2010年2月27日
ノンネイティブの英語
英語は、一説によるとノンネイティブのユーザーが3:1でネイティブのユーザーを上回っていると言います。こうなって来ると、世界語としての英語とでも言うべきものが形成されつつあり、いずれ、われわれが日頃目にする英語圏ベースの英語とは違ったものをお手本にしなければならないようにも思えますが、わたしの見る所、結局は、ノンネイティブたちも英語圏の普通の英語をお手本としており、その意味では英語圏の英語、つまりはネイティブ・スピーカーの英語が、ことの是非は別として、ともかく「標準語」なんだろうなと思います。
例えば、手許にインド産のビジネス英語のテキストがありますが、siphoner of profits(無駄遣い)とか clocking(計測)といった明らかにインド産のものがボキャブラリーの項に入っていること以外は、レターやメモの書き方を含め、英語圏で出ているビジネス英語の本と何ら変わりません。
同様に、みずから a native of Latin America と称している人が書いたビジネス英語の教科書も、仮に、この本、Macmillan あるいは Longman から出ているものだと言われれば、ああそうかと思えるぐらいの出来で、構成、内容とも、ごく普通のビジネス英語の教科書です。要するに英語圏の英語が底にあるということです。
経験に照らして考えても、インド人であれ,エクアドル人であれ、教育程度や社会的地位の高い人ほど、phrasal verb を巧みに使い分けたりして、凝った、つまりイディオマチックな英語をしゃべるわけで、こういった人たち自身、出版物やメディアなど英語圏の英語に常時触れており、その種の英語を手本としていることをうかがえます。
次にニュースはどうなんだろうと思って、Al Jazeera のサイトをのぞいてみました。ご存じのとおり、欧米系メディアが主流のニュースの世界に反発し、発展途上国側から発信し、それまでの北から南という情報の流れを変えようということで出発したテレビ局ですから、そういうメディアが使う英語は何か変わった点があってもよさそうなものです。ところが、視点や内容は違うことがあっても、道具として使われている英語は欧米メディアが使っているものと何ら変わりがありません。
たまたまタイの元首相タクシン氏の資産が裁判所により凍結されたというニュースを目にしたので、その英文記事の語彙分析をVocabProfiler で行ったところ、以下のとおり、どちらも、8割近くが基本2,000単語(K1 Words は基本1,000単語のことで、K2 Words が頻出順で 1,001から2,000までの基本単語)でまかなわれており、似たようなものです。ノンネイティブが発信する英語だとひどくやさしいとか、逆にひどくむずかしいといったクセがありません。純然たる英語(普通の単語)とラテン語やフランス語を語源とする低頻出の難語との比率で比べても、どちらの記事もほぼ7:3で、特別な違いがありません。
Al Jazeera の記事の分析

The Wall Street Journal の記事の分析

基本2,000単語で話し言葉の9割、書き言葉の8割がカバーされているという英語の世界の常識がアラブを代表するメディアの英語でもそのまま通用しているのだということです。
横道にそれますが、こういう2,000語で十分という事実に触れるつど、高校まではこの2,000語を重視し、この範囲内でのコミュニケーション能力、特に、話したり、書いたりという発信型能力の育成に力を入れるべきだと感じます。今の受験英語で問われるような難しい英単語は大学に入ってからだって間に合いますし、英語で授業をやったり、課題として大学レベルの英文を読ませる例が少数派である以上、そんなに高度の英語なんか最初から必要ないはずです。英語の知識を植え付けるのではなく、英語を使って人とコミュニケートするという素朴なスキルの育成を優先してもらいたいものです。
それはさておき、文法はどうかと、ちょっと文面を見ていきましょう。
More than $1bn of the frozen assets of Thaksin Shinawatra, the former prime minister of Thailand, will be confiscated after a court ruled that he had abused his power.
とあり、裁判所の決定が行われた時点より権力の濫用があった時点が先だということで、ちゃんと、セオリーどおり過去完了が使われています。
また、以下のように、who 以下の形容詞節が補足情報であり、削除可能なものであるときは、カンマでくくるというライティングのルールも普通の英語と同じです。ついでに言えば、"use one's position to the benefit of somebody"(自分の立場を利用して、第三者が有利になるようにする)といったイディオマチックな英語も使っています。
The nine judges in Thailand's supreme court said on Friday that Thaksin, who was forced from power by a coup in 2006, had used his position as premier to the benefit of his Shin Corp telecoms company.
要するに Al Jazeera の英語は、欧米のメディアが使う英語と同じです。
英語がノンネイティブの世界での共通語として使われていても、ノンネイティブもネイティブと同じ種類の英語を使っているわけで、ノンネイティブ独自の英語があるとは言えないようです。言い方を変えれば、ノンネイティブたちも元祖であるネイティブの英語を基準にしているということです。
しかし、だからと言って、ネイティブに対して引け目を感じる必要もないと考えます。ノンネイティブとネイティブの違いは意識して勉強した結果英語を身につけたか、意識せずに自然と身につけたかの違いでしかないわけで、見ようによっては、意識して勉強した方がより正確な英語を身につけているとも言えます。また、「ネイティブはこう言うよ」といった指南をありがたく受入れる風土があるのは、ネイティブたちが英語の本家本元として、英語なるものを「所有」しているかのように考えるからではないでしょうか。英語というものがネイティブによって「所有」されているのだという発想に立つ以上は、いつまでも、ノンネイティブは本来の所有者から「借受け、使わせていただいている」という感覚になってしまいます。
たしかに歴史的には英語はイギリスがいわば発祥の地であり、イギリスを中心とする英語圏というものがのちのち出来たわけですが、それは由来がそうだというだけの話で、英語に関する知識の蓄積が膨大であることを別とすれば、その歴史のゆえにネイティブを何だか偉いものかのように扱うのはどうかと思います。単なる標本の提供者でしかないという見方だってできるのですから。
実際、英語が業務上の標準語として指定されている関係で、ネイティブたちがネイティブ流に好き勝手な英語を話すことを封じられている例もあります。国際民間航空機関 (ICAO) の業務規定では、ネイティブたちは non-standard な英語を使うことを封じられ、「標本然」としていることが求められてもいるのです。この世界では、ネイティブか否かに関わらず、確実に情報が伝達されることが最優先される関係で、ネイティブの英語は必ずしも聴き取りやすいとは言えず、また、別種の英語を聴き分ける力も弱いと目をつけられ、さらに、イディオムなどは使うな、しゃべるときは、相手がわかるよう話し方を工夫しろ (modulate delivery) などとしめつけられています。英語の国際化により、ネイティブがかえって肩身の狭い思いをさせられている、なかなか味わい深い例です。
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↑この日本人女性の英語は、native に取っては聞き苦しいでしょうね。私も、途中で嫌になります。モノローグで相手が自分のメッセージをどのように受け止めるか? が重要なはずですが、メッセージを発することばかりに意識が行き過ぎて、聞き手のことを考えていないように感じます。この方の英語を聞いている限りは、英語で仕事をした経験が豊富にあるような気がしますが。
"For example, ah A, B,C and ah D" 位だったらまったく気にならないのですけどね。
[返信]
この方は、発音からして、子供の頃の一定期間、イギリス(あるいはイギリス英語圏)で暮らしていた帰国子女と思われます。ともかく声だけ聞いていたら、日本人とわかりません。そんな英語です。
Er, er, er はidiosyncrasies of speech のたぐいで、この程度、アーがうるさいイギリス人はたくさんいますので、私には気になりません。
ちなみに、(このぐらいじゃ、「どもる」とは言わないでしょうが、)イギリスの貴族はどもることで知られ、それが高級と勘違いする連中がまねをすると、亡父(戦前にオックスフォードに留学)が笑っていました。そのことを考えると、この方、クセのあるイギリス人と結婚してらっしゃるとか、その種の英語を話す人々に囲まれて育ったのかなと余計な想像もしてしまいます。
- めいけんとパパ
- 2010年2月28日 18:18
「言いたいことを一回日本語で考え、それを英語に直して表現する、という癖を直せるレベル」
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/8534141.stm
そのレベルに達するには、きっと、「ah,ah,ah,ah」とか、「eh,eh,eh」とか必要なんでしょうね・・・。
トヨタは英語よりもリコールされない車を作る方が先決の気がします。
[返信]
通常の会話をうまく転がして行くには挙げられている ah のたぐいは必須のアイテムですが、それも時と場合によるわけで、記者会見のようなモノローグの場合は、きちんと淀みなく話すことが求められるのではないでしょうか。
- ともちゃん
- 2010年2月28日 12:22
>>また、「ネイティブはこう言うよ」といった指南をありがたく受入れる風土があるのは、ネイティブたちが英語の本家本元として、英語なるものを「所有」しているかのように考えるからではないでしょうか。英語というものがネイティブによって「所有」されているのだという発想に立つ以上は、いつまでも、ノンネイティブは本来の所有者から「借受け、使わせていただいている」という感覚になってしまいます。
実際、英語が母国語の先生はそんな風に受け取られることを目的として授業はしてない気がします。X国事情からもそれが伺えました。
>>英語圏では、学習は学生が中心となってインターラクティブに進められるプロセスと認識されているので、学生は他と協力し合いながら、みずからの知的基盤を形成する責任を負っている。このことから、X国では試験やスコアで学生どうしが競争するカルチャーがあるのに、英語圏では、試験の成績より、他との協力やクリエイティビティーにより大きな価値があるとされる。
まぁ、ここら辺から英語圏の教育スタイルを全面的に取り入れるという考えを起こすよりも、2000語をしっかりと習得するの方がより実践的ですよね。
[返信]
>実際、英語が母国語の先生はそんな風に受け取られるこ>とを目的として授業はしてない気がします。
ここで言うownershipは、英語を教えるノンネイテイブのメンタリティーについて言われることであり、例えば、三人の共著である、Bridging the Gap Between CLT Theory and Practice in a Japanese Junior High Schoolという論文では、こんなふうに指摘されています。
We believe that as long as the Japanese teachers continue to think that English is best taught with the assistance of native speakers, the ownership of the knowledge of English would continue to lie with native
speakers, not with the students of English.
- ともちゃん
- 2010年2月27日 16:29
日向先生
いつも大変ためになる内容をありがとうございます。
「ノンネイティブとネイティブの違いは意識して勉強した結果英語を身につけたか、意識せずに自然と身につけたかの違いでしかないわけで、見ようによっては、意識して勉強した方がより正確な英語を身につけているとも言えます」
という箇所。
振り返ると、勤務先などでも何を言っているのかわからない日本語の文書を見かけることがあり、「でも、これは日本語のネイティブが書いたものなんだよなぁ…」と思うことがよくあります。
かくいう私も、遥か20数年以上前の学生時代、走り書きで乱暴に書いた日本語の文を、中国人留学生に直された経験があります。
「『~から』、『~ので』といった理由や原因を表す言葉は、1つの文に2つ以上使ってはいけないのではないですか?」
読み返してみると、たしかにおかしい…と。
落ち着いて書けばそのようなミスを犯すことはありませんが、ネイティブとしてばつの悪い経験でした。
これからも記事を楽しみにしております。
[返信]
おっしゃるとおりで学習モデルとしてのネイティブなんてもの、つまりその言語をパーフェクトに使いこなす人間なんてあり得ないですよね。
わたしも、この「一貫」は「一環」ですよねと誤字を指摘するイギリス人を知っています。この人、日経新聞を電車の中で読んでいる人です。向こうが出来て、こちらが出来ないはずないよなと、よく思い出します。
- Ken
- 2010年2月27日 13:12
貴重なお話をありがとうございます。
お話を読んでいて、「英語」は世界で使われているソフトウェアである MS-Word や Excel, Powerpoint と同類のものであるように思えてきました。即ち、自己表現をするための「ツール」ということです。
但し、ソフトウエアとコミュニケーションはできませんが。
おっしゃる通り、英語のユーザー数では、non-native が native を上回っていますね。イギリスも、アメリカも「単なる標本の提供者」というご意見に、納得いたしました。
ただ、イギリス人やアメリカ人の中にも、ネイティブであるためか、すごく傲慢な人がいますね。こっちがわからないでいると、同じことを大声で何回も言って、どうしておまえはわからないんだ、という表現をされることがあります。日本企業とお付き合いのある人達は、別の表現を使って、わかってもらえるよう工夫をしてくれます。我々からも学ぶべきことがあるんだ、という態度で接してくれるからだと思います。
日本人の中にも、表現がヘタクソでも通じればいいんだ、という人がいますよね。しかし、それでは駄目だと思います。こいつと付き合うのは疲れるからやめよう、という気にさせてしまうかもしれません。やはり、最低2000語を機用に使いこなす能力は必要だと思います。言いたいことを一回日本語で考え、それを英語に直して表現する、という癖を直せるレベルは必要です。
また、先日、アキオちゃんが、「お客様からの信頼を取り戻すために、微力ではありますが、全力を尽くしたいと思います」とアメリカで言っていました。これではだめですね。先生がおっしゃられるように、グローバルな土俵での発言能力は必要だと思います。
[返信]
「言いたいことを一回日本語で考え、それを英語に直して表現する、という癖を直せるレベル」というの、実に言い得て妙ですね。
- めいけんとパパ
- 2010年2月27日 10:34
日向先生
いつもためになる記事をありがとうございます。
「結局は、ノンネイティブたちも英語圏の普通の英語をお手本としている」というお話、全くその通りだと思います。日本人のように英語を外国語として学ぶ場合もやはり、「標準語」であるネイティブ・スピーカーの英語をお手本にして学ぶのが一番自然ですよね。
(日本人の英語を含め)ノンネイティブたちの英語はやはり、どこか母国語の影響を受けた「クセ」のようなものがあるので、その母国語話者同志ではわかりあえてしまう、ということもあるでしょう。ですが、国際社会で異国の人と通じる英語を、と考えると、そういうクセはやはり正確な意思疎通の妨げになってしまいますね。それぞれの国の人がネイティブ・スピーカーの英語を基本に学んでいることで、そういう各国の言語からくる違い(母国語の影響を受けたクセ)が最小限に抑えられ、お互いの意思疎通がうまくいくのでしょう。
私はアメリカのドラマを題材に学んでいますが、それも「アメリカでは普通、どういう会話が交わされているか」を学ぶのに、一番自然な素材だと思うからです。ネイティブ・スピーカーの英語を(発音も含めて)お手本にするのが、私の英語学習の一番大切な部分です。
また、「だからと言って、ネイティブに対して引け目を感じる必要もないと考えます」というお話も大変共感を覚えます。私も常に感じているのですが、「ネイティブ信仰」の強い学習者は多いように思います。特に危険だと思うのは、「ネイティブはこう言っていましたよ。はい、それで議論はおしまい。」のように、ネイティブの意見をそのまま鵜呑みにして、それに対して「そうなのかな?」と考えることさえ放棄しているような場合です。私は、意識せずに自然に身につけた「ネイティブの感覚」というものは非常に大切だと思っているので、ネイティブの意見は貴重な意見として尊重します。が、それをただ鵜呑みにすることだけは避けたいと思っています。
ネイティブの意見に納得できない場合、「英英辞典にはこう書いてあるのですが」「映画やドラマでこういう表現が使われていたのですが」というこちらの根拠を示して、自分の納得のいく答えをネイティブから引き出せるくらいの英語力をつけたいものだ、と常々思っています。
ネイティブの英語をお手本にする、だが、ネイティブの英語を「偉いもの」のように崇拝しない、という「バランス感覚」が、語学を学ぶ上では大切なのでしょう。私が英語を学ぶ時のポリシーは、「間違うことを恐れてはいけない、でも、間違っても問題ないと開き直ってはいけない」なのですが、「ノンネイティブのユーザーがネイティブのユーザーを上回っているのだから、日本人は日本人チックな英語でもいいんだ」というのも、私には「開き直り」のように感じるのですね。そういう開き直りは、ある種、傲慢な感じがしますし、また開き直った時点で、そこから先の成長が望めません。
英語を学ぶ時は、「標準語」のネイティブの英語から真摯に学び、英語を実際に使う時には、「私はノンネイティブだから」などと卑屈に感じることなく、自分が現在持っている英語力を最大限に使って、自分の意見を堂々と自信を持って言える人間でありたいと思います。
[返信]
コメントありがとうございます。思うのですが、英語を学ぶということの意味を,英語を「所有」している先生から分けてもらうという感覚だと、おっしゃるようなネイティブ信仰に結びつくんでしょうね。
世界共通規格の自己表現のツールで、しかも、その使用法が世界に公開されているもののユーザーという感覚でいれば、「自分が現在持っている英語力を最大限に使って、自分の意見を堂々と自信を持って言える人間」になれるのだと思います。
- Rach
- 2010年2月27日 07:38

日向先生
いつもよい刺激をありがとうございます。
この記事で使われる頻出2000単語というのは、wordcountのウェブサイトでいうと、ランク何番目くらいにあたるのでしょうか?
wordcountのランク2000語くらいだと、どうしても日常会話の範囲はまかないきれない気がするのですが・・・・
[返信]
通常、頻出最上位の2,000単語というのは動詞の活用形や派生形をひとまとめにした「ワードファミリー」ベースのことです。ですから,talk という動詞なら、(he/she/it talks), talked, talking といったものまで、ひとまとめにして考えます。ですから、活用形などもいちいち数える、単純な単語数で数えたら、3,500から4,000ぐらいになると思います。一方、wordcountでは、talkedもtalkingも別々に載せていますから、「ワードファミリー」ではなく、単純な単語数(専門家は lemma と言っています)ベースであることがわかります。