2010年1月16日
会話フレーズ集の限界
春休みの間に会話例を入れながら「英語を話すというのはどういうことか」を説明する本を書こうと思っており、「同業他社」ないし「競争相手」の様子を調べるため、気になる本を買ったり、あるいは本屋さんの店頭で目次をざっと見たりしています。
この手法は、以前、『即戦力がつくビジネス英会話』と言うより、NHKのテキストを書くときに使った手法で、既存のものを調べて、何が欠けているのかを調べ、その「ニッチ」を埋めることで学習者のニーズに応え、あるいは、潜在的な「穴」を埋めようというものです。
『即戦力がつくビジネス英会話』の原稿を書く準備段階で、こうした手法を使っての下調べでわかったのは、(少なくとも当時は)出回っていたビジネス会話本の多くが、「本当にそんな言い方をするかなあ、聞かないなあ」と感じさせるということでした。臨場感に欠けており、従って、現場での実用性にも疑問を抱かせる本が多かったのです。そこで、この本を書く際は、自分の経験を思い起こすことに徹し、聞いたことや見たことのない言い回しは一切使わないという姿勢で書きました。(ユーザーの方々もわかってくださり、おかげさまでこの本はその後、26刷まで行っています)
この手法を活かして、英語を話せるようになりたいと勉強している人たちの効率アップに役立ちたいと思っているわけですが、こういった視点で既存の英会話本をひととおり眺めて気づくのは、どれも「こういうときは、こう言う」的な表現集の域を出ていないことです。
もちろん、こういったフレーズを知らないことには話にならないというのが普通で、その意味で、フレーズを知り、覚えることは大事です。ただ、この種の本にはフレーズを有効活用するための前提条件が説明されていません。「英語を話すというのがどういうことか」を理解する前に表現だけ覚えても実際には使えるようにならない訳で、その意味でただのフレーズ集にだけ頼っていては限界があります。
書き手はネイティブであれ、日本人であれ、普通に英語を話せるわけで、だからこそ、そういった本を書いているのでしょうが、そういった人たちは、当然、感覚的に「英語を話すというのがどういうことか」を身を以て知っているのに対して、読み手の方はそれがないのが普通でしょう。なにしろ、英語を普通に話すという経験をしていないがゆえに、普通はどう言うんだろうと思って買うわけですから。しかし、問題は、この種の本に載っている無数の言い回しは、「英語を話すというのがどういうことか」がわかっていないと役に立たない性質のものだという点です。
ここで「英語を話すというのがどういうことか」と言っているのは、「スキーマ」と呼ばれるものです。われわれは新しい情報に接したときに、自分の中にあるこれまでの経験の積み重ねを反映している「ものごとを理解するためのフレームワーク」に基づいて、その情報のありがたみを判別した上、情報管理のための見取り図あるいはフレームワークとでも言うべきスキーマを更新しており、それを指して「学習」と言っています。そうとすれば、スキーマがないとあっては、会話の決まり文句のような有用とされる情報を読んだり、練習したりしたところで、それをつなぎとめるための用意がないことになり、記憶にも残りません。
これまで自分が書いて来たビジネス英語ものの場合、買ってくださる方は、仕事で英語を読み書きしたり、あるいは電話や商談の場を通じて英語を話したり聞いたりすることについて、ある程度のイメージを持っているはずだと想定もできますが、非ビジネスものとなると、これまで実際に使われている英語に触れたことがないけれど、話せるようになりたいという方が大多数であることは想像に難くありません。
そうとなれば、なおのこと、英語を話す人々が当然のこととしている「スキーマ」を明らかにする必要があります。ただ、「明らかにする」と言っても、英語圏の人々も学校で習うわけではなく、日々の会話の中で自然と体得する暗黙の作法ですから、実際の会話を録音し、テープ起こしをした記録を通じてパターンを見いだしている研究者やその他の専門家の知見に負うことになります。
一例を挙げれば、Oh の使い方があります。以前、Oh の研究ということで、Oh の主要な使い方を取り上げましたが、そのときの、アプローチはまさに「表現集」レベルに留まっていました。その反省に立って言えば、Oh を会話の中でどう使うかを会得するには、英語を話す際の要素の一つに「相手への気遣い」のあることを知っておく必要があります。その上で、 Oh は、こうした気遣いの一環として、「ただいまのご発言、しかと受け止め、処理中です」と相手に伝えるツールであることを知れば、どういう場面で使うのかがわかりやすいというものでしょう。(こうした Oh などの位置づけは、Deborah Schiffrin の Discourse Markers (CUP)がとても勉強になります。ひどく読みにくい本ではありますが)
結局、コミュニケーションは、「com=いっしょ」「uni=ひとつ」という言葉どおり、話し手と聞き手という複数の人間がいっしょに、しかも心をひとつにして、互いの発言の意味合いを確かめ合いつつやりとりをし、新たな情報に接したり、自分にとって不完全だったものを補完する共同作業であり、それがうまく行くためには、互いの目に「いい人」と映る必要があります。つまり、「英語を話す」と簡単に言うけれど、それがコミュニケーションの手段である以上、ターンテイキング(話し手としての順番の交代)のタイミングやディスコース・マーカー(会話の世界の交通標識)など、英語によるコミュニケーションの参加者が当たり前のこととして理解している暗黙の前提条件や作法といったスキーマがわかっていないと、せっかく個別の表現を暗記しても徒労に終わり、いつまでも達成感を味わえないことになります。
次回、自分なりに考えている英語を話す際のスキーマをご紹介したいと思います。
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- [Speaking/Listening]
- Comments (3)
Comments
このスキーマの話は難しすぎますね。学習者は「英会話ってこんなに難しいのか」とビビッてしまって、一言も英語をしゃべれなくなっちゃう心配が。
もちろんスキーマという補助線を引いてやると、それまで見えてなかった会話の構図が浮かび上がって、聴いたり話したり、参加しやすくなるという効果はあるでしょうから、もう少し優しい言葉で説明をお願いします。
[返信]
ありがとうございます。わが国の専門家にかかるとターンテイキングも「話者交代」的な侍言葉的漢語になってしまうので、そのあたり工夫するつもりです。
- soudenjapan
- 2010年1月16日 21:38
日向先生
昨日のものと合わせて、非常に興味深く読みました。
新しい本が完成するのを楽しみにしています。
ぜひ早く書きあげて下さいね!
[返信]
ありがとうございます。出版してくださるDHCさんの方では、7月とか言っていますので、それを目標に、ご期待に背かぬものを仕上げます。
- hamu
- 2010年1月16日 18:47

こんにちは、日向先生。
よく「英語を話せるようになりたい」「どうしたらいいのか」と聞かれます。
話せるようになるとは、日本人同士の会話状況を単に英語に置き換えるだけでいいのでしょうか。
それに、相槌のタイミングも違うし...と悩んでしまいます。
先生のご本がその質問への解のひとつとなりますよう心より期待しています。
[返信]
>日本人同士の会話状況を単に英語に置き換えるだけでい>いのでしょうか
これをやるのが一番まずいと思います。日本語では間をとるという意味で沈黙もコミュニケーションの手段ですが、英語だと、私の話は済みました、どうぞ今度はあなたの番ですと受け取られたり、最悪の場合、会話という共同作業をさぼっていると受け取られかねません。相手が理解のない奴だったり、傲慢であれば、頭が悪いと見下すこともありうるでしょう。
日本語ではけっこう相手への共感を表すために相手がまだ話している「そうそう、わたしもね」などと平気で「闖入」しますが、これも英語の世界では心証を害するおそれがあります。
相づち、特に首の縦振りを伴うものは、日本語ではごく普通ですが、これを英語の世界で日本語会話並みにやると、暗示にかかりやすい、ちょっとおつむが足らない人という印象を与える可能性があります。
以上のとおり、日本語の流儀をそのまま英語に持ち込むは好ましくないことだと思っています。