2009年11月 6日
微妙な定冠詞
現在、二つのクラスで『即戦力がつくビジネス英会話』を使っているのですが、偶然にも、二人の眼力のある学生から同一個所での定冠詞の用法についての質問を受けました。
問題の部分は、「Lesson 38: メリハリをつけて主張する」の最初の項目、「そう言えるなら、こうも言える」と強調する、という所にある例文で、こうなっています。下線をつけましたので、そこにご注目ください。
Cash in advance provides greatest security for you. But by the same token, it provides the least security for us. 現金での前払いが御社には一番安全でしょう。しかし裏を返せば、それが私どもには一番危険なのです。
セオリーどおりで行けば、形容詞の最上級で修飾されている名詞については定冠詞をつける必要がありますから、上の下線部については、いずれにも定冠詞が入るべきです。ところが、greatest の方には定冠詞が入っていません。
どうしてですか、と聞かれて、正直あわてました。ぱっと浮かんだのは greatest security の方は定冠詞抜きで使うのが一つの定型になっているという答えです。何しろ、NHKのテキストとしてこの原稿を作成した当時、相方の二人のネイティブも目を通していた上、CD収録の際も、事前に複数のネイティブがワイワイガヤガヤと原稿の読み合わせをするので、変だったら誰かが指摘していたはずです。そういった人々が何らの抵抗を感じなかったこと自体、greater securityはひとつのパターンとして「ありなんじゃない」と受入れられている証拠と言えそうです。対する least の方はセオリーどおり、the least security でないと、必ず誰かが何か言っていたことでしょう。
ただ、感覚で済ますわけに行かないので、きちんと答えるために調べたところ、Randolph Quirk らの A Comprehensive Grammar of the English Language に解答がありました。
この本では、形容詞の最上級が使われているときは、「ユニークなモノ・コトを指し示している」ということの論理的帰結として、定冠詞が付くとした上で、best を例に、
He was the best man for the job.
という場合は、the best man をただの best man として、
× He was best man for the job.
とするわけには行かないけれど、定型的な用法である best man (新郎の付添人を務める親友など)であれば、
He was best man at the wedding.
というふうに使えるし、同じ理屈で、普通なら the first とする first も、
He won first prize.
という形で使えると説明しています。
となると、greatest security を冠詞抜きの単体として使う例が世にどれほどあるのかという問題になります。そこで、用例数をチェックするときに、Googleのような変なバグがない、 www.altavista.com で調べたところ、こういう結果でした。
provide greatest security 558
provide the greatest security 1,110
provide least security 1
provide the least security 69
このことから、greatest security という言い方をする場合、定冠詞入りが一般だけれど、定冠詞抜きの言い方もひとつの言い方として市民権を得ていると言え、このことは、the least と least の組み合わせと対比するといっそうはっきりしていると言えそうです。
ついでに、for greatest security というパターンもチェックしてみたところ、結果はこうでした。
for greatest security 1,300
for the greatest security 786
for least security 7
for the least security 15
おもしろいことに、for とのセットだと、the greatest security よりは、greatest security の方がポピュラーです。これは前置詞の目的語であるときは、可算名詞も抽象名詞扱いされ冠詞が落ちるぐらいですから、securityのような元々不可算名詞であるものは、原則どおり冠詞なしに戻りやすいということなのでしょう。
以上のことから、
Cash in advance provides greatest security for you. But by the same token, it provides the least security for us.
は何ら問題がない、ごく普通の言い方だという結論を得ることができました。
おかげさまで既に何万部も売れている本に今更みっともない間違いを発見などとなったら一大事ですから、ほっとしました。
それにしても、学生とはいえ、こういう細かい点にまで注意を払いながら読んでくださっているNT氏とMK君にこの場を借りてお礼申しあげます。ちなみにNTさんは海外出張のある部署にお勤めの大手企業の社員で、この「即戦力がつくビジネス英会話」を使っての千本ノックを実践してらっしゃいます。そのおかげでクラスでのディクテーションは常にA(正解9割以上)をキープ。外国人相手のしゃべりやリスニングもだいぶ楽になったそうです。小耳にはさんだところでは昇進したとも。著者冥利に尽きます。
- [冠詞の使いわけ]
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Comments
こんにちは。いつも楽しく読ませていただいております。
さて、定冠詞 the を伴わない most + 形容詞では、most は「最も」ではなく「非常に」の意味になりますよね。
例)I had a most unusual dream. (とても奇妙な夢を見た)
同様に gretest や happiest のような -est 型の最上級も the を伴わない場合は単純な強調表現にはなりませんか?
そうすると"provide THE greatest security"と"provide greatest security"でニュアンスが少々異なってくる可能性はありませんか?
[返信]
コメントありがとうございます。挙げてらっしゃる most の場合は、それ単体で very を意味するフォーマルな使い方もあるよと辞書(例えば Macmillan)でも取り上げているのに対して、greatest は単体で見出し語として取り上げられるほどの独自性がないので、私としては、Quirk らの見方で捉える方に安心感を覚えます。ただ、結局は、話し言葉の文法の問題かなと思っています。
- SK
- 2009年11月14日 06:50
お返事ありがとうございます。
たしかに、Come to my office first thing in the morning. などともいいますね。日常化あるいはbest man
などのようにユニークな意味が世間で定着したものは、慣習として自然に定冠詞が省かれて使われるというわけですね。ただ今回の場合(greatest security)にこの説明があてはまるのか(大変僭越ながら)若干疑問に感じます。結局、文法上の誤りもなくそれほど気にする問題でもないともいえますが・・・
英語教師でもない中年サラリーマン学習者ですが、英語が好きで、(一人寂しく)日々スピーチを中心に勉強してます。TOEIC.TOEFUL ibtは満点とれたのですが、CPEへの道のりはまだまだあるようで、日々研鑽です。
それでは、またの機会に。
[返信]
CPEは英語学習者にとっての最高峰ですから、取れたときの充実感、達成感たるや、それはそれは、気分のいいものです。頑張る価値があります。
- 英語の旅人
- 2009年11月10日 16:21
Cash in advance provides greatest security for you. は、Cash in advance provides greatest security (of all measures for payment.) の略ですから他の人・物との比較の場合定冠詞は付けてもつかなくてよいという文法に合致します。Taro is (the) youngest (of all.)といいますね。But by the same token, it provides the least security for us.に定冠詞がついているのは口調とともに若干の強調の意味合いが入ったのでは?というのが私の見解です。
関係ない話ですが、通勤電車学習者の分際ですが、ケンブリッジ英検CPE(レベルA合格)めざしてます。
[返信]
コメントありがとうございます。緻密な思考に感心しますが、いかんせん、話し言葉ではスピードが大問題なので、結局、予め用意してある「かたまり」を出し合うのであり、なかなか理屈どおりに強弱をつけるのは実際上困難だと思います。
- 英語の旅人
- 2009年11月10日 11:13
本当に勉強になりました。
冠詞の使い分けは難しく、今回のこともすごく私の理解を深めてくれました。
ときどき読んではいたのですが、お礼を申し上げたくコメント致しました。
ありがとうございました。
お体に気をつけて下さい。
[返信]
記事が役立ったようで、うれしいことです。これからもぶらちと立ち寄ってください。
- まき
- 2009年11月 9日 12:43
先生、登場させて戴いてありがとうございます、NTです。実は今回質問した定冠詞の件は、例文を丸暗記するうえでどうしてもそういう微妙な違いが気になって覚えにくかったからなのです。
以前にもMoreの例文"We will adjourn until 9:00 ..."と"We'll adjourn for lunch..."にあったwillの形の違いまで気になって覚えていた大○○者です。
この半年だけでも例文暗記とダイアログのつぶやきで効果を実感しています。今まで聞き取れなかった文脈も、すでに頭にインプットした例文のパターン認識から拾えるようになってきました。反対にダイアログのつぶやき効果はリスニングよりまずまっ先にスピーキングに顕著に現れ、今まで何度も聞き返された相手にもよく通じるようになりました。
欧州の取引先とやりとりをしていて、最近自然と例文に似た表現を混ぜることができる割合が増えてきたのですが、そうするとまるで先方がこの本を見て返答してきているのではないかと思って驚くことがあります。今まで気にすることのなかった英語の品位というものを見せつけられています。
おかげさまで職位の変化で相手もそれなりの言葉遣いをしてきているということもあるのでしょうが、これも先生が教室でさりげなく言っていたことでして、後で気付いてはっとしました。早くキャッチアップしたいと一層気合が入ります。英語には敬語がない、伝わればいいんだなんて思っていたことを恥ずかしく思います。
愚直に徹することは大人になるととても難しいことです。そのためには信じられるもの、まがいものではない、本物の存在感がというものがなければ私みたいなおちょうし者にはとてもつづきません。それだけでも第一校舎のあの教室に行くことは大きな意味があります。
愚直といえば先週秩父宮でラグビーを観ました。それが端的にあらわれる明治の重戦車と慶応の魂のタックルが好きで毎年観ていますが、今年はあまりに明治のFWが弱くて全然面白くありませんでした。次はエンジ色です。今年こそ勝ちます。
[返信]
日頃の地道ながら的確なインプットがビジネスの現場での効果的アウトプットに役立っている様子をこれほど臨場感あふれる形で聞けるのも滅多にないわけで、他の読者の方にもおおいに役立つコメントだと感じました。ありがとうございます。また、考えてみると、自分のクラスの受講生がこのブログにコメントしてくださるというのも初のケースで、大変うれしく思います。
以上
- NT
- 2009年11月 6日 19:48
先生こんにちは。
私もなぜ定冠詞がないのだろうと思い悩んでいました。
定冠詞のつかない”greatest security”という表現が市民権を得ていることについて異論を唱えるつもりはありません。が、2つの文が等位接続詞butにつながれている点に注意を払うと、話者はこれら2つの文を対比して発言していると考えるのが妥当だと思います。後半の文の”the least security”との対比を考慮すると、この場合は、多数派の用法である”the greatest security”の方が相応しいと考えます。
NHKでの収録に関してですが、ネイティブは日本の英語学習者ほど文法に忠実ではないという事例を示していると思います。
1000ノック中断中の読者より
[返信]
コメントありがとうございます。kimura88は教養のある英語学習者の多くがそうであるように、話し言葉の英文法の特殊性を見過ごしてらっしゃるように思います。会話はリアルタイムで進行し、書き言葉と違ってバランスが悪いからからと言って、あとから修正するといったことができません。したがって「2つの文が等位接続詞butにつながれている点に注意を払うと、話者はこれら2つの文を対比して発言しており・・・後半の文の”the least security”との対比を考慮すると、この場合は、多数派の用法である”the greatest security”の方が相応しい」などと考え直し、言い直すことなどできません。このように話し言葉の英文法は即興性のゆえに独自のジャンルを構成しており、書き言葉の文法においてのみ妥当しうるきちんとした構成を前提に、ネイティブたちが「文法に忠実でない」と断じるのはどうなんだろうと思わざるを得ません。
例えば、金口儀明著『英語冠詞活用辞典』(大修館)の説明に、「口調のため定冠詞が省略」「時として口調の関係で定冠詞がつく」といった記述を見受けますが、これなど、話し言葉での「ノリ」次第で冠詞の入れ方が必ずしもセオリーどおりとはならないことを言い当てているわけで、納得させられます。
- kimura88
- 2009年11月 6日 14:41

日向先生こんばんは。
今日、英会話の本で最上級の勉強をしていましたら、こんな解説がありました。(『驚くほど身につく英会話』 ブライアン・ペック著 高橋書店刊のP128)
This is the best room in the hotel.
Tim works (the) hardest of all the engineers.
上の文章は日向先生も書かれておりましたthe bestの最初の用法に当てはまります。そして、下の文章はtheが()で括られていました。この二つの文章の前に、「最上級はthe+-estの形になります。」と書いてあるのですが、下の文章はtheを入れなくてもよいという意味だったようです。どうも、hardestという最上級の単語が使われていればtheを入れなくてもかまわないというように感じられます。
[返信]
work the hardest of という言い方は、ご覧のとおり、形容詞の最上級プラス名詞とは異なるパターンで、ここでの the hardest は最上級の「副詞」です。このように最上級の副詞については、原則として形容詞のときにのように the を付けますが、例外的にインフォーマルな感じを出すときは、the を落とします。そのことを表すために、カッコに入れたのだと解されます。