2010年3月 4日
ELF vs ネイティブ英語
互いに母語が異なる人どうしがコミュニケーションのために使う英語は、ELF= English as a Lingua Franca と呼ばれており、この分野の研究者たちは、話し言葉、書き言葉を問わず、ノンネイティブどうしの英語でのやり取りを記録し、それをデータベースとしてまとめる作業を精力的に進めています。
そのおかげで、少しずつ実態がわかってきていますが、けっこう日本人学習者の励みになりそうなことが多いのでご紹介します。
英語があまり得意でない外国人と英語でやり取りされた経験のある方はわかるでしょうが、あとから考えると笑ってしまうような言い間違いなどいくらでもあります。例えば、「子供の写っている写真」と言いたい場合、普通の英語なら、a picture of a child でしょうが、これを、a picture with child(子持ちの写真)と表現しているのに、互いに何かわかった気になり、そのまま通ってしまうということがいくらでもあるのです。また、余計な to を入れて、本当は、It makes people laugh. と言うべきところを、It makes people to laugh. と言ってたりもします。
事実、こういった分野を主として文法面から研究している Barbara Seidlhofer という専門家によると、以下のような文法上の間違いはコミュニケーションに影響せず、間違っていても、十分通じるとしています。(まだ買ってないのですが、Oxford Advanced Learner's English Dictionary の7版に彼女の寄稿があり、同じような報告をしているようです)
✓ 三人称現在単数の s はなくても大丈夫
原則から言えば、She likes cats. ですが、She like cats. でも通じるということです。一般に、三単元はなかなか覚えにくいことが実証研究からわかっていますから、一種朗報です。
✓ who/which の使い分けを誤っても大丈夫
人ならwho、そうでなければ which というルールがありますが、the things who are... や people which...がまかり通っているということです。たしかに、あれっとは思いますが、意味は通じます。
✓ 余計な冠詞を入れたり、入れるべき所で落とすのもあり
Company missed target for year ending the March 2010. でOK ということです。
✓ コロケーションを誤っても問題なし
dialog なら、hold a dialogですし、discussion なら have a discussion ですが、make a dialog だとか、make a discussion のように、make をやたら使う傾向が指摘されています。
✓ 風変わりな付加疑問文でも通じる
普通、付加疑問は、肯定文のあとに、isn't it? というふうに足しますが、単純に ..., no? で済ましてしまうということです。
他面、自己流にイディオムを使うのは相手を混乱させる一番の原因だと言います。例えば、はらわたが煮えくり返るような怒りの表現として、make one's blood boil というイディオムがありますが、「相手の言っていることがわからず、いらだたしい思いをした」という程度の話なのに、
It almost made my blood boil because I could hardly understand his words.
などとコンテクストに合わない所に無理矢理イディオムを入れて使うような例です。この点、思い出すのがインド人。一般にインドのエリートはイディオム集に載っているような言い回しを話し言葉の中で使うのが好きで、それが災いして、こういった強引な使い方をする人が多いように思います。
なんであれ、こうやって見てくると、ノンネイティブどうしで英語を使うような場合は、学校文法でうるさく言われることをほとんど無視してしゃべっても、ともかく通じるわけで、学習者にとってはある種グッドニュースではないでしょうか。
一方、発音の方を見ても、th なんか発音できなくても問題のないことが知られています。this とうまく発音できなければ、tis でも十分相手に通じるということです。ですから、以前ご紹介した Graddol などは、th をきちんと発音できるように躍起になるのは、 appears to be a waste of time (時間の無駄かのようだ)とまで言っています。同感です。
他面、典型的日本人が product を pu-ro-duk-to というふうに、母音を足す分には、元の姿がわかると言うのか想像がつくので、相手もわかるけれど、同じ product でも、(台湾の人が典型のようですが)子音を落として、po-duk のように発音すると「原形をとどめない」ので、何を言っているのか想像もつかず、相手に通じなくなってしまうと言います。
つづく
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Comments
先生こんにちは、NTです。久しぶりに投稿させて戴きます。発音もそうですが、何回練習しても不自然になってしまう単語、表現があります。
-Would you mind ?
-consumer spending increased .
-asking me to give this .
括弧内がその例なのですが、実際の現場でsignificantlyをplungedに合わせて敢えて使ってみて、逆につっかえてしまい、リズムを崩した経験もあります。『ビジネス英会話』のダイアローグを練習していても同様です。
発音、抑揚に注意して訓練するようになってからヒヤリングもスピーキングも飛躍的に向上したのですが、こういう発音しにくい単語もすんなり言えるようになるとまたひとつ階段を上れると思って、がんばりたいと思います。
そういえば、3/2に欧州の人からマーケティングのプレゼンを受けたのですが、内容もさることながら、ELFながら素人目にもカッコいい英語でした。その冒頭は(こちらのプレゼンの後だったのですが)"Thank you for asking me to give this presentation"でした。それがきっかけで気分がよくなり、その後の会議も会食も満足したものになりました。
以上
[返信]
リズムに乗せにくいとおっしゃる方の発音を聞くと、たいてい、ビートの来る直前の部分に「手をかけすぎている」ものです。ビートの直前の所は、「溜める」感じでさらっと、聞こえるか聞こえないぐらいに手を抜くのがコツだと思います。
あと、giving me an example などの例は、givinmean と一塊にして言えるかで、egZAmpl を「演じる」余力があるかを左右するのではないでしょうか。
ちょっとした発音の基礎を勉強し直したい場合は、
Judy Gilbert の Clear Speech from the Start(Cambridge University Press) がお勧めです。
- NT
- 2010年3月 5日 13:23
初めて書き込みさせていただきます。日向先生の著書を参考に英語を勉強しているのですが、日々の学習の方向性としては日向先生が著書で紹介されているような文法・語法を身につけるべきだと考えてよろしいでしょうか。ご紹介のELFのような実態については、学習上どう位置づければよいでしょうか。通じるとしても、お手本とするのは抵抗感があります。
[返信]
はい、ご安心ください。そのことについては続編で取り上げますが、結局、ネイティブの権威を認めるかは別問題として、ネイティブがつくりあげてきた英語がひとつの共有財として利用されていると言えそうです。
- 羊
- 2010年3月 4日 22:23
台湾人、広東人もそうですか。
私はベトナム人の英語がまったく聞き取れません。
そして、私の英語はアメリカ人に聞き間違われたことがないのに、ベトナム人に何を言っているか分かってもらえません。
しかも、彼らは自分たちの発音はいいと自信を持っており、私の発音は下手だと笑います。
彼らも並んだ子音は一つしかいいません。単独の子音でも平気でどんどん省略します。発音したとしてもk,t,p,m,n,ngのどれかに当てはめたりします。ほかは、trはchで言ったり、dをj で言ったりもうすごい。
日本人は、どうして自分たちは発音が下手なんだろうってみんな思っているのが、彼らを見ると不思議に思ってしまいます。彼らは自信たっぷりに、理解困難な発音をしています。彼らが日本人より英語の発音的にすぐれているのは「v」の発音があるだけで、あとは日本語のほうが英語的に有利です。もっと自信をもつべきだし、自信をもつ教育をすべきだとも思います。実際日本人の英語は聞きやすいとなん人もの英語話者から聞いています。(完全カタカナ発音ではもちろんだめでしょうが)。
あと質問です。thは何と置き換えるのがいいのでしょうか?thisはdisじゃなくてtisのほうが聞き取ってもらえやすいのでしょうか?thinkは、tink, sink, finkどれが聞き取ってもらえやすいのでしょうか?
[返信]
結局、自信を持てるようにする教育というのはネイティブモデルの英語から脱することではないでしょうか。ネティブたちの英語が標準であるというのはどうも争えない事実のようですが、だからと言ってネイティブを権威として認める必要はないと考えます。学習モデルの理想型であるネイティブというもの自体、実際には存在しない虚像でしかないからです。
ところでth の音については、以下の "Pronunciation difficulties" の項で取り上げているとおり、語種に応じての選択肢が併存しているというのが現況でしょう。この先、果たして、th の音がないと誤解が生じるのかという角度から検討され、母語の違いを超えて発音しやすい代替品が提示されるか、あるいは、気にするなということに落ち着きそうです。
http://en.allexperts.com/e/e/en/english_as_a_lingua_franca_for_europe.htm
- いしだて
- 2010年3月 4日 21:07
日向先生
以前、二年ほど東南アジアに駐在していたことがあり、その時の経験からも大いに頷ける内容でした。
私の場合、現地で英語のノンネイティブと会話やメールをするときは、完了形や難しい単語(←ネイティブスピーカーが相手であれば「より正確」に言いたいことが表現できる部類)は避け、出来るだけ平易で誤解のない文章にするよう心がけていました。なかには英語圏に留学経験があり、かなり出来る方もいましたが、完了形はあまり耳にしませんでした(ひょっとしたら私に合わせてくれていたつもりかもしれませんが)。
ただ、帰国後、現地で英語で仕事をしてきた割に、「精度」が落ちたな、という自覚もあり、この点、先生が先日書かれていた「化石化」と表裏一体なのかとも思います。冠詞や単数・複数など、ただでさえ苦手なのに、話し相手にとっても関係ないともなれば、なかなか気をつけるのは難しいですね。
ついでに現地事情をご紹介すると、ベトナム(北部)では、ベトナム語の影響で“tr”が、何と「チ」になってしまいます。“trainee”は「チェイニー」です。これは予め知っていないと、全く理解不能です。
[返信]
わたしにとっては、大変示唆に富むコメントでした。いろいろELF関連の資料を読んでわかるのは、コミュニケートしようという以上は、相手のあることなんだから、相手を気遣え、相手がこう受け止めるのではないかというところまで見越して自分の発する言葉を変えた方が結局は報われるということであり、特に商談のような目的合理的な会話の場合はなおさらだということです。
こうした視点からすると、元ハノイ市民さんがおっしゃる「出来るだけ平易で誤解のない文章にするよう心がけ」たとか、「ただでさえ苦手なのに、話し相手にとっても関係ないともなれば、なかなか気をつけるのは難しい」ということは、ポイントを突いていて、そりゃそうだよなあ、でもねえ、などと考えてしまいます。
完了形はなかなか微妙で、一般には使わないで済ますという傾向があるようです。この点、続編で触れようと思っています。
いずれにしろ、この分野での研究報告やみなさんのコメントを読んでいると、英語の教育もさることながら、改めて言葉を使って他とコミュニケートする場合の心がけを含めた言語教育も大事なんじゃないのと思います。
- 元ハノイ市民
- 2010年3月 4日 19:19
かつて香港に住んでいた頃、香港人も「子音を落とす」ことが多く、慣れるのに結構かかりました。
printer -> pinter
clinic -> kinic
の音になっていました。これは吃音の多い広東語の影響と思っていたのですが、台湾もそうなのですね。
ちなみに、普通語の発音は、香港人より日本人の方が、総じてきれいなのが意外でした。
最近は仕事上、東南アジアの人々との英語のやりとりが多いのですが、受験英語にもよく出る"provide A with B"の文型の"with"は、感覚的には8割以上の確率で抜けている気がします。英語を母語としない人にとって、ここにwithが入るというのは、感覚的にピンとこないのかなと感じています。
[返信]
いろいろと観察されては楽しまれているんですね。pinter, kinic じゃあ、目の前にプリンターがあり、クリニックがあるならともかく、普通は、想像がつきませんから、これじゃ、さすがに困ります。
provide は、たしかに、普通、provide sth to sb ですから、あの provide sth with sb というのはやはり異質で、無理もないかなあと感じます。ノンネイティブどうしの場合は、凝った構文は避けろということでしょうか。
- Ken
- 2010年3月 4日 14:01

いつも楽しく拝見しています。
イディオム学習法について、お勧めの本や、コロケーション学習との比較から、どちらを優先すべきか、等ご意見ございますか?
この点、悩んでいます。
[返信]
イディオム(字面からは意味が取れないもの、特に格言的なもの)はノンネイティブに通じないことが多いので、まずはコロケーションにウェイトを置くことをお勧めします。ただ、本によってはイディオムとコロケーションがいっしょになっていたりするので、中身を確認する必要があります。いずれにしろ一番いいのはKey Words for Fluencyのように練習問題があるもので、間違えなくなるまで繰り返すのがポイントかと思います。