2010年2月20日
言語間距離と学習効果:例えばアラビア語
古い記事ですが恐るべし中国の小学校英語:日中小学英語教育の比較につき、Fujita T. さんという方から、以下のような鋭いコメントを頂戴しました。
中国と日本の教育制度の差は明確です。しかし、その効果については少し割り引いてみる必要があります。
中国語は統語言語で日本語は膠着語ですから、屈折性の弱い英語は中国語話者にとって比較的学習しやすい言語です。とくに小学生年代にとってはこの差が出やすいと考えます。この項で紹介されているYLEの国別成績比較でも、文法が比較的重要になる読み書きの差が顕著です。
おそらく中国でするように日本人に英語を教えてもそう効果は上がらないはずです。それを残念に思うのではなく、言語学的に距離のある言語に触れた経験を糧にしてその後の学習に生かすことが重要だと考えます。
要するに英語との「言語距離」(linguistic distance) という見地から見た場合、中国語の方が日本語と比べて距離が相対的に近いので(中国語の方が日本語よりも英語に似ているので)、単純に中国に当てはまる話を日本に持って来ても同じようにはならないだろうということです。
たしかに言語間の距離という話はよく聞きます。一番よく引き合いに出されるのは、米国務省の外交官研修所がこれまでの研修から得た経験値で、Language Learning Difficulty for English Speakersフランス語、イタリー語などが、closely related to English ということで、最大600時間でそこそこ使えるようになるのに対して、日本語や韓国語などは exceptionally difficult for native English speakers ということで、同じレベルに到達するのに、2,200時間かかるとされています。
しかし、これはもともと語学の適性が高い、中年外交官たちの過去の記録の集大成であって、そのまま個々の学習者に当てはまると考えるのは無理でしょう。
一方、言語間の距離というものをいくつかの基準を立てて、客観的に説明できるとしても、今度は果たしてそこで言う距離の遠近が学習効果とどう結びつくか自体、別問題として考える必要があります。
例えば、アラビア語と日本語とを比べた場合、言葉の響き、あるいは音を基準に言えば、けっこう「似て」いるということも言えます。ちょっとこの映像をご覧ください。きっとみなさん、納得してくださいます。
ま、これは冗談半分ですが、仮に音が似ているとしても、じゃあ、アラビア語の勉強が英語より楽かと言ったら、そうは言えないはずです。
実は、英語と比べた場合の言語としての距離の近い学習者の方が、そうでない学習者よりも習得が速いのかということに関しては、これを真っ正面から否定する報告があります。
この実験は、英語学習者が一般に次の順序で文法事項をマスターしていくということが出発点になっています。
I saw the boy. での the/a といった冠詞
↓
He is walking. での ing
↓
The cars went past. での複数形 s
↓
The boy's hat. での 's つまり所有格のs
↓
She wants to do something. での wants つまり、いわゆる三単現の s
ここで例の言語間の距離がどうのという説が正しいなら、中国語を母語とする学習者とスペイン語を母語とする学習者の英語習得スピードを測った場合、中国語は日本語と同様、複数形がないのに対して、スペイン語は複数形にsを使いますから、スペイン語を母語とする英語学習者の方が、英語での複数形のマスターが速いということになりそうなものです。
ところが、実験では、両方ともほぼ同時期に複数形をマスターしています。他の項目での比較においても、結局、スペイン語グループと中国語グループとでは差が見られませんでした。ということは、少なくとも、この実証実験からは、学習者の母語と英語とが似ている度合いに応じて英語学習の効果に違いが出てくるとは言えそうもありません。
なお、この研究報告は、 Keith Johnson の An Introduction to Foreign Language Learning and Teaching (Pearson Education) という本で知りましたが、出典は以下のとおりです。
Dulay, H. and Burt, M. (1974). "Natural sequences in child second language acquisition." Language Learning 24/1: 37-53
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- »マンツーマン英会話プライベートレッスン・英語個人レッスン・ETC英会話は初歩からビジネス英語まで : 興味が持てる何かを見つけて英会話上達〜パトリシア先生(浮間舟渡) - 2011年3月27日 16:06
Q 先生は英語とフランスを話されるのですね 父がイギリス人で母がベルギー人のため、私は両方の言葉を話します。生まれは”マウントソレル”というイギリスの小さ...
Comments
言語間の距離というのは
何故か文法ばかり引き合いに出されますが
オーラルなトレーニングもちゃんとやる場合
音声構造の違いも非常に大きいと思いますし
学習が進めば進むほどそうだと思います
その点ヨーロッパ語でも母音が5つしかないスペイン語など
のことを考えるとさして日本語は大して不利なようにも
思えないのです
[返信]
大体、スペイン語学習者は短時間でいいところに行っているように思えます。知り合いは Pimsleur の「聞くだけ」教材を使って、1年ぐらいで、留学にひとまず十分なレベルになっていました。おっしゃる音の近さのせいもあるのでしょう。
- 匿名
- 2010年2月25日 21:34
とても参考になりました!僕がシアトルに留学してた際にlinguistic distanceは留学生には旬な話題でした。今、日本が小学5年生から英会話を導入するという話が出てきてますが、中国のようにはいかないんですね。
[返信]
コメントをくださった方は、中国のようにはいかないんじゃないというスタンスですが、私が本文で言おうとしたのは、言語観距離という学習効果は必ずしも直接関係しておらず、したがって、日本でも中国同様の英語教育が可能なのではないかということです。
- とかちゃん
- 2010年2月23日 00:13
強烈な映像をありがとうございます。アラビア語の文字は非常に難解ですが、アラビア語を簡単に習得できそうな気がしてきました(そんなわけないですね)。
ベルギーへ出張した時のことを思い出しました。出張先での文化を知るために、スーパーマーケットに行くことにしています。店頭表示はフラマン語、店員はドイツ語、お客はフランス語・・・という不思議な世界を目撃しました。でも、ちゃんと通じ合っている。ベルギーでは、小学校から4ヶ国語を教えているためだと思いますが、どうやって教えているのでしょうね。フランス語とドイツ語は、全然違うと思うのですが。フランス語の名詞には2性があって、ドイツ語の名詞には3性ある。きちんと記憶できるのでしょうかね???
[返信]
よろこんでいただけて何より。
ベルギーのことは承知しておりませんが、学校で教える言語と「自助努力」に任されている言語というものはけっこうありそうですね。
- めいけんとパパ
- 2010年2月20日 19:15
母国語同士の近さという問題ですが、ほとんどの実証研究が英語学習者であり、かつ実験できるサンプルがかなり特定のサンプルに限られるでしょうから、一般的な結論を出すのは非常に厳しいように思います。
紹介なさっている実証研究も、子供かつ、学習のかなり浅い段階のごくわずかのステップを検証しているので、語学学習全体にまで結論を一般化するのは無理だと思います。
これは個人的な感想ですが、中国語が英語に近いという意見は中国語の文法の一番はじめの部分だけであって、方向補語や程度補語と言った非常に重要な文法規則は英語にも日本語にも全くないです。さらに、スペイン語は高等語彙はかなり英語との共通性がありますが、中国語は全くありません。ですので、学習者が大人の場合、学習段階が高級になれば、やはりスペイン語話者の方が、少なくとも語彙習得にかかる時間はずっと少ないのではないかと推測されます。
と言うことで、「母国語同士が近い方が有利か不利か」という命題に答えるには、何語の学習か、学習者の年齢や環境、目的、「言語の近さ」を何によって定義するのかなど、もっともっと具体的に設定されなければならない前提条件が多くあるのではないでしょうか。
個人的な話で恐縮ですが、台湾に留学しているときの体験からすると、やはり日本人は圧倒的に読むスピードが早く、また語学学校の授業も講師との対話がほとんどですので、インタラクティブな言語運用に日本人だけが弱いと言うこともなかったと思います。ただ、発音・声調の正確さなどは、中国語と同じ言語族のタイ人やベトナム人には全くかなわないという印象があります。
ということで、「母国語が近い方が語学学習には有利」という命題は、可否を問うにはあまりにも広汎な問題だと思います。
[返信]
そうですね。本文では触れませんでしたが、Dulay とBurt はuniversal morpheme acquisition order が人には備わっているのではないかとまで言っていますが、ちと勇み足という感じがします。
いろいろな母語の人が流暢に英語を話している姿を見てきて思うのは、結局は個人差だということです。中でも記憶力が重要なようで、英語がうまい外国人は、気の利いたフレーズを実にたくさん知っており、しかも流れをみきわめてうまく出してきますので、英語全体のイメージもきちんとあるんだと感心します。
結局、白井先生が「外国語学習の科学」で紹介している、スキーアン先生の見方つまり、音声を聞き分け、言葉の作りを見きわめ、かつ暗記できる能力が語学で成功するか否かを分けるという見方が一番説得力があるように思います。
- rsw250
- 2010年2月20日 13:54

私自身は言語距離の威力というものを強く感じています。仕事柄ノンネイティブの方々と英語で話をする機会が多いですが、英会話力の順位をつけると確実に次の傾向が見られます。ドイツ・スカンジナビアなどのゲルマン諸語の話者>ロマンス語話者>その他。
先日も「英語が苦手であまり勉強しなかった」というドイツ人の学生さんと話す機会がありましたが、よどみなく延々と話し続けるので感心しました。時折驚くほど基本的な単語を知らなかったりするので、英語が苦手というのは本当なのでしょうが、会話能力に関する限り、英会話に真剣に取り組んでいる日本人学習者でも容易に辿り着けないレベルだと感じました。
特にスカンジナビア系の人が上手だと感じますが、聞いてみると「小学生の頃に英語のアニメや映画を見ているうちに自然と覚えた」と言う人さえ少なくありません。これは日本人ではありえないでしょう。こういう人達と話をしていると、自分が英会話学習に費やした多大な努力が、何とも空しいものだと感じてしまいます。
私自身も大学でスペイン語をかじりましたが、英語と全く同じ文法で運用されていると感じました。英語とその他のヨーロッパ言語であれば、「逐語訳」で済んでしまう面があると思います。それに対して、我々の日本語は文章単位で「意訳」をしなければなりません。したがって「一旦停止して頭の中で一生懸命作文をする」という状況に陥ってしまうのでしょう。
私の個人的な体験からは、冒頭の言語距離のデータは一般学習者にも当てはまるであろうと思います。
[返信]
知り合いにアラビア語と日本語のバイリンガルの方がいらっしゃいますが、ご本人いわく、こどものうちに覚える分には何語でも同じで、アラビア語と日本語がまるで似ていないことなど何でもないとのことでした。経験的にもそうかなと感じます。結局,個人的には、言語距離がどうのより、第一次的には学習開始年齢で、二次的に音感、分析能力、記憶力その他の適性がものを言うのだと思っています。
スカンジナビアの人の例を挙げてらっしゃいますが、ノルウェー人は6歳の時から英語を教わっています。スェーデンも10歳の時からで、しかも、16歳の時に、全国規模の英語検定を受けさせられます。
ドイツも7歳で英語を教わり始めると承知していますが、たしかその後、年齢が引き下げられているはずです。
してみると、言語の距離という要素もあるのでしょうが、日本の学習者との比較では、早期英語教育が「利いている」面、つまりは学習開始年齢も見落とせないのではと思います。
あと、会話の運び方がうまいのは総じてローコンテクスト文化の人々という印象があります。日本のようなハイコンテクスト文化だと言葉に託さなくても通じる部分が大きい分、甘えてしまうということもあるのでしょう。