2010年3月 5日
(続)ELF vs ネイティブ英語
前回、ノンネイティブどうしが英語を使ってコミュニケーションを行う世界では、文法と言い、発音と言い、独特であることを見ました。額面どおり受け止めれば、英語なんか無手勝流でよく、わたしの本を含め、いちいち「標準語」など勉強しなくてもいいんじゃない、と言えそうです。
ところが、事実としては、すごい英語がまかり通っていても、やはり学習者の頭にあるのはネイティブ・モデルの標準語なのだという興味深い報告があります。
これは Ivor Timmis という研究者が ELT Journal という専門誌に発表したもので(Timmis, Ivor. (2002). “Native-Speaker Norms and International English: A Classroom View.” ELT Journal 56: 240-49.) で、アンケート調査が元になっています。構成は、発音に対する考え方、同じく、文法事項に対する考え方、そして最後に、どこまで「実際の会話」を学習対象として取り入れるべきをめぐる考え方に関する設問が柱です。
回答者は、学生グループと教師グループから成っており、学生の方が、14ヶ国にまたがる400名で、教師の方が45ヶ国にまたがる180名となっています。
まず、発音については、学習の到達点として、「ネイティブ並み」ならびに「通じる発音という点では問題ないが、母語のアクセントが残っている」という二つの「学習者像」を示し、学生にどちらになりたいかを尋ねます。
これについては、驚くことに、学生の方は、400 名中 67%がネイティブ並がいいとしています。ただ、おもしろいことに、回答者中、南ア、パキスタン、インドの学生だけを抜き出すと、比率は逆で、64%が母語のアクセントありでいいじゃないとし、ネイティブ並みになりたいとするのは34%にとどまっています。
一方、教師は、総じてこだわりがありません。ちょっとおもしろいのが、同じ教師でも、ネイティブの教師だけに限って見ると、ネイティブ並みを目指すべしとするのが20%、アクセントありのノンネイティブ型でいいじゃないとするのが41%、そして、どっちでもいいよとする人が39%という比率になっており、「ネイティブ並みの発音じゃなくていいじゃない」とする人が多数派であることです。(アンケートでは対教師グループのものにだけ「どっちでもいい」という選択肢が入っています)。
次に文法事項ですが、ここでは、回答者に三種の学習者像を示して、自分だったらどれがいいかを尋ねる格好になっています。選択肢は以下のとおりです。
Cタイプの学生:言いたいことはすべて英語で言えるし、相手もネイティブか否かにかかわらず、こっちの言っていることはわかる。ただ、英語は自己流で、ネイティブには文法ミスと映るような言い方でも、おかまいなしに使っている。
Dタイプの学生:必要な文法事項はすべてマスターしているので、言いたいことはすべてきちんと言える。ネイティブは文法書にないような英語の使い方をすることがあるが、自分はこういうものは勉強しようと思わない。
Eタイプの学生:ネイティブが従っている文法ルールである以上、自分もそれに従っており、ネイティブどうしが会話をするときに使われるインフォーマルな英語の文法についても、ネイティブと同じように使っている。
ELF = English as a Lingua Franca という見地から言えば、CタイプがEFL流ということになりますが、400名の回答者中圧倒的な支持を受けたのがEタイプで、要するにネイティブの英語話者です。
教師に対するアンケートでも、ネイティブか否かを問わず、過半数がEタイプがいいとしています。
(おそらくは日本人の英語教師の多くがDタイプを選ぶであろうことを思うと、複雑な気持もします)
こうして見てくると、世界中の英語学習者はみな一様にネイティブモデルの英語を目標に勉強しているのだと言わざるを得ません。以前も書きましたが、南米やインドのノンネイティブが書いたビジネス英語の教科書を見ても、明らかに英語圏のテキストをお手本にしているわけで、普通の英語であるか,ビジネス英語であるかを問わず、ともかくネイティブの使う英語が標準語扱いされているということになります。
ただ、だからと言ってネイティブの指南する英語が正しいとも言えません。つまりネイティブを本家本元扱いする必要はありません。そもそも学習モデルにおけるネイティブなぞ存在するはずがありません。だからこそ、ヨーロッパ各国が言語運用能力の指標として用いている「ヨーロッパ共通参照枠」の最高レベルである C2 も、ネイティブを基準にしていないぐらいです。
ヨーロッパ共通参照枠自体、運用能力の最高レベルである C2 (ケンブリッジ英検の CPE)につき、これはネイティブ並みの運用能力を指すのではないとした上で、こう説明しています。
What is intended is to characterise the degree of precision, appropriateness and ease with the language which typifies the speech of those who have been highly successful learners. この到達目標において企図されているのは、高い水準に到達し得た学習者が話す際に共通してみられる、言語運用上の正確さ、言葉の選択の的確さ、そして、余裕である。
最後に、このアンケートは英語の実際に触れる、なかなかおもしろい質問をしています。
以下のとおり、いかにも教科書臭い、したがって、話し言葉の実際とはかけ離れたモノローグ(A)と、ごく普通の例(B)とを出した上で、「(B)のような英語を使えるようになることはあなたにとり重要と言えるか」と問いかけ、
1 強くそう思う
2 そう思う
3 どちらとも言えない
4 そうは思わない
5 まるでそうは思わない
の中から選ばせています。
A)I had a disaster last night. I was sitting at home on the sofa watching TV when the phone rang. I wasn't very pleased to find out that it was my mum, but she was asking me if I wanted to go to the USA with her.
B)Disaster last night. Sat at home on the sofa watching TV. The phone rings. It's my mum. I'm like 'Oh, no!', she's going 'Do you want to come to the USA?'
結果は、こうです。
1 強くそう思う 15%
2 そう思う 37%
3 どちらとも言えない 25%
4 そうは思わない 16%
5 全くそう思わない 6%
簡単に言ってしまえば、52%の学生が「普通に話されている英語」を話すようになりたいということです。
教師たちの認識も似たようなもので、リスニングやスピーキングの教材に普通に話されている英語の特質を盛り込んだものを使うべきだという意見に対してどう思うかという問いに対して、以下のように回答しています。
1 強くそう思う 31%
2 そう思う 35%
3 どちらとも言えない 22%
4 そうは思わない 9%
5 全くそう思わない 9%
要するに回答を寄せた教師たちの66%が話し言葉の実際を教室でも教える必要があると感じているわけです。
実は、この結果に非常に力づけられました。というのも、ちょうど、単語と文法はマスターしているのに英語を話せない人を想定しつつ、英会話の流れないし構図を説明した上で、その中で各種フレーズの位置づけを示した本を執筆中だからです。この本自体、ネイティブたちの会話を種々分析した本をネタに、
(1)会話は待ったなしのリアルタイムで進む
(2)会話はインターラクティブな共同作業である
(3)会話では相手が誰か、状況はどうかを意識する必要がある
(4)会話では当たり前とされている所定の手順・流れがある
(5)会話の流れに応じた道具を持って会話に入って行く必要がある
という5つの大前提から出発しているので、ネイティブがどんな話し方をしているのか興味などないし、それを自分の英会話のお手本にしようと思わないなどと言われたら万事休すです。
もちろん規模の限られたアンケート調査からこうだと断言はできませんが、少なくとも、数字の上で、学習者のネイティブ志向が確認されているのは興味深いことです。ただ、繰り返し強調したいのは、ネイティブの話す英語が標準語と目されているにしても、だからと言って、ネイティブに権威を認め、挙げ句の果てにネイティブばりの発音を追求する必要はないということです。
英語圏の人々が作り上げて来た英語を一つの共有財としてみんなで利用しつつも、英語のユーザー数において既にノンネイティブが上回っているという事実に即して、ノンネイティブどうしで使うツールとしての英語を捉え直し、必須の文法事項は何か、互いに通じるようにするため守るべき最低限の発音ルールはどうあるべきかの研究を深めるべきなのでしょう。
今回は、ELF (= English as a LIngua Franca) のアンチテーゼとでも言うべきネイティブモデルの英語を学習者がどう思っているかを取り上げましたが、次回は、ヨーロッパでの ELF の実際に即して、どの程度ネイティブモデルの英語と違うのか、あるいは違わないのかを見て行きたいと思っています。
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先生のブログを読んでいて、ふと、中国の普通語を思い出しました。
あれは北京語をベースにした標準語とのことで、その意味では「北京が権威」なのかもしれませんが、実際の北京人の発音はr化の音があまりに激しく、特に南方の人などは、母語として普通語を使える人であっても、北京語をうまく聞き取れないことがよくあるようです。
中国では、各地域に方言があり家庭などでは地元の方言で話すそうですが、(民族による地域差はあるにせよ)学校は普通語だと知人から聞きました。その場合、普通語に「最も近い」のは北京語なわけですが、逆に言えば北京語も一つの方言でしかなく、学習モデルとしての普通語が確立されている、という状況かと思います。
その学習モデルを南方の人が習うと、見事に南方訛りの普通語を話し、北の人は学習モデルに近い音の普通語を話す、と理解しています。
英国英語や米国英語も、みな一つの方言と考えますと、それらとはまた別の学習モデル、いわば「英語版普通語」を確立したりすると、どうなのかな、などと考えてしまいました。
仮に「英語版普通語」が確立され、世界中の学習者がこれを見本に勉強を始めた場合、最初の100年くらいは、やはり英国と米国の英語がもっとも普通語に近いのではないかという気がします。
しかし、500年や1000年が経つと、方言としての英語や米語は独自の発展を遂げて普通語とは相当に異なるものになり、自分たちの方言がそのまま通じるため普通語を学んでこなかった英米の人々よりも、普通語を
手本に勉強してきた現在のノンネイティブにあたる人たちの方が、普通語がよく通じる、なんてことにはなりはしないか、などという考えが浮かびました。
1000年近く前の英語には前置詞がなく、そのかわり格変化が激しかったと習った記憶がありますが、あと1000年くらいすると、英語も米語も今とはかなり違う言語になっているのではないか、とも思った次第です。
日本語も同じかもしれませんが。
余談ですが、かつてパソコンには「IBM互換」という言葉がありましたね。本家本元はIBMで、メーカー各社はIBM機器との互換性を保つため、IBM仕様に忠実に機器を開発したわけですが、やがて、
「IBM仕様に忠実に製品開発をしてきた各メーカーのIBM互換機器同士は問題なく繋がるが、『私に合わせて』の立場であるIBMの機器だけがうまく繋がらない」という事態がよく起こりました。
英語もそんな風になりうるのではないか、などと思った次第です。
[返信]
「標準語」を支えるのは学校教育、メディア、そして書き言葉だというのがわたしの理解ですが、近頃はメディアの力が大きいように思えます。例えば、知り合いの中国人は、テレビで報じられる共産党幹部の方言がはなはだしいと嘆いていましたが、これなどはメディアが標準語とは違うものを浮き彫りにする役を果たしており、一種の反面教師の役を担っていると言えそうです。
イギリス英語もアメリカ英語も固有のジャンルではありますが、しかし、世に言う「英語」自体、そういったバラエティーないし夾雑物を排除し、いわば純化した上での、ただの理想型でしかありません。そしてそのような抽象的なものであり、誰も見たことがないものであるが
ゆえに、あまり英語のことを知らない人までもが「それは英語じゃないんじゃないの」などと言えるわけですが、他面、モデルとしての英語があるのは確かです。しかし、基準となる英語のモデルが実際に存在していることと、そのモデルを取り仕切る権威をモデルの元となった米語ないし英語の話し手に認めるかは別なのではないかというのが、今回のシリーズの視点です。
- Ken
- 2010年3月 6日 00:38
地方特有の言い方(方言に近いが、発音の訛りではなく、表現の仕方自体が違うこと)はどのように位置づけられるのでしょうか?
現在、アメリカ南部ジョージア州にいますが、訛り以外にも、"南部ではこういう表現をする”という言い方がいくつかあります。
例えば、”よく~していたものだ”という”used to ~"は、否定形や疑問形には出来ないので、その場合、単に I didn't とか Did you ~?と言うことになると思うのですが、南部では結構、I wan't used to とか、Did you used to ~? とか使ってしまうようです。要は文法的に間違っている”雑な英語”が多くて、でもそれが割りと一般的に使われてしまっている(口語では)ようなのですが、南部の田舎者と思われたくなく正しい英語を使おうと気をつけているアメリカ人は、こういう変な南部英語は使わないと言っています。私は、書き言葉と話し言葉のレベルを共に上げたいと思っていますが、方言は方言として理解してその地方内で使うにとどめて、あくまで正しい英語を基本に勉強しなければいけないと思うのですが、口語の文法書が一般的に無い中では、この辺りの線引きが難しいと感じます。
というのも、外国人にはそれが”地方特有の言い方”なのか、”一般的にある会話特有の言い方”なのか、見分けるのが難しいからです。
[返信]
たしかに何をもって「方言」とするのか自体むずかしく、例えば、一つのアプローチとしては、Non-mobile, old, regional, male-speakers (NORMS) という基準で方言を採集し、整理するといったことが行われているぐらいです。一方、これに対する「標準語」があることも確かで、普通は、学校教育で教えられ、メディアが使っていることが基準ですが、中でも最大のポイントは書き言葉としての通用性です。他方、ある表現がローカルなのか否かは、日頃から全国メディアに乗っているTVドラマのやり取りで耳を鳴らし、「フツーの英語」が何かにつき問題意識を涵養することではないでしょうか。
- SS
- 2010年3月 5日 23:26
会議の議事録を書く時にAとBを行ったり来たりしている気がします。通常会話を走り書きしたノートを見ながら、不足情報を補って仕上げていく過程で、ここは過去完了だよな、ifを3回も繋げて会話を続けないでくれよ、と思ったり。だんだんと面倒くさくなり、" "で区切ってそのまま挿入してしまうんですが。
[返信]
うーん、どうなんでしょう。自分の経験では、筆記録は別として、議事録の場合は、たいてい間接話法でした。昔、議事録の英訳をやっていた時代は、伝手をたどって欧米企業の議事録を取り寄せて研究した上、その種のテンプレートを見ながら、テープ起こしされた取締役会のやり取りも、要するにこんなこと言ってたよと凝縮した上で、無理矢理報告文にしていました。
また、議事録で過去完了に気を使う場面というのも普通は少ないと思います。
- yuskay
- 2010年3月 5日 14:41

>英語圏の人々が作り上げて来た英語を一つの共有財としてみんなで利用しつつも、英語のユーザー数において既にノンネイティブが上回っているという事実に即して、ノンネイティブどうしで使うツールとしての英語を捉え直し、必須の文法事項は何か、互いに通じるようにするため守るべき最低限の発音ルールはどうあるべきかの研究を深めるべきなのでしょう。
これは相当難しい研究になりそうですね。ノンネイティブがある程度、自分の国の言語の発音を捨てる決心になると思います。例えば、インド人のエリートの多くは英語を流暢に話すことができますが、私にはさっぱりわからない。エリート意識を捨てることができるか、という課題もついてくるでしょう。
イタリア人やイギリス人は、important のことをインポルタント、our のことをアワルと言う傾向がありますよね。
25年位前ですが、フランス人から "What do you think about the Japanese King イロイト?" と聞かれたことがあります。その時、日本には王様はいないし、イロイトって???
その後、"King, イー イズ イロイト." ??? 裕仁のこととわかるまで、1分かかりました。 フランス人は、英語を話す時には、h を発音しないというルールを、壊してもらわないといけないな、と思います。フランス人も、プライドを捨ててもらわないと・・・。
しかし、日本人のヘタクソ英語は、発音面では結構通じるんですよね。文法面や connotation の面では無茶苦茶ですが。
お笑いですが、fax を f...cks と聞き間違えたことがある、と知り合いのアメリカ人が言っていました。
[返信]
フランス人は自分たちがhを発音していないという認識が薄いですし、スペイン人も自分たちが子音の前のsを発音できないとわかっていないのが普通なわけで、どの国の人もまずはオノレを知り、その上で相互理解に必要なルールをいっしょに考えていくという手順になるのではないでしょうか。ただ、おっしゃるとおり、大変なことです。