2010年2月18日
話し言葉のコンテクスト
これまで繰り返し、文法や単語だけわかっていても、英語が話せるようにはならないと強調してきましたけれど、そのあたりを左右する最大の要因はコンテクストに対する認識ではないかと思っています。実際、みなさん、常識人だからこそ、「これでいいのかな、あの言い方でよかったのかな」という不安、つまりは「コンテクストに添っていたのかなあ」という不安が頭を過り、その場その場は切り抜けることができても、いつまでも自信を持てないのではないでしょうか。
こういったコンテクストとは何かと言えば、言葉がコミュニケーションの用に供される場面での、「誰が、誰に対して、いつ、どこで、何のために」といった非言語要素の総体ですが、それが言葉でのやり取りを理解する上でどれほど大きな要因かがわかる格好の例に触れました。
Michael McCarthy の Discourse Analysis for Language Teachers (Cambridge University Press) で取り上げている例で、ある漫才コンビの一方が、「おい、きょうの話[演し物」、みなさんに説明しなよ」と言われたところで、こう言います。[便宜上、番号をこちらで振りました]
Have we got a show for you tonight folks! [1] Have we got a show for you! [2](相方に向って)Have we got a show for them? [3]
文法形式から言えば、[1]から[3] まですべて動詞が主語の前に出ている倒置文であることにおいて、本質的には同じです。
このように統語法とか構文と訳される syntax においては同一のものが、(いつ、どこで、という点は同じなのに)話の目的と相手が違ってくるだけで、その表現の意味内容が違ったものになっています。そこにコンテクストの面白さと怖さがあるように思えます。
疑問符や感嘆符で区別できるじゃないかと思われるかも知れませんが、話し言葉の世界ではそういったものは聞こえませんから、役に立ちません。
せいぜい手がかりと言えるのが、[1] [2] では "show" にアクセントが置かれるのに、[3] では、Have にアクセントがあり、語尾が尻上がりという違いがありますが、それだけでは、[3] が疑問文とは断定できません。というのも、専ら「尻下がり」という疑問文などいくらでもあるからです。
つまりイントネーションの違いに基づいて言っていることの性質が違うという結論は見いだせず、そこにコンテクストを考える意味があるということです。
そのコンテクスト、[1] [2] は相手が目の前の聴衆であるわけで、ここでは、倒置法による感嘆文とわかるのに対して、[3] は話しかけている相手が相棒であることから、[1] [2] の場合と違って、不安が頭をかすめているコンビの一方から相方への質問であることがわかり、しかも、それが聴衆に聞こえているのがわかった上でのものであることから、おかしみがあるのです。
以上を踏まえて、ちょっと訳してみます。
Have we got a show for you tonight folks! [1] → みんな、きょうの話は面白いよ!
Have we got a show for you. [2] → みんな、喜ぶと思うよ、きょうの話。
ところが、相方に向っての
Have we got a show for them? [3] は、
おい、客が喜ぶ話って、何だよ!?
と、まるで違っています。
このように話し言葉の世界では、形式だけからは解釈が難しいものでも、コンテクストを汲み取り、それとの兼ね合いで使われている言葉を眺めると何を言っているのか、何を言いたいのかがよくわかるということになります。
こうした視点に立ち、「こういうコンテクストでは、普通、こういう言い方をする」ということを拾って行くと、同じコンテクストで英語を話そうという場合、おおいに助けになります。
この点、既存のシチュエーション別フレーズ集はコンテクストに合わせた言い方を紹介しているようでもありますが、実は違います。そ「電話で」「レストランで」「うっかりしていましたと言いたい場合」「気をつけてと言う」といったその種の本の見出しを見ればわかるとおり、そこでは単に「言葉を使って何かをするーーあやまる、あいさつをするーーときの言葉の遣い方、言い回しの使い方」を示しているのであり、コンテクストに応じて異なりうる言葉の組み合せ方は守備範囲外です。
例えば、例えば、シチュエーション別英会話というジャンルで、「今晩、食事に誘いたいという場合、何と言えばいいのか」については、たいてい、
I'd like to invite you to dinner tonight.
と言えばいいとしています。しかし、何の脈絡もなく、こんなことを切り出されたら当惑するのではないでしょうか。単に「食事に誘いたい場合の言い方」というくくりで考えた場合は、これで合格でしょう。しかし、いきなり単体でそれを使うのは「人間関係を円滑にするためのコミュニケーション」という視点からまずいと考えます。
コミュニケーションのためには、やはりコンテクストを考える必要があり、それに応じた段取りを考慮に入れるべきなのではないでしょうか。自分のセリフだけ一生懸命おぼえるのはある意味、自己中心的なやり方です。相手があるわけですから、「そういった状況でこう言われたらこう感じるだろうな」ということまで考えに入れた上で、相手とのやり取りの普通のパターン、つまりはスキーマ(全体象を把握するための枠組み)を理解した上で、どういった言い方をしたらいいのか、こう言ったら、こう返してくるだろうなといった点を考えるのが普通ではないでしょうか。
次回、こういったスキーマないしコンテクストを理解した上で、「人を招待する」ときの段取りと言い回しを取り上げてみようと思います。
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