽に読んでくださるブログを心がけておりますので、この話はこのあたりでおしまいにさせていただきます。