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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2010年1月 5日

人名の勝手読みを嘆ずる

けさの朝日新聞にピーター・バラカンさんが、「マニ」に近い音である money を「マネー」と表記するという具合に、日本人が勝手な英語の使い方をしていながら、「日本ではこれで通じるからいいのだ」と開き直っていることを批判していました。

こうした態度は外国人の名前に関しても同じで、本来「ユーセイン」と表記すべき陸上のボルト選手の名前を勝手に「ウサイン」としているので、テレビ局に対して指摘したところ、「ウサイン」が日本では定着しているからそれでいいのだと言われたそうです。おかしかったのが、バラカンさん、メディアと教育現場がこういうことに関して頑固だという指摘。そのとおりだと感じます。

ことのついでに言えば、今見ている海外TVドラマの「プリズン・ブレイク」では、関係者が血眼になって探し、奪い合っている、謎めいた Scylla [debabochoさんのおかげで正しいスペルに直しました]なるものが登場するのですが、聞こえてくる言葉は "silla"なのに、字幕が「スキュラ」で腹が立ちます。「大魔神」を吹き替えで「オオマカミ」と呼んでいるようなものです。

それはともかく、どうも外国人名などの固有名詞を日本風に解釈するというのは歴史があるらしく、先日も風が強いとはどういう状態かを書くために調べものをしていた際も、英語の音に従えば「ボウフォート」または「ボーフォート」と表記すべき、風力表の発案者 Francis Beaufort が日本ではすっかり「ビューフォート」として定着しており、気象庁までそれを鵜呑みにして使っていることに驚きました。(表記の混乱をめぐっては、日本気象予報士会の方がBeaufortはどう読むのが正しいか?という記事を書いてらっしゃいます)

Beaufort での Beau の発音が基本的に「ビュー」ではなく、「ボー/ボウ」であることを調べる簡便な方法は、text to speech のソフトで読み上げさせることです。

とりあえずのお勧めは、Cepstralのデモ用ページです。右側はデフォルトのままにしておき、左側の入力欄にあるデフォルトの例文に代えて

Hello. I'm Francis Beaufort.

と入れた上、右下の "Say It!" をクリックしてみてください。「普通はこう言うよ」というのを聞けます。

[補足:もう一つ音声合成ソフトを楽しめるのがAT&Tの技術を使っているこのサイト。音声の選択肢の一番下にあるインド人英語の Anjali が一番好きです。初めてこのサイトを知ったときは、15分ぐらい、いろいろなことを言わせて楽しんでしまいました]

もう一つ人名の誤読で昔から気になっているのが、アメリカの商標法 (Trademark Act of 1946) の通称である「ランハム法」での "Lanham" 。英語の音としては、lan-ham ではなく、la'nm という響きになります。ところが、例えば、日経文庫の『ビジネス法律英語辞典』のように著名な渉外弁護士が書いているようなものでさえ、Lanham Act で引くと、こういう記述になっています。

(アメリカ)連邦商標法、ランハム法(法案の提唱者フリッツ・ランハムにちなんだ名称)

たしかにネットで検索しても、今やアメリカの商標法と言えば「ランハム法」という感じになっており、抗しがたい感じです。「商標 ランハム法」で検索すると1,000件以上ヒットするのに、「商標 ランナム法」で検索すると54件、同じく+ラナム法で50件という具合です。中には、ランハム法は誤読と言い切る弁理士の方もいらっしゃるものの、多勢に無勢の観があります。何しろ知的財産権の総本山であるわが国の特許庁からして「米国商標法(ランハム法)」で通していますから。

そこで、今回出させたいただいた『経済・ビジネス英語2万語辞典』(日本経済新聞出版社) でも、苦肉の折衷策として、こういう書き方をしました。

Lanham Act ランハム法 ◆ アメリカで1946年に制定された連邦商標法の通称。日本では「ランハム」で通っているが、英語圏では、この名前は「ランナム」ないし「ラナム」といった感じになる。

Lanham が「ラナム」という感じの発音になるのは、先のCepstral のデモページに行き、

Hello. I'm Fritz Lanham.

とでも入れて「しゃべらせ」れば確認できます。ここでの発音は「レナム」に近い感じでしょうか。ともかく、決して、「ランハム」でないことは確かです。

バラカンさんが書いてらっしゃるように、自分の名前が外国で勝手に変えられたりしたらいい気持ちのするはずがありません。外では英語と聞くとオドオドするくせに、いったんカタカナとして取り込むや好き勝手をするというのは、要するに言語感覚が内弁慶ということであり、情けない限りです。

斎藤緑雨という人が外国語表記のいい加減さ、難しさを鋭く突いて「ギヨエテとは おれのことかと ゲーテ云ひ」という一句をひねったのが明治の時代。100年経っても進歩なしというのもこれまた情けない話です。


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Comments

興味深く読ませていただきました。

「ウサイン・ボルト」の関係ですが、Wikipedia 上にも当然ながら記事が挙げられています。そこで、記事名を「ユーセイン・ボルト」に変えた方がいいんじゃないかと提案したらどんな反応があるだろうかと、実際にやってみました。仮にそう変えたとしても、Wikipedia には「リダイレクト」という機能がありますので、記事参照上はあまり大きな問題も伴わないだろうと思いましたので。
その結果ですが、反対があるのは予想どおりとしても、その殺到と、何かトラウマでもあるんじゃないかと思うようなコメントもあったりで、やれやれという感想です。もっとも、これが全体的な状況を反映したものかどうかは即断できませんが。

[返信]

そうでしたか。ある人々にとっては「国語」の領域を侵されたような気持ちがするんでしょうか。

こんにちは。今年もよろしくお願いします。

固有名詞の発音の問題はどこの国でもあることですね。英語でも パリ が パリス だったり、ホメロスが ホーマー だったり。James Bond をスペイン語読みすると「ハメ・ボン」というカッコ悪い名前になるのですが、実際そのままハメ・ボンと呼ばれているそうです。そもそも我が国の国名が Japan て一体何なんでしょう!

また、英語と一口に言っても発音は様々で、例えば Harry Potter と発音させた場合、アメリカ人とイギリス人で全く違う音になりますんで、どうすればよいのか悩ましいところです。

他の言語の発音をカタカナにする際には、これまで次の二つのルールがあったのだと思います。一つ目はなるべく原音に忠実に。二つ目はアルファベットの綴りがなるべく予想できるように。Harry Potter は「ヘリー・パダァ」に近いかも知れませんが、ハリー・ポッターとしておいた方がスペリングが予想し易くて助かります。そういう意味で、ロンドン(ランドンでなく)やフルハムのような表記があるのだと思います。

しかし、あちらを立てればこちらが立たずで、カタカナ化は限界があるでしょう。アルファベットを使う言語の固有名詞についてはアルファベット表記を導入(もしくは併記)してくれれば、と常々思います。

[返信]

この問題はおっしゃるとおり、あちら立てればこちら立たず的なことが多く、これもおっしゃるとおり、原語の併記が一番害が少ないのかなという感じですね。

IT関係の翻訳をしているものです。この業界で気になるのがstorageをストレージと表記していることです。違和感を覚えるのですが、IBMでも自社のサイトでストレージとしており、だんだんとストレージが正しいように錯覚してしまいそうです。

[返信]

コメントありがとうございます。こういうのってまずいですよね。英語で話すときにまでこの伸ばした音を持ち込んで通じなかったりしますから。他面、こういう詰まった音をうまく表記しようにもカタカナはすべて子音+母音のセットとあって、限界がありますよね。結局、飽くまで便宜上カナ書きにしているのだということをしっかり認識しつつ、その一方で、原音を知っておき、いざというときに間違わないようにするという心がけの問題になりそうです。

片仮名表記の話ではないのですが、記事を読んでいて、いわゆる"web site"を「ホームページ」と書くのをとあるところに問い合わせたことを思い出しました。
返答としては「本来は『ウェブサイト』が正しいが、日本では『ホームページ』で定着しているからそれでいいんだ」というものでした。
この件はいまだに納得ができず、自分だけは職場でも頑として「ウェブサイト」でゆずりません!最近は原語に忠実だ、という気持ちを込めてアルファベットで記載することもしばしばです。

表記のほうに戻ると、たとえばDavid Beckhamはデビットとかデビッドとか書かれますが、デイビッドだと思います。(ためしにWikipediaを見たら、項目名が『デビッド~』で書き出しは『デイヴィッド~』となっていました。)
同じサッカーがらみの混乱は"Fulham Football Club"が記憶に残っています。
『フルハム』に始まり『フルアム』になり、ようやく『フラム』へ。

でも私の興味の向く方面で一番ひどいのはSevillaの表記です。
CNNの同時通訳ですら『セビリア』だから腹がたつやらあきれるやら。
おかげでSegoviaと間違える人やら、はてはSerbiaと混同する人やら……「定着してるからいい」なんて、この責任、誰がとるんだ、と思います。

目下の悩みと言えば「パラメータ」「エレベータ」か、「パラメーター」「エレベータ」かという点です。

まぁ怒ったり悩んだりするくらいなら原語表記が手っ取り早い、ということでしょうか。
駄文をダラダラと失礼しました。

[返信]

コメントありがとうございます。たしかにHPは英語でもサイトのトップページを指すことはあっても、サイトそのもののことではありませんよね。似たような例で、goo辞書などは、コンテンツビジネスを contents business と表記しており、外来語の表記に対する無頓着ぶりを見せています。

いつもたのしみに拝読しています。字幕翻訳を勉強している者です。
きょうのエントリ、私も本当にそう思うことが多いのですが、一点、プリズンブレイクの「スキュラ」は、ちょっと誤解じゃないでしょうか?
あれは、花のScillaでなく、ギリシア神話の怪物 Scyllaだと思います。英語発音は確かに同じシーラですが、ギリシア神話の固有名詞についてはキリスト教関係と同じく、国内で長い間使われてきたカタカナ名称があるので、字幕翻訳者がそちらを採るのは、正当なことかと思います。

伝統的にそう言っているからそれでいいのか、というのも確かに議論ではあるとは思うのですが……、そこのバランス感覚を見極めて、限られた字数内で可能な限り多くの人に意味が通じる日本語を提供するのが、字幕翻訳の醍醐味だと思っています。

少なくとも私は、あれをシーラと訳されたら、それこそ大魔神をダンマジン、オデュッセイをアーディシーと言ってる様な違和感を覚え、翻訳者にはギリシア神話すらリサーチしなかったのか! 勝手にカタカナ語を作るな! とがっかりしてしまうかと思います。


[返信]

ありがとうございます。スペルはScyllaですね。こちらで確認しました。それにしても、debabochoの知識の深さには脱帽します。

http://prisonbreak.wikia.com/wiki/Scylla

日向さんのブログ、いつも楽しみにしています。

傲慢という意味では、ドイツ語などもすべて英語読みをするアメリカ人もそうではないでしょうか。

個人的には、中国人の名前を日本語読みするのもどうにかならないかと思っています。現在アメリカに赴任しているのですが、ニュースで"President Hu"と言われても誰のことだかわからず考え込んでしまいます。

[返信]

「楽しみ」とおっしゃってくださり、ありがとうございます。

さすがにアメリカ人もPekingがBeijingに変わったときには従いましたから、「これでいいのだ」に徹しているわけでもなさそうです。

あと、中国人名も、最近では新聞でカタカナで中国音が並記されていることが増えているように思います。「これでいいのだ」では駄目だと感じ若い人の意見が反映されているかなとちょっとは期待したくなります。

北海道の田舎ででカタカナ英語授業を受けていた40代後半の私は、同感です。
義務教育から英語の授業も大切かもしれませんが、
カタカナ表記なら、日本語読みではない、
より英語に近い表記に改めて欲しい。

昔、レーガン大統領が、リーガン大統領に表記変更され、ニュースの発音も修正されたのを思い出しました。

[返信]

コメントありがとうございます。日本人はアルファベットは読めるわけで、いっそのこと固有名詞はすべて原語でもいいような気がします。

なお、レーガン大統領の件、当初は「リーガン」と発音する人が多く、大統領側が報道官か何かを通じて「レーガン」と発音してくれと呼びかけたと覚えています。

メディアといい教育現場といい、外来語が日本語化することの懸念に対して、全くといっていいほど無関心すぎますね。どうりで、英語のみならず日本語の教育のありかたも問われるはずだと、つくづく感じてなりません。 「日本ではこれで通じるからいい」という態度は、頑固のみならず傲慢な印象すら与えるので、聞いていてすごく腹が立ちます。本当に敬意を払っているのかと問いたくなります。

[返信]

こんにちは。今年もどうぞよろしくお願いします。

「傲慢に映る」というのはバラカンさんも言っていました。当然ですよね。

言語教育のあり方をまともに考えていないのは、英語を小さいうちに教えると日本語が駄目になるという単純かつ非科学的発想からもわかります。要するに言葉に対するセンスが欠如しているわけで、こういう感覚の人たちに敬意云々と言ってもまるで通じないような気がします。

昔は科学少年でした。ていうかSFとか好きでした。
昔から馴染みのある最近の恒星系、アルファケンタウリですが、
英語ではアルファ・セントゥーリ(かな?)になるんですね…
他にもそういう、言いたいけど通じない!って言葉が多すぎです。

今、他の科学用語も小学生レベルからやり直してます。
最初から、英語の発音で教えてくれてれば手間が省けたんですけどね。。。
いや、ここは日本語でそのレベルの教育が受けられたことを喜ぶべきなのかもしれませんが。

[返信]

ごり押しのカタカナ表記の場合、結局、「言いたいけど通じない」というのが最大の害ではないでしょうか。英語は(適当に)読めればいいという発想もうかがわれるわけで、コミュニケートするための英語という感覚がまるでない表れとも言えそうです。

NY Metsの本拠地であるShea Stadiumは、シェイ・ステイディアムが近い発音ですが、日本人の間では、「シェア・スタジアム」で通っていて不思議に思っていました。
ローマ字の影響なのだとは思いますが、日本ではawardが「アワード」で定着してしまっているのも、とても気になります。

[返信]

植物のときは、「シー」で、人名は「シェイ」ですよね。いやあ、いくらでも出て来ますね。情報、ありがとうございます。

こんにちは。いつも大変ためになる記事をありがとうございます。わたしは翻訳や英語のリーディングを指導しているのですが、いつもこちらのブログを推薦させていただいています。

今回、Text-to-Speechのご紹介がありましたが、わたしが普段重宝しているのが下記のサイトおよびソフトです。Cepstralのデモが最大128文字、AT&T Natural Voices のデモが255文字であるのに対し、最大1000ワード(だったと思います。以前、明記してあったのを見たと思うのですが、今見ても見あたりません)が一度に読めるのと、英仏独西伊葡韓中露日という幅広い言語をカバーしているのが特徴です。日本語読み上げでもしばらく遊んでみましたが、思いの外上手でした。
SmartLink TTS Voice
http://free-translator.imtranslator.net/speech.asp


もう一つ、こちらはダウンロードしてローカルで使うものですが「ReadPlease 2003 (free version)」も重宝です。最大16,000 bytesを読んでくれます。
http://www.readplease.com/

今、生徒たちが台本のない映像素材の聞き取りに苦戦しているのですが、自分で書き取った英文をTTSソフトに読ませてみて、元の音声と同じになるか試してみるように指導してみます。

[返信]

有用な情報、ありがとうございます。早速試してみます。

前後しますが、このブログを推薦してくださっているとのこと、お礼申しあげます。

ランハムと聞いて、同じパターンの「グラハム」を思い出します。漫画の登場人物にこの名前があってすでにグラハムと認識していた中学生の私、イギリス人は「グレアム」と言うと知った時は驚きました。
あと「ゲイリー」と日本語で書かれるGaryは、音は「ギャリー」に近いと知った時も、あら全然違う、と。

プレスリリースなど世間に出回りその後引用されかねない文章の翻訳時に、日本ではあまりなじみのない音楽家などの名前がでてきたり、人名でなくても原語をそのままカタカナ表記にしたいというオーダーがあるときはとても気を使います。ネイティブさんに言ってもらってしつこく確認したこともありました。

[返信]

おおー、makiさん、きっと今回の記事に反応してくださると思っていましたので、うれしいコメントです。

グラハムは気になる奴の一つですね。デリバリーのサンドイッチを頼む時に、「グラハムですか、ホワイトですか」と聞かれるつど、お腹の中で「グレアムでしょ」とつぶやいてしまいます。また電話の発明者は教科書では「グラハム・ベル」ですよね。

本文で紹介した音声合成ソフト、特に AT&Tの方、ある程度言語がそろっているので、最悪の場合、大はずれを防ぐのに有用かも知れません。

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