2009年6月23日
連邦破産法第11条という訳に疑問
GM、クライスラー、そして今度はカジュアル衣料大手のエディー・バウアーも「連邦破産法11条」の適用を申請したと報じられています(日本でのビジネスは同社の出資が3割どまりで、本社に対しての大口債権もなく、影響はないとのことです)。
これを見て、どうして「連邦倒産法」と呼ばないんだろう、どうして「11章」ではなく、「11条」なんだと気になってしかたがありません。
なぜ「破産」ではなく、「倒産」とすべきかと言うと、普通、「破産」と聞いたら、企業が破滅を迎え、消滅すると受け取られてしまうからです。
例えば『広辞苑』で「破産」を引くと語義の一が「家産を失うこと」であり、語義の二として、法律用語で「債務者がその債務を完済することができない状態に陥った場合に、総債権者に公平な弁済を受けさせようとする裁判上の手続」としており、破産企業の財産を配当率10%といった形で債権者に分配した上、企業が消滅するプロセスを念頭に置いての説明であることがわかります。このように日本語で「破産」と言ったら、企業が財産をなくすこと、つぶれることと同義です。
一方、「連邦破産法第11条」は U.S. Bankruptcy Code の Chapter 11 の訳ですが、そこで言うbankruptcy につき、Bryan Garner (英米法関係でバイブル扱いされているBlack's Law Dictionaryの編者)がまとめている、Business Law Terms (West Group) は、こう説明しています。
The statutory procedure, usu. triggered by insolvency, by which a person is relieved of most debts and undergoes a judicially supervised reorganization or liquidation for the benefit of that person's creditors. ある者の債務の大半が減免される一方、債権者の利益を確保すべく裁判所の監督下で事業再構築または清算が行われる法律上の手続(通常、支払不能を契機とする)
このように英語の意味からすると、bankruptcy = 破産ではなく、手続に入った企業が息を吹き返し、のちのち企業社会に復帰する例までカバーしています。つまりGMやクライスラーのように再建を期して倒産処理手続(裁判所が債権者の追及をおさえるなかで行われる会社再建手続)を取る例もあるわけで、すべてを bankruptcy と来たら何でも「破産」とするのは乱暴というものです。
実際、英米法の専門家は bankruptcy イコール破産とは考えませんから、書店の英米法のコーナーをのぞいても、bankruptcy 関連の書籍のタイトルは「連邦倒産法」というものがついています。
[注記: 破産と倒産の違いについては、以前、大和生命は破産?破綻?それとも倒産?という記事を書きましたので、よろしければご覧ください]
次に「11条」という言い方に抵抗を感じるのは、「条」は普通、制定法や契約などの法律文書の最小の区分または箇条を指して言うのに、Bankruptcy Code の Chapter 11 の下には本来の「条」を意味する section にたどりつくまで sub-chapter があるからです。このような実態が chapter すなわち「章」であるものを指して「条」とするには無理があります。すなおに「章」という訳を当てるべきだと考えます。
ここで政府が出している「法令用語日英標準対訳辞書(平成19年3月改訂版)」にしたがって、わが国の法令の構成をおさらいしておきますと、こうなっています。(項,号以下の細目は省略しました)
法令の構成等
目次 Table of Contents
編 Part
章 Chapter
節 Section
款 Subsection
目 Division
条 Article (Art.)
現に、法人税法の構成を見ると、(当たり前ですが)上のとおりの配列です。
第2編 内国法人の法人税
第1章 各事業年度の所得に対する法人税
第1節 課税標準及びその計算
第1款 課税標準
第21条(各事業年度の所得に対する法人税の課税標準)
第2款 各事業年度の所得の金額の計算の通則
第22条(各事業年度の所得の金額の計算)
第3款 益金の額の計算
第1目 受取配当等
第23条(受取配当等の益金不算入)
第24条(配当等の額とみなす金額)
このように「最小の区分ないし箇条」であるものを指して「条」とするのが確立した慣行となっているわけで、したがって、「最小の区分ないし箇条」でないものをもって「条」とすると、なんだかおかしなことになります。
何を言っているかと言うと、Bankruptcy Code = 倒産法の現物を見ると、 Chapter 11 の下位の区分として、以下のとおり、 subchapter (「章」の下位区分である「節」)が登場しており、肝心の section つまり「条」はその下に来るという格好になっているのです。
CHAPTER 11 --- REORGANIZATION
SUBCHAPTER I---OFFICERS AND ADMINISTRATION
SUBCHAPTER II---THE PLAN
SUBCHAPTER III---POSTCONFIRMATION MATTERS
SUBCHAPTER IV---RAILROAD REORGANIZATION
そして、こういったSUBCHAPTERの一つ、例えば、SUBCHAPTER II をのぞくと、ずらりと「条」に当たる section が以下のとおり並んでいます。
SUBCHAPTER II—THE PLAN
§ 1121. Who may file a plan
§ 1122. Classification of claims or interests
§ 1123. Contents of plan
§ 1124. Impairment of claims or interests
§ 1125. Postpetition disclosure and solicitation
§ 1126. Acceptance of plan
§ 1127. Modification of plan
§ 1128. Confirmation hearing
§ 1129. Confirmation of plan
ご覧のとおり、表題である CHAPTER 11 のところで「11条」というふうに「条」を使ってしまうと、下位の区分というのでなく、「条」それ自体の内訳科目を示す、「項」や「号」しかなくなってしまいます。となると、
§ 1121. Who may file a plan
は、第1121号(事業再建計画の提出者)
という珍妙な訳になってしまいます。
してみると、 § (読み上げるときは sectionです)の所が「条」となるよう、chapter には 「章」(subchapter は「節」)という訳を当てるのが理にかなっているというものでしょう。
そもそも合衆国法規集中の倒産法編にある、 Chapter 11 を訳すのであれば、もともと Chapter 11 自体、倒産法編の中でも、清算を定める Chapter 7 と棲み分けて、再建手続を定めているものである以上、「破産法」という呼び方はどうなんだろうと思います。「倒産法」とすべきです。
また、倒産に関する法律関係の内容を定めているのが、見出しでしかない Chapter 11 ではなく、その中の個々の条文である以上、「条」という訳はそういった実定法を担う本質的部分のために、いわば「取っておく」べきであり、Chapter はすなおに「章」と訳すべきだというのが私の考えです。
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Comments
こんにちは。
新聞に盛んに「11条」と出ていたのでちょっと気になっていました。「章」にしろ「破産」にしろ、問題なのは日向様の指摘のとおりですね。少し調べればわかるところを「なんとなく」そのままにしておいて、指摘すると開き直る「大マスコミ」の姿勢にも困ったものです。
今調べてみたら、日本語版 Wikipedia の説明がなかなか笑えるものでした(2009年6月26日 17:30現在)。
引用します。----------
なお、「Chapter」を「条」と訳すことはあり得ないので本来は「11章」が正しいが、NHK等の大手マスコミ等も含め、発音のしやすさのため「11条」と発音する人が多い(Casting Voteをキャスティング「ボード」と誤用する人が多いのと同様)。
----------------------引用ここまで
あと、英 The Economist の記事にはたびたび
Chapter11 protection from creditors
という表現が出てきて、なるほど、そうなのかと思いました。
[返信]
笑える情報を含めての有益情報、ありがとうございます。
ま、世の中、なんとなくで済むんでしょうね。改めて考えさせられます。
- Shira
- 2009年6月26日 17:48
おっしゃるとおりだと思います。そのような観点では、民事再生法の方が近いです。私の念頭にあったのは、最近流行りの「DIP型会社更生」でした。
ちなみに、専門家ではなく、聞きかじりでしかありませんが、民事再生法とChapter 11の大きな違いは、担保権の取扱い(別除権か自動停止効の対象か)と認識しています。
- ぞう
- 2009年6月24日 10:34
全く同感です。
あと、日本の民事再生法に相当するという枕詞もやめてほしいです。。。また、会社更生法の方が近いと思います。
ちなみに、「法令用語日英標準対訳辞書」は、平成21年3月版が出ております。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/hourei/data1.html
[返信]
改訂版の情報、ありがとうございます。
なお、日本の法律の何に近いかと言えば、会社更生法しかなかった当時、アメリカのチャプター11のように経営者がクビにならない方式の方が手遅れになるのを防ぎやすいという議論があったことを思い出すと、やはり民事再生法が近いのかなという気がします。
- ぞう
- 2009年6月23日 14:07

先生、こんにちは。
「法令用語日英標準対訳辞書」(http://www.japaneselawtranslation.go.jp/)によりますと、insolvencyには「倒産」が、bankruptcyには「破産」が充てられており、このサイト(Copyright © 2009 Ministry of Justice, Japan. All Rights Reserved.とありますので法務省が管理・運営しているようです)で用語の正確性を期するためにメディア各社が訳を確認していたとすれば、やむを得ない表現なのかもしれません。
「辞書検索の利用について」の「辞書データに関して」の3項目目の中では、「法令用語日英標準対訳辞書」作成の経緯が記してあります(以下一部引用)。
……学者および弁護士からなる「作業部会」によって作成されました。……
作成に係った皆様の英語力が、そして日本語力を含めて、その程度でしかなかった、というが先生の最初の疑問(「どうして「連邦倒産法」と呼ばないんだろう」)に対する私なりの答えです。
ただ、「辞書検索の利用について」では、翻訳はあくまでも理解を助けるためのものであるとの主旨の記載がありますので、関係者を目くじらを立てて責めるわけにもいかないようです。
お邪魔しました。
[返信]
こんにちは。「法令用語日英標準対訳辞書」は、私の知るところでは、政府による主要法令の英訳事業での訳語を統一するために編纂されたものであり、飽くまで和文英訳用の資料です。したがって、「insolvencyには『倒産』が、bankruptcyには『破産』」と読むべきではなく、「破産」を英訳するときはbankruptcyを、「倒産」を英訳するときは insolvency を当てよと読むべきだということであり、たまたまbankruptcyと破産が対置されているからと言って、それを根拠に bankruptcy の「公定訳」が「破産」であるとは読めないというのが私の理解です。