2010年02月07日
化石化する学習者:動機づけの話
英語を勉強する人々の動機づけの類型としては、大きく分けて二つあるとされています。
一つは、「道具的動機づけ (instrumental motivation)」と呼ばれる類型です。典型的なのが高校や大学の入試に備えての英語の勉強です。日本人を誘拐してまで日本語を勉強しようという、あのとんでもない国の工作員なども、日本人が好きだから誘拐したわけではなく、日本語を学習する手段としてさらって行ったわけで、この道具的動機づけが極端に走った例とも言えます。あるいはどこかの国のように就職と立身出世に直結しているということで、苦もなく大量の英語情報を丸暗記する例もあります。あるいはTOEIC何点以上じゃないと海外に行かせてもらえないので仕方なく英語を勉強するというのもこのパターンでしょう。
もう一つは「統合的動機づけ (integrative motivation」と呼ばれるものです。英語を話す人々の世界そのものに目を向け、英語で語られる読み物あるいは映画などに直接触れたい、「英語族」が好きだ、英語を習得して自分も仲間になりたいという気持ちが動機になっています。
当然、どっちがどうなんだと思われるでしょうが、自分で見聞きして来た範囲では、実用レベルへの近道ということでは道具的動機づけの方か効果的だけれど、長い目で見た場合は、統合的動機づけの方がより高い水準にまで行けるということのようです。
道具的動機づけについては、Lukmani という人の研究がよく引き合いに出されます [Lukmani, Y. (1972) "Motivation to learn and language proficiency" Language Learning 22: 261-73]。インドのムンバイで学ぶ、マラティ語を母語とする60名の女子高生を対象に調査し、「いい仕事に就きたい」「大学の授業に付いて行けるようにしたい」「海外旅行をしたい」という即物的欲求の度合いが強いほど、英語のスコアが高いという結論を得ています。
そうかと思うと、ことはそう簡単ではなく、道具的動機づけや統合的動機づけに加えて他の複合的な要因が影響するという Burstall Report として知られる研究もあります。この研究は、イギリスの小学校でのフランス語教育のあり方を調べたもので、女子の方が統合的動機づけが強いといったおもしろい発見もありましたが、ともかく、結論は、動機づけがしっかりしている児童は、成績がよくなるので、それに伴って動機づけがますます強められているというものでした。動機づけが強いからフランス語の成績がいいというのでなく、フランス語の成績向上の副産物として動機づけが強くなっているというものです。
このことは経験に照らしてもそうなんだろうなと言えます。世の中、TOEICのスコアアップを期して勉強している人がおおぜいいるわけですが、そういった人はまさにスコア上昇という喜びを糧に英語の勉強をしていると言えます。しっかりした動機があるのでスコアが伸びていると言うより、スコアが伸びるのでおもしろくて英語の勉強を続けているということです。
動機づけがどうあれ、ひとまず英語力が一定現伸びるのですから、それはそれでいいと言えますが、落とし穴もあります。TOEICの例で言うなら、目標とするスコアを取ったところで、満足してしまい、業務上英語が必要なことから勉強する人の例で言うなら、通じるようになったところで「これでいいや」と勉強をやめてしまうことです。
たしかに、複数形か単数形なぞおかまいなしで、冠詞は最初から無視し、動詞は原形のみで使うといったスタイルでも何とか通じますし、vegetarianという言葉がわからず、vegetarianist といった似たものを出してお茶を濁したりして、時には強引な直訳でもけっこううまく行くものです。しかも悪いことに、ペラペラかどうかは、大体が淀みなく話しているかという外形で判断されますから、内容はお粗末でも、人には「あの人英語がペラペラだよ」と言ってもらうこともできます。
しかし、「通じりゃ十分」という感覚を持っていると、それまで構築されてきた、きちんとした英語の体系が工事の途中で放棄されることになります。ひとまず自分の英語が通じるようになった段階で、それ以上積極的に英語を勉強しなくなってしまうと、発展途上だった英語がそこでストップし、「固まって」しまうわけで、専門家はこうした現象を指して、fossilization(化石化)と言っています。同じことが、英語検定のスコア目当てに勉強を続けている人についても言えますから、道具的動機づけやスコア上昇の喜びを糧に勉強している人はことのほか化石化するおそれが強いとも言えそうです。
しかし、なんとももったいない話です。英語での会話にパーソナルタッチを付け加え、さらには heart-to-heart という域の会話までこなせるようになり、あるいはそういったものに本や映画を通じて触れたときに理解できる域に達することが英語を勉強する意味なのではないでしょうか。英語を無味乾燥な知識の体系として勉強するのでなく、自分が生きている世界を広く、充実したものとするコミュニケーションの手段と位置づけ、英語でコミュニケートするためには何が必要かを常に意識しつつ勉強する方が長続きするし、最終的により大きな成果をあげられるというのが私の考えです。
「あ、通じた」「うれしい」という気持ちはよくわかります。しかし、そこで勉強を止めてしまってはせっかくの英語が「化石化」してしまうことに目を向けてもらいたいものです。しかも、悪いことに、発展途上で止まってしまっており、血が通っていない英語というのは、やはり異物ですから、普通の英語の世界ではけっこう目立ってしまいます。
実際、留学経験のある外資系証券マンが Anyways を連発しては、教育のある幹部たちから、「あいつはどこで英語を勉強したんだ」と白い目で見られていた例を思い出します。
どういうことかと言うと、この場合の Anyway は電話での会話を締めくくるために使う合図のひとつで、こんな感じで使います。
Anyway, I'll let you know if anything comes up. So, we'll keep in touch. Okay. It was nice talking with you. Good-bye, Mr. Smith. それじゃ、何かありましたら、お知らせしますので、引き続き連絡させてください。じゃ、お時間頂戴しまして、ありがとうございます。スミスさん、失礼します。
最後に "s" があるかないかだけの違いですが、上のような場面で、相手が Anyway ではなく、Anyways と言ったりすれば、普通の英語を話す人々には「んじゃさ、ほんだらばよ」と聞こえるわけで、「なんだ、こいつ」と感じるに決まっています。化石とは言うものの、けっこう実害はあるもので、馬鹿にしてはいけません。
イギリス英語使いのmakiさんからうかがった話ですが、makiさんが留学していた当時、そこそこしゃべれるのに、土台の文法やanywaysみたいなツメがなっておらず、はや化石化が始まっている日本人の若者たちがずいぶんたくさんいたそうです。長期滞在に時間と費用を費やしているのにもったいないと言える一方、パーティーなどはおおいに楽しんでいるわけで、makiさんがおっしゃるに「結局は『どこを目指したいか』という本人の意識次第なんでしょうね」とのこと、いたく同感しました。
好んで化石になりたいという人に要らぬ留め立てをするというのも野暮な話です。
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Comments
良いお返事ありがとうございます。先生のお書きになったものを読んでいると学生に戻ったような気持ちになって刺激的です。
これからも楽しみにさせていただきます。
[返信]
ご期待にそえるよう頑張ります。今、「英語で話すとはどういうことなのか」という本を書いているところなので、当面、「話し言葉の研究」がテーマになります。
- gracek
- 2010年02月08日 07:02
生徒の区分と対応する形でどんな先生が好ましいか教えていただけたらなぁと思いました。
[返信]
幸い進んで勉強に来る方のお手伝いばかりなので、そうでないクラスというのは想像もつきませんが、テレビで見る限りでは、道具的動機づけの国の先生は、あおっている感じで、そりゃそうだろうなと感じました。
- ともちゃん
- 2010年02月08日 19:53



はじめまして。アメリカに住んでいるものです。先生のブログを今日初めて拝見して、内容の濃さに感嘆しているところです。あまりに素晴らしいので、私のブログ(普段のゆっくりした生活を紹介している主婦ブログです。)でこちらのブログを紹介させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。
是非、アメリカ中に散らばっている友人に紹介したいのです。
またこちらをのぞきに参りますので、こちらでお返事いただければ幸いです。
http://gracek.cocolog-nifty.com/blog/
[返信]
こんにちは。読者が増えてうれしく思います。どうぞみなさんに紹介してください。光栄なことでもあります。これを機会に、どうぞ今後ともよろしくお願いします。