2010年2月22日
小沢一郎に学ぶスモールトークの意味、ありがたみ
評論で知られる慶大教授の福田和也氏が『文藝春秋』の3月号に、「小沢一郎のちいさな『器量』」と題した一文を載せていましたが、その中の一節が特別、印象に残りました。
自分は一度だけ小沢幹事長にインタビューしたことがあるとした上で、こう述べています。
自分のペースでしか会話ができず、自分のいいたいことしかいわない人だな、という印象を持った。相手がいいたいことを聞き出したり、当たり障りのないことで会話を繋げいく基本的な社交術を体得していない。対話ができない。
このあとは、「これも対等な人間関係を結ぶ場面にほとんど出会っていないためではないだろうか」という一句で結んでいるのですが、なぜ引かれたかと言うと、福田氏が「相手がいいたいことを聞き出したり、当たり障りのないことで会話を繋げいく基本的な社交術」と形容しているものこそ、通常、「雑談、世間話」という不十分な訳しか与えられていないスモールトークのことに他ならず、「いや、実に的確な描写だ」と感心したわけです。
ひとくちに「英語で話す」と言っても、話し言葉の世界にはいくつかジャンルがあります。プレゼンのように予め準備ができ、最後の質疑応答まで相手とのやり取りがないジャンルもあれば、ディベートのように、相手とのやり取りはあっても、そもそも準備ができる点で、普通の会話と違っているというジャンルもあります。この中にあって、普通、学習者が「英語で話す」といった場合にイメージしているであろう純然たる英会話というのは、準備なぞする余裕もないまま、いきなり相手とのやり取りを強いられる、なかなか大変な世界です。しかし、いわばコンテンツに予測可能生がない反面、常に新たな発見ができる世界でもあります。そこに「スモールトーク」のおもしろさがあるのだということです。
こういった会話につき、会話研究の専門家は、実は、同じ会話でも、大きく二つに分けられるとしています。一つは、意見や情報の交換といった何か目的のある会話で、他は、そうでない、ただただ人間どうしがつきあうための会話です。もちろん、ここからこまでが前者の目的合理的会話で、ここから先は「社交」としての会話と割り切れるわけではなく、両方の要素が入り交じっているものの、その一方で、こういう区別があるのも確かです。
区別の実益は、それぞれの特徴を知っておくことで、話す方も、「これから一体何が起きるんだろう、何をどう言えばいいんだ」といった余計な不安を持たずに会話に入れることでしょう。
こういった区別があることを説いたのは、Gillian Brown と George Yule という研究者たちですが、二人は、Discourse Analysis という本の中で、人が会話を通じて言葉を何かの用に供しようという場合、意見や情報の交換など、一定のコンテンツを授受しようという会話 (transactional conversation) と、自分の姿勢を打ち出したり、人間関係を構築、維持しようという会話、つまり「人づき合いのための会話」 (interactional conversation)とがあると説明しています。
コンテンツの授受という目的のある会話をここで便宜上「目的合理的会話」とすれば、人づきあいのための会話は「社会生活上の会話」と言えそうです。この区分に従って、前者の特徴を考えると、第一に、メッセージを伝えるのが本質ですから、それをきちんと伝えることが重要です。したがってビジネス英会話などが典型ですが、決まりきった簡潔な言い方がいろいろと用意されています。例えば、「ハワイで会社を設立する」と言いたい場合、 create a company in Hawaii でも文法上は問題がないのに、普通は、form a company, set up a company in Hawaii といった、通りのいい言い方が使われます。
ともかく、この種の目的合理的会話の場合、メッセージが伝わらないと、時にはきわめて危険な事態を招きかねません。例えば、BBC Newsは、外国人看護婦に対する英語での指示が伝わらず、イギリス人執刀医が手術を中断せざるを得なかったという例が報じられています。ですから、こういった目的合理的会話がうまく運ぶよう、各分野で間違いなく情報が伝達されるよう決まった言い方が用意されています。航空管制など、その典型でしょう。
他面、ちょっと見方を変えて言うと、各自の分野での決まった言い方さえこなせれば、あとで説明する「社会生活上の会話」がまるで駄目でも何とかなってしまいます。海外駐在員として一生の大半を英語の世界で過ごしていながら、普段着の会話つまりスモールトークになるとまるで話ができない人が大勢いるという事実がこのあたりの特殊性をよく物語っています。
一方、社会生活上の何気ない会話は何かを伝えるといったメッセージ性なぞなく、言わば無目的です。例えば、どこかの野天風呂に浸かりながら、隣の人に「いい湯ですね」と言ったりするのは、「いい湯だ」という情報を伝えようとしているわけではありません。それを通じて、「こうしてご挨拶していますので、人間どうし、仲良くしましょう。どうぞよろしくお願いします」と合図しているだけです。ここでは情報の伝達や意見の交換といった目的を達成するというのでなく、人間どうしが仲良くやっていくための営みとしての会話があります。会話自体が目的化しているわけです。そのことは、We had a nice chat. という言い方にも表れています。これがまさに「スモールトーク」の世界でもあります。
具体的にこの二つのタイプの会話がどう違うかと言えば、Eggins と Slade は、共著 Analysing Casual Conversation の中で、二つの違いがあると指摘しています。
一つは、何か実際的な目的がある会話は簡潔になるという傾向です。特定のコンテンツがある以上、あれこれ話をし、何を言いたいのかわからないようでは、まさに話にならないからだと解されます。これはわれわれの社会生活の経験からもわかります。お店で何かを買う場合の会話は手短かです。小沢一郎氏の例で言えば、今度の参院選に備えて、どこそこの選挙区用にいくらいくら資金を用意しておくようにといった指示になるのでしょう。反面、どこかの教科書の会話例のようにバーガーショップで、店員に向って余計なことをくどくど言うのは、実際の会話がわかっていない証拠です。
もう一つの特徴は、目的合理的な会話の場合、改まった言い方をするのが普通であるのに対して、社会生活上の会話では、もっぱらインフォーマルな言い方が使われるという点です。これも、不特定多数に対して、依頼や要請をしたり、指示をするといった目的合理的会話が行われる状況を考えると、改まった言い方で通した方が余計な摩擦を生じさせないわけで、当たり前です。政治資金を出してくれそうな相手に、「例の工事やっといてやっからよ、ゼニ持って来い」と言ったり、レストランでウェイターが「おまいさん、何食う?そっちの姉ちゃんはどうなんだ?」と言うようじゃうまく行くはずがせん。
逆に言えば、社会生活上の会話というのは、相手も気楽に話せるように妙にかしこまった言い方をしないように気をつけながら、とりとめがない話をするということであり、まさに福田和也氏が言う「当たり障りのないことで会話を繋げいく基本的な社交術」がそれであるということです。
ただ、問題は、社会生活上の会話の場合の方が、目的合理的会話に比べて高度の言語運用能力が要求されることです。目的合理的会話のように決まり文句を並べていけば済むというものでなく、相手がが何か言うつど臨機応変の応答をしなければならず、そのためには、自分の言いたいことを一般に受入れられている会話のルールにしたがって「会話の場」に出して行くというスキルが別途要求されるということです。単語と文法さえ知っていれば何とかなるという、簡単なスキルではありません。(つまり、「今、ここで行われている会話はこういうジャンルの会話」という、会話参加者が共有する状況認識(フレーム)がわかっており、過去の経験や知識に基づく「会話はこう進む」という会話の段取りを理解するための枠組み(スキーマ)が頭にはいっていないと、会話を進められるものではないということですが、機会を改めて書こうと思っています)
以上の話が英語を話せるようになりたいという人のためのヒントになるとすれば、第一に、目的合理的会話と社会生活上の会話(=スモールトーク)の区別があるということを十分意識して、例えば、専ら後者の世界で使われる a little bit worried about (何かにつき「ちょっぴり」心配だ)のような言い回しを前者の世界に持ち込まないよう気をつけるということ、それと、「会話を繋げていく」ための接続表現 (cohesive devices) にもっと目を向けることではないでしょうか。事実、会話というのは共同作業ですから、相手が何か言ったのに対して、Yes/No でばかり答え、会話を「繋げる」のを怠るようでは、相手には協力拒否にも映るわけで、それでは人間関係を円滑にしょうという社会生活上の会話の意味がなくなってしまいます。
もちろん、初学のうちは Yes/No で答えるのが精一杯でしょうが、そんなときこそ何のために英語を勉強しているのかを思い返して、「あの場合、どういう接続表現を使えばよかったのだろうか」という問題意識でご自分のテキストを振り返り、次回に備えて脳内リハーサルをしておいてもらいたいものです。
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Comments
非常に興味深い内容で、為になりました。ありがとうございます。
アマゾンには、洋書でスモールトークの本もありますね。前に、国連の明石氏が本の中で、重要な話はトイレで行われているということを書かれていたのを思い出します。なかなか侮れないですよね。
[返信]
洋書のスモールトークは、感覚的に英語を話すということがどういうことかをわかっている人たち向けなので、ノンネイティブには使いにくいのが難点かと思います。
明石氏の話、傑作ですね。そういうことがあるんでしょうね。
- ともちゃん
- 2010年2月22日 17:12

おっしゃる通りですよね。英語が話せて、仕事もできるけど、雑談ができない駐在員は、確かに多いです。ビジネス以外の関係を築くことができないので、哀れに思うことが多いです。好きなスポーツは何? ひいきチームは? 好きな選手は? 好きな食べ物は? このようなスモールトークがいつでもできるようにスタンバイしておくと、ビジネス以外の関係(例えば、家族ぐるみのバーベキューパーティーや、スポーツ観戦など)ができて、肩肘張らずに気持ちよくビジネスが進むと思うのですが。私? スモールトークが多く、仕事の話は70%位です。この前も、アキオちゃんの英語で盛り上がっていました。
[返信]
想像ですが、英語でのスモールトークをこなせない方は、日本語でもあまり人と話すことがお好きではないと言えそうです。「めいけんとパパ」さんは人間好きとお見受けします。