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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2009年11月29日

著作権侵害:ETSの提訴例から

前回、 ETS が著作権侵害だとして、SAT(大学入学資格検定試験のようなもので、2部構成の択一テストで200-800のスコアがつきます)の試験対策を売り物にしている Princeton Review を訴えた話をしましたが、この訴訟は結局、1986年に和解で決着しています。これを報じている1987年12月24日付 NYタイムズの記事によると、和解条件は(1)被告が52,000ドルを原告に払う、(2)被告は今後2年間、ETSの客観テストを受けることができず、原告は被告が経営する企業による教材を向こう4年間点検できる、というものです。

被告は、20万ドルもの訴訟費用を注ぎ込んで来た原告 ETS がわずか 52,000ドルの和解金で手を打ったことを指して「勝訴」とは言えないでしょう、と指摘していますが、まあ、正面から著作権侵害だと認める判決を勝ち取るのが難しかったんだろうなとも思えます。ETS側は著作権の問題に触れず、問題の外部流出を防げたからそれで目的は達したという立場です。

ただ、この過程で、どういったことが著作権侵害になるのかを示す具体例が挙げられており、われわれ素人にとり、なかなか勉強になります。

和解に至るまでのプロセスの初期段階では、ETS がKatzman による ETS の試験がらみの資料をひとまず使ってくれるなということで、予備的差止命令 (preliminary injunction) を求め、これが認められたことから、Katzman が抗告(不服の申立て)をするのですが、ここでは、そのときの記録を元に見て行きたいと思います。

予備的差止命令というのは、結論が出るまで待っていたのでは法的救済を求める当事者が取り返しのつかない損害を受けうる場合に現状を凍結するために認められるものですから、このままではひどいことになるという点に加え、おそらく申立てが通るだろうと合理的に言えそうだということも必要ですから、当然、そこでは著作権が大きな争点となります。

そこで係争事項中の著作権がらみの部分を読むと、そもそも試験問題のようなものが著作権によって保護される著作物なのか、著作物だとして Princeton Review による、ETS の試験問題に「そっくり」の問題が「複製」に当たるのかが争われています。

まず試験問題が「著作物」すなわち著作権法上の保護の対象となりうるかについては、前回触れましたように、米著作権法上、試験問題一式を「非公開試験」(secure test) として登録できるようになっており、それがある以上、その試験に含まれている個別の問題も「著作物」として保護されることになります。

[注記:非公開試験につきなぜ法的保護が与えられるかについては、「客観テスト」を公開してしまっては、過去問のリサイクルができなくなり、その結果、新たな問題を作成する手間と費用が増える上、同一の設問に対する解答が一貫していないことから設問自体を見直すべきケースを発見し、もって試験の精度を確保するという道が閉ざされてしまうからだと説明されています。出所(英文)。してみると、前回取り上げた、過去問がリサイクルされていることを発見した個人ブロガーを狙い打ちにしての申し入れは、はしなくもTOEICの本質をさらけ出す結果になっています。TOEIC自体、サイトで「どれだけ英語でコミュニケーションできるかということを測ります」とうたっていますが、実際は受験者に順位をつけるだけの「客観テスト」でしかなく、そうであるからこそ、リサイクルの問題をおおっぴらに取り上げて欲しくなかったのだと解されます]

それではどの程度のことをすると、「複製」したとされるのでしょうか。一字一句違わず転載すれば複製であることは明らかですが、ちょっとした修正が加えてある場合が問題です。

この点、この予備的差止命令に対する抗告審では、以下の例を示して、これは間違いなく複製に当たるとしています。設問は reprobate (不道徳漢、ならず者、極悪非道の輩)の反対語を選択せよというものです。

ETS版(オリジナル)

REPROBATE: (A) predecessor (B) antagonist (C) virtuous person (D) temporary ruler (D) strict supervisor

Princeton Review 版

REPROBATE: (A) antagonist (B) predecessor (C) virtuous person (D) temporary ruler (D) strict supervisor

これは素材の「選択」と「配列」に照らし、酷似していると容易に判定できます。

しかし、ETS側が「複製」だと主張した次の例については ETS は実質的な類似性 (substantial similarity) があると主張しているものの、裁判所は、「そうは見えない」と判断しています。

設問は、下線部に注目して、文法ミスがあれば指摘し、なければ No error を選択せよというものです。

ETS版(オリジナル)

Even though (A) history does not actually repeat itself, knowledge of (B) history can give (C) current problems a familiar, less (D) formidable look. No error (E).

Princeton Review 版

President Carter felt that (A), by announcing (B) all his decisions while wearing a cardigan sweater, he would give (C) his presidency a friendly, less (D) formidable image. No error (E).

これなどETS側は、構成と文言が似ており、テストしようとしている文法知識も同じだから「複製」だとしていますが、裁判所は、構成が似ていることをもって「複製」とするのは広きに失しするとし、こう言っています。

We are not convinced that ETS's copyright in the text of a question precludes a coaching school from testing the same concept in the same order, as long as it does not use the same or substantially similar language. ETS が設問のテキストについて有する著作権のゆえに、試験対策を提供している学校が同一内容について同一の順序で問うことが妨げられると言い切れるものではない。但し、言語による表現形式が同一であるか、実質上同一であるような場合はこの限りでない。

ところで、形式的に著作物の複製に該当する場合でも、アメリカでは「フェアユース」の要件が満たされるなら、著作権侵害にならないとされています。[わが国でも「フェアユース」の導入が論じられてはいるものの、著作権法上の制度にはなっていません。詳しくはこちらを

当然、Princeton Review は、仮に著作物の複製だとしても「フェアユース」に当たるから差し止め命令で禁止されるいわれはないと主張します。

このフェアユースに当たるかは、4つの要素を比較考量しながら判断されます。すなわち第1に利用目的、第2に著作物の性質、第3に利用の範囲、そして、第4に利用による著作物の販売価格ないし価値への影響が問われます。

これらにつき裁判所がどう認定したかと言うと、第1に、Princeton Review の場合は営利目的であるのが明確ですから、ETS側の有利に働きます。第2に、SATが非公開テストであり、それが教材などに使われてしまっては試験対策のコースを取った人が不当に有利になるというわけで、ここでも ETS 側に傾きます。第3に、利用の範囲についても Princeton Review の複製物の利用法が「大勢に影響するようなものではない」(insubstantial) とはしがたいと判定されます。そして、第4点については、Princeton Review は自分たちは ETS と競合しないと言っているが、同社による ETS の資料の利用は結果として、その資料に対する ETS にとっての価値を滅失させてしまうとしました。

結論として、フェアユースに当たるという主張は斥けられています。

ちょっと長くなってしまいましたが、これを取り上げたのは、著作権はどうかすると著作者の権利主張のためにばかり使われている傾向があるので、著作物の利用者の方もどこまでが正当な利用で、どこからが侵害になるのかにつき問題意識を持っていてしかるべきだと考えるからです。著作者の権利を保護するのも大事だけれど、公正な批判などの著作物の公正な利用も積極的に認めないと発展どころではなくなってしまうわけで、権利者も著作権侵害を口にする前に一歩立ち止って慎重に対処すべきです。

特に公益目的だということで税金などで優遇されている公益法人の場合は、法律用語を持ち出して一般市民を恫喝する「法匪」まがいの警告などは慎むべきです。


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Comments

日向先生、連日の記事、ありがとうございます。
TOEICには、お役所と同じ雰囲気が漂っているように感じます。
不透明なブラックボックスが多く、その陰の部分が明るみに
出そうになると、いち早く自らの権威でつぶしにかかると。
そうした負の部分が垣間見えた一件でした。連日の記事、
ありがたかったです。とても感謝しています。

[返信]

なにしろ経産省所管の公益法人ですから「お役所と同じ雰囲気」なのはしかたがないのではないでしょうか。また鉄面皮で知られる ETS がライセンサーですから、その影響も当然あることでしょう(いつか指摘されていたように、ライセンスフィーがいきなり二倍ですもんね)。でも、ETSがGMAT(ビジネススクール入学志願者向けの適性テスト)の制作・実施権をACTに取られたしまったことを考えると、世の中見ている人は見ているんだと救いを感じます。

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