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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2010年1月29日

二重唱を好む日本語、独唱が基本の英語

英語を話す際に日本語の流儀をそのまま持ち込んでしまうという問題を調べているうちに、研究者の間で、日本語会話の特徴として、sync talk つまり、人が話しているときに、それと並行して、いわば二重唱のような形で話すパターンが取りざたされていることを知りました。そう言えば、にぎやかなオバサンたちが話しているときなど、「きのう、京都に言って来てね」と誰かが言えば、「あ、京都、いいじゃない。今の時期はやっぱりなんとかかんとか」といったことを相手が話しているのにおかまいなく、いわば「かぶせ」て話をしています。しかし、不思議と同時に複数の人が話しているのに会話が成立しており、しかも和気あいあいといい感じだったりします。

こうした sync talk に興味を持って、あれこれ調べているうちに、Reiko Hayashi という研究者による Simultaneous talk—from the perspective of floor management of English and Japanese speakers という論文に行き当たりました。アカデミック・イングリッシュのお手本のような、きっちりした英語で書かれています。ただ The varied emic conceptions of social processes are realized in the etic interactional structures interactants create. といった難解な表現が随所にあり、読みづらいこと,読みづらいこと。そうは言っても、英会話の姿を浮き彫りにする実証研究とあって、大変、勉強になったので、要点をご紹介します。

この論文は、会話というのは、単に言葉という言語を使った表現の問題ではなく、体をどう動かし、音声をどう発し、また、言いたいことをきちんと伝えようとする上で考慮すべき非言語的要素すなわち社会的コンテクストなどが総合されている社会現象なんだという問題意識に立って、日本人どうしの会話とアメリカ人どうしの会話でどういった違いがあるか、特に会話における陣取りゲームとも言える、話し手としての順番の確立、譲渡、取得との関係で際立った違いが認められるかを追究しています。

実際の会話の音声や映像の記録を分析した結果、ひとつわかったのは、日本語会話では、首の縦振りといった体の動きが伴った発言がきわめて多いという事実です。例えば、日本人の場合、3回続けて首を縦に振りながら「そう、そう、そう」とか「えー、えー、えー」とこれまた3回相づちを打ったりするのと対照的に、アメリカ人は1回の縦振り+"yes" 1回という組み合わせ程度でした。しかも、アメリカ人のうなずき方は、はっきりと「ああ、うなずいた」と言えないような、軽いものが多いということも報告されています。

いつぞや勝間和代さんの英語を取り上げた記事で、「英語でのコミュニケーションがどういうものか研究してらっしゃらない『証拠』があります。あいづちと一緒に首を上下に動かす「縦振り」です。英語で人と話したことのある方は気づいてらっしゃるでしょうが、友だちどうしのどうでもいい話ならともかく、インタビューのようなフォーマルなセッティングでは、あいづちは要所要所で限定的に使われ、しかも首の動きはあまり目立たないのが普通です」ということを言った上で、「これは実証研究でも裏づけられており、泉・K・メイナード著『会話分析』(くろしお出版 1992年)では、「米会話では頭の動きのみがあいづちとして使われる率が日本語より高い[中略]しかし、頭の動きが短い表現に伴って使われた頻度は、米会話の場合[中略]日本語の場合より少ない」という報告を紹介しましたが、まさにこれと符合しています。

Hayashi 論文では、こうした首の縦振りと相づちのシンクロを話し手に対する聞き手による協力意識の表れと捉えているのですが、Haru Yamada が言う,日本語会話は Listener Talk だという話を重ね合わせるとなるほどねと思います。つまり、Haru Yamada は、Different Games Different Rules (Oxford University Press) の中で、For the Japanese, the responsibility of communication rests with the audience, making listener interpretation not only key, but the main mode of communication...For the American player...the responsibility for communication rests with the speaker.(日本人にとり、コミュニケーションがうまく行くように図る責任は聞き手の方にあり、この結果、聞き手側がどう解するかがコミュニケーションにおける鍵を握るばかりか、その大部分を担うことになる。アメリカ人によるコミュニケーションにおいては、それを行う責任は話し手のほうにある)と言っているのですが、もともと日本語会話では英語と違って聞き手が主体と言えるぐらい会話の進行上大きな役割を果たしているので、そういった立場の聞き手が大仰な首の縦振りともども「えーえー、そうそう」と話に参加するのは、話し手にとっても自然で、安心できるということなのでしょう。

しかし、Hayashi は、異文化コミュニケーションに対する無理解による誤解を心配して、こうも指摘しています。

Frequent and large physical movements may give the impression of exaggeration, childishness, insincerity or inappropriateness, and may cause irritation or frustration. 頻繁に体を大きく動かすがごときは、誇張している、子供っぽい、まじめさを欠く、場にそぐわないといった印象を与え、相手をいらいらさせたり、相手が不満を募らせる結果をまねきかねない。

こういう視点で例の動画を思い出すと、そりゃそうだろうなと改めて感じます。

次に、Hayashi 論文では、複数の人が同時にしゃべっている「二重唱」についても、日本語会話の方が英語会話に比べて際立って多いことを実証しています。日本語会話では、72秒に1回、この種の「二重唱」が見られたのに、英語会話では 182秒に1回と、半分以下のペースです。もちろん、アメリカ人とて、仲のいい友だちどうしの会話が盛り上がれば、いっぺんにワーッと話したりはしていますが、やはりそれは例外的なことであり、Hayashi は、こういう指摘をしています。

'Don't finish my sentence,' is a frequent admonition of American speakers, revealing that American society respects a turn as an individual's floor territory that should not be interrupted. アメリカ人どうしが話している場合、しばしば「こっちが言おうとしていることを途中で引き取ってくれるな」と不満をぶつけたりするが、このことは、アメリカ社会では、話し手としての順番が回っている場合、それは個々人に認められる会話進行上の侵すべからざる領域とみなされることを示している。

首の縦振りと相づちのシンクロ運動と言い、「二重唱」の多さと言い、やはり Haru Yamada が言う Listener Talk 特有の現象と解するとわかりやすいと思います。他面、アメリカ人の英語の場合は、Speaker Talk の世界であり、会話当事者が相互依存的な、(いい意味での)もたれあいを前提に会話を進めるのと対照的に、飽くまで会話参加者の独立性が協調され、したがって聞き手が持つ話し手に対する仲間意識ないしは相互依存的感覚に基づくシンクロやら二重唱は好ましくないものと映ることになります。ひと言で言えば、英語では独唱が基本だということです。

この点、Hayashi はこういう結論を引き出しています。

American speakers create much less sync talk, as they are more conscious of the interactional rule of 'one speaker at a time' compared to Japanese speakers. Therefore American speakers' simultaneous talk often occurs in competition to gain the floor. アメリカ人の会話参加者は、相手がまだ話しているのに、かぶせて話すような度合いが日本人に比べてかなり低い。と言うのも、日本語会話の参加者と比べ、「話すときはひとりずつ」というやり取りのルールに対する意識が一段と高いからだ。したがって、アメリカ人がかぶせるようにして話すことがあるとすれば、それは、たいてい、話し手としての地位を獲得しようという競り合いの中での話だ。

英語を勉強している人は、たいていの場合、英語を使ってコミュニケートできるようになりたいと願っているはずですが、そうとすれば、英語で話すということが単なる単語と文法の組み合わせの問題ではなく、Hayashi 論文が取り上げているとおり、体の動きや相づち等の音の出し方、さらには会話の進め方というスキル、ひと言で言えば、非言語的要素などが大きなウェイトを占める、総合的なスキルの問題であることを認識しておく必要があるのではないでしょうか。

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Comments

大変興味深く読ませていただきました。
私は、仕事でIP電話機(インターネットを使用した電話)を開発しています。IP電話機では、しばしばエコーという、自分がしゃべった声が、時間的に遅れて自分に聞こえる現象が問題になります。これを防ぐためにエコーキャンセラーという機能があるのですが、sync talk状態だと誤動作しやすいのです。
今までずっと不思議に思っていたのですが、このエコー問題、日本国内からの申告が、海外からの申告に比べ、圧倒的に多かったのです。
これは言語の違いによる影響が、大きかったということのようですね。特にビジネス電話の会話というフォーマルな会話では、英語でのsync talkはより少なくなる傾向にあるように思えます。
もしできましたら、sync talkに関し、もっと定量的なデータが載っている文献等紹介していただけないでしょうか?電話による会話のデータだったら、更に助かります。
また、英語以外の言語でのsync talkの実態も知りたいとおもっています。
なんか、お願いばっかりになってすみません。
しかしIP電話にとって、日本語は厳しい言語だったとは・・・

[返信]

思わぬところでsync talk が問題になっていることを知りました。ありがとうございます。

お尋ねのデータですが、本文で取り上げた Hayashi 論文、のちのちCognition, empathy, and interactionという本として出版されており、その中である程度のデータが載っています。Googlebooksでご覧になれます。


http://books.google.co.jp/books?id=mHp8ELXsfPwC&pg=PA203&lpg=PA203&dq=%22sync+talk%22+quantitative&source=bl&ots=5CQuWItWdg&sig=gFAWrNv29sRYpmWfKLY1eRNKg9E&hl=ja&ei=IUpTTLmgAo6PcZWpgMAM&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=1&ved=0CBUQ6AEwAA#v=onepage&q=%22sync%20talk%22%20quantitative&f=false

日向先生、こんにちは。いつも楽しく拝読しています。

sync talkをとても興味深く思いました。というのは、狂言が好きでよく見ますが、sync talkが入っている曲がかなりあります。それも対話しているもの同士ではなく、舞台の左側と右側で2人の登場人物がまったく違うせりふを同時に発しているのです。いつ見ても面白いなと思います。こうしたsync talkを400年も前から見ていたので、会話でも平気で使ってしまうのかもしれないと思いました。

[返信]

鋭い観察談、ただただ感心します。なるほどね。TVタックルなどでもいちどきにみなさんしゃべっていますが、あれも一種の日本人的連帯感の確認と言えないこともなさそうですね。400年の歴史の重みということでしょうか。

日向様、こんにちは! これほどの濃い内容を毎日発信して下さり、ありがとうございます。本日も大変興味深かったです。
私は現在イタリア在住なのですがこちらではコミュニケーション中、話し手としての順番なんておかまいなし・絶叫に近い大声で相手が口を挟む間を与えないように機関銃の如くとにかく自分の主張のみをまくしたてる人が目立つので(特にTVの討論番組や裁判形式の番組等は聞いているのがつらいほど)、『それに比べて日本人は他の人が話している間は割り込まないのがマナーだわ』などと思っていたのですが・・・おっしゃるとおり、会話当事者が相互依存的な、(いい意味での)もたれあいを前提になごやかに会話を進めるケースは多いですね。
馴れない外国語で話をしている時、必要以上に「Yes」を連呼しながら首の縦振りと相づちをうってしまうのは、相手に”あなたの話を理解していますよ”と言うことを伝えたくて思わず出てしまうのかなとも思います。イタリアのアルト・アディジェ州は日常でドイツ語を話す住民が多いのですが、イタリア語で会話をした時、彼らもやはり必要以上に「Sì, sì, sì, sì」と連呼している人が多かったのを思い出しました。

[返信]

楽しい「現場報告」、ありがとうございます。イタリー人の英語も楽しいですよね。なんだかこの手の話を集めるだけでも一冊の本ができそうで、お国柄と言い、人柄といい、まさに千差万別なのに、ついつい類型化してしまうのは、脳の情報処理能力のためなのかなと思ったりもします。

以前香港で地元の人に、「日本人には他国と比べて大きな違いがある、それはなんでしょう?」といった質問をされたのですが、答えは話しながら頻繁にうなずくこと(首の縦振り)だそうです。スリたちはこの動作を見て日本人かどうか判断するそうです。中国人も韓国人もあまりうなずきません。
これ以降、私はあまりうなずかないようにしています...

[返信]

悪知恵というのか、なかなか目端がきく連中だと感心します。

インド人ってこちらの話を聞きながら首を横に振るんですよね。あなたの話を聞いてますよというジェスチャーらしいのですが、日本人からするとYes/Noが逆転してるような錯覚に陥ります。

[返信]

国や民族によってジェスチャーって違い、面食らいますよね。われわれ日本人が相づちのつもりで言っているYesも英語圏の人にとっては謎と言うか、まぎらわしい合図と思われているわけで、考えてみると、いくらでもありそうです。

翻訳が出ていると思いますが、動物学者の Desmond Morris が書いたPeople Watchingでは、こういった類型をHead Sway に区分してパターンを見いだしています。

ただ、紛らわしいとかおかしいで片付けるより、相手がよりどころとしている会話の進め方の常識を探れば楽しいわけで、その意味では知的好奇心を満たしてくれる格好のテーマではないでしょうか。

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