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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2009年5月26日

(続)時価会計はアメリカの押しつけという話

前回、時価会計はアメリカの押し付けだとする藤原正彦氏のコラムを取り上げ、妙なことを言っているけれど、コラムの題名からして「管見妄語」だから、わざと素っ頓狂なことを言っているんだろうと結びました。本業が数学者ですし、マスコミによく登場する大インテリです。調べもせずに断定的にものを言ったりはすまいと受け止めるのが普通です。

ただ、何かひっかかり、「藤原正彦 時価会計」で検索したところ、(このブログが最初に出てくるのが愛嬌ですが)なんと他でも「アメリカによる時価会計のおしつけ」という認識をもとにした議論をされていました。妄語つまり出任せなどではなく、本気でおっしゃっているようで、困ったことです。

やはり時価会計批判派の加藤秀樹さんという方との対談で、「たとえばアメリカは時価会計でずっとやってほしい。そうすると産業力がどんどん弱くなって必ず滅びますから(笑)。でも日本は絶対真似しちゃいけない。時価会計は絶対しちゃいけない。それを「グローバル・スタンダード」として世界に押しつけるというアメリカのやり方とは、きちんと戦わなくちゃならない」と怪気炎をあげてらっしゃいます。

わたしは会計の専門家ではありませんが、ビジネス英語の資料収集のため各種の資料を読んでいる関係で、会計の世界で何が起きているか程度の常識はあるわけで、それに照らし、こんな軽卒な発言でいいのかと驚きます。

第1に、時価会計をアメリカが日本に押し付けたという言い方は子供じみています。アメリカの会計の元締めはFASB(財務会計基準審議会)で、ここが有名な GAAP(一般に認められた会計基準)の内容を決めていますが、FASBは長いこと、独自路線を貫き、なかなか国際会計基準と歩調を合わせようとはしなかったぐらいです。一つには、アメリカの場合、訴訟対策ということもあり、「リース資産の要件は以下のとおり」という形でのルールを細々と定めるスタイルであるのに、国際会計基準は理念を打ち出し、細則は企業の裁量に委ねるといったスタイルだからです。

ところがわが国も加盟している IOSCO (証券監督者国際機構)がSECを通じて、企業が国際的に証券を公募する時代だから、各国で会計基準がばらばらなのはまずいでしょうと働きかけ、この結果、アメリカも時価会計を含めての国際会計基準を意識するようになりました。そしてついには、時価会計ルールを定めるに至ります。

日本が時価会計を取り込んだのもこういった国際会計の大きな流れがあったからであり、日本企業が海外でも資金調達をしている以上は、アメリカから何を言われようと、遅かれ早かれ導入せざるを得なかったと言えます。

要するに、事実は、わが国も加盟しているIOSCO がこれまたわが国の公認会計士協会が加盟している国際会計基準委員会に働きかけて、時価会計を初めとする基準の普及を図っているということです。アメリカの押しつけという話はまさに妄想です。

傍証ということで言えば、このことの底流には、年度の収益から費用を引いたものをもって「利益」とする発想から、年度の資産と負債という具体的なものの差額をもって「利益」とする発想への大きな転換があるわけで、こういった転換があるからこそ、バランスシート上の資産の価値を「実勢レート」で把握する必要性が強調されているのです。

バランスシート上の資産の価値を「実勢レート」で捉えよ、「資産や負債を重視せよ」というアプローチは、FASBの委員に就任したミシガン州立大学の Thomas Linsmeier の以下のコメントがその内容をよく物語っています。

わたしは資産がどういうものかわかっています。思い浮かべることができますし、触ることだって可能です。負債もどういうものかわかります。他面、収益、費用、利得、損失といったものは、会計上想定される概念でしかなく、「収益が妙なところに流出している」といったことを捉えられるはずもなく、したがって、経済活動の実質をとらえることのできる会計分析モデルがあるとすれば、まずは資産や負債をもって出発点とすべきだと考えます。

第2に、「時価会計は絶対しちゃいけない」という主張も幼稚な発言です。なぜ時価会計が大事かと言えば、透明性を確保し、投資家その他の企業情報の利用者が自分の関係している企業の姿を正しく捉えるためには、原価会計より確実だからです。この点、上記の対談のお相手である加藤さんという方は「会計制度では、資産を時価で記載する時価会計が、企業の懐具合をより透明にあらわすので世界の流れだ、と多くのエコノミストは言いますね。なぜそれが透明なのかと聞いても、彼らはきちんと答えられない」としていますが、そもそも聞く相手がエコノミストというところからして間違っています。聞くなら公認会計士か証券アナリストに聞くべきです。

それはともかく、時価会計の方が原価会計より正確に企業の財務状況をつかめ、したがって透明性に資することがアメリカのS&L危機の例で実証されています。1980年代に変動金利で調達した資金を固定金利建の長期ローンで運用していた少額貯蓄金融機関(S&L)が金利上昇局面で逆ざやとなってしまい、ばたばた倒産した一大金融危機です。この当時のS&Lの財務状況につき、レビットSEC委員長(当時)は、原価会計ベースでS&Lの純資産を測ると362億ドルのプラスだったけれど、時価会計ベースで測定していれば、実は、780億ドルから1,180億ドルのマイナスだったと指摘しています。時価会計ベースでなら、資産の劣化を把握できていたわけで、透明性の確保において時価会計の方が原価会計に勝っているのが歴然としています。アジア経済危機当時も、はた目からは大丈夫と見えていた企業の倒産が続き、時価会計の重要性を認識させてくれました。

専門家も当然、こうした見方に立っており、日本でも知られている投資アナリスト協会が会員向けに行ったアンケートでは、会員の79%が「時価会計は透明性を確保し、投資家が企業リスクを把握するのに役立つ」と答えているぐらいです。

投資家は投資した株などの金融資産の将来に期待しており、だからこそ証券金融市場が成り立ち、企業も資金調達ができるしくみになっているというのに、原価会計ベースで企業の姿を伝えているようでは、本当の姿が見えず、投資どころではありません。言い換えれば、原価会計にこだわる姿勢は、会計の役割が過去の記録から、企業情報の利用者を考えた未来志向に変わっていることを見落としています。

また、時価会計が企業情報の利用者にとり重要な点としてもう二つ挙げることができます。一つは、それが説明責任を担保するという点です。経営者に自分たちの財産の運用を託している株主たちにしてみれば、果たして経営者が自分たちの負託に応えているかをチェックするにあたり、原価会計ベースの話では様子がつかめません。昔、100億で買った土地があり、それが買値どおり100億と貸借対照表に計上されていても、その後の地価下落で実は1億の価値しかないというのでは、何のための貸借対照表なんだということになります。現に一時期の東証では、株価が1株当たり純資産の額を下回っている企業がいくつもありましたが、それなどは、投資家が会社の公表する数字を信用しないとこうなるといういい例です。

もう一つは、時価会計による方が、企業どうしの比較が可能になるということです。100億の土地を10年前に買って、今はそれが51億というA社と、昨年100億で土地を買って、今も100億というB社を比較した場合、原価会計では、どちらも帳簿上は100億で、きちんとした比較ができません。しかし、時価会計では、決算時点での評価額で帳簿価格が洗い直されますから、正確に企業の姿を映してくれることを期待できます。

ことのついでに、対談相手の加藤さんという方の発言も何だかなあと感じます。この方、長年の積み重ねが大事だよ、10年ぐらいのスパンで物事を見るべしというやり取りを受けて、「日本の一流企業の経営者たちも、やっぱり「おかしい」と言う人が多いです。たとえば、コップメーカーが製品を作るのに工場がいる。工場を建てるには土地がいる。で、本業で一生懸命いいコップを作って100万円儲けても、工場用地として1000万円で買った土地が500万円に下がったら、その会社の業績は悪化したことになる。土地は必要だからもっているのであり売るつもりはない、と社長がいくら言ってもダメなんですね。これが時価会計の考え方です。でも時価なんて本来ずっと不透明ですよね。時価の定義にもよるし、刻一刻と変わっているわけですし、すし屋に行けばすぐわかる」とおっしゃっています。

この発言については、二つの点で疑問を覚えます。現代のファイナンスは、企業の資金調達や運用にリスク・リターンという視点を加味して、果たして株主の期待に応えているかを未来志向で見るのだと承知しているのですが、そうとすれば、工場用地を含めて運用されている資産からどれだけのリターンを将来得られそうかを見るわけで、端的には、「毎年いくらの収益を向こう何年あげられるとしてそのキャッシュフローを現在価値に直すといくらいくら、ところが時価総額(株価×株数ではじき出した企業価値)はそれを下回っているな、お得だ、じゃ、買いだ」などと考えたりするものです。この点、上記の発言は単年度でものごとを捉えている(その点すでに「長い目で見よ」という主張と矛盾しています)わけで、よくわかりません。また、企業経営者の立場からものを見ていますが、時価会計が本来企業を外から見ている人々のためのものであることからすればこれもおかしな議論です。

もう一つ変なのは寿司屋の話です。もちろん、何をもって時価とするかについては議論がありますが、それにしても時価会計はつまるところは、企業資産から生ずるキャッシュフローを念頭にその現在価値を考えるという話ですから、寿司の世界にはなじみません。あるいは、こくういう理論派は、寿司屋のカウンターでトロだのイカだのを前にしながら、「向こう何年この握り一貫から、いくらいくらのキャッシュフローを期待できるから、割引率を何パーセントとして理論上の適正価値(時価)を求めると○○円。ところが本日の時価は○○円。これは理論上の適正値より高い。割高だ。食えない」などとやってらっしゃるのかも知れません。

管見妄語、ご容赦。

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Comments

はじめまして。
いつもブログを楽しく拝見しています。

藤原正彦氏は、『国家の品格』を上梓したのを機に、新たな花形論客を求めていた保守論壇に担ぎ出されたのだと思います。

専門外の話になると、思いこみと強引な論理展開で自説を繰り広げ、醜態をさらす結果になっており、大変見苦しいです。

(しかし、この対談相手の男、一応経済の専門家として商売している人間だと知っておどろきました。客の与太話に話を合わせている飲み屋のマスターかと思っていたのに。)

ただ、藤原氏が書いた『天才の栄光と挫折―数学者列伝』という本は非常に良い本なので、お時間があったらお試し下さい。この本は五つ星のオススメです。

[返信]

「思いこみと強引な論理展開」・・・こんなにわかりやすく説明されてしまうところが、このお方の限界を物語っているのでしょうね。

お名前から察するに、CFAを取ろうとされているようで、頭が下がります。頑張ってくださいね。期待しています。どの分野であれ、本当のプロって重要だと感じています。

『天才の栄光と挫折―数学者列伝』をご紹介くださり、ありがとうございます。実は藤原先生の『若き数学者のアメリカ』を読んでことがあり、そのあっさりした筆致に感心していたので、余計、近頃の暴走ぶりが痛々しく感じられます。

そういえば、この藤原正彦という方、小学校での英語教育についてもしきりに怪気炎を飛ばしています。MSN Japanの産経ニュースの【金曜討論】小学校での英語教育(2009.4.17)に彼の意見が掲載されています。以下、正彦氏の言動と私の意見を載せましたので、ご参照までに。

>>”1年生から週5時間もすれば英語の力が少しは伸びるが、そのかわり漢字も九九(くく)もできないという、日本でも海外でも使い物にならない人間が育つことになる。”

英語の勉強に時間を割けば、それだけ国語や算数などの基本的事項の習得に支障をきたすと主張していますが、その根拠が全然わかりません。使い物にならないという結論も、小学校のレベルだけで述べて一般化しており、完全なslippery slope(論理の飛躍)になっています。

”英語は手段にすぎないからだ。英語を100万時間勉強しても、話す内容は生まれてこない”

>>ここでは、話す内容・中身は母国語である日本語でないと実につかないというのをassumption(前提)としていますが、英語で考えながら中身のあることを英語で正確に発信できる日本人は、万単位といる現状と完全に矛盾しています。これは海外に一度も行ったことのない人でも可能なことです。一方で、学習方法に問題があれば、たとえ母国語である日本語でも、内容・中身のあることを話すのに大きな支障をきたします。事実、政治家やアナウンサー及びテレビコメンテーターの話す日本語の多くは、内容・論理・雄弁さの点でかなり大きな問題があります。専門家といえども、主張があいまいでよくわからなかったり、わかっていてもjustificationがきちんとできていない人が多く目に付き、本当に中身・内容のあることを話しているのかと聞きたくなります。が、殆どの日本人は余り気にしていないというのが実情でしょうか。

”意味あるコミュニケーションは語学だけではダメだ。発音などは英米人に及ばないから、早くから英語を学ぶことは英米コンプレックスを醸成しかねない。”

>>ここでいう”語学”は”外国語学習”の省略としても、彼のいう”意味あるコミュニケーション”というのが一体どういうものなのか全くわかりません。さらに、日本人の発信する英語を母国語民
(英米人)に合わせて判断している点で問題があります。non-nativeで英語を話す国民が英語nativeを上まっている今日では、無理に英米人に合わせる必要はありません。コンプレックスを持つ・持たないというのは学習者自身による主観的な判断による問題で、早くから英語を学ぶか遅く学ぶかとは、基本的に別の次元の話です。

以上、正彦氏の言動で気になった点を取り上げましたが、余りにもとんちんかんな議論に、あきれて言葉も出ませんでした。数学的思考のせいなのか、余りにも論理が飛躍しすぎています。Descartes 的思考に寄っているのかもしれませんが、reduction to truth どころかextreme generalization(極端な一般化)という強烈なleap in logic(論理の飛躍)です。こういった人が専門家という肩書きを持ち、やれ祖国の誇りだ、日本人らしさなのだと唱えるのですから、聞いていて非常にむなしくなります。日本語によるコミュニケーションをargumentationという観点から捉え直して、日本語教育のあり方を再考する時期にきているのかもしれません。

[返信]

海外留学生さんのおっしゃること、すべてに強い共感を覚えます。ご紹介くださったお話で、この藤原さんという方が大変な方だというのがよくわかりました。それだけに、どうしてこんな人がマスコミでひっぱりだこなんだろうとますます不思議です。この程度の国民にこの程度の知識人と見るべきなのでしょうか。それにしてもハタ迷惑な話です。

日向さん、今晩は。

(当方技術系のため)やや裏づけが乏しいコメントになりますが、こちらアメリカでの見聞を...

こちらで日系の会計事務所が日系の製造会社のマネジメントクラスを集めて、この時価会計セミナーをやりました。その時の内容は、本エントリーの”第一に...”以下の事でした。即ち時価会計で遅れているのは、日本とアメリカであるということです。

それ以来そういう認識をしています。

[返信]

援軍を買って出てくださり、ありがとうございます。

結局、「第一に・・・」以下のことは、ビジネスに関わる人々の常識ということなんでしょうね。それをよせばいいのに門外漢が背伸びをしたんだろうなというのが私の感想です。

本文で先生が熱くなっておられるのは珍しいですね。コメント欄では時折拝見しますが。

100億の土地が1億になると、さすがに減損会計が適用されているでしょうから、時価会計でも原価会計を採用していても強制評価減になってしまいますよね。

>>100億の土地を10年前に買って、今はそれが”51”億

に書き換えては如何でしょうか。ギリギリ減損会計にひっかからない金額です。

[返信]

なるほど。いい助言ありがとうございます。では51億で行きましょう。

こんな有名人がこんなタワゴトで人を惑わしてどうするのという気持ちがあり、ちと熱くなっているのかも知れません。

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