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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2009年9月29日

夢見心地にしてくれるcould とwouldの話

最近は旅行と言うとなぜか小笠原だとか沖縄にばかり気が行ってしまうのですが、以前はけっこうハワイに行っていました。そういった折りに必ず行くレストランの一つが、Alan Wong。ここである日、何とも心地よい歌が流れていたので、ウェイターに尋ねたら、Hula Heaven という歌だとのこと。

[この Hula Heaven はamazon.comのウェブページに行くと、試聴できますし、99セントで買えます]

そのあと調べて、ハワイのシンガー、Teresa Bright の歌っているのが有名だと知り、Hula Heaven を心行くまで聴いたわけですが、この歌はメロディーもさることながら、歌詞がほのぼのしていて、楽しめます。

まず作詞作曲が Leo Robin と Ralph Rainger の手による Hula Heaven の出だしは、こうです。

We could be together in a little hula heaven having dreams of love

この could が、歌いかた自体えらく引っ張っていることも手伝って、陽炎のようにとらえどころがなく、淡く、遠いイメージを醸し出しており、a little hula heaven が遠くにあって行けない場所という感じを強めていますが、be together のニュアンスを変えている助動詞 could が心理的距離感を演出する小道具だとわかっていないと、このフレーズが創り出しているボワンとした情感を感じ取りにくいのではないでしょうか。

ここで、ふと、文法書ではどう説明しているんだろうと『総合英語 Forest』(桐原書店)の助動詞の項の目次を見たところ、「可能性・推量」を表す can/could という項があったので、little hula heaven で二人はいっしょになれるかもという話だから、「可能性・推量」だろうということで、そこの説明を読むと、

(1) Anybody can make mistakes.
(2) The light in the sky could be a plane.

という二つの例文を挙げ、(1) での can は「何々がありうる」という意味の可能性を表すとする一方、(2) での could は言っていることにあまり自信がない場合だと説明しています。

この説明によると、We could be together in a little hula heaven. は、(あまり自信はないけれど)二人はいつか little hula heaven でいっしょになれるかも知れないねという、何か弱々しい願望の吐露という感じになります。

しかし、この場合の could は、言っている本人自身、自分の心理的スタンスとして「そんなことはまずないと思うけどさ」「もちろん夢物語なんだけどね」と、実現する可能性がひどく薄いことを最初から打ち出すためのツールとして使われており、だからこそ、ホンワカ感が醸し出されているわけで、気の毒に could を「自信のなさ」と解するような英語の専門家は味わえない世界です。

つまり can は、それがくっつく動詞の意味に「何々が可能だと言いたい」というニュアンスを加えるのに対して、could は、「実現可能性は薄いかも知れないがともかく可能だと言いたい」というニュアンスが加わるわけで、この結果、We could be together in a little hula heaven も、「ねえねえ、ただの夢だけどさ、なんかこじんまりしたフラの天国でいっしょになれたらいいよね」と、横の彼女が遠くを見ながら言う感じが伝わって来るのです。「自信がない」というたぐいの話ではありません。

この歌は後半に入って、

Days would be lazy and sweetly crazy
Skies would grow hazy above

と a little hula heaven に行けた場合の様子を語ってくれるのですが、ここでの would も 「こうなるはずだ」という意味の will に心理的距離感を付加したものであり、「遠い夢物語」感を強めています。

こういった感覚を文法書はどの程度伝えているのだろうかと再び Forest を引っ張り出してみると、「推測」を表す will/would の項で

(1) Joe will be busy now.
(2) That would be the best solution.

という例文を挙げて、「would を使うと、will よりもていねいな言い方になり、場合によってはwillよりも自信のなさを表すこともある。(2) の場合は、いろいろ考えてみた結果、あまり確信はないがそう思うことを表している」と説明しています。

果たしてそうでしょうか。なんだかうわっつらをなでたような解説に思えます。would が will より丁寧な響きがあるのは、話し手が相手との社会的関係を考えて心理的距離を置いているからであり、また、ときには「確信がない様子」を伝える点も、確定的事実判断と距離を置いているからだと解すれば何でもありません。

いずれにしろ、ここでのポイントは、would が will に比べて心理的側面において「隔たり」を感じさせるということです。

この点、Michael Lewis は、The English Verb において、

(1) We went there a lot when I was a child.
(2) We would go there a lot when I was a child.

という二文を挙げて、(1) が事実の報告であるのに対して、(2) would によってノスタルジーが醸し出されているとしています。なぜノスタルジックな感じがあるかと言うと、would は、「話し手個人が取り上げている事柄との関係上発言の時点で有している個人的な距離感ーー事実に基づくものではなく、心理的側面での距離感ーーを表しているから」(expresses the speaker's personal, psychological rather than factual, remoteness from the event at the moment of speaking) だという説明をしています。自然と would を使い分ける感覚をうまく説明していると思います。

上で挙げた Forest は、アマゾンのランキングで見ると、29日の午後現在、229位と他の文法書を圧していますから、わが国の文法書の代表格と言えそうですが、そういった本からして英文法を知識の体系として整理することに心を奪われ、助動詞がコミュニケーションの場で話し手/書き手の主観的判断・心情を入れ込むツールであることにまで目が行かないようです。

なんであれ、could は、その中核的意味合いが possibility (可能性)である can につき心理的距離感を強調し、同様に、would は その中核的意味合いが inevitability (不可避性)である will につき心理的距離感を強調するものだということを知っていれば、Hula Heaven を初めとして様々な歌詞に埋め込まれている情感を正面から受け止め、満喫できるのではないでしょうか。

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Comments

非常にわかりやすい解説でした。当方も米国在住ですが、教科書的なwould/couldの説明ではNativeの会話にしばしば出てくるこの2語を理解出来ないでいました。

以前、友人に「(具合が悪いんなら)今日会うのはキャンセルで、寝ておくかい?」とメールをもらった際に、

Sleeping would be better.  と返しましたが、もし相手が束縛の強い彼女だったら、

Sleeping could be better.  になるのでしょうか?

コメント欄に質問すみませんが、お答え頂くと幸いです。

[返信]

どうなんでしょうね。

Sleeping would/could be better. という言い方はひとごとみたいで、わたしには違和感があります。

「どう、やめとく?寝ている」みたいなことを言ってくれた相手に対しては、

Thanks for your concern. Yeah, I'd better stay in bed, I think.

とでも言うと思います。I'd rather stay in bed. だと自分の意思が前面に出てしまいますが、I'd better なら、ベッドでおとなしくしていないと、悪化したりと、何か悪い結果になることを暗示することができるので、自分だったら、こっちかなという感じです。

私は、このような「情緒を表す言い方」の解説が好きです。
大変、ためになります。
人間である以上、事実だけを語って生きられるものではありませんし、また、日本人であればこそ、言葉を大切にしたい。
はじめて、このブログを知り、今、読んだところですが、本当にためになりました。
ありがとうございます。
今後とも、どうか、この「情緒を表す言い方」の解説を続けて下さい。

[返信]

ありがとうございます。なかなかむずかしいご注文ですが、情緒編、心がけます。

アメリカに在住14年で仕事で毎日アメリカ人と討論している者です。まず最初のコメントについて意見。この記事が気持ち悪いと思ってつまらないと感じるなら、残念ながら日本の教科書英語から抜け出ていなくて、実践的な相手とキャッチボールできる英会話を知らなすぎます。

私自身は学校英語以上のことを学ばないで渡米して、何年もかかって日向先生が細かく解説してくださっている英会話の微妙な表現方法を”経験”から理屈抜きで会得していきました。私からみるとまさにその通りだなあとあらためて再認識するよい機会です。

[返信]

ありがとうございます。

もちろん、うれしいことなのですが、本来このブログは学習者向けなのに、なぜか既に英語圏で実際に英語を使って仕事をしてらっしゃる方がけっこう読んでくださっており、しかも「アメリカ在住」さんのように援護射撃してくださることが多く、ありがたいなと感じています。

どうぞ今後ともよろしくお願いします。

はじめまして

社会人からの大学再受験のため、とりあえずForestと購入し勉強してました。

今回のcould とwouldは、長文によく出てくる仮定法的なものと認識し
Forest325ページのTARGET253が該当すると思ってました。
見出しは「主語、副詞句」ですが、説明から”動詞の形を見て汲み取る”ものなのかと・・・

[返信]

本文が過去の話ではない点で、そこでとりあげている話とは角度がやや違いますが、325頁の例題の理解は山下さんのおっしゃるとおりではないでしょうか。

本文は助動詞がコミュニカティブな英語で大きな役割を果たしているのに、一般の文法書にはそれが表れていないことを言っているだけで、こと大学受験に限って言えば、 Forest は十分だと思います。受験英語に徹している参考書であることは間違いないからです。ちなみに受験に使われるのであれば、付属の問題集を繰り返しやられることをお勧めします。

最近、記事が愚痴っぽくて、読んでて気分が悪い。
残念。

[返信]

助動詞の味わい方を説明している記事がどうして「言ってもしかたがないことを嘆いている」と受け取られるのか理解に苦しみます。ご趣味に合わないのであれば、こんなところで愚痴などをこぼさず、どうぞ避けてお通りください。

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