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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2009年11月28日

TOEICからの申し入れ

ちょっと誤解を与えかねないタイトルで申し訳ありません。タイトルだけだと、何かTOEICがこのブログ上の批判的見解に対して、書留か何かで法的措置を取ると脅しをかけてきたような感じがしますが、自分のことではありません。取り上げたかったのは、人気ブログランキングでの隣人である、TOEIC連続満点サラリーマンのブログ、それと、TOEIC満点&アメリカ移住への道に対してTOEICが解答速報をやめろと申し入れをした話です。

ご存じの方も多いことでしょうが、上の二つの人気ブログで受験者の復習の便宜を考えてTOEICの解答速報を掲載していたところ、TOEIC側から止めろと申し入れてきたそうです。「TOEIC連続満点サラリーマンのブログ」のTEX加藤さんによると「TOEICは非公開の試験ですから、解答の漏えいがあると試験自体に影響が出る恐れがあり、また、問題を製作しているETSの著作権保護の観点からも解答速報はご遠慮頂きたい」という趣旨の申し入れがあったとのこと。

いやあ、驚きます。非営利の個人ブログを相手に、英検やケンブリッジ英検がこんなことをするとはまず考えられないだけに、なおさらです。経産省所管の公益法人だというのに、ライセンス元のETSの指示にしたがって、なりふりかまわず米国流の法律論をふりまわしているのでしょうか。

それはともかく、これを読んで、ああ、やっぱり歴史は繰り返すんだというのが正直な感想。と言うのも、1980年代のアメリカで、TOEIC 同様の客観テストであるSATをめぐって同じような問題が起こったからです。このアメリカの例は、営利企業がからんでいる点で決定的に違うものの、非公開のはずの試験問題が外部に「持ち出され」、発表されたのに対して、制作サイドがこれをやめさせるべく手を打った点、構図がそっくりです。

SAT は TOEIC と同じような択一形式の出題によっていますが、SAT専門の受験予備校である Princeton Review が実際に受験して知り得た出題をもとに練習問題を作り、1回 600ドル弱のコースを提供して稼いでいたのに対して、ETS が、自分たちの問題を複製して商売するのは、著作権により保護されている「非公開の試験」としての特質を損なうことになる上、問題の複製自体が直接、著作権を侵害しているとして提訴したのです。

日本の著作権法に基づいて争った場合、どういう結論になるのかわかりませんが(P社とF社をやっつけたYK先生、ご覧になっていたら、是非コメントを!)、米著作権法上は、各回の試験問題のセットを一つの著作物として登録できることを定める明文規定があり、"secure test" registration と呼ばれています。ここで言う、secure test とは、こういうものです。

A nonmarketed test administered under supervision at specified centers on specific dates, all copies of which are accounted for and either destroyed or returned to restricted locked storage following each administration. 特定期日に特定の試験会場において監督員の下で実施される非売品テストであって、試験問題のすべてが管理されており、かつ、各回の試験実施後、それが廃棄されるか、または、立ち入りが制限され、施錠もされる保管施設に戻されるもの。

このような secure test に該当するものは、それ自体一つの著作物として保護され、内容を構成する個々の試験問題も同様に著作権によって保護されるので許可なく複製すれば、著作権侵害を構成するという理屈です。

一方、テストを作成する業者は、こうした secure test であることをいいことに、いつも同じ問題のプールの中から出題する問題を選び出して「使い回す」ということも可能になりますが、同時にディレンマも抱え込みます。

そもそも、この「使い回し」がなぜ問題かというと、制作業者が大した苦労をせずに大きな利益をあげられるということよりも、試験対策が可能になるという点がより大きな問題です。客観テストである以上、精度を確保するためにある程度過去問を使わざるを得ないというのに、そのことを広く知られてしまっては、過去問を研究されてしまい、目端がきく受験者と、そうでなく、漫然と受ける人との間で差が出てしまいます。ですから、この種のテストを作成している方は口が裂けても過去問を使っていますなどとは言えません。そこが辛いわけで、こういうった事情を頭に置いて、TOEIC サイドの説明を聞くと、けっこう楽しめます。

この点、TOEICが出している "TOEIC From A to Z" (2003)を見ると、

2.10  Is it possible to study for the TOEIC test?

という、試験対策が可能かという問いに対して、こう答えています。

The TOEIC test is not based on the content of any particular English course or textbook...The TOEIC test does not require specific study or test preparation. TOEICは、特定の英語コースや教科書の内容に基づいているわけではありません。TOEICは、特定内容の勉強や受験対策を必要とするものではありません。

そりゃ、特定のコースなどに基づいてはいないでしょうけれど、過去問を混ぜて、それへの解答を分析して、一貫して答えがばらつくものは排するといった作業を必要とする客観テストである以上、同種の問題をプールし、そこから出題するといったことは避けようもありません。となると、その種の過去問を見抜かれてしまうと、「特定の過去問プールに基づいている」結果となり、TOEIC の公式説明に反して、実際上は、受験対策が可能となってしまいます。その意味で上の説明はほおかぶりで通しており、あっぱれです。

また、わが国でのTOEICサイト上にあるFAQでも、同様の観点から、こう説明しています。(下線はわたしが付けました)

A1-10. 一般的に、実力以外で高得点をとる可能性があると思われている要因には、多肢選択において推測による得点効果(Guessing effect)、練習による得点効果(Practice effect)、受験指導による得点効果(Coaching effect)の3種類があります<中略>「受験指導による得点効果」は予想問題が当ることによる得点上の有利さを意味します。しかしこれは、ある程度出題範囲が決まっている場合には可能でしょうが、TOEICは出題範囲が限定されておらず、いいかえればすべての範囲から出題されるものです。ですから、同じ問題を予想することは不可能ですし、いくつか同じ単語や熟語、構文といったものを当てることができたとしても、全体のスコアにあたえる影響は微々たるものです。つまり、受験指導による得点効果にたいしても対応できていることになります。

本当にTOEICサイドが言うとおりなら、(著作権の問題は別として)TOEICブロガーたちが過去問を再現するのをおそれる必要は何もないはずです。何と言っても出題者側が「TOEICは出題範囲が限定されておらず・・・同じ問題を予想することは不可能です」と断言しているのですから。出題範囲に限定がない以上、過去問から将来の問題を予想などできるはずがありません。ところが、実際は、客観テストの精度を維持するため出題の相当部分が過去問のプールからとならざるを得ず、その限度では、「出題範囲が限定されて」いるも同然となります。もちろん、こんなことは制作サイドにとってはタブーであり、素知らぬ顔をして上のような公式説明をすることになります。

この点、(削除されてしまったものの)「TOEIC連続満点サラリーマンのブログ」の記事では、過去問がリサイクルされていることを浮き彫りにしていたわけで、TOEICとしては、痛い所を公開のブログで突かれ続けて、とうとうたまらなくなって「やめろ!」と申し入れたのでしょう。ささやかな個人のブログなのに・・・。本人にそんな意図はなかったのでしょうが、TEX加藤先生は結果として巨大ビジネスTOEICに悲鳴をあげさせたわけで、痛快至極でもあります。

こういう流れを見ていると、「TOEICはあらゆる点で、実力以外の要因によって評価基準にゆがみが生じないよう、細心の注意を払って設計されています。付け焼き刃的受験対策はTOEICには通用しないとご理解ください」と言っているTOEICの説明が弱々しく、うつろに響きます。

同時に、改めてMorite2、TEX加藤、そして神崎正哉先生たちの分析力と根気のすごさに頭が下がります。問題の再現という道は塞がれても、洞察力まで封じることはできませんから、こういった先生たちのアドバイスの価値が減ることはないでしょう。

ところで、テストを作る側にすれば、過去問が二度と使われないように複数のプールから無限の組み合わせをしていく方式は時間と莫大な費用がかかる話ですし、先に触れた客観テストとしての精度を維持する上でも必要なので、おのずと同種の過去問を繰り返し使うことになります。結局、対策を取られてしまうリスクはあっても、いろいろな意味で単一プールからの出題とせざるを得ない事情があるのでしょう。ただ、これを認めてしまっては元も子もありませんから、制作サイドは必死に否定します。

このあたりを突いていておもしろいのがNYタイムズの記事。TOEICという同様の択一形式によっているGREというテスト(これもETSが作っています)につき、ニューヨーク州の上院の教育委員会で果たして単一プールでテストとしての信頼性を確保できるのかが論じられた際に、ETSは複数のプールからの出題なので心配しないでくれと突っぱねます。ところが、Princeton Review と同様の受験対策業者として有名な Kaplan が従業員22名を複数の試験日に分けて全米9カ所の試験会場に送り込み、問題を記憶させ、再現してみたところ、同一の問題が使われていると判明しました。

当然、頭に来た ETS はいろいろと理由を挙げて Kaplan を訴えます。ただ結果は、著作権侵害の部分をのぞき、ほとんどの請求が門前払いでした。その中で目を引くのが、出題は複数のプールからだというETSの主張を担当裁判官が斥けている部分で、上記の記事は、こう報じています。

Educational Testing Service's assurances to the New York Senators that it had been using multiple pools were "ill-founded."  ETSはニューヨーク州議会の上院に対して複数のプールを用いているから大丈夫だと請け合っているが、「根拠薄弱」だ。


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Comments

ここ2ヶ月でTOEIC、GMAT、TOEFLと立て続けに試験を受けてみたんですが、つくづくTOEICの実務適応範囲の狭さを実感しました。個人的にはGMATで好まれる文法はクセがありますが、明快、簡潔の側面からは日本人にも相性が良いように思います。

問題児なTOEICですが、3種類を比較すると簡単ですよね。更に過去問流出となると高得点も可能かと。5年ほど前にGMATの過去問がネットで出回り、MBA出願者の平均点が大幅上昇したことがありますが、試験作成者と回答者のイタチゴッコはどこにでもありますよね。

また3種類受けて特に思ったのは、TOEICは「自分の会社が外資に買収されて、いきなり上司が外国人になっても困らない」ことを念頭にしているだけで、「自分の会社が外資を買収して、外国人を部下に持っても困らない」ことには対応しないよな、ということです。

なんとも受身重視な姿勢です。

TOEICで問われる単語の分野や、表現の範囲ではとても部下の個人特性を把握し、励まし、才能に適した指示を与えることはできないように思います。

[返信]

コメント、ありがとうございます。実体験に基づいているだけに勉強になりました。なお、ご存じかも知れませんが、以前はGMATもETSに制作と実施が委託されていたのに、ETSに対する信頼が揺らぎ、契約期間満了を機会に別の会社に委託されるようになりました。

日向様
最近の生徒さん〔通訳養成校)を教えていて感じるのは、950点以上取っている生徒さんでも、タイム誌、NW誌、エコノミスト誌をきちんと読めない人がかなりいるということです。
昔のTOEIC950点取得者の方が実力があったのではないかと疑問を感じていました。
私は20数年前にTOEICを受けましたがその時は、当時の英検1級に比べると実用的と感じました。しかし、これだけ様々な対策本等が出ると本末転倒というか、何か疑問を持っています。

[返信]

そうですね。昔はある程度英語の力がある人が受けていたのに、近頃はTOEICテストは世界基準とかコミュニケーション能力を測定するといった主宰団体のうたい文句につられ、基礎力のない人がゲーム感覚で受けている感じがします。

本末転倒もそのとおりで、企業が求めるので仕方なく受けている学生の話を聞くと、対策を立てると軽く200点はスコアアップするのが常識となっているようです。この点、TOEIC自体は対策は立てられないとうたっているものの、当の主宰団体みずから、よく当たると定評のある公式問題集を売ってもうけているのですから、何をかいわんやです。

私は法律のことはよくわかりませんが、今回の件によって、今までTOEIC をネタに人気ブログをつくりあげてきたり、本を書いたり、講師をしたりといったいわゆるTOEIC肯定派の方々がある意味TOEIC否定派になられたような印象を受けます。
この先どういう展開になるのか興味津々です。

[返信]

本当ですね。TOEICの神様、神崎正哉さんからのコメントを読むと、ますますそういう感じがします。学習者の方々もどの検定が自分の英語を伸ばすためにいいのかをちょっと考えるようになってくれればとも思います。

冷静な分析と正確な情報ありがとうございます。
私としては営業的かつ法律的のみ判断で善意の個人ブログの圧力をかけるTOEICの姿勢には驚きました。
PRの仕事に携わる者としてはPR的判断が一切されていない事にさらに驚きます。すでに社会に大きな影響を与える組織である以上自信の利益だけでなく透明性のある判断とユーザーとのコミュニケーションをとるべきだと思います。 一般の市場で競争状態にある企業ではこの判断をしていたらすぐに潰れてしまいます。
そろそろ私たちもTOEIC以外の正しい手段をもつべきではないかとも思いました。

[返信]

おっしゃるとおり、PR的判断がゼロであるのは驚きで、やはり経産省がらみの特殊法人ならではのお上体質があるんだろうなと思ってしまいます。

日向先生

ご無沙汰しております。
TOEICの矛盾を鋭く抉る痛快な記事をありがとうございます。楽しく読ませていただきました。私の名前も挙げていただき、恐縮です。

ETSは問題を非公開にしていますが、それでは受験者は間違えた問題の確認が出来ず、教育的ではありません。
その点、ケンブリッジ英検や日本の実用英語検定、国連英検などは試験後、問題を公開しており、好感が持てます。
ETSは統計的な数値を集めることには熱心ですが、英語学習者の英語力を伸ばすことには興味がないような印象を受けます。
ETSは「テストは物差し」というように割り切っているようですが、ケンブリッジ英検や日本の実用英語検定では、テストを通じて学習者の英語力を向上させようという思いが伝わっています。それは、問題を公開しているという面だけではなく、問題の形式や内容、結果の算出方法にも表れています。後者の方が教育的なテストであることは間違いありません。

[返信]

こちらこそごぶさたしています。ご指摘の点、どれもこれも納得します。特にETSが顧客であるはずの受験者の英語力を育てようという姿勢ではない点、他の検定と比べると歴然としているわけで、どうしてもっと学習者はそれに目を向けないのだろうかと不思議です。してみると、こういう検定を公益法人が推進していていいのかと「仕分け」したくもなります。

日向先生、記事で取り上げて頂いてありがとうございます。また、海外での判例、興味深いです。SATのカッツマン裁判については私も聞いたことがありますが、、カプランでもそんな例があったとは初耳でした。さすがアメリカ、ですね(笑)

ブログ運営者当人としては、試験後の復習が読者の学びになると思っていたのと、イベント化していたので、楽しく解答速報を続けていたのですが、今回の事態となりました。特に初中級者にとっては、試験を受けっぱなしでは、自分が何をどう間違ったのかが分からないので、復習の場がないのはTOEICの欠点でしょう。

リサイクルに関しては、ETS自らがTOEIC Technical Manualというレポートの中で言及していますので、ご興味あればご覧ください。試験のレベルやスコアの公平性を保つため、一定量の問題を新しい試験に再利用している、と書かれています 
http://www.toeic.cl/images/toeic_tech_man.pdf

ではでは。記事、ありがとうございました。また是非皆で集まりましょう。

[返信]

神崎先生からのコメントにありますとおり、TOEICはそもそもお客様のためと言うより、測定コンテストに徹しているようで、学習者の英語力育成には目を向けておらず、その結果として、復習の場などは眼中にないのでしょう。

しかし、それにしてもアメリカでの Princeton Review や Kaplanのような大きなビジネスが組織的にやっているという話ならともかく、非営利の個人ブログが学習者の復習の便宜を目的としてやっていたことにいちいち申し入れをするというのも、どうかと思います。それほど痛かったんでしょう。問題のリサイクルで楽してもうけようと言うのに、いちいちそれを研究されちゃ、やって行けないということでしょうか。いろいろと想像してしまいます。

何であれ、個人のTOEICブロガーにいちいち申し入れをしたという今回の一件は、過去問のリサイクルがTOEICにとり「微妙な大問題」であることに学習者の目を向けさせたという意味でやぶ蛇だったと考えます。私がリスク管理の責任者だったら、こういった申し入れは下策として斥けたことでしょう。

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