2010年3月17日
「お若いですね」「そんなことなくてよ、ほほほ」
以前、褒め言葉に Thank you. と返していいのか?という記事を書きましたが、同じく、プラグマティクス(言葉プラスアルファの組み合わせがその状況でどう聞き手に響くかの問題)にかかわるものとして、謙遜がどう受け止められ、処理されるかということがあります。
この点、最近、目にした資料でおもしろかったのが、「日本語の雑談における不同意の相互作用−「儀礼的不同意」に焦点を置いて」という論文。木山幸子という東京外大の院生(執筆当時)が書かれたものです。
社会言語学の分野での基本書と言える、Brown and Levinson の "Politeness: some universals in language use" (Cambridge University Press) で打ち出されている、Face Threatening Act (FTA =相手が内心、期待している社会関係上の高い評価に悪影響を及ぼしうる行為) から話を始め、まず、こういったFTAのインパクトを軽減するか否かは、当事者間の「社会的距離」、「力関係」そして、「状況に照らして相手が負担と感じる度合い」の三つの要因によっているとします。その上で、次に、60名の参加者を集め、「力関係」については、20-29歳の女性に限定することで、いわば「固定」し、また、「状況に照らして相手が負担と感じる度合い」についても、状況を「雑談」というジャンルに固定する一方、「社会的距離」を変動要因扱いして、親しい友人どうしと初対面の他人どうしという組み合わせで、どう違ってくるかを確かめる実験をています。
実験は、「お若いですね」に対して「あら、いやだ、そんなことありませんよ」と返すような出発点が相手に対するプラス評価である場合と、「わたしなんか、英語がまるで駄目で」に対して「何をおっしゃいます。そんなことないでしょう」と返すような出発点が自分に対するマイナス評価である場合とに分けていますが、まず、前者のパターンでは、友だちどうしのグループと初対面の人どうしとでは違いがなかったとのことです。いずれも、あいづちを返すとか反応を保留するようなものを含めて、格別異を唱えなかったり、あるいは、「そんなことありませんよ」という不同意に対して「だってみなさん、そうおっしゃるんじゃない」的なコメントを加えたりする例がどちらも、3割から4割という結果でした。
ところが、自分に対するマイナス評価が出発点のケースでは、「相手がそんなことないでしょう」的な不同意の姿勢を見せた場合、友人どうしだと、軽く「そうなんだろうな」的な「受諾」か、そのことに敢えて触れず、別の話へと転じてしまう「転換」というのがパターンだったのに対して、他人どうしの例では、「ご謙遜を」に対して「いや、本当に駄目なんです」的な「儀礼的不同意にする反応が儀礼的不同意」といのがパターンだとしています。
執筆者本人は、「日本の社会では、そしてもっと特定的には日本人の女性の間では、謙遜の原則の力は英語圏社会における通常の場合より一層強力だとし、また、リーチの『語用論』(紀伊国屋書店 1987)を引きながら「リーチは日本人女性の間で謙遜の原則が強力に働くと指摘しているが、本研究の20代女性同士の雑談における結果と照らし合わせると、それは初対面の会話においてのみ言えることである。友人同士では「不同意」が続くことは少なかった。したがって、友人に向ってこのパターンを展開した場合、相手はよそよそしく振る舞われたと感じ、対人関係も損なわれかねない」と指摘しています。
Canale and Swain は、コミュニケーション能力の要素として、文法の力とコミュニケーションを是正する力(うまく行かないときに補正する力)に加えて、社会言語能力を挙げていますが、こういった調査結果を見ると、改めてコミュニカティブ英語を強調する以上、もっとプラグマティクスに目を向ける必要があるよなと感じます。
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