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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2010年4月30日

[再訂]bigotedは偏屈なのか:ブラウン英首相の失言の訳を考える

イギリスのブラウン首相の遊説先での失言がイギリス社会に大きな波紋を投じています。遊説先で年金生活をしている老婦人にやり込められ、劣勢に立たされた後、車に戻って気が緩んで、くさくさした気持をスタッフにぶつけたのはいいのですが、それを切り忘れた放送用マイクに拾われてしまったという一件です。

この件を報じているBBCニュースなどは、見出しからして、Gordon Brown 'bigoted woman' comment caught on tape. とし、また、ビデオクリップのキャプションも、Gordon Brown describes pensioner as a 'bigoted woman' となっており、bigoted のオンパレードです。

このブラウン発言、おばあちゃんにあれこれ政策課題について突っ込まれ、辟易したあとで、車内に戻ってほっとしたところで出たものですが、映像を見ると、こう言っています。

She's just a sort of bigoted woman that said she used to be Labour.

この bigoted 、わが国のメディアはこう訳しています。いずれも人の言うことに耳を貸さないおばちゃんのイメージです。

「偏屈な女」「あの偏狭頑迷な女」(産経)

「偏狭頑迷な女」(共同)

「偏見だらけの女」(朝日)

「頑固ばあさん」(日テレ)

「偏屈女」(cnn.co.jp)

「頑迷な女」(読売)

「頑迷な女」(毎日)

たしかに、『ロングマン英和辞典』で bigot を引けば、「偏狭(偏屈)な人」という訳が載っています。その一方、Longman Language Activator は、prejudiced の項で類語としてのbigoted を取り上げ、"someone who is bigoted has a completely unreasonable hatred for people of a different race, religion etc. based on strong and fixed opinions that no one can persuade them to change (bigoted と形容される人は、人種や宗教などの異なる人々に対して、およそ理屈では説明できないような嫌悪感を持っており、しかもそれが、もはや誰も変えられないような牢固たるものの見方に根ざしている)と説明しています。つまり、単なる偏見ではなく、人種や宗教がからむ偏見を持つ人々を指して bigoted と言うのだとしています。

また、The Newbury House Dictionary of American English でも、名詞 bigot につき、someone who has strong, unreasonable opinions or beliefs about others' race, religion, etc.(他の人々の人種、宗教などにつき、不合理にして確固たる意見や信条を持っている人)としていますから、やはり人種や宗教がらみの prejudice (先入観、偏見)を持っている人が bigot だとわかります。

考えてみれば、bigot は元々は狂信的な信者を指す言葉ですから、その意味でも他の人々を信仰や人種で差別し、拒絶する姿勢を bigoted から感じることができます。

以上のことを念頭に、おばさんとのやり取りを読むと、ブラウン首相としては、「外人嫌い」というニュアンスで bigoted という言葉を使ったんだろうなと感じます。コンテクストに照らし、bigoted woman は、頑固だ、頑迷だ、つまり話のわからんおばあさん、という感じではなく、「外人嫌いのばあさん」には困ったもんだというつもりで言ったと見るのが自然な解釈だろうなということです。

と言うのも、くだんのおばさん(ダフィーさんと言います)自身、「(自分は弱者を大事にしろという教育を受けて育ったのに)ここでは、弱者でない人が公的扶助を受けている一方、弱者が扶助を受けられないでいたりするけど、どういうことなの?」と苦情を言っているからです。前後を読むとわかりますが、彼女は、身体壮健な移民たちが住宅供与などで優遇されているのに、弱っている老人たちのささやかな年金に課税されたりするのが我慢ならないということのようです。こうしてただでさえ、東欧からの移民たちを快しとしない姿勢がありますから、失業給付の受給制限がどうのと言っているブラウン首相をさえぎって、「移民のこと、わかってないみたいね。おおぜいの移民が東欧から来ているのよ、いったいどこから押し寄せているんだか」と不満をぶちまけます。

もちろん、ブラウン首相も、反論はします。ただ、移民とおっしゃるけど、イギリスからだって毎年100万もの人がヨーロッパに移民しているんですよと応じるのがやっとで、明らかに旗色悪しです。(そもそもイギリスも加盟国であるEU自体、域内でのヒトの移動の自由を理念のひとつとしていますから、他の加盟国から人が来るのは厳密には「移民」に当たらず、同じ国の中で他の地域から人が来る「引っ越し」程度でしかないところが苦しいところです)

こんなやり取りを経て、車に戻ってきたブラウン氏ですから、スタッフに「チキショー」という気持を表したくなるのもわからなくはありません。しかも「Gordon、どういうことなの」と迫ってくるおばあさんでしたから、なおさらでしょう。

こういった目で見ると、果たして、just a sort of bigoted woman と言ったのを「あの偏屈女」と訳すのはどうだろうと思います。トーンとしては、「ああいう人種偏見のあるばあさん、まいるよな。何を言っても聞いてくれなし」という感じだったと推察されます。特に気になるのは、「あの偏屈ばばあ」という感じで吐き捨てるかのように言ってはいないことです。最初の That was a disaster. のあたりでこそ、「クソっ」て感じが伝わって来ますが、側近に「彼女(あのおばさん)、何て言ってたんですか?」と問われて答えるあたりでは、落ち着いており、何か冷静に思い返している感じすらあります。加えて、just(単なる) と sort of (一種の、ある種の、〜のたぐい)と、トーンダウンするためのツールを二つも入れて、「いやね、ただの外人嫌いのたぐいだよ」といった感じで話していますから、「クソっ、あの偏屈女」と怒っている様子はありません。

そこで、報じられている車中での側近との会話も訳すと、以下のようなものだったのではないでしょうか。

首相: That was a disaster. Should never have put me with that woman ... whose idea was that?(いやあ、最悪だ。そもそも、あのセッティングからして大間違いだって。誰の考えなんだ、あれは)

中略

側近: What did she say?(彼女はなんて?)

首相: Ugh, everything - she's just a sort of bigoted woman, said she used to be Labour. It's just ridiculous.(うーん、ああでもない、こうでもないと・・・ただの外人嫌いのたぐいだよ、あれは。以前は労働党支持とか言ってたけど。いや、話にならん)

ひとまず、まとめておきますと、今回の場合、bigoted woman というフレーズは、「偏屈な女」「頑固な女」と訳すのではなく、「外人嫌いの女」「人種偏見のある女」とすべきだったと、これが私の結論です。

そりゃ辞書的には bigoted はとりあえず了見が狭いとか、偏屈というイメージの言葉なのでしょうが、やはり話し言葉に出てくる言葉というものは額面どおり受け取っただけじゃ意味がわからないし、ましてやそれを書き言葉にしたものを翻訳しようという場合はなおのことですから、その言葉が実際に使われたコンテクストにまで目を配るべきじゃないのと感じさせる一件です。


追記:大衆紙ではありますが、この記事(英文)をご覧になると、「事件」の起きたロッチデイルでの移民問題の深刻さがわかります。また、この記事のリードは、以下のようになっており、bigot が移民問題とのからみで使われたことを物語っています。

When grandmother Gillian Duffy suggested immigration was a problem in Rochdale, she was swiftly dismissed as a 'bigot' by Gordon Brown.(孫のいる年のジリアン・ダフィーがロッチデイルでは移民たちが問題だと持ち出そうとしたところ、ゴードン・ブラウンは「外人嫌い」の言うことだとして取り合わなかった)


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Comments

一々面倒臭いことをお答え下さりほんとうにありがとうございました。
ある日本人から、「何言ってる?疑問だから倒置だ。口語ではこういうんだ」と言われたので。。。
本当にありがとうございました。恐縮いたします。

[返信]

どういたしまして。こういうのを疑問だからどうのと解釈されるのは知識の固まりのような方なんだろうなと推察します。会話では互いにわかりあっているがゆえに省略されることが多いというきわめて人間的な営みにまで目が行かなかったのでしょう。

またすいません。
やはり、saved you~に関しては、主語は倒置でyouなんでしょうか?口語表現はよくわかりませんですいません。

[返信]

これは核の傘を指す It が省略されているだけです。

この一件は日本では笑い話として伝えられている節があります。マイクがついているのを忘れていて素がでたというところにニュースバリューがあるわけです。イギリスの国内事情は多くの日本人の興味の対象ではないんですね。

 差別主義者といった強い言葉ではなく偏屈なばあさんくらいにしておいたほうがこの話はより滑稽に聞こえると思います。海外おもしろ映像として考えるならかえって適切な訳だったのではないでしょうか。

 まじめにやってこの有様、だとしたら少し残念ですね。

[返信]

普通の人がおもしろがっているのは別として、結局、報道を見ていても、例のフレーズが taken out of context ということで終わっています。こういう力不足を指して残念とおっしゃっているなら、そのとおりだと思います。

1日遅れですが、本日(5/2)朝日新聞1面の天声人語に、
「選挙の遊説中、支持者の女性と移民問題で立ち話をした。笑顔で応じたが、車に乗ってドアを閉めるや『頑迷な女だ』『あんなのと話させるな』。毒づいたのを、外し忘れたピンマイクに拾われた」と書かれていました。

この記事から、先生が書かれていた内容を連想する読者はいないのではないのでしょうか? ひどすぎますね。

『声』の欄に、英会話学校の存亡に関する投書が載っていましたが、これもお粗末なものです。天下の朝日新聞の記者も読者も、このブログへの投稿者と比べるとレベルが低いな、と実感しました。

[返信]

たしかに、あの天声人語しか読まない人は「支持者の女性」が近所の東欧移民を指して、「雲霞のごとく押し寄せている連中は何なの」的発言をし、ブラウン首相に「何とかしろ」と迫った攘夷派だとはわかりませんから、「ひどい目にあった気の毒なおばあさん」ぐらいにしか受け止めませんよね。前半の厠からのぞく日本庭園の話には笑いましたが、それだけにものを知らないと余計、流されてしまいそうです。

先日の鳩山首相のルーピーを取り上げた各メディアの訳は本当にすごかったですよ。Uh, Yukio, you're supposed to be an ally, remember? Saved you countless billions with that expensive U.S. nuclear umbrella? Still buy Toyotas and such?(ワシントンポスト抜粋引用)
ごらんになりました?ここで取り上げられるかな、とも思っていました。複数の日本の大手メディアがsavedは倒置で主語はyouと思い、buyは主語がないから命令法と思いさらに後ろに勝手に補い、「買えというのか?」と訳していました。悲惨でしたよ。東京新聞にいたっては最後の文を「まだ高級車でも買うつもりか?」。
あきれました。

[返信]

コメントありがとうございます。あいにく、これまで loopy を見聞きする場面に出会ったことがなく、土地勘がないので、格別、問題意識を持ちませんでした。

訂正です。第4回です。

http://www.ua-book.or.jp/cgi-bin/LaynaCart/Cart/LaynaCart.cgi?REQ=%8F%A4%95i%92%8D%95%B6&ORDER=&CD=1059&COLOR=&SIZE=&QUANTITY=

[返信]

ありがとうございます。

移民とセットになっているのが、人種差別という言葉だと思います。そして、イギリス人の「人種差別」という言葉は、多分、日本のそれと異なっていると思います。それを最近、某大学の授業で感じたのですが、いかんせん、私の英語力ではそれをうまく「間違っている!!」と断定できないので、悔しい気分を味わっていたのですが、宜しかったら、
http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/H22/kyouyou/A/gaikokugo/1387014.html
の第三回の一番最後を見てみてください!(各センターにて視聴できます)

ちなみに、今日「ビジネス英語力」強化プログラムを買いました。やっぱり映像の方がわかりやすくていいです!

[返信]

わが国でも外国人の住む地域が増えてはいますが、それによって、元からの住民が所得低下や失業といった深刻な不利益を被っているという話は聞きません。そのあたりがヨーロッパと違っているような気がします。

強化力プログラム、お買い上げありがとうございます。

少なくとも北米において bigot という言葉は、英和辞典の記述とは違い、「(人種)差別主義者」という文脈で使われることがほとんどだと思います。
私も最初は「偏屈な人(narrow-minded person)」の意味で使っていたのですが、bigot は差別主義者のことを指す強い言葉だから気をつけたほうがいいよ、と指摘を受けました。
この解釈に従えば、bigot という言葉が「ちょっとうるさい人」という意味で受け取られることはなさそうです。(Brown首相の意図はともかくとして。)

Brown首相は、このおばあさんの移民問題に対する意見を bigotry と評しているわけで、おばあさんに「人種差別主義者」のレッテルを貼ってしまったわけです。

本人の意図とは無関係に、言って良い言葉と悪い言葉があり、bigot は後者だった、と私は解釈しています。

[返信]

SKさんのコメント、すみません、改訂前の記事をベースにしているかと思います。その後、イギリスの新聞をいくつか読み、このおばさん、明らかに人種偏見で東欧からの移民を毛嫌いしている感じがわかったので、趣旨としてSKさんと同じような感覚に立って、記事を一部手直ししてあります。

おはようございます。Golden Week が始まりましたので、じっくりゆっくり、色々な本やメディア、ブログを読むことができます。今日、子供達は学校に行っているので、1人幸せな時間を過ごしています。

「その言葉が実際に使われたコンテクストにまで目を配るべきじゃないのと感じさせる一件でした」・・・本当にその通りだと思います。最近、メディアの質が落ちていますね。視聴者のために「分かりやすい報道」を目指しているのは良いことなのです。しかし、「これだけかよ?」とか、「本当?」と疑念を持つことが多いです。

メディア、ジャーナリストのレベルも下がっているのではないでしょうか? 行間を読むとか、言葉の裏を考えてみるとか? 

情報量が増えたので、種々の断片的な情報をつなぎ合わせて overview を得る能力を失っているのかも知れません。

特に今は、「低い内閣支持率を出すメディアが良いメディア」のように、視聴者に訴えている気がしてなりません。

[返信]

昔から思うのですが、海外に行っている特派員やらジャーナリストというのは一部の人をのぞいて、ほんとうに英語のできない人が多く、驚きます。大所高所から全体図を捉える能力ももちろん大事ですが、こと言葉に関しては、形式に表れるもの以外、文脈の中で捉えてこそ意味がわかるんだよという、ごく素朴な言語観がすっぽり落ちているように思えてなりません。

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