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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2009年11月24日

public domainは「公有」か

よく機密保持契約または、ライセンス契約の機密保持条項には、そこでの機密保持義務が及ばない例として、「その契約上の機密事項が既に一般に知られているとき」というものを挙げます。

例えば、「本件機密事項が次の事由に該当する場合は、ライセンスを受けている当事者の機密保持責任が問われることはない」という趣旨で、典型的には、こんな条文を見ます。

Confidential Information which:
(i) is in the public domain at the time of disclosure or later becomes part of the public domain through no fault of the Licensee

以下に該当する本件機密事項。

(i) 開示時に公知であるもの、または、本件ライセンシーの責によらない事由により後日、公知となるもの。

[契約書などでは、定義されているものはキャピタライズされており、それに合わせて和訳も「本件〜」という形にするのが慣行になっています]

問題はここで出てくる public domain です。

実は、来月刊行に向けて、『経済・ビジネス英語2万語辞典』の原稿を翻訳の専門家がチェックしてくださっているのですが、オンライン『ビジネス英語辞書』に入っている、以下の public domain の用例の和訳文中、「公知」の部分が「公有」と修正されており、ちょっと考えてしまいました。

USA federal laws are in the public domain and no copyright attaches. The same is true of court decisions.(米連邦法規は、公知の領域にあり、著作権を伴わない。裁判所の決定も同様である)

と言うのも、この「公有」というのは、個人的にどうも好きになれないからです。日本語でも「公有地」と言えば、国や公共団体が「所有」しているという意味で使われるわけで、連邦の法規が「公の所有に属する」とも読める「公有」を訳語として当てることには抵抗があります。

この点、渉外弁護士の共著である『ビジネス法律英語辞典』(日経文庫)で public domain を引くと、第一義は「公知」であり、「ライセンス契約中の秘密保持条項で「public domain に属するものは秘密保護の対象から除く」というように用いる」という、気の利いた説明が付いています。一方、第二義として「公有」というものが出ており、「特許権、著作権の保護期間を満了し、何人も自由に発明、著作物を利用できること」という説明が続きます。

自分では、機密保持義務との関係で public domain が出て来たら「公知」で処理し、先ほどの連邦法規の話のように「著作権が及ばない」という意味で public domain が出て来たときには、これも「公知」で通すか、「著作権が消滅している」という書き方をすればいいのではないかと考えています。

ところで、どうしてパブリックドメインの訳語として「公有」という妙な日本語が当てられたんだろうと思い、ちょっと調べたところ、第72回国会の衆議院外務委員会で public domainは「公有」なのか「公共のもの」なのかという形で論じられていました。

質疑で取り上げられているのは「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」いわゆるベルヌ条約で、その第18条第2項で出てくる public domain の和訳をめぐって委員と外務省の担当者がやり取りをしているのですが、まずは条約のその部分の原英文と和訳文をご覧ください。重要部分に下線をつけておきます。

(1) This Convention shall apply to all works which, at the moment of its coming into force, have not yet fallen into the public domain in the country of origin through the expiry of the term of protection.
(2) If, however, through the expiry of the term of protection which was previously granted, a work has fallen into the public domain of the country where protection is claimed, that work shall not be protected anew.

⑴  この条約は、その効力発生の時に本国において保護期間の満了により既に公共のものとなつた著作物以外のすべての著作物について適用される。
⑵  もつとも、従来認められていた保護期間の満了により保護が要求される同盟国において公共のものとなつた著作物は、その国において新たに保護されることはない。

ここで出てくる public domain につき、委員が改正後の訳文が変更されている点に着目し、こう質しています。

この第十八条を見ますと、「公共のものとなった」と書いてあるのですが、この原文を見ますと、パブリックドメインですか、前の訳では同じことばを公有に属するというふうに訳しておるわけです。公有に属するということと、「公共のものとなった」という訳を、どうしてそういうふうに変えたか。また、その公共のものとなった著作物というのは一体どういうものを具体的にさすのか。それを伺いたいと思います。

政府委員はこれに対して、こう答えています。(この中で「ローマ規定」と言っているのは、1928年にローマで改正された条約のことを、また、「ブラッセル」と言っているのは、1948年の改正のよるものを指していますが、以前の改正時の条約の訳文と今回の訳文とが違っているので、それに外務委員が疑問を持ったということのようです)

御指摘のように、同じ英語で申しますればパブリックドメインということばにつきまして、ローマ規定の段階におきましては、公有に属するという訳を使いまして、このブラッセルにおきましては公共のものとなるということばを使ってございます。これは別に意味におきましては、原文が変化しておりませんように、全く同じことを意味しておるわけでございますが、ただ公有に属するという表現は、以前は使っていたのでございますが、どうも何か公有という、政府が所有しておるものというような誤解を招きやすいことばではないかむしろ公共のものとなって著作権が切れてだれでもそれが自由に使えるという状態になったので、それは必ずしも政府の所有に帰したとか国の所有に帰したとかいうことではないんだから、「公共のものとなった」と訳すほうがより正確であり、平易にわかりやすいということで、ブラッセルにつきましては今後とも公共のものとなるというふうに訳していくこととしたわけでございます。

日本語の感覚としては、政府委員の言うとおりだと思います。「公有」と言うと、やはり「政府が所有しておるものというような誤解を招きやすいことば」という感じを否定できず、したがって、こういった場合は、むしろ「『公共のものとなった』と訳すほうがより正確であり、平易にわかりやすい」という政府委員の見解にも共感を覚えます。

ただ、普通の人には著作物が「公共のものとなった」というのもわかりにくい場合もあるのではないかと思われ、したがって、先頃お手伝いした『プログレッシブ ビジネス英語辞典』(小学館)の public domain の項で挙げている例文、Wilde's works are now in the public domain. の訳を付けるに当たっては、「ワイルドの作品は現在では著作権が消滅している」という言い方にしました。

ちょっとまとめておきますと、自分だったら、public domain という言葉は、機密保持義務との関係では「公知」と訳します。他面、著作権や特許権による保護期間が切れた著作物や発明との関係では、「公有」といった形容を使うよりも、「権利が消滅」という形で意訳した方がわかりやすいのと考えていますが、契約書などでは、当事者はこういうった言葉に慣れているはずですから、「パブリックドメイン」というカタカナで通してしまう方がすっきりしそうです。

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Comments

いつも貴重なお話をありがとうございます。
public domain という単語は、著作権の世界ではたまに耳にしますが、特許の場合の「公知」で使用されているケースは少ないような気がします。
米国特許法での「公知」が"the invention was known by others" とされているせいか、known が一般的なようです。

権利期間が満了した特許についてpublic domainといわれてもなんだかピンとこないので、先生のおっしゃるように「権利が消滅」というほうがわかり易いように感じます。

[返信]

コメントありがとうございます。分野によって使い分けがあるということですね。

以前、初めてpublic companyという言葉を見たときに、国営企業のことかな?と思いました。話が合わないので辞書を調べると「上場企業」を意味すると知り驚きました。
ごまさんの指摘のとおり、日本語だと公共事業、公共サービスのように、「公」の字にはお上によって提供されるイメージがありますね。私の場合もそのイメージに引きずられ、public company-公共会社-国営企業?になっていました。
こういう母語の干渉による勘違いは、学習者が自分で気が付きにくい部分ですね。

[返信]

おっしゃるとおり、母語による類推は研究者たちもL1 transfer と呼んで興味の対象にしていますね。なお、public companyを上場企業と訳すのはいいのですが、辞典の中には「株式公開企業」と訳している例があり、気になります。というのも、先般の新会社法では、株式の譲渡制限がない会社を「公開会社」と呼んでいるので、「公開会社」ではあっても「上場企業」ではないケースがありうるわけで、混乱の原因と思われるからです。

貴重なお話ありがとうございます。
前々からpublicは日本人にとってわかりにくい言葉ー>要注意の言葉と思っていました。
ごまさんの指摘も納得です。

[返信]

わかっている方にはわかるもんですね、この public の微妙さ加減。コメントありがとうございます。

日本語の公と英語のPublicはお互いに単純な訳語にはならないところに難しさがありますね。聞きかじりですが、中国語からきた公は権力者、ひいては日本では天皇家を意味するとのこと。(権力者といってもネガティブな意味だけではありません。)上述の公有、もしくは滅私奉公などの単語を思い起こしてみると公の雰囲気がわかるかと思います。
それに対してpublicのもととなったプブリクスはもともと人民という意味なのでそこに権力者は必要ないわけですね。
そもそもの社会の成り立ち自体が違った、とまで言えるかもしれませんね。

[返信]

なるほど。興味深いお話、ありがとうございます。社会の成り立ちというご指摘、納得が行きます。

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