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日向清人のビジネス英語雑記帳:スペースアルク
 

2010年7月15日

英語の社内公用語化に対する批判を考える

今週のAERAの初めの方にある、「『仕事の出来』と『英語の出来』」というタイトルのコラムが目に留りました。「内田樹の大市民講座」という名のコラムです。

日産、楽天、ユニクロと英語を社内公用語にする会社が増えているのを受け、「仕事は駄目なのに英語ができる人」の方が「仕事はできるのに英語が駄目という人」より高い評価を受けるとして、経営者たる者、果たしてそれで国際競争力が増すのか、逆に失うのか、よく考えた方がいいよという書き出しです。

しかし、この問いかけ自体、変だなと感じます。というのは、社員が日本人だけじゃない、あるいはこれからそうなることを想定して、英語を公用語とするような会社を考えた場合、「仕事ができる」と言えるためには当然、その仕事を英語でもこなせることが前提となるわけで、その意味で、ことこの種の会社に限った場合、「仕事はできるのに英語が駄目」ということ自体あり得ないに決まっているからです。仕事上、英語が必須ですから、「仕事ができる」人は「英語ができる」のが当たり前に決まっています。

これに続いて筆者は、国際共通語が必要だという点、自分も異論はないが、国際共通語が英語であるのは「アンフェア」であることをもっと非英語圏の人々は意識すべきであるとした上で、英語が国際共通語になったのは、英米二国が相次いで覇権国家になったという歴史的偶然によるものでしかないのに、おかげで自国語がそのまま国際共通語になった両国は「はかりしれない利益」を手にしていると主張しています。

しかし、第一に、英米両国が国際共通語になれたかも知れない中国語やロシア語、スペイン語といった他の国を不当におさえつけて英語を国際共通語にしたかのように言うのもおかしな話です。先の論法で行けば、西欧列強の勢力拡大の結果として、(紹興酒やウォッカではなく)ワインが世界中で広く飲まれるようになったのもおかしな話だ、フランスがワインの本場とされるのも気に入らんということにもなってしまいます。

現実問題として英語が多国籍企業の公用語となったこれまでの例、特に非英語圏の企業どうしが合併した例などを見ると、英米両国がどうのという見方は当たっていません。たまたま英語が当事者にとっての唯一の共通言語で、業務上、便利だという事情がものを言っているだけだからです。

例えば、Bill Bryson が Mother Tongue で取り上げているケースでは、スイスとスェーデンの企業どうしが合併して出来た ABB、それにイタリー、フランス、ドイツの車両製造メーカーが合併して出来た Iveco などがありますが、注目すべきは、英語圏の国が関係していないのに、当事者が共通に話せる言葉だということで英語が社内公用語になっていることです。そして、なぜ英語なのかにつき、意外とそんなものだろうなと感じたのが、Brysonが引用している、Ivecoの創業者のひとりの言です。いわく、

It puts us all at an equal disadvantage. (英語であれば、われわれにとり、互いに同程度に不利だからだ)

英語ネイティブの覇権だの、英語帝国主義論などというおおげさな話がいっそうバカバカしく思えてくる、名言です。

また、筆者は、続けて、「今、英語話者達は、政治・経済・学術のどんな場であれ、非英語話者に対して圧倒的なアドバンテージを有している。母国語しか話せず、母国のことしか知らない人間であっても、英語話者は「国際人」として遇される権利を主張できる」としています。

しかし、こういった見方は、英語をいわば所有権が英米人にある言語として、言い換えれば英語ネイティブを英語の本家本元と捉える、卑屈な英語観だと思います。実際、このような英語観に立つからこそ、教育現場でも不必要にネイティブを持ち上げ、日本人の英語教員の面子をつぶしているのであり、その一方、日本人教員の自信喪失を、そして、その結果としてのオーラルコミュニケーションのネイティブへの丸投げをもたらしているのではないでしょうか。

そもそも、英語が使われる世界の中で、ネイティブの「シェア」がどんどん縮小している時代です。Kachru という研究者は、英語ネイティブ1人につき、ノンネイティブの English speaker が4人いると推定していますし、Beneke という別の研究者は、英語が第二言語または外国語として使われているケースの8割かたがネイティブ抜きで行なわれているとしています。

事実、国際共通語としての英語は必ずしも英語ネイティブの英語と重ならず、場合によっては、英語ネイティブが「自重」を求められるケースだってあるぐらいです。そのいい例が英語を公用語としている国際民間航空機関 (ICAO) で、そのマニュアルのひとつでは、次のように、自分が英語のネイティブだからと言って好き勝手をするなよと、縛りをかけています。英語ネイティブ=国際人でなく、英語を業務で使っている人の多数派=国際人であることの何よりの証拠です。

c) Native and other expert users of English should refrain from the use of idioms, colloquialisms, and other jargon in radiotelephony communications and should modulate their rate of delivery. 英語のネイティブその他高度の英語運用能力を持つ者は、イディオム、話し言葉独特の言い回しその他の非標準的な言葉を無線通信によるコミュニケーションに際して避けるべきであり、話す際の速度にも意を用いるべきものとする。

d) Native speakers must ensure that their variety of English is comprehensible to the international aeronautical community. 英語のネイティブは、自分の話す英語が国際航空業務に従事している人々に通じるよう確実を期することが求められる。

このよう、現代国際社会における事実上の共通語である英語は決して英語を母語とする人々の話す英語と同じものではなく、したがって、「母国語しか話せず、母国のことしか知らない人間であっても、英語話者は『国際人』として遇される権利を主張できる」というのは事実に反しています。アメリカ人パイロットや乗務員が自分たちの英語こそグローバルスタンダードなどと主張できませんし、ましてや「あんたの発音、正しくないよ」などと言えず、むしろ、自分の発音が相手にわかるよう気を遣うことが求められる、そういう時代なのです。

そうとすれば、このコラムの最後にある「私たち非英語話者は重いハンディを負わされてゲームすることを強いられている」という一句には、被害妄想的響きがありますし、これに続く、「この非対称性をまるで日本人の恥でもあるかのように語る人間を私は信用することができない」というくだりも、浮き世離れしたインテリの世迷い言のようにも聞こえるわけで、どうもよくわかりません。ネットで検索すると、筆者はかなり有名な文化人のようですし、おそらくは何か立派なことを言っているのでしょう。読解力のなさに恥じ入るばかりです。

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Comments

こんにちは。
>It puts us all at an equal disadvantage. (英語であれば、われわれにとり、互いに同程度に不利だからだ)

これを見て、友人夫妻のことを思い出しました。日本人女性とドイツ人男性のこの夫妻、奥さんのほうはドイツ語をかなり上手に話せるのですが、夫婦間の会話はあえて英語にしていると言っていました。なぜなら「英語ならどちらも若干ハンデがあるので、ケンカのときに平等になれるから」。賢いなあと思ったものです。

[返信]

リンガフランカと言うと、どうしてもビジネスや政治の世界での共通語をイメージしてしまいますが、こういう夫婦の世界でも当然、ありうることですよね。いいお話、ありがとうございます。

典型的日本人さんのおっしゃるのに同感です

>トヨタの社長の一件は、厳しい状況での記者会見で通訳を使わ>ず,日常会話レベルの英語で通そうとした点に失敗の原因が>あり、国際共通語としての英語とて日常会話レベルとは違いま>すから、次元が違います。

とおっしゃいますが。
「厳しい状況」といえば、仕事とは各人にとって、それぞれの場面で、それぞれの意味で厳しいわけです。
唐突に「次元が違いますと」結論付けられても、どの段階から
「次元」が変わってくるのでしょうか?
日常会話レベルとビジネス英語レベルの英語の境目はそれほど
クリアカットに分かれるのでしょうか?

ごく素直に考えてみれば、日本語がリンガフランカだったら我々はどれ程楽か知れません。
中国人にとって、フランス人にとって母国語がリンガフランカだったら、同じ事だと思います。

その事実と中国人が、英語を使って儲けているのは別の話でしょう。

それを英語帝国主義と呼ぶかどうかはさておき、英米人がこの点で大きなメリットがあるのは自明だと思います。
能力が高ければ(母国語であれば)相手に合わせて下げる事は簡単ですが、逆は困難です。

>今、英語話者達は、政治・経済・学術のどんな場であれ、非英語話者に対して圧倒的なアドバンテージを有している。

>私たち非英語話者は重いハンディを負わされてゲームすることを強いられている. . .この非対称性をまるで日本人の恥でもあるかのように語る人間を私は信用することができない

まさに卑屈な日本人論の典型ですね。この「重いハンディを負うとされている人たちの大多数が、英語後進国にも関わらず、世界第二位の経済大国の恩恵を受けているという現実をどうみているのか聞きたくなります。彼らの大多数は、英語圏、特にアメリカの一般国民よるもはるか経済的に恵まれていると思います。

ユニクロや楽天の社内英語公用化はあくまでも企業レベルのdecisionです。にもかかわらず、それをあたかも日本社会全体のトレンドのように扱うこと自体、話を取り違えているとしかいいようがありません。どうりで、八つ当たり議論にしか聞こえないはずです。

[返信]

ネイティブでなくても、英語が使えるおかげで、例えば中国人は、英語を使ってオーストラリア人と取引し、もうけていたりします。(しかも日本で)。このように英語を使って仕事をしているからと言って、中国人らしさが損なわれていたり、ハンディを負っているとはとうてい言えません。というわけで、おっしゃることに強い共感をおぼえます。

私も時に「英語帝国論」を吹っかけられることが
あります。

その時には、大前研一氏(好きか嫌いかは別にして)の
「即戦力の磨き方」(PHP)の一文を提示します。

氏は「語学力」「財務力」「問題解決力」をビジネス戦力として挙げ、、うち、「語学力とは英語のこと」とした上で、
「英語は儲かる言葉」とストレートに表現してます。

つまり「英語ができないと、ビジネスチャンスが極端に狭まる」、ゆえに、(アジアの)どこの国でも、必死になって英語を勉強しているのである、としてます。

私は経験上、素直に同感です。
学生には「英語ができるとHorizonが広がり、楽しくなるよ」と
励ましてます。

[返信]

コメントありがとうございます。外国語を勉強する動機は、儲かるという即物的な動機と相手のことをよく知りたいという文化的、人間的な動機の二つがあるとよく聞きますが、コメントはそのことをおっしゃっているのだと理解しました。

私企業としては正しい、しかし思想的なことで反発が起こるのもやむなし、といったところだと思います。特定の言語を偏重すれば他の言語は消滅に向かいます、だからといって私企業は自社の利益を犠牲にしてまで言語を保護する必要はありません。

 ただ、ひとつ言わせてもらうなら、ひとつの言語でなんでもすませようとせず状況に応じて併用するくらいの柔軟性があってもよかったのではないかと…。たとえば社食のメニューなんて多言語併記で何の支障もないはずです。

[返信]

後段のお話、そのとおりだと感じます。アジアでも、ヨーロッパ諸国が取り入れている複言語主義すなわち、特定の言語のネイティブをモデルにマスターしようとせず、あるいは、マスターを強いるのでなく、様々な言語の「つまみ食い」を認めるスタンスを普及させたいものです。

>>そのこととイギリスやアメリカの英語を本家の英語として一段上に置くかは別問題のはずです。メンタリティーの問題です。

その通りだと思います。
逆に英語を話さない日本人でもヘンなところだけ欧米かぶれしているように思います。英語圏に対してコンプレックスを持っているのか知りませんが、英語を欧米人や異国民とのコミュニケーション使用したことがあったりする日本人に、日本語での会話中にもかかわらず、欧米人的態度を求めたりするのは、至極不可思議きわまりないです。

茶髪にせよ、へんなカタカナ英語にせよ、私にとっては、欧米かぶれすることが日本人のステイタスなのだと思います。この風潮を見る限り、誰も本気で英語なんて勉強したいとは思っていないんだと感じます。誰も本物なんて求めていないんですよ。きっと。みんなユニクロが着たいんです。これでいいんじゃないでしょうか?手ごろな価格で、それなりの見栄えが得られる、今の日本にあふれる英語みたいじゃないですか。この社長の取った行動は正しいと思いますよ。英語とユニクロ、ぴったりの組み合わせです。

[返信]

なるほど、文化論として日本での英語のステイタスを考えると、ひとつの答えになりそうですね。ありがとうございます。

はじめてコメントいたします。いつも学ぶところが多いブログであり、英語を巡る世の中の言説をぶった斬るところなども爽快に感じていたのですが、今回の記事ばかりは少しよく分からない点があったので質問させていただければと思います。

疑問点を簡単に申し上げますと、内田氏は英語について、「不公平があるのは確かだが、現実問題としてはそれでも何とか適応していくしかない」という立場を取っているように見える一方で、先生のこの記事は内田氏が「不公平」を主張した点に激しく批判的に思われるので、そのあたりの真意をもう少しお聞かせ頂けないでしょうか、ということです。

回答:わたしの読み方が悪いのでしょうが、内田氏の論旨は、現実問題として国際共通語が必要なのは認めるが、それが英語となっているがゆえに、非英語圏の人間が根本的な不利を被っているということかと思います。ただ、そこで言う英語がネイティブモデルの英語である点において、私の見方と分かれています。その事実を指摘しただけで、格別、「激しく批判的」なわけではありません。

>>It puts us all at an equal disadvantage. (英語であれば、われわれにとり、互いに同程度に不利だからだ)
> 英語ネイティブの覇権だの、英語帝国主義論などというおおげさな話がいっそうバカバカしく思えてくる、名言です。

この発言ですが、あくまであくまでも「英語を母語としない西欧人」同士だからこそ成り立つのではないでしょうか?Ivecoの母体に英米の企業が含まれていたとして、同じ発言が出てきたとは私には思えないのですが、いかがでしょうか。

回答:ネイティブを英語の本家本元と捉える発想からすれば、Ivecoの出資企業に英語圏の企業があれば、英語圏の連中が有利に立ちます。しかし、英語ユーザーの多数派が相互理解のために使っている英語をもってリンガフランカとしての英語と捉えるのであれば、こういった優越性は成り立ちません。

仮にネイティブを除外して考えてよいとしても、それでも日本人は不利な立場に立たされることにかわりはないと思います。先生がときどき取り上げておられる、母語との距離による語学習得の速度の差異といった話もさることながら、文化的文脈を英語とどの程度共有しているかといった点で西欧人は日本人よりも英語について相当優位に立っていると言えるのではないでしょうか?

回答:西欧人と言ってもさまざまですから、例えば、フランス人は、my hairs, the informations というミスをするので有名なぐらいで、格別、日本人より優位とは思えません。また、ちょっと前のTOEFLで、中国がイタリーに勝っていましたから、ここでも西欧人だから英語学習上、有利だとは言えないと思います。

>次のように、自分が英語のネイティブだからと言って好き勝手をするなよと、縛りをかけています。英語ネイティブ=国際人でなく、英語を業務で使っている人の多数派=国際人であることの何よりの証拠です。

その理想が文字通り実現されているなら、完璧とは言わぬまでも素晴らしいこととは思いますが、現実はトヨタ社長の一件やワイングラスの持ち方の件に見られるように、英語はネイティブにかなり近くなければ侮蔑の対象になるし、英米が属する文化のあり方が「国際人」としての標準にされてしまっているというのが現状ではないかと私には思えてしまうのですが、いかがでしょうか?

回答:ことはジャンルによるのだと思います。トヨタの社長の一件は、厳しい状況での記者会見で通訳を使わず,日常会話レベルの英語で通そうとした点に失敗の原因があり、国際共通語としての英語とて日常会話レベルとは違いますから、次元が違います。ワイングラスの持ち方ですが、そこでは、まず、いいレストランで食事をする教育のある西欧人がモデルになっています。一方、日本人はそういうモデルを追求しているはずなのに、見間違っているので、それを指摘したまでです。多くのジャンルで、英米文化が国際人の標準になっているのはそのとおりで、現に国際共通語としての英語の世界でも、やはりユーザーは、英米の英語をひとつのお手本として追求しているのはたしかです。しかし、そのこととイギリスやアメリカの英語を本家の英語として一段上に置くかは別問題のはずです。メンタリティーの問題です。

私の勤務先は外資の会社で、たぶん英語が公用語という部類に入るんでしょうが、純粋なproficiencyとグローバルなコミュニケーション能力は別であるという考え方の社内トレーニングを展開しています。多国籍企業における英語と多くの日本人が想像?している英語がぺらぺらというのはだいぶ異なるというのはなかなか知られていないのかもと最近思ってきました。中国やタイのカウンターパートは文法的にはひどい英語の人も少なくないですが「伝わる」という意味では平均的な日本人社員より上だなと感じます。

とはいえ最近ユニクロの柳井氏のインタビューがEconomist誌に掲載されていましたが、あまり心証のよくない受け答えとなってしまっていて、英語でどういうかかれ方をするか、あるいは海外のビジネスマンが読んでどう思うかを想定して答えていたのか疑問の残る記事でした。この記事とファーストリテイリングの英語公用化の話を併せて聞くと実効性に?が浮かんでしまいました。。。
http://www.economist.com/blogs/newsbook/2010/06/interview_uniql

[返信]

おっしゃる「純粋なproficiencyとグローバルなコミュニケーション能力は別であるという考え方」は、結局、ネイティブ・モデルからの英語を脱して、「仕事で使う共通語」としての英語に軸足を移すということかと思いますが、人々の意識の問題としてはそういう区別が最初からないので、つまり「英語は英語でしょ、あのアメリカ人やイギリス人がしゃべるやつ」という感覚で、企業もトレーニングでネイティブ英語にとらわれない最大公約数的英語を浸透させるために苦労するのでしょうね。

柳井氏は商売人として突き詰めた考え方をするだけで、TOEICを英語能力の判定法として採用し、強調することに表れているとおり、商売以外の分野になると格別、見識があるわけではないと感じています。一方、ワンマン経営者でもある人がこのように一面的な見方に立って英語能力を評価するのじゃ、たまらんだろうなとも思います。

エコノミストの情報、ありがとうございます。URLが以下のとおり変更されていました。

http://www.economist.com/blogs/newsbook/2010/06/interview_uniqlos_boss

私も業務上必要に迫られてアメリカ人と英語でやり取りをすることが時々あります。当初は、英語が苦手なことで相手から見下されているんじゃないか、という勝手な思い込みがあり、劣等感を持っていました。そのために、英語で伝えた自分の意見にもいまいち自信が持てないことが、ままありました。
実際はそんなことはなく、相手のアメリカ人の方もわかっていて、なるべく簡単な言葉を使って話してくれます。会議などでアメリカ人同士がやり取りしているのをきいていても、50%くらいしか理解できませんが、私に直接話しかけてくる内容についてはよく理解でいます。
考えてみると、大学時代に、ネパールの方が同窓にいたのですが、彼に話しかけるときは、ほぼ無意識に、わかりやすい日本語を使っていたと思います。
妙な言い訳をしないで、英語ができるようになりたかったら、こつこつと勉強をするしかないですね。

[返信]

最大のポイントは、英語はネイティブのもの、英語の本家本元がイギリスあるいはアメリカだという感覚を捨てることだと思っています。

全く同感致しますね。英語はノンネイティブ話者の当事者間において、単純に唯一の公用語だから使われているに過ぎないと感じますし、だからこそ母語の影響が発音や表現に多少反映されたとしても、それを許容しコミュニケーションをconstructする姿勢がとっくの昔に「常識」とさえなっていると感じられます。

私も一時期(今でも多少)、英語話者でない外国人に能天気に英語で話しかけるスタンスに疑問を感じていた時期がありました。まず、(少なくとも日本国内においては)ここは日本なのだから、日本語でまず話しかけよう、相手が困ったら、英語が通じるのであればそちらに切り替えよう、というスタンスの時期がしばらくありました。
実際、東京の都心部などに住んでいる外国人の方々の中には日本語をよく勉強している方も多く、また人によってはかなり流暢であり、せっかく日本語で頑張って話そうとしているこういった方々に英語で切り返すのは失礼だと感じるからです。例えばハワイなどでWhere is the restroom, can I ask?などと質問した際に、妙にたどたどしい日本語で「トイレね。日本人ね。あっちよ」などと言われると折角外国の地に来ているのに妙にシラけたりしないでしょうか(笑)。

そういった事情で、「相手が英語を口にするまでは自分も英語を口にしない」という姿勢でずっとやってきたのですが、ある時を境に、そういった姿勢がムダとさえ思えるくらい、あらゆる外国人が英語で話しかけてくる―ということを痛感するようになりました。

もちろん、相手の国の言語を尊重する気持ちで簡単なフレーズ程度しか知りませんがフランスの方だったらフランス語でのあいさつ、タイの方だったらタイ語であいさつみたいに今でも一貫して行っているのですが、さて相手も知っている日本語のフレーズに限界が来た、こちらもこれ以上表現ができない―となったときに、初めてお互いが英語で話し始めると、初動のアプローチから英語で話しかける場合と比べ、かなりコミュニケーションが弾むなと自己の経験則ではそのように思います。いずれにせよ、相当程度のノンネイティブがコミュニケーションの手段として、母語以外に真っ先に使用する言語は英語であるというのは、事実ベースでほぼ間違いないと思いますし、それを英米文化にコントロールされているなどと思う方も皆無ではないでしょうか。

[返信]

ありがとうございます。「それを英米文化にコントロールされているなどと思う方も皆無ではないでしょうか」とおっしゃる点、けっこう、わが国のインテリは、なぜか最初から反アングロサクソン的な人がいるため、話をややこしくしているのではないかと感じます。

>「仕事ができる」人は「英語ができる」のが当たり前に決まっています。
この部分は、会社で良く聞く「体調管理も仕事のうち」と似てませんか。体調が良くないと通常業務で100%の能力を発揮できないのと同様に、英語が出来ないと能力を発揮できないわけですから。わかっちゃいるけど後回し、というところも似てますし。

仕事ができる人は総じて、ゴール設定を明確にして、到達方法を最適化し、プロセスを管理することに優れてますから、楽天で与えられている2年間の猶予期間のうちに、やる人はやっぱりやるし、やらない人はやっぱりやらないんじゃないかと思います。

[返信]

鋭く指摘してくださったように、まさに「仕事ができる人は総じて、ゴール設定を明確にして、到達方法を最適化し、プロセスを管理することに優れてます」ということに尽きるかと思います。

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